第一章 第四話 生存者の村の現実
村の入口を越えると、荒廃の全貌が一気に視界に流れ込んできた。
家屋は半分以上が壊れていた。
壁が崩れた部屋、屋根だけが落ちている建物、炭のように焼け落ちた倉庫。
まるで戦争の跡だ。
しかし、リュミエラによれば戦争ではなく——ゾンビの群れによる破壊だという。
村の中心には井戸があったが、桶と縄は古びて黒カビが生えていた。
水をくみに来た老婆が、力なく桶を落とす。
カラカラ……と乾いた音が響く。
(この村……本当に終わりかけだ)
ユウタは喉がこわばった。
現実の荒廃は、ゲームのようにアイコンひとつで説明されるものではない。
疲れきった人々の表情、道に散らばる破片、動かない家畜……
そのすべてが、静かに“死”の気配をまとっている。
◆
リュミエラは村長の元へユウタを案内した。
村長は細い体の老人で、座っているだけでも息が苦しそうだった。
「……王女様。お戻りいただけて、何より……。
しかし、状況は……芳しくありません」
「やはり、食料が?」
「残り三日分。
明日以降は狩りに出なければなりませんが、森には……」
老人の言葉は続かない。
森に出れば、生存率は低いということだ。
「病人も増えております。
薬草も底をつきました」
クレアが唇をかんだ。
「……魔術の使い手も、ほとんど残ってないわ。
治癒も攻撃も、最低限の力しか使えない。
本当は、もっと早く王都へ戻って……」
「戻る場所など、もうない」
クロウが静かに言った。
その声は低いが、覚悟がにじんでいた。
リュミエラは村を見渡し、深く息を吐いた。
「……ユウタさん。
あなたの目には、この村……どう映りますか?」
唐突な問いだった。
ユウタは驚きながらも、村全体を改めて見た。
荒れた畑、壊れた柵、汚れた井戸、物資管理が雑然とした倉庫。
人口はおそらく百人前後。
労働力は圧倒的に不足している。
しかし——
(やりようはある……はずだ)
Civの序盤のボロ都市を思い出す。
人口1、食料不足、生産力ゼロ。
だけど、そこから立て直すことは決して不可能じゃない。
(問題は……この世界がゲームのように“効率的”に動くかどうかだ)
ユウタはゆっくり言った。
「……まず、水。
井戸はあるけど、水質が悪い。
森の奥に川がありましたよね? あれを使えば……」
リュミエラは驚きの目を向ける。
「そう、川はありますが……森の中は危険すぎます」
「だから水路を作るんです。
川から村まで、簡単な溝でもいい。
最初は小規模で……」
クロウが眉をひそめた。
「素人の考えだろう? そんなことが出来るなら、とっくに誰かが……」
ユウタは首を振った。
「違います。
今の村の人員なら、最低でも三十人を三日動かせば、仮設の水路は作れます」
「三十人も……そんな余力が……」
クロウが言うが、ユウタは続けた。
「逆です。
水を確保しないと、農業も調理も衛生も全部止まる。
今こそ、水路を作るべきです」
リュミエラが息を呑む。
「……あなた、まるで国の技師のような……」
「違います。
ただの……」
(ただのゲームオタク……)
そう言いかけたが、声が喉で止まった。
ユウタは別の言葉を選ぶ。
「……考えるのが仕事だったんです。
設備や生産ラインを見て、改善案を作る。
無駄を減らして……効率を良くする」
リュミエラとクロウが目を見合わせた。
「改善……?」
「効率……?」
「そうです。
この村は、すべてが手遅れに見えるけど……
“手順さえ踏めば”復活できます」
村長が食い入るようにユウタを見た。
「……本当に、そのようなことが?」
「すぐに、というわけではありません。
でも、やるしかないんです」
ユウタはゆっくりと村の畑に歩み寄った。
畑は一本の筋になって細長く伸びている。
水が溜まった跡があり、土は固く、雑草がそこら中に生えていた。
(これ……完全に“悪手”だ)
「畑を三つに分けましょう。
区画を交互に使って、土を休ませるんです。
“輪作”という方法です」
「り、輪作……?」
クレアの呟きに、ユウタは説明する。
「同じ場所で同じ作物を作り続けると、土地は疲れます。
違う作物を順番に育てることで、栄養の偏りがなくなる」
リュミエラが目を丸くする。
「そんな方法が……」
「あります。
そして、柵を作り直す。
今ある柵の位置だと逃げ道が多すぎて、防衛にならない」
クロウの眉が跳ねた。
「……お前は、戦術にも詳しいのか?」
「戦術というほどでも。
ただ、この手の陣形は……ゲームで慣れてるんです」
(ゾンビを誘導して、迎撃ポイントを作る……
基本的な“タワーディフェンス”だ)
ユウタの脳内では、村の地形が“マップ”に変換されていた。
クロウが静かに言った。
「……お前、本当に何者だ?」
ユウタは肩をすくめた。
「ただの……戦略ゲーム好きの会社員です」
「ゲーム……?」
リュミエラは少し首を傾げる。
ユウタは苦笑した。
「説明すると長いんですけど……
要するに、世界を管理して発展させる遊びです。
国の仕組み、人口、食料、建築、研究……
全部、考える必要がある」
「ま、まるで“国づくり”……」
「そうです」
リュミエラは息を呑んだ。
「あなた……この村を、救えるのですか?」
その瞳は震えていた。
絶望と希望の入り混じった、切実な光。
ユウタは村を見渡す。
荒れ果てた現実に、ゲームのような簡易さはない。
でも——
(……放っておけるわけがないだろ)
「できるかどうかはわかりません。
でも……やります」
リュミエラが目を見開き、強く頷く。
「……お願いします。
あなたに……この村を……」
初めて知った。
“頼られる”という感覚を。
胸に、熱が灯る。
長い間くすぶっていた心が、ほんの少しだけ明るくなった。
その時、森の奥から低い咆哮が響いた。
「……っ!」
クロウが剣を抜く。
「グールだ! また来やがった!」
リュミエラの表情が一気に険しくなる。
「……ユウタさん。
もし、本当に再建を始めるのなら……
時間がありません」
ユウタはそっと空を見上げた。
夕日が沈みかけ、赤い光が村を照らしていた。
(……動くなら、今しかない)
「明日から始めましょう。
水路の整備と、畑の区画整理。
それと……防衛線の改修」
リュミエラは深く息を吸い、強く頷いた。
「わかりました……!
あなたの指示、すべて従います!」
村長も声を震わせながら言った。
「神が……神が救いを与えたのか……」
(いや、神じゃなくてただの社畜だよ……)
ユウタは内心で苦笑した。
しかし同時に、強い実感があった。
(……俺は、この世界でならやれるかもしれない)
そう思えたのは、生まれて初めてかもしれなかった。




