差別関税表
「……あいつら、次は『正義』を売りに来たか」
俺はスマホの輝度を最小限に落とし、AIが算出した「関税弾性」のシミュレーション結果を見つめていた。 港を『則例』で縛り、沿岸を『望楼』で監視した結果、東インド会社(EIC)は力押しを諦めた。代わりに彼らが持ち出したのは、「自由貿易の旗」の下での価格競争……という名の、アヘン流布への執念だ。
「陳、これを見てくれ。新しい『差別関税表』の叩き台だ」 俺は、手書きの複雑な表を吏員の陳に差し出した。
「おい、項目が細かすぎるぞ。綿布は安く、薬種はさらに安く……だが、この『黒い塊』だけ、税率が今の十倍以上になっている。こんなの、連中が黙っちゃいない」
「いいんだ。これは『排除』じゃない、『管理』なんだよ」
俺は、ノイズ混じりの画面に表示された「合法代替品」の需要予測グラフを指差した。 アヘンという高リスク・高収益の商品を、関税と徹底した臨検(全量検査)によって徹底的に「期待値マイナス」へと追い込む。一方で、イギリス産の綿布や工業製品には、あえて「中税枠」という逃げ道を用意する。
「連中の本質は悪党じゃない。株主に利益を届ける『組織』だ。アヘンの密輸コストが正規の貿易利益を上回れば、組織は合理的にアヘンを捨てる。……彼らの『正義』を、商売の計算で塗り替えるんだ」
作業中、秤の錘が皿を叩き、カンと市場に金属の線が引かれた。 生薬の土と潮の匂い。ヒロインの薬種商から仕入れた希硫酸が、鉛板の上でかすかな泡を立てている。
「梁の爺さんにも、この表を回してくれ。公行(商人ギルド)にとっても、アヘンの摘発で首を吊るより、綿布の仲介料で安定して稼ぐほうが『計算』が合うはずだ」
史実では、アヘンは清の銀を吸い出し、社会を腐らせる「毒」だった。 だが、いま俺が設計しているこの表は、その毒を濾過し、ただの「割に合わない商品」へと変える。
「速さは求めない。ただ、彼らの帳簿の上に、この『高い壁』を刻みつけるだけでいい」
スマホの画面が電池切れで暗くなる直前、AIはアヘン流入予測の大幅な下落スパイクを、静かに描き出していた。 石畳を荷車の輪が噛み、ゴトと脛に響いた。その音は、もはや混乱の予兆ではなく、管理された物流の、規則正しい鼓動に聞こえた。




