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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
八章 今週の白石さんはおやすみです
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彼と彼女の後日談

 #27 さまふぇす


 ビーチバレー大会、蒼灯さんのペアは四位だった。

 準決勝で当たった四層探索者のペアに、惜しくも敗れてしまったのだ。相当な激戦を繰り広げたものの、あと一歩のところで届かなかった。


 手に汗握るビーチバレー大会が終わって、今のプログラムは海釣り大会。

 さっきまでの熱戦の余韻はどこへやら。思い思いに釣り糸を垂らす、ゆっくりとした時間が流れていた。


 となると、暇になるのが、医療スタッフことこの私。

 ビーチバレーと比べれば、怪我人の数はぐっと減る。近場の魔物もあらかた片付けたので、すっかり暇を持て余してしまっていた。


「……真堂さん」


 インカムに呼びかけると、少し間を置いて返事があった。


「どうした。何かあったか?」


 救助要請も怪我人もない時、真堂さんはマイクをミュートにして事務仕事をしている。邪魔をするのは忍びなかったが、一言断っておこうと思った。


「お仕事が、ありません」

「いいことだ」

「釣り、してきても、いいですか?」

「いいんじゃないか?」


:お

:行くのかお嬢

:お嬢、ついに出陣

:ピラルク釣った腕前を見せる時が来た


 桃ちゃんさん……じゃなくて、井口さんにもいいって言われてたし。ちょっとくらいならいいだろう。

 救護テントに、何かあったら連絡してくださいと書き置きを残す。次元ポーチからマイ釣り竿を引っ張り出し、ポイントを求めて歩き出した。

 釣り、実はちょっと好きなのだ。一人でのんびりやれるところがいい。


「……あれ」


 釣り竿を担いで岩場を歩いていると、蒼灯さんと井口さんの姿を見かけた。

 二人は人目につかない場所に座り込んで、何か話し込んでいる。ドローンカメラがないので、配信外のようだった。


:おや

:密会現場だ

:あらあらあらあら

:邪魔しちゃダメよ、お嬢


 わかってるって。そんなことしないよ。

 足音を立てないようそっと離れて、別の釣り場を探す。少し離れた場所にいい感じのポイントを見つけて、そこに陣取った。

 ひゅいっと一投。当たりが来るのを無心で待つ。

 ずしんと、重たい手応えが竿越しに伝わってきた。


「やー」


 釣り上げる。

 ゴマフアザラシだった。


:!?

:アザラシマジ?

:さらっととんでもねえもん釣ってるけど

:アザラシって釣り竿で釣れるものなの……?

:色々と無理がある

:あの、調べたらアザラシって百キロくらいあるらしいんですけど

:なんでその竿と糸で釣れんねん


「あざらしって、おいしいのかな」


:食うな食うな食うな

:リリースしなさい、リリース

:ほらお嬢、ばいばいして


「そっか」


 だめらしい。残念。

 リリースしたアザラシに手を振ると、アザラシはとぷんと波間に潜って消えていった。ばいばい。

 今度は食べられるものが釣れますように。そんな祈りを込めて、仕掛けを投げなおす。

 そうして釣れたジンベエザメを、食べてもいいかとリスナーと相談していたら、真堂さんから通信が入った。


「白石くん。ちょっといいか」

「え、はい。どうか、しました?」


 リスナー会議の結果、ジンベエザメも食べちゃダメらしい。リリースした彼(?)にも手を振っていると、真堂さんは構わず続けた。


「せっかくだ。少し、話でもしようかと思ってな」

「え、え、え。もしかして、お説教、ですか……?」

「いや、そういうわけではないが」

「……なんだ」

「なぜ不服そうにする……?」


 たぶん内緒のお話な気がするので、音声をミュートにする。その前に、ドローンカメラにもばいばいと手を振った。


:お嬢が……俺らに手を振った……!?

:うおおおおおおおおおおファンサだあああああああああああ

:ばいばいお嬢

:あれ、もしかして俺らもリリースされる?

