5.第三王子リュシアン
冷たい雨が降っている。
同胞の屍がそこら中に散らばっている、その中に吾は立っている。
また近づく魔法の気配。
一閃で薙ぎ倒す、が、足元がふらつく。
魔力はもう、残っていない。
あいつは、どこだ。
吾は必死に周りを見渡す。
どこへ行った!
死んだのか?
まさか、あいつが!
一瞬の油断を突き、魔炎が全身を包んだ。
吾を…見捨てたのか…
あいつは…
「おはようございます、リュシアン様。
本日はお兄上と弟君の出立の日でございますよ」
氷点下の声が降ってくる。
リュシアンが渋々目を開けると、ベッド周りの豪奢なカーテンを開けて、従者で家庭教師のアルマンが見下ろしていた。
「…俺には関係ないな」
リュシアンは強いて冷たく無関心を装う。
本当に無関心になれたら、どれだけ楽だろうと思いながら。
「ま、関係はないですが、一応外聞もありますのでね。
さっさと起きてお見送りに出ていただかないと、こちらのメンツもございますから」
幼馴染の気安さでぞんざいに言うとアルマンはリュシアンの抵抗をものともせずに魔法で上掛けをはぎ取って、リュシアンの背と枕の間に手を入れて抱き起して座位にする。
リュシアンの前に座卓が現れ、食事が湯気を立ててぱっぱっとテーブルに載ってくる。
「さ、召し上がったら、すぐにお着替えを遊ばして、まずは兄上様のお見送りでございますよ」
温かいお茶を注ぎながら、アルマンはてきぱきと言う。
アルマンのこの割り切り方は称賛に値するよな。
リュシアンは嫌々スープを口に入れる。
食べないと司厨長がすっ飛んできて、第三王子が食べなかった食事の責任を取るべく厨房の誰かをクビにしなければならないのかと危惧する。
危惧するだけならまあいいが、第三王子に対するそこはかとない蔑みを感じなければならないのが苦痛だ。
このエクラロンシエル国の第三王子であるリュシアン王子は、魔法がほぼ使えない。
全く魔力がなければ生まれてすぐに死ぬそうだから、死なない程度の魔力が存在しているだろう、というだけで魔法省の省長でも感じられないほどのわずかな魔力だ。
これは由々しき事態だ。
王国の誰もがそう思った。
エクラロンシエル王国の国民は、周辺諸国の民に比べて魔力が強い。
王族は特に代々強大な魔力を有し、この世界の安定を維持してきた。
その昔、天界と人間界の大戦の折に滅びた二人の大魔術師の一番弟子がこの国を興したという伝説の上に、この国の成り立ちがある。
その王族、しかも直系の第三王子に魔力がほとんどないとは…
王は世界中から有識者と有力な魔術師を集めて研究させ、なんとか第三王子の魔力を増幅させられないかと試みたがことごとく失敗に終わった。
以来、第三王子リュシアンは表には出ず、宮殿の奥深くに籠って過ごしていた。
重い病気に罹っているのだとか、いや実はもうこの世にはいないのだとか、巷間には様々な噂が流れていた。
魔力がないなりに生きる術を身に着けるべく、リュシアンは日々様々な勉強や稽古に励んでいた。
しかしそれを知っているのは極々一部の人間に限られ、王宮の中、更には兄弟までが魔法の使えないリュシアンを軽んじていた。
そして現在、リュシアンは18歳の誕生日を明日に控えている。
「兄上は今どこに?」
リュシアンは急いで食事を摂りながら、部屋の中を忙しなく動き回っているアルマンに尋ねた。
「アドリアン様ですか?
それともマチュー様ですか?」
アルマンはリュシアンの衣服を小姓に命じて揃えさせながら、長兄の王太子である第一王子と次兄の第二王子の名前を挙げる。
「マチュー兄上だよ。
もう、魔法省に入ったのか?」
「さようでございますね、朝早くから王宮内がバタバタと騒がしかったのですが…
今はだいぶ静かになりましたので、恐らくマチュー様だけではなくエメリック様も準備は調えられたかと」
アルマンはさらっと言い、驚いたリュシアンが思わずスプーンを置くと上に載った料理ごと座卓が消えた。
「え、エメリックのほうが出立は後だろ?」
弟の第四王子までが、もう魔法省に入ったのか。
リュシアンは慌ててベッドから降りてその場に立つ。
と、体中を撫でられるような感覚とともに、瞬時に着替えが終わる。
自分でこれができたら。
リュシアンは忸怩たる思いを必死に嚙み殺す。
国の存亡、ひいては人類の滅亡に関わるこの一大事に、自分だけが役立たずでいる口惜しさを感じなくて良いものを。
俺だって、マチュー兄上やエメリックのように国の果てまで飛んで魔法物質を集める旅に出たかった。
アドリアン兄上のように、王宮と国を守るために病気の父上のサポートをしたかった。
何故俺だけが。
兄弟のみならず、全人類が持っている魔力を持たずに生まれてきたのだ。
俺の生きている意味ってなんだ?
俺はこの世界のどこかに存在意義を見出せるのだろうか?




