4.森の精…?
セレストは急いで森へ向かってほとんど走るようにして行った。
魔法が使えりゃなあ…こんな距離すぐなのに。
ぜいぜいはあはあ、みっともないったら。
息を切らしながら心の中で愚痴りまくる。
ベルナールさんって遠隔魔法使えたっけ?
送って、というか飛ばしてもらえばよかった。
そこまで考えて、セレストは首を横に振る。
そうか、魔法のニオイが少しでもしたら森に拒絶されちゃうよね。
まあ、みっともなくたって、誰もここまでは来やしないのだし別にいいんだけど。
セレストは森の入り口にたどり着くと、膝に手をあててふうーっと大きく息をついた。
顔を上げると、折り重なるようにして枝を伸ばしている木々と腰の高さまである下生えの草が、一斉に避けて森の中に一本の道ができる。
付近に住む一般の人たちは、量の多寡はあれどごく普通に魔法を生まれ持っているのでこの森には入れない。
樵や狩人だけでなく、近所のおかみさんたちが木の実や果物を採ることすらもできない。
人の手が入らない森は荒れ放題で真っ暗で怖くて、幼いころのセレストはおばさんや町の人たちに脅されるようにして、泣きながら森に入ったものだ。
天界との戦争で焼き尽くされその後長い年月を経て再生した、人を拒絶する灰の森が唯一、自ら道を作って中へ誘うのがセレストだった。
普通だったら、そんなわたしは畏怖される存在になるのではないだろうか。
神のように崇め奉られるか、または呪われた存在として徹底的に排除されるか…
そのどちらでもなく何も変わりなく、毎日毎日ただただこき使われ搾取される日々。
孤児だからって、魔法が使えないからって、こんな人生はあまりに理不尽だ。
そりゃあ、悪の化身とか言われて苦しまされて殺されるよりはいいかもしれないけど。
でもこのままではいつかそうなってしまうかもしれない。
セレストは大きくため息をつくと、森に足を踏み入れる。
早くしないと、おばさんに怒られる。
幼いころのように打擲されることは減ったけど、やっぱり怒ったおばさんは怖い。
インプリンティングされてるのかもしれない。
セレストが進もうとする方向の木々や草たちは身を倒して避け、果実なのか動物なのか虫なのか判らないが森の中にぼうっと明かりが灯る。
「えーっと、今日はヴェルモラとニュクスルート、それにカルドリス…」
セレストがメモを読み上げると、道が三つに分かれた。
うぇ…全部バラバラの方向にあるのか…
面倒になってセレストは真っ暗い森の先に向かって声を張り上げた。
「シルヴァン!こらクソジジイ!助けてよ!」
『こらセレスト、クソジジイたぁ何だ!』
森に響き渡る声とともに、ばらばらと果実が落ちてくる。
「あ、カルドリスの実…
ありがとシルヴァン♡」
セレストは声のするほうへ投げキッスして、持っていた麻袋にカルドリスの実を拾って入れた。
『ったく、調子のいい…
しかし、今年はあまりどの果実も実りが良くないな。
薬草はまだましだが。
異変が近づいている』
「異変?ってなに?」
ベルナールやキャラバンの商人たちが言ってた、王様の病臥による国の魔法力の低下の話を思い出しながらセレストは訊ねる。
『天界の結界が綻びはじめてる。
そろそろ潮時か…
セレストもだいぶ大きくなったしリュ…』
シルヴァンの声は徐々に小さくなり、やがて小さなつぶやきを残して消えてしまった。
「おーい!シルヴァン!クソジジイ!
まだ終わってないよ!」
セレストは声を張り上げるが、静寂に包まれた森の奥に吸い込まれてしまい、返事はない。
「もーう!使えないジジイだわ本当に…
どっちから行こうかな!」
動物もほとんどいない、真っ暗な深淵のような森の中に取り残されると慣れていてもちょっと怖い。
セレストは大声で文句を言いながら足音高く進んでいった。
セレストが初めて森に入ったのは、まだよちよち歩きのころだ。
「魔法が使えないなら生かしておいても仕方ない」と町の人たちに放り投げられるように森に入らされた。
その時、人を寄せ付けないはずの森が、セレストを迎え入れるように一斉に左右に分かれ、人々は驚愕した。
森に入ったセレストは、シルヴァンと名乗る年配の男性の声に導かれて、貴重な薬草を採って町の人々の前に再び出てきた。
それを見た「雌牛と麦亭」の女将がこの子は引き取ると言い出したのだ。
セレストに言葉や文字や算数を教えたのはシルヴァンだ。
姿を見たことはないけれど、おじいさんぽい声だけど言葉は荒く若い人のような感じもする不思議な存在だ。
厳しくておっかないけど、優しいところもあるけどとにかく口が悪い。
シルヴァンがいなかったら、最初の時点でセレストは深い森に迷い込み、命を落としていただろう。
感謝すべきなんだろうけどなあ、魔法が使えないセレストの存在意義を与えてくれた人だし。
でも。一度でいいから姿を見てみたい。
どんな人なんだろう。
っていうか、そもそも姿のある人なのか?