:アザラシ、ジンベエザメと来て、次は俺らか

:やだやだやだやだリリースしないで

:ほらいくぞ、海の底に帰るんだ

:大丈夫、苦しいのは最初だけだから

:やだああああああああああああああああ


「ミュート、しました」

「すまんな。そう大した話でもないんだが」


 ちょっとだけ緊張して、竿を握ったまま居住まいを正す。

 こんな風に、あらたまって話をするとなると、もしかして。


「え、と。呪禍の、時のこと、ですか」

「……まあ、そうだ」


 呪禍戦のことについて、真堂さんときちんと話すのは初めてだった。

 あの時私は、真堂さんの命令を無視して、とんでもない無理をした。やったことに後悔はないけれど、怒られても仕方がないことをしたとも思っている。

 だけど、いまだにお咎めはない。かと言って、私の行動が認められたわけでもない。

 ずっと宙ぶらりんになっていて、正直居心地が悪かった。


「率直に聞きたい。白石くん、あの時何を思った」

「……え」

「当時はプレッシャーもあっただろうが、今なら冷静に語れるだろう。白石くん。呪禍と戦うことになった時、どう思った?」


 え、あの。もしかして、なんで失敗したのかを自分で説明しろってこと……?

 い、いや、たしかに怒られたいとは思って――ないけど。全然思ってないんだけど、どうせ怒られるなら、もっとはっきり言われたいっていうか。

 こういう風に迂遠的なやり方は、ちょっと違うなっていうか……。


「え、え、えと。やっぱり、お説教、ですか……?」

「いや、違う。君の考えを聞きたいだけだ」

「え、と……?」

「善悪を論じたいわけじゃない。カウンセリングみたいなものだと思ってほしい」


 か、カウンセリング……?

