彼と彼女の後日談
#27 さまふぇす
ビーチバレー大会、蒼灯さんのペアは四位だった。
準決勝で当たった四層探索者のペアに、惜しくも敗れてしまったのだ。相当な激戦を繰り広げたものの、あと一歩のところで届かなかった。
手に汗握るビーチバレー大会が終わって、今のプログラムは海釣り大会。
さっきまでの熱戦の余韻はどこへやら。思い思いに釣り糸を垂らす、ゆっくりとした時間が流れていた。
となると、暇になるのが、医療スタッフことこの私。
ビーチバレーと比べれば、怪我人の数はぐっと減る。近場の魔物もあらかた片付けたので、すっかり暇を持て余してしまっていた。
「……真堂さん」
インカムに呼びかけると、少し間を置いて返事があった。
「どうした。何かあったか?」
救助要請も怪我人もない時、真堂さんはマイクをミュートにして事務仕事をしている。邪魔をするのは忍びなかったが、一言断っておこうと思った。
「お仕事が、ありません」
「いいことだ」
「釣り、してきても、いいですか?」
「いいんじゃないか?」
:お
:行くのかお嬢
:お嬢、ついに出陣
:ピラルク釣った腕前を見せる時が来た
桃ちゃんさん……じゃなくて、井口さんにもいいって言われてたし。ちょっとくらいならいいだろう。
救護テントに、何かあったら連絡してくださいと書き置きを残す。次元ポーチからマイ釣り竿を引っ張り出し、ポイントを求めて歩き出した。
釣り、実はちょっと好きなのだ。一人でのんびりやれるところがいい。
「……あれ」
釣り竿を担いで岩場を歩いていると、蒼灯さんと井口さんの姿を見かけた。
二人は人目につかない場所に座り込んで、何か話し込んでいる。ドローンカメラがないので、配信外のようだった。
:おや
:密会現場だ
:あらあらあらあら
:邪魔しちゃダメよ、お嬢
わかってるって。そんなことしないよ。
足音を立てないようそっと離れて、別の釣り場を探す。少し離れた場所にいい感じのポイントを見つけて、そこに陣取った。
ひゅいっと一投。当たりが来るのを無心で待つ。
ずしんと、重たい手応えが竿越しに伝わってきた。
「やー」
釣り上げる。
ゴマフアザラシだった。
:!?
:アザラシマジ?
:さらっととんでもねえもん釣ってるけど
:アザラシって釣り竿で釣れるものなの……?
:色々と無理がある
:あの、調べたらアザラシって百キロくらいあるらしいんですけど
:なんでその竿と糸で釣れんねん
「あざらしって、おいしいのかな」
:食うな食うな食うな
:リリースしなさい、リリース
:ほらお嬢、ばいばいして
「そっか」
だめらしい。残念。
リリースしたアザラシに手を振ると、アザラシはとぷんと波間に潜って消えていった。ばいばい。
今度は食べられるものが釣れますように。そんな祈りを込めて、仕掛けを投げなおす。
そうして釣れたジンベエザメを、食べてもいいかとリスナーと相談していたら、真堂さんから通信が入った。
「白石くん。ちょっといいか」
「え、はい。どうか、しました?」
リスナー会議の結果、ジンベエザメも食べちゃダメらしい。リリースした彼(?)にも手を振っていると、真堂さんは構わず続けた。
「せっかくだ。少し、話でもしようかと思ってな」
「え、え、え。もしかして、お説教、ですか……?」
「いや、そういうわけではないが」
「……なんだ」
「なぜ不服そうにする……?」
たぶん内緒のお話な気がするので、音声をミュートにする。その前に、ドローンカメラにもばいばいと手を振った。
:お嬢が……俺らに手を振った……!?
:うおおおおおおおおおおファンサだあああああああああああ
:ばいばいお嬢
:あれ、もしかして俺らもリリースされる?
:アザラシ、ジンベエザメと来て、次は俺らか
:やだやだやだやだリリースしないで
:ほらいくぞ、海の底に帰るんだ
:大丈夫、苦しいのは最初だけだから
:やだああああああああああああああああ
「ミュート、しました」
「すまんな。そう大した話でもないんだが」
ちょっとだけ緊張して、竿を握ったまま居住まいを正す。
こんな風に、あらたまって話をするとなると、もしかして。
「え、と。呪禍の、時のこと、ですか」
「……まあ、そうだ」
呪禍戦のことについて、真堂さんときちんと話すのは初めてだった。
あの時私は、真堂さんの命令を無視して、とんでもない無理をした。やったことに後悔はないけれど、怒られても仕方がないことをしたとも思っている。
だけど、いまだにお咎めはない。かと言って、私の行動が認められたわけでもない。
ずっと宙ぶらりんになっていて、正直居心地が悪かった。
「率直に聞きたい。白石くん、あの時何を思った」
「……え」
「当時はプレッシャーもあっただろうが、今なら冷静に語れるだろう。白石くん。呪禍と戦うことになった時、どう思った?」
え、あの。もしかして、なんで失敗したのかを自分で説明しろってこと……?
