第四章 第一話 中層への門――制御区画の手前まで
夜明け前。
遺構の脈動が鼓膜の奥を揺らす時間帯――
ユウタたちは前線基地で装備を整えていた。
クロウは槍と短剣を背に、
ガロンは弓と火矢を束ね、
クレアは薬草袋と包帯を肩に掛け、
そしてユウタは地図代わりの板と“護符”を胸ポケットへ。
「全員、準備は?」
「問題なし。」
クロウが言う。
「昨日の戦闘で見せた奴ら以上の連中が来るはずだが……
俺たちで突破する。」
「逃げ道はチェック済みだ。」
ガロンが頷く。
「薬は……十分に。」
クレアは震えながらも、目だけは強かった。
ユウタは前へ出る。
「じゃあ……行こう。」
三人が頷く。
前線基地から遺構までは、
中道で五分ほどだ。
だが、その五分が永遠に思えるほど静かだった。
鳥の声がない。
風も止んでいる。
遺構から漏れる黒い霧だけが、
木々の間を滑るように漂っていた。
(……これが中層起動の証。
外殻は“門”にすぎない)
◆遺構前――亀裂の向こうへ
ユウタたちは外殻層の亀裂へ到着した。
内部の青白い光は、前回より強かった。
(内部エネルギーが増している……)
「入るぞ。」
ユウタが先頭に立ち、
四人は狭い亀裂を抜ける。
◆外殻層――“昨日の広間”が変質していた
広間へ出た瞬間、
クレアが息を呑む。
「壁……色が違う……」
広間の壁一面に、
黒い筋が走っていた。
まるで血管のように、脈動と同じリズムで脈打っている。
クロウが剣を構える。
「昨日来た時は、こんな模様はなかったぞ。」
「はい。」
ユウタは壁へ近づき、
指を伸ばし――触れずに止める。
(これは……魔力回路が“外殻層”まで伸びてきてる……)
「起動核の活動が強まったんです。
エネルギー供給が外殻まで逆流してる。」
ガロンが首をかしげる。
「つまり……どういうことだ?」
「簡単です。」
ユウタは静かに告げた。
「遺構は、中層へ“案内”する準備を整えた。
制御区画へ行け……という意味です。」
クレアが震える声で言う。
「……そんな、まるで……
誘われてるみたい……」
「誘われてます。
遺構は、俺たちを“敵の起動条件”として認識している。」
クロウは顔をしかめた。
「クソッ……面倒な文明だな。」
「でも、誘われているということは“通路が開く”ということです。」
ユウタは視線を広間奥の壁へ向けた。
前回は崩れて塞がっていた壁の一部が、
今は薄く光っていた。
(あそこだ……
中層への“階層通路”)
◆中層への“光の門”
ユウタたちが近づくと、
壁の結界のような光がわずかに揺らいだ。
「ユウタさん……
本当に……行くんですね。」
「行くよ、クレア。」
ユウタは護符を取り出し、壁へかざした。
その瞬間――
壁が“水の面”のように揺れ、奥に沈んだ。
クロウが目を見張る。
「通路が……開いた……!」
「魔導文明の鍵と、遺構の“文明反応”の両方が条件だったんです。
今なら通れる。」
ユウタは深く息を吸う。
「行こう。
中層――制御区画へ。」
◆中層:沈黙と“脈動の迷宮”
通路を抜けた瞬間、
空気が変わった。
外殻層より暗い。
だが、壁の筋が赤く脈動しているため、
完全な闇にはならない。
通路は三本に分岐していた。
「迷路……?」
クレアが不安そうに言う。
「はい。」
ユウタが即答する。
「これは“侵入者阻止用の通路構造”。
ただの迷路じゃありません。
――動きます」
「動く!?」
三人が同時に驚いた。
「遺構は、侵入者の進路を“最適化”して誘導するんです。
つまり――」
ユウタは壁の脈動を見つめる。
(導線が、こっちへ流れている……)
「――右です。」
クロウが少しだけ驚いた顔をした。
「根拠は?」
「魔力線の流れ。
中枢へ向かう電力と同じ向きです。」
