哨戒線の最適化
「……面が広いんだよ、この海は」
相棒の吏員、陳が水平線を睨みながら毒突いた。望楼による「目」はできた。だが、視認した密輸船を捕らえに行く「足」――哨戒艇の数は絶望的に足りない。 広大な沿岸部に対し、こちらが持つ小舟はわずか数隻。闇雲に走らせれば、燃料(銀)と兵士の体力を浪費するだけだ。
俺は小水車の規則正しい水音を背に、鉛蓄電池から絞り出した電力でスマホを起動した。 AIが提示したのは、過去三ヶ月の「密輸発生地点」と「潮汐・風向き」を重ね合わせた、統計的な『待ち伏せ』のヒートマップだ。
「陳、全域を回る必要はない。この三点――『蛇の頭』と呼ばれる岩礁、水深のある『鴉の入り江』、それとこの砂州だ。ここに戦力を集中させる」
「……本気か? 他がガラ空きになるぞ」
「いいんだ。この三点は、荷を積んだ商船が最短で接岸できる『期待値』が最も高い場所だ。他から上陸しようとすれば、時間がかかりすぎて夜が明ける。連中が一番恐れているのは、明るい場所で則例に捕まることだからな」
翌週、俺たちはAIの計算に基づき、哨戒艇の配置を「定点待ち伏せ」に切り替えた。 無駄な巡回をやめ、兵士たちは指定の海域で息を潜めて待つ。
麻縄の粉っぽさと、潮風が運ぶ生魚の匂い。 暗闇の中、帆縄が突風に弾かれ、マスト金具がキンと鳴った。 その直後、水平線の先から、無灯火で忍び寄る「影」が現れた。AIの予測したスパイク地点、その寸分違わぬ位置に。
「……掛かった!」
陳の号令とともに、潜んでいた哨戒艇が一斉に松明を掲げる。 逃げ場を失った密輸船の船上で、狼狽する男たちの怒号が響いた。 これまで「運」に頼っていた海防が、初めて「数理」という冷徹な重みに屈した瞬間だった。
「速い船も、強力な大砲もいらない。ただ、相手の『選択肢』を計算で潰せばいい」
スマホの画面の中で、哨戒効率の折れ線グラフが急上昇を描く。 史実では海賊と密輸が跳梁跋扈していたこの海域に、いま、目に見えない「網」が物理的な形となって現れ始めていた。
石畳を荷車の輪が噛み、ゴトと脛に響いた。 港に戻った陳の顔には、かつてない確信が宿っている。 「お前の計算通りだ。……海が、少しずつ狭くなってやがる」