い、いや、たしかに怒られたいとは思って――ないけど。全然思ってないんだけど、どうせ怒られるなら、もっとはっきり言われたいっていうか。
こういう風に迂遠的なやり方は、ちょっと違うなっていうか……。
「え、え、えと。やっぱり、お説教、ですか……?」
「いや、違う。君の考えを聞きたいだけだ」
「え、と……?」
「善悪を論じたいわけじゃない。カウンセリングみたいなものだと思ってほしい」
か、カウンセリング……?
よくわからないけれど、カウンセリングなら病院でも受けた。同じように、思ったままに答えればいいのだろうか。
「え、と。呪禍と戦うのは、その、怖くなかったわけじゃ、ないです。でも、私がやらなきゃいけないって、思ってました」
「仮に戦闘を避けられるとしたら、君はどうした」
「……それでも、挑んでいたかも、しれません。戦いたいって、思ってたので」
「それはなぜだ」
「強くなりたい、から。強くならないと、守れないから」
嫌々戦ったわけじゃない。あれは私が望んだ戦いだ。
呪禍との交戦が状況判断として正しかったってのもあるけれど、私自身も呪禍と戦いたいと思っていた。
その気持ちは、今もそのまま残っている。
「もしもまた、ああいう状況になったのなら、君はどうする」
「戦います」
この質問には、迷いなく答えられた。
再び呪禍があらわれたのなら、私は迷わず戦いを挑む。
強くなりたいから。もっともっと、強くなりたいから。
力への渇望。そんな貪欲な熱情は、病院で休んでいる間も、日々研ぎ澄まされていった。
「……そうか。戦闘中は、どう感じた」
「えと。戦ってる時は、とにかく必死で。勝ちたくて、負けたくなくて」
「撤退することは考えなかったか?」
「はい。撤退するのは、嫌でした。私が逃げたら、きっともっと、ひどいことになるから。あいつは、ここで倒さなきゃって、思ってました」
少し迷って、口ごもって。
「……だから。本当は、撤退命令も、聞こえてたのに。命令無視、しちゃいました。ごめん、なさい」
結局、全部言ってしまった。
嘘や隠し事は得意じゃない。何かを隠してるってだけで、そわそわとしてしまう。
だけど、たぶん、これでよかったんだろう。
「謝る必要はないさ。言っただろう、説教ではないと」
「でも……」
「聞けてよかった。ありがとう」
「……はい」
胸の中につっかえていたものが一つなくなる。
やっぱり、きちんと話してよかったと思った。
「それで、その……。真堂さんは、どうすれば、よかったと、思いますか?」
「……そうだな」
後悔はないけれど、あの選択が絶対に正しかったとも思っていない。
何もかもを守りたくて、私は危うい賭けをした。結果的には勝ったけれど、もし負けていれば何もかもを失っていた。
もしかしたら、真堂さんには正解が見えているんじゃないか。そんな期待を抱いてしまう。
「結論から言うと、君の取った行動は必ずしも正解だったとは言えない」
「……ですよね!」
「なぜ喜ぶ……?」
あ、これ。そうそう、この味だ。
ズバッと切られるこの感じ。これが欲しかったんだよ。
「あの状況で討伐に踏み切るのはやりすぎだ。キャンプ場の精鋭を選抜して遅滞戦闘に専心しつつ、地上からの援軍を待つ。それがもっとも確実性の高いプランになる」
「……へ?」
真堂さんの言葉に、頭の中に疑問符が浮かぶ。
言ってることは、わかるけど。でも、それだと、ちょっと。
「無論、呪禍を相手に即席のパーティで遅滞戦闘など絵空事だ。もし実行に移せば確実に犠牲が出るし、あの雨と襲撃の中で援軍を待つというのも難しい話だろう。……だが、君一人で呪禍と戦うという選択を避けるのならば、これくらいしか択はない」
苦々しい声で、真堂さんは続ける。
「結局、あの状況で正解なんてなかったんだ。唯一正解に近かったのは、多大なリスクを背負って、不正解を正解に変えること。君が一人で呪禍を討つ以外に、犠牲を避ける術はなかった」
……やっぱり、そうなのか。
ほんの少しの失望感に肩を落とす。
真堂さんでもそうなのか。何もかもを救いたければ、そうする以外に方法はないのか。
「だから、あの件は俺の失策だ」
真堂さんは続ける。
私はそれを、黙って聞いていた。
「真に反省するべきは準備不足だ。六層級の魔物が引き起こす大規模な迷宮災害に抗する術を、我々日本赤療字社は備えておかなければならなかった。その不足があの事態を招き、君に多大な負担を強いる結果となってしまった」
そんなことはない。
準備不足なんて嘘だ。真堂さんも三鷹さんも、いつもいっぱい努力してくれているじゃないか。
だけど、どんなに頑張ったって、人間にはできないことってやつがある。
「すまなかった、白石くん。……本当は、もっと早く謝るべきだったんだがな」
違う。そうじゃない。
そんな言葉が聞きたいんじゃない。真堂さんに謝ってほしかったんじゃない。あの戦いの責任を、誰かに取ってほしかったわけじゃない。
