第四章 第三話 制御中枢と“目覚める人型”
制御区画の中央へ向かって走りながら、
ユウタは自分の鼓動と遺構の鼓動が同じテンポになっていくのを感じていた。
ドクン……ドクン……ドクン……
(落ち着け……
ビビってる暇はない。
ここを止めなきゃ、村も国も終わりだ)
巨大な柱――制御中枢は、
近づくほど“情報量”を増してくる。
脳の奥に、
数式の羅列、魔術式の断片、
古い警告文のイメージが流れ込んでくるような感覚。
「ユウタ!」
クロウが叫ぶ。
「前は俺が押さえる! お前はあの柱に集中しろ!」
「頼みます!」
クロウとガロンが左右へ散り、
クレアがユウタの背中を守るように位置取る。
拘束体たちはまだ動かない。
ただ、胸部の拘束具の光がわずかに点滅していた。
(起動率……上がってきてる……!)
制御中枢の直前に立つと、
表面に刻まれた魔導文字が目に飛び込んできた。
「クレアさん、読めますか!?」
「す、少しだけ……!」
クレアが震える指で文字をなぞる。
「ここ……“起動核”……
こっちは“同調率”……
この列は……“観測対象”……?」
(観測対象=外界文明か……)
ユウタは護符を取り出し、
制御中枢のくぼみに差し込んだ。
カチリ。
瞬間、視界が白く弾ける。
◆制御アルゴリズムの“海”
ユウタの意識は、
どこまでも深い“情報の海”へ引きずり込まれた。
無数の線が繋がり、
文明レベルの数値、
人口、魔力濃度、軍備、技術――
あらゆるデータが“評価値”として並んでいる。
その中心に、一つの命令。
『敵文明を、芽のうちに刈り取れ。』
(……これが、遺構の“意志”か)
まるでゲームのAIパラメータを見るような感覚。
だがこれは遊びではない。
ユウタは数値を追う。
“文明レベル:中世前期”
“人口:100+α”
“軍備:軽武装 ・ 防衛線あり”
“技術:水利・農法・初等教育”
(全部……“評価されてる”)
そして、それに対して返される出力。
『必要兵装:進化種+新型(汚染・高速・知性)
覚醒進行度:第一段階完了
次段階:試験的人型兵装の起動』
(……“試験的人型兵装”!?)
ユウタは、思わず制御核の奥へ手を伸ばすイメージを描く。
(ふざけるな……
勝手に戦争を始めて、勝手に文明を殺すな!)
その瞬間、別の文字列が浮かび上がった。
『エラー:制御権限レベル不足。
外部個体による改変は許可されていません。』
(権限レベル……?)
さらに別の行。
『管理者権限:王家血統+魔導術式認証』
「……王家、血統……?」
ユウタははっと顔を上げた。
「リュミエラ……!」
ここにいない彼女の名が思わず口から出る。
(そうか……
魔導文明の王家の血を継いでいるなら――
制御権限を“奪い返せる”可能性がある!)
だが今ここに彼女はいない。
そして、制御核は冷徹に処理を続けていく。
『外部干渉を検知。
観測レベルを引き上げます。』
「まずい……!」
◆Watcher-βの介入
その時だった。
制御区画の空気が、
“ぴしり”と割れたような感覚が走る。
ガロンが振り向き、悲鳴のように叫んだ。
「来たぞ!!
あれ……外で見た“目”のヤツと違う!!」
制御中枢の上空に――
真紅の単眼が浮かんでいた。
昨日の知性持ちよりも、
はるかに大きく、
深く、
冷たい光。
「……Watcher-β(第二世代監視個体)……」
ユウタが呟く。
クロウが剣を構える。
「あれが“頭脳”か?」
「いえ、“端末”です。
制御核の“眼球”みたいなもの。」
Watcher-βの視線が、
ユウタへ向く。
ぞわり、と背筋をなぞる悪寒。
(見られてる……
俺の思考パターンまで読み取ろうとしてる……)
赤い光が瞬き、
制御区画全体に“命令”が走った。
『侵入者の抵抗レベルを確認。
試験的人型兵装を一体、覚醒させます。』
「やばい!!」
◆人型拘束体、一体目覚める
その瞬間――
一体の拘束体が、
ピクリと痙攣した。
胸部の魔力管が赤く光り、
拘束具が外れていく。
カチ、カチ、カチ……
クレアが悲鳴を上げる。
「と、解けてる……!!」
クロウが前へ出る。
「ユウタ!!
