第一章 第六章 初の指示と改善案
森の奥から響く咆哮を背に、ユウタは即座に指示を飛ばした。
「クロウさん、まずは“見張り塔”の材料を集めてください!
樹齢の若い木を二十本。それを丸太にして、今ある柵の基部に組み込みます!」
「……すぐ動く!」
クロウが木こりたちを集めて森の外縁へ走る。
彼の顔にはまだ疑念が残っていたが、それ以上に“希望にすがる”必死さがあった。
「クレアさんは、村の病人のリストを作ってください。
どの家に何人いて、誰が働けて、誰が働けないのか。
“労働力表”を作るのが最優先です」
「り、労働力……?
わ、わかった! すぐに人を集める!」
クレアは走り去り、村の女性たちを呼び集め始めた。
ユウタは深呼吸をする。
(こんな大人数に指示を出したの……生まれて初めてだ)
だが不思議と、言葉は淀まなかった。
Civの中では、何万人の都市でも一人で管理してきた。
ここは規模こそ違うが、本質は同じだ。
◆
「リュミエラさん、
あなたは“村の中心になる人たち”を三つの班に分けてください」
「三つ……?」
「はい。“水路班”、“農地班”、“防衛班”。
まずは、水路班が最優先です」
リュミエラが首を傾げる。
「ですが……森の川は遠くて危険で……
村人たちも怖がって……」
「川まで行く必要はありません」
「……え?」
「“支流”を使います。
昨日、神殿の近くで小さな分岐の跡があったはずです」
リュミエラは息を呑む。
「あなた……あんな短時間で……」
「視界に入ったものは、全部マップとして記憶しています。
地形は……俺の得意分野なんで」
リュミエラは尊敬の眼差しを向けた。
「わかりました……!
水路班の選抜、すぐに行います!」
彼女は村人を数名ずつ呼び寄せ、名前を確認しながら班を作っていく。
その姿を見て、ユウタは心の中で呟いた。
(この世界……統治システムが弱すぎる。
これなら、基本管理だけで大きく改善できる)
◆
クロウたち木こりの班が戻ってきた。
丸太を数十本も肩に担ぎ、汗を流しながらも、顔には緊張と期待が混ざっていた。
「持ってきたぞ、ユウタ!」
「ありがとうございます!
じゃあ、まずは“入口の南側”に見張り塔を作りましょう」
「南側……? あっちか?」
「はい。
グールの足跡が一番深かったのが南側なので……
奴らの通り道になっているはずです」
クロウが驚いた表情を見せる。
「なぜわかる?」
「足跡の向きと、地面の掘れ方です。
あれは一方向から来ている足跡じゃありません。
“通り道”になってます」
クロウは絶句した。
「……本物の軍師か、お前は」
「軍師じゃないですよ。
ただのゲーム脳です」
「ゲーム……?」
クロウは首をひねったが、ユウタの言葉は真剣だった。
◆
水路班が出発する。
ユウタは先頭に立ち、森へ向かう道を慎重に進んだ。
森の入り口で、ユウタは土に触れた。
(ここ……少し湿ってる。
ということは——)
「ここを通すと、水の流れが速くなりすぎます。
だから、もう少し低い位置……
ここです」
ユウタは指で地面を示しながら言う。
「このラインに沿って、幅20センチ、深さ10センチの溝を掘ってください。
最初の50メートルだけでいいです。
支流が近いはずなので、そこに繋げれば……
水は勝手に流れます」
水路班の一人が驚きの声を上げた。
「そ、そんな細い溝で……?」
「大丈夫です。
“最初の一滴”さえ作れば、あとは自然が助けてくれます」
村人たちは半信半疑だった。
しかし、ユウタが示した場所は、確かに地形の傾斜がゆるやかで、遠くに小さな水音が聞こえる気がした。
「では……掘ります!」
男たちが鍬を振るう。
森の静寂に、土を掘る音が響いた。
◆
別動隊の農地班は、畑の中央で区画整理を始めていた。
「三分割に……って、こうか?」
リュミエラが棒で線を引きながら叫ぶ。
「違う! その線だと水はけが悪いままになります!」
「わ、わかった!」
ユウタは畑に戻ると、即座に指摘した。
「ここは“等高線に沿って”区切るんです。
傾斜に逆らうと水が溜まって土が死にます」
「な、なるほど……!」
リュミエラは本当に理解し、指示を出し始めた。
「皆さん! ユウタさんの言った通りに、区画をこう分けてください!」
村人は嬉しそうでもあり、戸惑ってもいた。
だがその表情には確かな変化があった。
(……この世界の人間は素直で、理解も早い)
驚きがあった。
◆
一方、クロウ率いる防衛班が、丸太を地面に打ち込んでいた。
「ここに見張り台を立てる!
ユウタ、これでいいか!」
「はい! その位置が最善です!」
「お前……本当に“見通し”がいいな」
「ゲームだと斜線は命なので」
「ゲームってなんなんだ……」
クロウは困惑しながらも、完全にユウタを信頼していた。
丸太を組み、縄で縛り、簡易の見張り台が形になっていく。
これで南側の警戒が格段に強化される。
◆
三つの班が同時に動き、村が“生き返る音”を立て始めた。
土を掘る音。
丸太を運ぶ音。
畑に線を引く足音。
人々の声。
昨日まで、死にかけていた村が……
今は“文明のはじまり”を告げるように騒がしかった。
(……こんな感覚、初めてだ)
ユウタは胸が熱くなるのを感じた。
会社では味わったことのない“自分の指示で世界が動く”感覚。
リュミエラが近づいてきた。
「ユウタさん……皆、あなたに驚いています。
これほど“合理的な指示”を出せる人は……王都にもいませんでした」
ユウタは笑う。
「合理的というより……“効率中毒”です」
「効率……?」
「はい。
俺は、効率を上げることしかできないんです。
でも……この村には、それが足りてなかった」
リュミエラの金の瞳が、優しく揺れた。
「あなたが来てくれて……本当に良かった」
その言葉は、どんな評価より嬉しかった。
◆
夕刻。
村中が作業を終え、家に戻り始めた頃。
水路班の若者が、走って戻ってきた。
「ユ、ユウタさんッ!!
み、水が……!!」
「……流れたのか?」
「はい! 溝に……水が……!」
歓声が村に響いた。
ユウタとリュミエラ、クロウ、クレアも現場へ走る。
そこには——
小さな溝に、透明な水がチョロチョロと流れていた。
「……これが、水路だ」
あまりに小さな流れ。
だが、その意味は村人全員が理解していた。
「……すごい……!」
「川の水が……!」
「これで……水が手に入るのか……!」
リュミエラが涙を浮かべて言う。
「ユウタさん……
あなたは……奇跡を起こしました」
「奇跡じゃないですよ。
ただの、地形利用です」
だが、村人にとっては奇跡そのものだった。
沈んでいた心が、わずかに明るくなる。
その夜、村には久しぶりに“希望の灯”がともった。
しかし——
その希望の裏側で、森の奥では別の“異変”が起きていた。
蠢く影。
通常よりも速い動き。
赤い光を灯す瞳。
明らかに、昨日とは違う“何か”が目を覚ましていた。
(……ターン制限、厳しいぞ)
ユウタは、自室の寝床でそう呟いた。




