第一章 第五話 Civ脳が覚醒する瞬間
翌朝。
ユウタは夜明け前に目を覚ました。
寝たはずなのに身体が重い。
しかし、精神は妙に冴えていた。
心臓が微かに高鳴っている。
(……やることが山ほどある)
久しぶりに感じる“今日動かないとダメになる”という圧迫感。
しかし不思議と、嫌ではなかった。
仕事のプレッシャーとも違う。
これは——
(俺の行動で……ここの人達の生死が変わる)
そう自覚した瞬間、胸の奥で火がついたようだった。
◆
外へ出ると、リュミエラとクロウがすでに待っていた。
「おはようございます、ユウタさん。
今日から……よろしくお願いします」
リュミエラが深く頭を下げた。
王女という立場の人間が、だ。
ユウタは慌てて手を振る。
「頭なんか下げないでください!
俺は大した人間じゃ……」
「ですが、あなたは昨晩……
“村は三日で食料が尽きる”と断言したでしょう?」
クロウが腕を組んだままユウタを見つめる。
「それは俺たちの間でも議論になっていた。
だが、誰も数字として示せなかった。
お前はあの状況を見ただけで言い当てた」
(いや、ゲームの経験で“だいたいそうなる”ってだけなんだけど……)
口には出さない。
「ユウタさん」
リュミエラが真っすぐに言う。
「“あなたの目”が必要なのです。
どうか、最初の一手を教えてください」
その言葉で、ユウタの頭の中に“グリッド”が走り始めた。
村の全体図。
地形の起伏。
人口。
資源。
水源。
ゾンビの侵入口。
すべてがマップとして変換され、視覚化されていく。
(最優先は水。
次に食料。
防衛は最低限でいい。
労働力の配分……)
完全に“内政モード”にスイッチが入った。
◆
「まずは、村に集まれる人を全員呼んでもらえますか?」
ユウタの頼みに、リュミエラは即座に動いた。
ほどなくして、広場には数十人の村人が集まった。
老人、女性、子ども、鍬を持った農民、斧を担いだ木こり。
顔色は悪く、疲労の色が濃い。
しかし、希望を求める目だけがこちらを向いていた。
(……責任、重いな)
胃がきゅっと縮む。
だが逃げない。
「みなさん、状況は最悪です」
ユウタの言葉に、ざわめきが走る。
「水が汚れている。
食料が三日で尽きる。
柵は破られやすく、夜のゾンビを防げない。
このままでは、この村は……全滅します」
村人が息を呑む。
リュミエラとクロウも、拳を握りしめる。
だが、ユウタは続けた。
「でも、“手順”を踏めば助かります。
今日から、順番に文明を作り直します」
その言葉に、どよめきが起きた。
「文……明?」
「できるのか……そんなことが……」
ユウタはうなずいた。
「俺の世界では、何もない土地から国を作るのは普通なんです。
まずは“水路”。
これができれば、飲み水も調理も農業も全部改善します」
木こりの男が手を挙げた。
「だ、だがよ……森の奥の川は危険だ。
あいつら、あの……グールがうろついてる!」
「だから、“道中で人は死なない程度でやる”方法を使います」
「そんな都合のいい方法があるのか?」
ユウタは村の地面に棒でラインを引いた。
まるで戦略ゲームの“地形グリッド”のように。
「これが村。
これが川。
間に森がありますが……」
線を一本、すっと引く。
「“一番高い位置”を通せば、見晴らしが良くて襲撃されにくい。
さらに、斥候を一人でなく二人組にすることで、生存率は倍になります」
「倍……?」
「そして、森の入り口に見張り塔を作ります。
高い場所からなら、グールの動きは丸見えです」
クロウが、低く唸った。
「……理にかなっている」
「水路は、小規模でいいんです。
最初は幅20センチ、深さ10センチで。
これだけで、水は流れます」
村人たちがざわつく。
「そんな小さな溝で……?」
「川の水が村まで来るのか……?」
「来ます。
地形がちょうどいいんです。
ちょっと上流に、細い支流がありましたよね?
あそこを“削って繋ぐ”だけでいい」
リュミエラが驚いた顔で言った。
「そんな……森を通っていた短時間で、そこまで……?」
「地形を見るのは仕事でもあったので」
もちろん本当は、Civで何百回と地形判定をやってきた経験が大きい。
しかしそこは言わない。
「水が確保できれば、次は農業。
畑を“三分割”します。
一つは麦、一つは豆、一つは休耕地。
定期的にローテーションさせます」
村人が息を呑む。
「そんな……やったことが……」
「工程を紙に書きます。
作業手順書のようなものです」
「……作業……?」
「あ、えーと……“手順をまとめた紙”です」
ユウタは苦笑した。
「とにかく、こうすれば食料は安定します。
もちろん時間はかかるけど……
一ヶ月耐えれば、収穫が見えてきます」
リュミエラの表情が、ほんの少し明るくなった。
「……ユウタさん。
本当に……村を救えるのですね?」
「救うかどうかじゃなく……
“救える手順がある”だけです」
「手順……」
「そう。
一つずつ積み上げていけば、必ず形になります」
その瞬間だった。
ユウタの頭の中に、Civの“ターン進行音”が鳴った気がした。
(……そうだ。
俺が今ここでやるべきことは、
“次のターンを生き残らせる”ことだ)
ゲームのように単純にはいかないだろう。
でも、原理的には変わらない。
人口を守る。
生産力を上げる。
資源を確保する。
それらは文明に共通の根本法則だ。
(この世界が、ゲームのように反応してくれるかは分からないけど……
試してみる価値はある)
リュミエラが一歩近づく。
「ユウタさん。
もし可能であれば……この村の “顧問” になっていただけませんか?」
「こ……顧問?」
「ええ。
村の判断は、すべてあなたと私で決めます。
この村の未来を……あなたに預けたい」
その言葉は、重く……しかし心を震わせるほどの信頼だった。
(……会社で、こんなこと言われたことないな)
胸が熱くなる。
クロウが渋い顔で言う。
「……俺はまだ、お前を完全には信じていない。
だが……
“この村に必要な男”であることは、もう認めざるをえない」
クレアも微笑む。
「ユウタさん……よろしくお願いしますね」
村人たちも次々と頭を下げた。
「頼む……!」
「助けてくれ!」
「子どもたちだけでも……」
(……ここまで頼られたら……やるしかないだろ)
ユウタは深く息を吸い、言った。
「わかりました……。
今日から俺は、この村の顧問です。
一緒に、生き延びましょう」
リュミエラが、ほんの少し涙をにじませて微笑んだ。
「……はい!」
その瞬間、村人たちに希望のざわめきが生まれた。
しかし——
森の奥から低い咆哮が響いた。
「グォォォォ……」
クロウが剣を抜く。
「……来たか」
ユウタは呟いた。
(……ターン制限は、思ったより短いらしい)