こっちに集中しろ!!
お前は制御核を探れ!!」
「はい!!」
ガロンが叫ぶ。
「俺が援護する!!」
拘束体は、
ぎこちない動きで一歩踏み出した。
しかしその一歩は――
人間のそれより重く、速い。
ドンッ!!
床が震える。
クロウが目を細める。
「……重さと筋力が人間の比じゃねぇな……
こいつ、本当に“途中”か?」
(こいつが完成したら……
ゾンビなんて比じゃない……!)
ユウタは歯を食いしばり、
再び制御アルゴリズムへ意識を潜らせる。
◆制御核との“綱引き”
情報の海に飛び込みながら、
ユウタは“別の道”を探った。
(管理者権限は無理でも、
“報告ルート”ならいじれるはず……)
遺構は、外界文明の情報を
「観測 → 解析 → 兵装選定」
の順で処理している。
(なら、その“観測値”を少しだけ歪ませれば……
必要兵装レベルを下げられる!)
数値が見える。
文明レベル:3.2(仮)
軍備レベル:2.7
危険度推定:B+
(ここの“危険度”を下げる……!)
ユウタは、
自分の頭の中にある“ゲームの経験値カーブ”を利用して、
「戦闘力評価」の式を組み替えるイメージを送り込む。
(俺たちは“脅威じゃない”……
遺構にそう勘違いさせるんだ……!)
制御核が反発する。
『エラー:値の改変を検知。
外部個体の干渉レベルを引き上げます。』
(くそ……!)
情報の波が激しくなり、
視界がぐらりと揺れた。
その外側で、
クロウたちの戦いが始まっている。
◆拘束体 vs クロウ
人型拘束体が腕を振る。
鈍重そうな動きなのに、
空気が裂ける音がした。
ブンッ!!
「っ!!」
クロウが紙一重で避け、
脇腹を掠めた衝撃だけで地面がえぐれた。
「こいつ……力だけなら進化種以上だ……!」
ガロンが矢を連射する。
だが――
拘束体の皮膚は石のように硬く、
矢が浅く刺さるだけ。
「効きが薄い!!」
「関節を狙って!!」
クレアが叫ぶ。
「関節はまだ“固定されてない”はず!!」
ガロンが頷き、
次の矢を膝へ向けて放つ。
ガンッ!!
かすかに姿勢が崩れた。
クロウがその隙を逃さない。
「うおおおお!!」
槍の穂先が、
拘束体の首の付け根――
拘束具と肉体の隙間へ突き刺さる。
グシャッ!!
赤黒い液体が飛び散り、
拘束体がぐらりと揺れた。
だが――倒れない。
「まだかよ……!」
「クソッ……!」
クロウが槍を引き抜く瞬間、
拘束体の腕が振り下ろされる。
ドガッ!!
「ぐっ……!!」
クロウの体が横へ吹き飛び、
床を転がった。
「クロウさん!!」
クレアが駆け寄る。
「大丈夫だ……骨は折れてねぇ……
だがこいつ、本気出してねぇぞ……!」
◆ユウタ、“別の鍵”を見つける
情報の海の中で、
ユウタはひとつの“穴”を見つけていた。
(……あった)
制御核には
“兵装出力”とは別に、
テストモード が存在していた。
『試験運転時:出力30%固定』
(今はまだ“完全戦闘モード”じゃない……
試験段階なら、出力制限がかかってる……!)
ユウタは、そのフラグに手を伸ばす。
(頼む……
消えるな……!)