「なるほどな……」
四人は右の通路へ入る。
壁の脈動が強まっていく。
ガロンが周囲を警戒しながら呟いた。
「……静かすぎる……」
クロウも剣を握り直す。
「だが罠っぽい仕掛けは見当たらねぇな。
すり抜けろって言ってるみたいだ。」
「ええ。
ここの目的は“選別”です。」
「選別……?」
「侵入者が“どの階層まで到達できるか”を試してるんです。
だから、罠は中層後半から出る。」
通路を進むにつれ、
壁の赤い脈動が強くなり――
鼓動音がはっきり聞こえるようになった。
ドクン……ドクン……ドクン……
(起動核の音が……近づいている)
◆中層・転移室
十五分ほど進んだ頃。
目の前が急に開けた。
「ここは……?」
クレアが周囲を見渡す。
丸い部屋。
中心には円形の台座があり、
その上には蒼白い光の柱が立っていた。
クロウが眉をひそめる。
「魔導文明の……転移装置か?」
「可能性はあります。」
ユウタは慎重に近づく。
「だけど、これは“転移”じゃない。」
台座の上の光が、
まるで“映像の残滓”のように揺らめいた。
「これは……記録だ。」
クレアが息を呑む。
「魔導文明の……記録?」
ユウタは護符を取り出し、台座の光へかざす。
光が、ひときわ強く瞬いた。
◆浮かび上がる“残像”
光がひとつの形を取る。
人影。
ローブを纏った人物。
その姿は、肉体ではなく魔力の残像。
そして声が響く。
『……本装置は、魔導武装計画・第七号“自律戦闘生体”の制御核である』
ユウタの心臓が跳ねた。
(やっぱり……!
これは“生体兵器計画”だ!!)
声は続く。
『外界の文明活動を感知次第、
敵性存在と認識し、自律的に兵器生産を開始する』
クロウが怒鳴る。
「ふざけるな!!
文明が発展したら勝手に“敵”って……!」
クレアは唇を震わせた。
「……そんな……
じゃあ、この世界は……ずっと……?」
残像は淡々と言葉を続ける。
『抑止力の継続こそ平和である。
敵文明を“芽”のうちに刈り取ることが、
魔導世界の安寧を守る唯一の道』
「抑止……?」
ガロンが呟く。
「なんだそれは……?」
ユウタは拳を握った。
「……これは“狂った安全保障思想”だよ。
相手が攻める前に、文明を破壊してしまおうっていう。」
クロウが歯ぎしりする。
「そんなもの……平和でもなんでもねぇ!!」
『本記録は、起動核覚醒率20%時点で解放される』
残像の声が淡々と告げる。
『以降、敵文明の活動に応じて兵装を段階的に起動する』
ユウタは息を呑む。
(進化種……新型……
全部、段階的起動……)
『最終段階では、“完全体”の生体兵器を覚醒させる』
「完全体……?」
クレアがこわごわ聞く。
「ユウタさん……それって……?」
(……たぶん“次元が違う”)
「最悪の兵器です。
ゾンビでも進化種でもない。
純粋な……魔導生体兵器の完成形」
クロウが低く言う。
「遺構が、本気で殺す気で来るってことか。」
「はい。」
◆制御区画が呼んでいる
残像はやがて沈み、光は消えた。
沈黙。
息苦しいほどの沈黙。
ガロンが言う。
「……ユウタ。
俺たち、どうすればいい?」
「制御装置まで行きます。」
ユウタは即答した。
「遺構の“自律思考”を止める方法を探す。
必ずある。
魔導文明の制御層は、高度すぎるが……
俺たちなら読める。」
クレアが首を振る。
「でも、完全体なんて出たら……!」
「出る前に止める。」
ユウタは壁の脈動を見る。
魔力線は、
まっすぐ奥へ伸びていた。
(制御区画は近い)
「行こう。
ここから先が――
本当の“中層”だ。」
三人が頷いた。
通路の奥から、
赤い光が“呼ぶように”点滅している。
ユウタたちは、
その光の奥へ踏み出した。




