第二章 第二話 三圃制(輪作)の実行と、土地の“声”
朝の会議が終わると、ユウタは農地班の先頭に立って畑へ向かった。
村の畑は広場の北側、緩やかな傾斜の先に広がっている。
昨夜の雨の名残で土は重く、歩くたびに靴裏がぬかるんだ。
だが、湿った土の匂いはどこか懐かしい。
工場の油臭さとは違う、“生きているもの”の匂いだった。
「ユウタさん、ここからでいいかい?」
農地班の老人――名をバルドといった――が鍬を地面に突き立てる。
「はい。ここが畑の中心だから、ここを基準点にしましょう」
ユウタは地面に棒で線を引き、畑を大きく三つに分けるための基準を描いていく。
等高線に沿って。
水が溜まりにくく、流れやすい方向へ。
そして、歩きやすい動線を確保できる形に。
頭の中では、Civの“地形タイル”がぐるぐる回っていた。
(畑は“食料タイル”。
ここで食料生産が安定すれば、人口が増える。
人口が増えれば労働力が増える。
労働力が増えれば生産力が増えて……)
連鎖の基本。
文明の本能に近い構造だ。
バルドがぽつりと呟いた。
「……畑を“休ませる”なんて、ワシらは考えんかった」
「考えないのが普通です。
飢えてる時ほど、人は“今の収穫”に全振りしちゃうから」
ユウタは苦笑して言った。
「でも、土は生き物なので。
無理させると、必ず壊れます」
村人がじっとユウタを見ている。
その目は疑いよりも、学ぼうとする目だった。
(こんなふうに話を聞いてもらえるの、久しぶりだな)
ユウタは内心、少しだけ照れくさくなる。
◆
「じゃあ、まずは“休耕地”を確定します」
ユウタは三つに分けた区画のうち、一番土が痩せている場所を指した。
「今年はここを休ませましょう。
草を抜いて耕して、肥を入れて、水を回す。
作物は植えない」
「植えない……?」
若い農夫が不安そうに言う。
「もったいなくないですか?
今、食料は……」
その不安は当然だった。
飢えの中で“何もしない畑”を作るのは、感覚的に怖い。
ユウタはゆっくり頷いた。
「怖い。でも、必要です。
休ませた畑は来年、もっと多くの食料を生みます」
「来年……」
「来年生きていないと意味がない。
だから今年は、残りの二つで“安定した収穫”を最大化する」
ユウタは残り二つの区画を指さす。
「ここは麦。
ここは豆。
豆は土に力を戻します。
来年、麦と豆を入れ替える。
休耕地は短期作物……野菜や芋にしてもいい」
村人の顔が少しだけ明るくなった。
「豆が土を戻す……?」
「そんな作物があるのか……」
「あります。この世界にも、似たものがあるはず」
バルドが首を傾げる。
「似たもの……?」
「たとえば……ほら」
ユウタは畑の端に生えているツル状の植物を摘んだ。
小さな鞘がついている。
「これ、豆系ですよね?
うちの世界の豆と同じ匂いがする」
クレアが驚いた声を上げた。
「それは“緑鞘”よ。
食べると腹が膨れるけど、味は薄い。
でも、土を肥やすなんて……聞いたことない」
「じゃあ、試しましょう」
ユウタは短く言った。
「この“緑鞘”を広く育てて、
次の年に麦へ切り替える。
土壌改善になります」
村人たちが目を見開く。
“知らないものを試す”という発想が、この村にはほとんどなかったのだろう。
(現場改善も同じだな。
やってみないと、何も変わらない)
ユウタの胸の奥で、昔の仕事の感覚が静かに戻ってくる。
◆
作業が始まった。
休耕地の雑草を抜き、土を浅く起こす。
昨日整備した水路から、畑へ水を引くための小さな溝を繋ぐ。
「水を……畑に回すんだな……!」
農夫たちの声に熱が入る。
ユウタは土を握り、指先でほぐしてみた。
(粘土質が強い。
でも、水さえ通れば作物は根を張れる)
「水は“浅く広く”回してください。
溜めるんじゃなくて、流す」
「浅く……広く……!」
ユウタの指示に合わせて、溝が少しずつ伸びていく。
麦畑の区画には、種を撒くための整地が始まった。
豆畑の区画には、“緑鞘”の苗を移す準備。
畑の空気がどんどん“生きて”いく。
リュミエラが帽子を押さえながら畝の間を歩き、村人に指示を出している。
王女だったのに、泥に足を取られ、汗を流して働く姿。
ユウタはその背中を見ながら思った。
(この人……本当に国を背負ってたんだな)
強いのに、壊れそうな背中だった。
◆
昼過ぎ。
畑の区画がはっきり形になり始めた。
休耕地は整い、表土が柔らかくなった。
麦の区画は筋が通り、種を撒ける下地ができた。
豆の区画は“緑鞘”の苗が列を作り始める。
バルドが汗を拭きながら言った。
「ユウタさん……不思議なもんだな。
畑が……“整った”だけで、なんだか安心する」
「わかります」
ユウタは頷いた。
「人は“秩序”があると安心する。
文明って、突き詰めるとそういうもんです」
「文明……」
バルドはその言葉を噛みしめるように呟いた。
「国が滅んで、
ワシらはもう、ただの逃げるだけの民だと思っていた。
……だが、まだ“文明”は残せるのかもしれん」
ユウタは、少しだけ笑った。
「残せます。
今の作業が、その第一歩です」
そのとき、畑の端で見張りをしていた若者が、息を切らして走ってきた。
「ユウタさんッ!
南側の森……また“赤い目”が見えました!」
空気が固まる。
クロウが畑へ駆け寄り、叫ぶ。
「距離は!?」
「まだ遠いです!
でも……数が……一体じゃない!」
リュミエラが顔色を失う。
「……複数?」
ユウタは、土の上で拳を握った。
(敵ユニット増加イベント。
しかも上位種の複数配置……)
Civ的に言えば、こと切れ直前の国家に“バーバリアンの大群”が湧く最悪のやつだ。
(……間に合うか?)
ユウタは脳内で“残りターン”を計算し始める。
防衛線の拡張は今日の午後から。
誘導柵はまだ未完成。
見張り台の増築も途中。
だが、ここで動揺して作業を止めれば、
食料改革も防衛改革も半端になる。
ユウタは言った。
「畑の作業は続行。
ただし、農地班から十人、すぐ防衛班へ回してください」
「十人も!?」
「大丈夫。
作業の“要所”はすでに終わってる。
ここからは手が多い方が早い」
リュミエラがすぐ頷いた。
「わかりました!
皆さん、十人はクロウのもとへ!
残りは畑の続きです!」
村人が躊躇しながらも動き出した。
ユウタは畑を見渡す。
小さな区画。
小さな水路。
少しずつ並んだ苗。
(……これが、俺たちの“文明の核”だ)
敵が強くなろうと、襲ってこようと、
この基盤さえ作れれば……必ず次に繋がる。
ユウタは低く呟いた。
「来るなら、来い。
俺は……この村のターンを終わらせない」
遠くで、森の奥がざわめいた気がした。
赤い目が、こちらを試すように揺れている。
嵐の前の空気が、畑の上にひやりと落ちた。