 よくわからないけれど、カウンセリングなら病院でも受けた。同じように、思ったままに答えればいいのだろうか。


「え、と。呪禍と戦うのは、その、怖くなかったわけじゃ、ないです。でも、私がやらなきゃいけないって、思ってました」

「仮に戦闘を避けられるとしたら、君はどうした」

「……それでも、挑んでいたかも、しれません。戦いたいって、思ってたので」

「それはなぜだ」

「強くなりたい、から。強くならないと、守れないから」


 嫌々戦ったわけじゃない。あれは私が望んだ戦いだ。

 呪禍との交戦が状況判断として正しかったってのもあるけれど、私自身も呪禍と戦いたいと思っていた。

 その気持ちは、今もそのまま残っている。


「もしもまた、ああいう状況になったのなら、君はどうする」

「戦います」


 この質問には、迷いなく答えられた。

 再び呪禍があらわれたのなら、私は迷わず戦いを挑む。

 強くなりたいから。もっともっと、強くなりたいから。

 力への渇望。そんな貪欲な熱情は、病院で休んでいる間も、日々研ぎ澄まされていった。


「……そうか。戦闘中は、どう感じた」

「えと。戦ってる時は、とにかく必死で。勝ちたくて、負けたくなくて」

「撤退することは考えなかったか?」

「はい。撤退するのは、嫌でした。私が逃げたら、きっともっと、ひどいことになるから。あいつは、ここで倒さなきゃって、思ってました」


 少し迷って、口ごもって。


「……だから。本当は、撤退命令も、聞こえてたのに。命令無視、しちゃいました。ごめん、なさい」


 結局、全部言ってしまった。

 嘘や隠し事は得意じゃない。何かを隠してるってだけで、そわそわとしてしまう。

 だけど、たぶん、これでよかったんだろう。


「謝る必要はないさ。言っただろう、説教ではないと」

「でも……」

「聞けてよかった。ありがとう」

「……はい」


 胸の中につっかえていたものが一つなくなる。

 やっぱり、きちんと話してよかったと思った。


「それで、その……。真堂さんは、どうすれば、よかったと、思いますか?」

「……そうだな」


 後悔はないけれど、あの選択が絶対に正しかったとも思っていない。

 何もかもを守りたくて、私は危うい賭けをした。結果的には勝ったけれど、もし負けていれば何もかもを失っていた。

 もしかしたら、真堂さんには正解が見えているんじゃないか。そんな期待を抱いてしまう。


「結論から言うと、君の取った行動は必ずしも正解だったとは言えない」

「……ですよね!」

「なぜ喜ぶ……?」


 あ、これ。そうそう、この味だ。

 ズバッと切られるこの感じ。これが欲しかったんだよ。


「あの状況で討伐に踏み切るのはやりすぎだ。キャンプ場の精鋭を選抜して遅滞戦闘に専心しつつ、地上からの援軍を待つ。それがもっとも確実性の高いプランになる」

「……へ?」


 真堂さんの言葉に、頭の中に疑問符が浮かぶ。

 言ってることは、わかるけど。でも、それだと、ちょっと。


「無論、呪禍を相手に即席のパーティで遅滞戦闘など絵空事だ。もし実行に移せば確実に犠牲が出るし、あの雨と襲撃の中で援軍を待つというのも難しい話だろう。……だが、君一人で呪禍と戦うという選択を避けるのならば、これくらいしか択はない」


 苦々しい声で、真堂さんは続ける。


「結局、あの状況で正解なんてなかったんだ。唯一正解に近かったのは、多大なリスクを背負って、不正解を正解に変えること。君が一人で呪禍を討つ以外に、犠牲を避ける術はなかった」


 ……やっぱり、そうなのか。

 ほんの少しの失望感に肩を落とす。

 真堂さんでもそうなのか。何もかもを救いたければ、そうする以外に方法はないのか。


「だから、あの件は俺の失策だ」


 真堂さんは続ける。

 私はそれを、黙って聞いていた。


「真に反省するべきは準備不足だ。六層級の魔物が引き起こす大規模な迷宮災害に抗する術を、我々日本赤療字社は備えておかなければならなかった。その不足があの事態を招き、君に多大な負担を強いる結果となってしまった」