私だって間違えた。私だって失敗した。なのに、なんで。
「……なんですか、それ」
なんだか、頭が沸騰しそうになって。
ぐちゃぐちゃになって、わけもわからないまま、言葉を吐き出す。
「そんなこと、ないです。真堂さんも、三鷹さんも、いつもすっごく、がんばってるじゃ、ないですか」
「その努力が足りなかったという話だ。俺たちに求められているのは努力じゃない。純然たる結果だ」
「でも……!」
「我々日療が預かっているのは人の命だ。当然、その中には君のものも含まれる。我々はもう少しでそれを取りこぼすところだった」
言いたいことがあるはずなのに、言葉がうまく出てこない。
なんなんだろう、この感情は。私は何を言いたくて、こんなにも一生懸命考えているんだろう。
わけがわからない。わからないけれど、彼に謝らせてしまったことが、なぜだかすごく悔しくて。
「真堂さん。違います、真堂さん。私は。私は……!」
「白石くん」
真堂さんは遮るように言う。
「次は、君にあんな無理はさせない。必ずだ。そう、約束する」
らしくなく熱が入ったその言葉は、私よりも悔しさに満ちていたから。
私は、何も言えなくなってしまった。
一呼吸して頭を冷やす。青い空と青い海を眺めて、私はじっと言葉を探した。
「……真堂さん」
「ああ」
「きっと、私たちって、まだまだ、足りないものだらけだと、思うんです」
「そうだな」
なんで悔しかったのか、ちょっとわかったかもしれない。
足りないのは私だって同じだ。真堂さんだけの責任じゃない。私だって、同じものを背負わなくちゃいけないはずだ。
それなのに、彼にだけ謝らせてしまうのは、それは悔しいことだから。
「俺たち迷宮事業部には多くのものが足りていない。何もかもが急造で、本格的な救助体制すらようやくできたばかりだ」
「理想ばっかり、大きくて。守りたいものは、いっぱいあるのに」
「ただ、誰も死なせたくないだけなんだがな。それがこんなにも難しい」
最高の明日ってやつが見たかった。誰もが笑っていられるような、そんな明日が。
だけどあの戦いは、探索者にとっては勝利でも、救助者にとっては敗北だったのだろう。
決死の作戦も、劇的な救助も、そんなものやらないほうがいいんだ。
誰にも称賛されないくらい、当たり前に人を助ける。救助者にとっての勝利とは、そういうものだから。
「全てが完璧だとは言わない。今回のように、君に負担をかけてしまうこともある。だが、俺たちは、一歩ずつでも前に進んでいるはずだ」
日療という組織に所属して、わかったことが一つある。
世界ってやつは、当然に守られているわけじゃなくて。平穏ってやつは、当たり前に保たれているわけじゃなくて。
それを守るために、必死になって頑張っている人たちがいるから、今日も日々は平和なんだって。
「だから、白石くん。……もう少しだけ、手を貸してくれないか」
そう言われた時、なんだか不思議な感覚がした。
さっきまで、言葉を探すのにあんなにも苦労していたのに。なぜだかこの時は、言いたいことがすらすらと出てきたのだ。
「真堂さん。私たちは同じものを見ていると思うんです」
よどみなく話せたのなんて、いつぶりだろう。
コミュニケーションは苦手だ。ゆっくり考えている間に、話がどんどん進んでしまうから。
だけど、この言葉は、考えるまでもないから。
「もう少しなんて狭量なこと言いません。手を貸すなんて他人行儀なこと言いません。私たちには同じ理想がある。そのためなら、私はなんだって――」
その時だった。
遠く沖合から、巨大な水柱が吹き上がったのは。
「……え」
「あれは……。海竜種か?」
「みたい、です、ね」
水柱を振り払って出てきたのは、大海を統べる大海龍。
第三迷宮の海域に生息するボスモンスターだ。純粋な魔力量は五層クラス。海中で戦うとなれば、その危険性は六層魔物にも匹敵する。
そんな魔物が急に出てきたので、びっくりしちゃって、話し方がもとに戻る。
……おかえり、あんまりうまく喋れない私。
「人の話を遮るとは、空気が読めないやつだな」
「真堂さんが、それ、言います?」
大海龍は高く嘶きを上げ、盛んに大波を引き起こす。
やつの縄張りで騒いだのが気に入らなかったらしい。あの魔物、どう見ても怒っていた。
「どうする、白石くん」
「倒します」
「わかった。行ってこい」
思いのほか、すんなり承認が降りた。
慎重な真堂さんにしては珍しい判断だ。あの大海龍だって、決して弱い魔物ではないのだけど。
「え、と……?」
私の疑問が伝わったのか、真堂さんは自然に答えた。
「君なら、問題なく倒せるだろう」
今しがた受け取った、温かい何か。
それはきっと、いつもたくさんもらっている、心配ってやつだけじゃなくて。
「……はい、もちろん」
「無理はするなよ」
大丈夫、無理なんてしない。そんなことしなくたって、危なげなくきっちり倒してくるさ。
今度こそ、みんなが笑って終われるように。
最高の明日を、掴み取れるように。




