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申告→封緘→検査

「……何だ、この行列は」


マカオの埠頭。朝の霧を切り裂くように、低い、だが威圧感のある声が響いた。 黒塗りの立派な椅子に揺られ、公行(商人ギルド)の組合長、梁鎮中リョウ・チンチュウが姿を現した。彼の視線の先には、これまでの無秩序な荷揚げ風景とは一変した、整然とした「列」がある。


そこではチェンをはじめとする海関の吏員たちが、俺が作成した『則例そくれい』に従い、機械的に作業をこなしていた。


「申告のない荷は、船から降ろせません。まずは目録を」 「中身を確認した。……よし、封緘ふうかんしろ」


[Image: A detailed sketch of a "Seal" (Lead or Wax) being applied to a cargo crate by a Qing official]


帆縄が突風に弾かれ、マスト金具がキンと鳴る。 その乾いた音に混じって、封緘の紐を縛り上げるきしみが聞こえる。 それは、これまで「袖の下」で通り抜けていた曖昧な空間を、物理的な「封」で閉ざしていく音だ。


「貴様ら、誰の許しを得て勝手な真似を……」 梁が椅子から立ち上がり、陳の胸ぐらを掴もうとする。だが、陳は動じなかった。懐から、俺がAIの分析結果(異常な銀の流出スパイク)を元に構成した「港湾管理の試行案」を取り出し、梁の鼻先に突きつけた。


「組合長。これは『不正を暴くため』のものではありません。港の『渋滞を解消するための新しい手順』です。この通りにやれば、結果として全体の通関時間は二割縮まる。……総督府へは、そう報告してあります」


「ぬかせ! 我ら公行の利を削るつもりか!」


「いいえ。利を削るのは『不透明な待ち時間』です。……それとも、何か見られては困るものでも?」


陳の挑発に、梁の顔が屈辱で赤黒く染まる。 石畳を荷車の輪が噛み、ゴトゴトと響く。しかしその振動は、今は則例に沿って運ばれる「正規の荷」のものだ。 梁の後ろで控えていた黒い荷主たちが、困惑したように顔を見合わせる。彼らにとって、この「申告→封緘→検査」という単純なフローは、これまでの癒着という「裏のアルゴリズム」を無効化する、最も厄介な障壁だった。


俺は少し離れた場所から、その様子を観察していた。 麻縄の粉っぽさと、新しく打たれた封印の蝋の匂いが鼻をつく。 現代の工場や物流センターでは当たり前の「SOP(標準作業手順書)」が、18世紀の権力構造に、目に見えないヒビを入れ始めている。


(……梁さん。夜はあなたの味方だった。だが、これからは規則が味方になる。ただし、それは『正しく商売をする者』にとってだけだ)


梁が俺の方を、毒蛇のような目で見据えた。 その視線が、単なる怒りではなく「得体の知れない恐怖」を孕んでいるのを俺は見逃さなかった。 彼は、武力でも金でもない、「数理という構造」で自分の居場所が削り取られていることに、本能で気づき始めている。


「……面白い。この若造どもが、いつまで紙の上の遊びに浸っていられるか、見せてもらおう」


梁は吐き捨てるように言い残すと、椅子を返させた。 だが、彼が去った後の埠頭には、もう以前のような「淀んだ空気」は戻らなかった。


秤の錘が皿を叩き、カンと鳴る。 それは、第二の戦いの火蓋が切って落とされた合図でもあった。

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