第二章 第七話 遺構の封印と、“脈動する音”
遺構の前に立った三人は、言葉を失っていた。
森の中に、突然現れた人工構造物。
石造りの壁は古くひび割れ、苔に覆われているが――
崩れ落ちていない部分は異様なほど頑丈だ。
(この構造……
現代の鉄筋コンクリートより強度がある。
“文明の残骸”じゃない……
これは、“高度文明の遺跡”だ)
ユウタは背筋が震えるのを感じた。
クロウが壁を指で叩き、唸る。
「……何百年も前の建造物らしいが……
まるで昨日積みあげたような硬さだ」
「こんなものが森の奥に……?」
ガロンが目を細めて周囲を警戒する。
「王都の学者たちが探しても見つからなかった遺跡が、
こんな近くに眠っていたなんて……」
クロウが苦々しく言う。
「だが……おかしい。
ここは、ただの森だったはずだ。
こんな大きな遺構が見つからないなんて……ありえん。」
(クロウの言う通りだ)
ユウタも違和感に気づいていた。
(遺跡は“隠されていた”。
森が自然に覆ったにしては、壁の位置と樹の配置が不自然。
これは……“意図的に森で覆われた”ような密度だ)
◆
ユウタが遺構の正面に回ると、
そこには半ば埋もれた“扉”のようなものがあった。
石の向こうに、金属の縁。
手で触れると――
コン、コン……
金属独特の高い響きが返ってきた。
「金属製……?」
ガロンが驚く。
「この世界には、こんな巨大な金属扉を作れる技術は無かったはず……」
「違う」
クロウが低く言う。
「“昔の”技術だ。
伝承では、千年前……
“魔導文明”の時代には、
鉄より硬い“オリカルク”と呼ばれる金属で建物を作っていたという」
「オリカルク……」
(ゲームでよく聞くやつだ……)
だが実物を見るのは初めてだ。
◆
ユウタがさらに扉に近づこうとした、その時だった。
――ドクン。
(……ん?)
胸に手を当てたわけではない。
だが、空気の中に“脈動”が走ったように感じた。
「今……何か聞こえたか?」
クロウも眉をひそめる。
「……鼓動みたいな……」
「俺も聞いた」
ガロンも弓を構えたまま言った。
三人が同時に“感じた”。
――ドクン。
遺構の奥から、鼓動のような低い音。
生き物の心臓のようでもあり、
巨大な装置の作動音のようでもある。
(やっぱり……
この遺構、“生きてる”のか……?)
ユウタの背筋に悪寒が走る。
◆
「待て」
クロウがユウタの肩を掴んだ。
「先へ進むな。
何があるか分からない。
罠かもしれん。
内部に“あれの元凶”が潜んでいる可能性もある」
(クロウは正しい)
だが――ユウタの脳は高速で回り続けた。
・黒い血
・進化種の異常な耐久
・王都陥落前の“黒い光の柱”
・高度な文明の遺構
・内部からの脈動
(全部繋がってる……
ここは“世界が壊れ始めた原因”を説明できる場所だ)
ただ探索するだけでは足りない。
この遺構の内部構造、地形、危険度を把握しなければならない。
ユウタは静かに言った。
「……内部へ入るのは危険すぎます。
でも、“入口周辺の地形”だけは見たい」
クロウは考え、やがてゆっくり頷いた。
「……いいだろう。
だが、俺から離れるな」
「もちろんです」
◆
三人は遺構の外壁に沿ってゆっくりと移動した。
壁の一部が斜めに崩れ、
そこから内部へ続く“亀裂”があった。
幅は狭いが、人が一人なんとか通れる程度。
「ここが……入口代わりになるか」
ガロンが亀裂の奥に矢を放つ。
音はしない。
「敵はいない……?」
「いや……」
ユウタは耳を澄ませた。
(風……?
いや、これは……空気の流れだ)
外へ流れている空気ではない。
内部から外へ“押し出される”気圧の流れ。
(中に……何かが“動いている”。
それが空気を押し出している)
そこで、再び――
――ドクン。
三人が同時に身を固くした。
脈動は、先ほどよりもわずかに強い。
「クロウさん……
この遺構、最近“動き始めた”気がします」
「動き始めた……?」
「はい。
もしかすると――
グールの進化や出現頻度は、
この“遺構の再起動”に関係している」
クロウとガロンが同時に息を呑む。
◆
「……少しだけ、中を覗く」
ユウタは言った。
「覗くだけだ。
奥へ行くつもりはない」
「覗くだけなら……」
クロウが剣を抜いた。
「俺が先に行く」
「いや、狭いから俺が先に確認します」
ユウタは制止した。
「俺は“見るだけ”が得意です。
危険度の判断もできます。
クロウさんは戦闘担当だから、
後ろで構えておいてください」
クロウは苦悩の表情を見せたが、最終的には譲った。
「……死ぬなよ」
「はい。
死にません。」
◆
ユウタは、遺構の亀裂へゆっくりと身体を滑り込ませた。
空気は冷たく、鉄と土の匂いが混ざっている。
一歩進むごとに、内部の“脈動”が少しずつ大きくなる。
(これはただの遺跡じゃない……
“何かが稼働している”)
暗闇の奥。
その先に――
淡く青白い光 が揺れていた。
(……光源?
魔導ランプ……じゃない。
波がある……鼓動と同期してる……?)
ユウタの心臓も脈を早めていく。
そして、光の方向に“影”が揺れた。
人型ではない。
だが、明らかに動いていた。
(……何だ……?
まさか……まだ“動いてるグール”が……?)
息を殺す。
すると――
「……ア……
……アア……」
言語とも呻きともつかぬ、
低い声 が、暗闇の奥から響いた。
(……生きてる……?
いや……違う。
これは――)
その瞬間、
ユウタの足元の石が微かに振動した。
遺構全体が、
まるで“目を覚まそう”としているかのように。
ユウタは静かに後退し、
クロウとガロンの元へ戻った。
「戻ったか……無事……か?」
「はい……
でも、わかりました」
ユウタは息を整え、二人に告げる。
「この遺構は――
“今、何かを生み出している”。」
クロウが愕然とする。
「生み出す……?」
「はい。
昨日の進化種は、
“ここから出てきた”可能性が高いです。」
ガロンが震え声で言った。
「じゃあ……
村を襲ったグールは……
森から来たんじゃなく……
ここで作られた……?」
「その可能性が高いです。」
ユウタは遺構の亀裂を見つめた。
(“黒い血”も、“脈動”も……
全部、内部の何かと関係している)
(これは……
ただのゾンビの世界じゃない。
“文明が壊れる直前の残滓”が、まだ動いている世界だ)
ユウタは静かに言った。
「次のターンで……必ず、本格調査に入る必要があります。」
クロウが頷いた。
「俺も腹をくくった。
これは……ただの生存戦じゃない。
“世界の仕組み”そのものが、戦っている。」
森の奥から風が吹き、
遺構の壁がきしむ。
脈動は――
先ほどよりも、わずかに大きくなっていた。
(……早くしないといけない)
(この遺構が“完全に目覚めたら”、
村は――いや、世界は……)
ユウタは拳を握った。
「帰ろう。
村に……“次の準備”を伝える。」
三人は静かに森を後にした。
背後で――遺構がまた、
低く、深い“鼓動”を響かせていた。