魔導文明の言語は難解だが、
構造は“プログラム”に似ている。
条件分岐。
ループ。
フラグ。
そのひとつを、
ユウタは自分の知識で“上書き”するイメージをぶつけた。
『テストモード:継続。
本起動条件:管理者権限承認まで保留』
制御核が一瞬固まる。
『……確認中……』
(今だ!)
ユウタは叫んだ。
「クロウさん!!
あいつ、今は“テストモード”です!!
出力は30%固定!」
「……どういうことだ!」
「つまり――
今の強さが“限界値”です!!
これ以上は強くならない!!」
クロウの目がギラリと光る。
「そういうことなら――」
地面を蹴る。
先ほど食らった一撃の痛みなど、
忘れたかのように。
「ぶっ倒すだけだ!!」
◆試験個体・撃破
拘束体が腕を振る。
今度は、クロウは正面から受けず、
わざと至近距離へ潜り込む。
ガロンの矢が再び膝を撃ち、
クレアが投げた薬草の粉が
拘束体の目の位置にぶつかる。
視界を持たないはずの拘束体が、
微かに動きを乱した。
(魔力感知器官に干渉した……!)
その一瞬――
クロウの槍が
真横から首元を薙いだ。
ズシャッ!
拘束具ごと首が砕け、
拘束体の身体が大きくのけぞる。
ドォン……
巨体が崩れ落ち、
床が揺れた。
赤い魔力管の光が消える。
「……はぁ……はぁ……!」
クロウが膝に手をつき、
息を整える。
「一体……やったか?」
「はい……!」
クレアが涙目で頷く。
「生命反応……感じません……!」
ガロンが安堵の息を吐いた。
「おっそろしい強さだったが……
まだ“途中”って感じだったな……」
◆Watcher-βの“視線”
しかし、Watcher-βはまだ上空に浮かんでいた。
その単眼が、
じっとユウタを見下ろす。
冷たい。
評価するような、
解析するような目。
「……何考えてやがる……」
クロウが剣を構え直す。
Watcher-βは、
まるで興味を失ったように
一度だけ瞬きをした。
そして――
制御核の奥へ溶けるように消えた。
「消えた……?」
ユウタは嫌な寒気を覚えた。
(……“様子見”は終わったってことか)
制御核から、
新たな情報が流れ込んできた。
『試験結果:侵入者の戦闘能力を評価。
次段階兵装:調整中。
覚醒率:第二段階へ移行』
「第二段階……!」
クレアが震える。
「ユウタさん……
止めたんじゃ……?」
「いいえ。」
ユウタは正直に言った。
「“本起動”は遅らせました。
でも、完全には止められていません。
だから――」
制御核の文字列を見つめ、
ユウタは小さく笑った。
「まだ、権限者 を連れてくる必要があります。」
「権限者……」
クロウが眉をひそめる。
「つまり、リュミエラか。」
「はい。
王家血統+魔導術式。
彼女なら、制御核へ“正式ログイン”できるかもしれません。」
ガロンが不安そうに言う。
「でも……
そんな危ない場所に姫様を連れてくるのか?」
「……連れて来たくありません。」
ユウタは苦く笑った。
「でも、このままじゃ
遺構は次の兵装段階へ進み続ける。
“本当の停止スイッチ”に触れるには、
彼女の力が必要です。」
沈黙が落ちる。
クロウが静かに言った。
「……あいつなら、来ると決めたら来るだろうな。」
クレアも頷いた。
「きっと“国を守るため”って笑って言う……」
(だからこそ、
俺が“道筋”を作らないといけない)
ユウタは制御核から護符を引き抜いた。
制御区画の光が少しだけ弱まる。
(今はこれで限界だ……
一旦戻って、リュミエラと次の手を打つ)
帰り道。
並んだ拘束体の列が、
ほんの少しだけ“こちらを見ている”ように感じた。
(気のせいだと……思いたいけどな)
遺構の鼓動は、
先ほどより僅かに速くなっていた。
ドクン、ドクン、ドクン……
(急げ。
本起動の“前”に、決着をつける)
ユウタたちは制御区画を後にした。




