第一章 第七話 夜襲の前兆
その夜、村は久しぶりに活気を取り戻していた。
水路に水が流れ、畑の区画も整い、南側には見張り台が完成した。
疲労はあれど、人々の顔には希望の色があった。
「明日から、もっと良くなるぞ……」
「生きられるかもしれない」
「ユウタさんのおかげだ……!」
その声を聞きながら、ユウタは少し照れくさい思いで寝床に向かった。
(……こんな日が来るなんてな)
会社では、誰にも必要とされなかった。
評価されることもなかった。
でも、この世界では——
“自分の知識が、人を救っている”。
その実感が、胸の奥を熱く満たしていた。
◆
だが、世界は甘くなかった。
真夜中。
ユウタは、ふと目を覚ました。
外から聞こえる……重い何かが地面を踏む音。
ドン……
ドン……
ドン……
(……何だ?)
胸騒ぎを覚え、布団から飛び出す。
寝間着のまま外へ出ると、見張り台にいた若い兵士が青ざめた顔で叫んだ。
「ユ、ユウタさんっ!!
南側……森の中に……“何か”がいます!!」
クロウも駆け寄ってくる。
剣を抜いたその顔は険しい。
「おい! いくつだ!?」
「わ、わかりません……数じゃなくて……
ただ……あれは……!」
兵士は唇を震わせながら指を差した。
森の暗闇。
月明かりの差す場所に——“影”が立っていた。
いや、“影”と呼ぶにはあまりに異様。
人より大きい。
背中が盛り上がり、肉が腐敗しながらも筋肉が異常に肥大している。
腕は長く、地面を引きずるように垂れていた。
そしてその瞳は——
赤く、獣のように光っていた。
(……進化種)
直感でそう理解した。
ゲームでも、一定ターンを経過すると通常のゾンビとは違う“強化個体”が現れる。
ユウタの背筋に冷たい汗が流れる。
「グォォォォァァァ……」
それは、通常のグールとは決定的に違う咆哮を上げた。
地面が震えた。
村中がざわつき、戸が開く音が連鎖する。
リュミエラも寝間着のまま駆けつけてきた。
「ユウタさん!!
あれは……!?」
「……グールじゃない。
“上位種”だ。
ただの群れじゃ……止められない」
クロウも歯を食いしばった。
「まずい……
まさか、このタイミングで現れるとは……!」
リュミエラは恐怖に表情を強張らせながらも、ユウタの袖をつかむ。
「ユウタさん……どうすれば!」
ユウタは、進化種の動きを凝視した。
その巨体が、森の縁をゆっくりと歩き、匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしている。
村の位置を探っている——
そんな動きだった。
(……ターンが進んだんだ。
水路を作って、村が動き始めたことで……
“世界が反応した”んだ)
背筋に悪寒が走る。
(この世界は、静的じゃない。
こっちの動きに合わせて……敵も強くなる)
つまり——
ただの村の再建では済まない。
“進化し続ける脅威との戦争”になる。
ユウタは深く息を吸い、リュミエラに告げた。
「……明日、“本格的な防衛線”を作ります。
今日の作業だけでは……
あれは止められない」
「……っ!」
恐怖の中でも、リュミエラは強く頷いた。
「わかりました……!
ユウタさん……
どうか……この村を……!」
ユウタは静かに剣を握るクロウを見た。
「クロウさん。
今日から、防衛班の人数を倍にしてください。
そして……夜の巡回を強化します」
「わかった。
あれを迎え撃てる態勢を作る!」
ユウタは赤い瞳を輝かせる進化種を見つめる。
(……次のターンが、勝負だ)
進化種は、村の方をじっと見つめ——
やがて森の奥へゆっくりと消えていった。
それが、嵐の前触れであることは、
誰の目にも明らかだった。
◆
夜が明ける。
村には緊張の空気が張りつめていた。
ユウタは深い息を吐く。
(……今日から、“文明再建”は第二段階に入る)
その先には、敵の進化と、生存者の未来がかかっている。