 そんなことはない。

 準備不足なんて嘘だ。真堂さんも三鷹さんも、いつもいっぱい努力してくれているじゃないか。

 だけど、どんなに頑張ったって、人間にはできないことってやつがある。


「すまなかった、白石くん。……本当は、もっと早く謝るべきだったんだがな」


 違う。そうじゃない。

 そんな言葉が聞きたいんじゃない。真堂さんに謝ってほしかったんじゃない。あの戦いの責任を、誰かに取ってほしかったわけじゃない。

 私だって間違えた。私だって失敗した。なのに、なんで。


「……なんですか、それ」


 なんだか、頭が沸騰しそうになって。

 ぐちゃぐちゃになって、わけもわからないまま、言葉を吐き出す。


「そんなこと、ないです。真堂さんも、三鷹さんも、いつもすっごく、がんばってるじゃ、ないですか」

「その努力が足りなかったという話だ。俺たちに求められているのは努力じゃない。純然たる結果だ」

「でも……!」

「我々日療が預かっているのは人の命だ。当然、その中には君のものも含まれる。我々はもう少しでそれを取りこぼすところだった」


 言いたいことがあるはずなのに、言葉がうまく出てこない。

 なんなんだろう、この感情は。私は何を言いたくて、こんなにも一生懸命考えているんだろう。

 わけがわからない。わからないけれど、彼に謝らせてしまったことが、なぜだかすごく悔しくて。


「真堂さん。違います、真堂さん。私は。私は……!」

「白石くん」


 真堂さんは遮るように言う。


「次は、君にあんな無理はさせない。必ずだ。そう、約束する」


 らしくなく熱が入ったその言葉は、私よりも悔しさに満ちていたから。

 私は、何も言えなくなってしまった。

 一呼吸して頭を冷やす。青い空と青い海を眺めて、私はじっと言葉を探した。


「……真堂さん」

「ああ」

「きっと、私たちって、まだまだ、足りないものだらけだと、思うんです」

「そうだな」


 なんで悔しかったのか、ちょっとわかったかもしれない。

 足りないのは私だって同じだ。真堂さんだけの責任じゃない。私だって、同じものを背負わなくちゃいけないはずだ。

 それなのに、彼にだけ謝らせてしまうのは、それは悔しいことだから。


「俺たち迷宮事業部には多くのものが足りていない。何もかもが急造で、本格的な救助体制すらようやくできたばかりだ」

「理想ばっかり、大きくて。守りたいものは、いっぱいあるのに」

「ただ、誰も死なせたくないだけなんだがな。それがこんなにも難しい」


 最高の明日ってやつが見たかった。誰もが笑っていられるような、そんな明日が。

 だけどあの戦いは、探索者()にとっては勝利でも、救助者()にとっては敗北だったのだろう。

 決死の作戦も、劇的な救助も、そんなものやらないほうがいいんだ。

 誰にも称賛されないくらい、当たり前に人を助ける。救助者にとっての勝利とは、そういうものだから。


「全てが完璧だとは言わない。今回のように、君に負担をかけてしまうこともある。だが、俺たちは、一歩ずつでも前に進んでいるはずだ」


 日療という組織に所属して、わかったことが一つある。

 世界ってやつは、当然に守られているわけじゃなくて。平穏ってやつは、当たり前に保たれているわけじゃなくて。

 それを守るために、必死になって頑張っている人たちがいるから、今日も日々は平和なんだって。


「だから、白石くん。……もう少しだけ、手を貸してくれないか」


 そう言われた時、なんだか不思議な感覚がした。

 さっきまで、言葉を探すのにあんなにも苦労していたのに。なぜだかこの時は、言いたいことがすらすらと出てきたのだ。


「真堂さん。私たちは同じものを見ていると思うんです」


 よどみなく話せたのなんて、いつぶりだろう。

 コミュニケーションは苦手だ。ゆっくり考えている間に、話がどんどん進んでしまうから。

 だけど、この言葉は、考えるまでもないから。


「もう少しなんて狭量なこと言いません。手を貸すなんて他人行儀なこと言いません。私たちには同じ理想がある。そのためなら、私はなんだって――」


 その時だった。

 遠く沖合から、巨大な水柱が吹き上がったのは。


「……え」

「あれは……。海竜種か?」

「みたい、です、ね」


 水柱を振り払って出てきたのは、大海を統べる大海龍。

 第三迷宮の海域に生息するボスモンスターだ。純粋な魔力量は五層クラス。海中で戦うとなれば、その危険性は六層魔物にも匹敵する。

 そんな魔物が急に出てきたので、びっくりしちゃって、話し方がもとに戻る。

 ……おかえり、あんまりうまく喋れない私。


「人の話を遮るとは、空気が読めないやつだな」

「真堂さんが、それ、言います?」


 大海龍は高く嘶きを上げ、盛んに大波を引き起こす。

 やつの縄張りで騒いだのが気に入らなかったらしい。あの魔物、どう見ても怒っていた。


「どうする、白石くん」

「倒します」

「わかった。行ってこい」


 思いのほか、すんなり承認が降りた。

 慎重な真堂さんにしては珍しい判断だ。あの大海龍だって、決して弱い魔物ではないのだけど。


「え、と……?」


 私の疑問が伝わったのか、真堂さんは自然に答えた。


「君なら、問題なく倒せるだろう」


 今しがた受け取った、温かい何か。

 それはきっと、いつもたくさんもらっている、心配ってやつだけじゃなくて。


「……はい、もちろん」

「無理はするなよ」


 大丈夫、無理なんてしない。そんなことしなくたって、危なげなくきっちり倒してくるさ。

 今度こそ、みんなが笑って終われるように。

 最高の明日を、掴み取れるように。

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― 新着の感想 ―
ていうかこう言う危険に対応するのは迷宮を管理してる団体では? 探索者は自己責任、で緊急事態に対する対応をまともにしてるように見えないんだけどな 警報とかを出してるのとライセンス管理はしてるけどそれ以外…
海にリリースされるかぁ ばいばいお嬢...
おはようございます。 アザラシとジンベエザメは食べられないかもですが、海竜種ならワンチャン…?
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