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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
八章 今週の白石さんはおやすみです
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元先輩と元後輩

 #27-EX no record


「それで。何の用ですか、こんなとこに呼び出して」


 イベントとイベントの合間に、蒼灯は人気のない岩場に呼び出されていた。

 呼び出したのはかつての先輩、井口桃子。裏の話であることは察しがついたので、蒼灯は配信をつけていない。井口も同じく配信を切っていた。


「こうして会うのも久々だ。たまには話でもしないかと思ってな」


 井口は岩場に腰掛けて蒼灯を手招きする。

 招かれるまま隣りに座る。彼女は火のついた煙草を咥えていた。


「煙草、吸っていいか」

「もう吸ってるじゃないですか」

「お前、煙草はやらないんだったか」

「やりませんね」

「ならあっちを向いて吸おう」

「吸わないって選択肢はないんです?」

「だって、吸いたいし」

「相変わらずダメな人だなぁ……」


 悪びれることなく、井口は煙草を吸う。蒼灯に顔を背けて、ふうと空に紫煙を吹いた。


「心配しなくても、うちの子の前じゃ控えてるよ」


 うちの子、というのは、EXプロダクションの所属探索者たちのことだ。

 EXプロダクションは、探索よりも配信に重きを置く事務所だ。所属探索者には年若い子が多く、中には探索者というよりも、タレントやアイドルと呼ぶほうが似合うような子もいる。

