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望楼・信号網

「……港が駄目なら、外から回す。株主様(連中)の考えそうなことだ」


俺はスマホのオフライン地図を指でなぞりながら、独り言ちた。 『則例そくれい』による相互監査が始まってから、マカオ港内のヒートマップ上の「赤」は劇的に減少した。だが、それは「悪」が消えたことを意味しない。単に「場所を変えた」だけだ。


スマホに保存された古地図の等高線と、AIが弾き出した「死角」の推論を重ね合わせる。 東インド会社(EIC)の巨大な商船は、港から少し離れた「沿岸の入り江」に停泊し、そこから小舟を使ってアヘンを陸揚げする「瀬取り」に切り替えた。


「陳、港の壁を高くしても、海は地続きだ。次は『目』を作るぞ」 俺は陳を連れ、沿岸の小高い丘に登った。 そこには、かつて海賊の見張りに使われていた、半ば崩れかけた古い望楼があった。


「ここに、旗信号と夜間の火を組み合わせた連絡網を敷く。AI……いや、俺の計算によれば、三つの望楼をこの位置に再建すれば、マカオから広州までの沿岸の八割を、昼夜問わず視覚的に『包囲』できる」


作業は地味で、過酷だった。 石畳ではなく、泥と岩の道を荷車が軋みながら登る。 麻縄の粉っぽさと、工事に使う石灰の匂いが鼻をつく。俺の指先には、漆の被覆を巻いた時の豆とは別の、石を運んだ硬いタコができていた。


信号シグナルか。……地味だが、確かに効きそうだ」 陳が、俺の書いた信号表を見つめる。 それは「不審船発見」「接岸確認」「臨検要請」といった、極めて簡素な符号の組み合わせだ。


数週間後、望楼の頂に最初の旗が翻った。 帆縄が突風に弾かれ、キンと鳴る。 丘の上に立った監視員が、遠くの入り江で蠢く小舟を見逃さず、次の望楼へと旗を振る。 それは、現代のレーダー網にも似た、ローテクだが逃げ場のない「情報の網」だった。


「……何をしている。早く荷を降ろせ!」 入り江で小舟を急かしていた密売人の耳に、丘の上から鋭い銅鑼の音が響く。 彼らが空を見上げれば、規則正しく動く旗が、自分たちの「座標」がすでに海関へ共有されたことを告げている。


秤の錘が皿を叩き、カンと鳴る市場の音。 それと同じ冷徹な正確さで、旗は振り下ろされた。


「速さは必要ない。ただ、彼らが『見られている』という事実を、この海全体に浸透させればいい」


スマホの画面の中で、沿岸部の「未観測エリア」が少しずつ、青い「監視済み」の色に塗り替えられていく。 史実では無数のアヘンが消えていったその暗い入り江に、いま、人の目が、そして秩序の光が届こうとしていた。

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