 かくいう蒼灯も、昔はその一人だった。


「私の前でも控えてくださいよ」

「お前は年長さんだろう」

「まあ……。いいですけどね、別に」


 蒼灯も本気で嫌なわけじゃない。むしろこの煙の匂いが、あの頃のことを思い出させてくれるような、そんな気がしたから。


「それで、その……。すずちゃん」

「すずちゃん?」

「すずちゃん、最近どう?」

「井口お前距離感どうした?」


 ただし、この女の前では、ゆっくり思い出に浸るような暇はない。


「いや……。ここで二人の距離をぐっと縮めようと、気さくなトークをだな」

「そういうことするから、誰も桃ちゃんって呼ばなくなるんですよ」

「……そうか?」

「すずちゃんなんて、一度も呼んだことないでしょうに」


 昔の井口は、曲がりなりにももっと先輩然としていたはずだ。少なくとも、こんな妙なことはしなかった、ような。

 いや、結構していたような。むしろ昔の方がよっぽど変だったような。

 過ぎ去った時間が、思い出の中の先輩像を勝手に美化してしまっただけのような……。


「しかし蒼灯も、私のことを呼び捨てにするだろう」

「そこは私も井口さんと呼びたいところですけどね。あなたがそうしろって言ったんじゃないですか、気安く接してほしいと」

「なら、もっと気安く桃ちゃんと」

「それは嫌」

「嫌か……」


 にべなく切り捨てると、井口はしゅんとする。

 対外的には大御所なのに、蓋を開けるとこのざまだ。自分が事務所を去ったあと、この人はちゃんとやれているのかと、蒼灯は少し心配になった。


「変わりませんね、先輩」

「変わらないものなどないさ、後輩」


 井口は空に紫煙を吹く。


「聞いたぞ蒼灯。お前、そろそろ四層に上がれるそうじゃないか」

「まあ、そうですね」

「それで、その先の五層を目指していると」

「誰に聞いたんですか、それ」

「これでも年だけは長いからな。座っていても、色々と耳に入ってくるんだ」


 井口の雰囲気が変わる。ダメな先輩から、大御所のそれに。

 微細な変化ではあったが、蒼灯はそれを敏感に感じ取った。


「実際どうだ。やっていける自信はあるのか?」

「まあ、なくはないですけど……。今の実力では、厳しいことはわかっています」

「どうにかするあては?」

「……ありました。けど」


 四層探索者になって、白石とパーティを組む。当初思っていたのは、その程度の見通しだ。

 しかし、その考えが甘かったことは理解した。肩書が三から四になったところで、彼我の実力差が埋まるわけではない。今の自分では、あの人のお荷物にしかならないだろう。


「蒼灯、四層は危険だ。少しの油断が簡単に生死に直結する。不足を自覚したまま行くような場所ではない」

「わかってますよ」

「どうかな。お前は時々無茶をする。この前だって、随分と背負っていたらしいじゃないか」

「だから、わかってますって」


 心当たりは複数あった。

 リリス戦では相当な無茶をしたし、キャンプ場防衛戦だって、大怪我こそしなかったものの、疲労で倒れることになった。

 ソロの探索者ほど安全志向になるものだが、その点蒼灯は無理をしがちだ。あまりよくない傾向であることは、蒼灯自身も自覚がある。


「大体、ソロでやっていくのは大変だろう。そろそろ誰かとパーティを組む考えはないのか」

「…………」


 一人で四層に行くのが難しいことはわかっている。

 ソロは気楽だが、安全なのはやはりパーティだ。蒼灯自身も、一人で深層にたどり着けるとは思っていない。本気で五層を目指すなら、どこかでパーティを組む必要がある。

 それでも乗り気になれなかったのは、ソロが性にあっていたからか。

 それとも、一人で深層を歩く少女の背中が、目に焼き付いているからか。


「……つまり、井口は心配してくれているってわけですね」

「当たり前だ。お前に死なれたら寝覚めが悪い」


 どうすればいいかはわからない。

 だけど、何をしたいかは、これ以上なく明白だった。


「井口」

「ああ」

「これからも無茶をします。最悪、死ぬかもしれません」

「……おい。話、聞いてたか」

「井口には嘘言いたくないので」

「お前な……」


 複雑な表情で、井口は煙草をくゆらせる。


「大体、なんで急に深層なんか目指しだした。あんな場所、人が行くようなところじゃない」

「追いつきたい人が、いるんです」

「……ふむ」

「はじめは恩人で、それからは友だちで。だけど、どんなに仲良くなったって、私じゃあの子の隣には立てなくて」


 自分でもまだ言語化しきれていない感情だ。言葉もまとまらないまま、蒼灯はぽつぽつと話した。


「あの子を見ていると、時々ふと怖くなるんです。彼女はどこまでも真っ直ぐだから、放っておくと、いつか誰の手も届かない場所に行っちゃうような、そんな気がして。誰かが側であの子を見ていなくちゃいけない。だから、私は……」


 感情の源泉に近づくほどに、言葉は形を為さなくなる。そんなとりとめのない言葉を、井口はじっと聞いていた。


「すみません。わかりづらいですよね、これじゃ」

「いいや、伝わったさ。まったく、白石ちゃんにも困ったものだな」

「白石さんのこととは言ってませんけど」

「違うのか?」

「……あってます」


 一応ぼかしたつもりだったけれど、無駄な努力だったらしい。井口はさして驚きもしなかった。


「彼女の隣に立つのは大変だろう。ソロだと探索者最強なんだったか」

「そうなんですよねー。最近はそんな風に言われてるんですよねー……」

「だから蒼灯も、無茶をすることにした、と」

「すみませんね、気苦労をおかけして」

「まったくだ。意固地な後輩を持つと、先輩ってやつは苦労する」

「別に、事務所を抜けた後まで気にかけてくれなくてもいいですけど」

「縁ってやつはそういうもんだよ」


 元先輩で、元後輩。

 蒼灯が事務所を抜けてから、関係性の名前は変わったけれど、本質は何も変わらないのかもしれない。


「なあ、蒼灯。お前、事務所に戻る気はないか」

「……私が? EXプロダクションに?」

「ああ。今のお前には事務所の力が必要だろう。無茶をするとわかっているなら、人の助けは借りたほうがいい」


 かつての古巣、EXプロダクション。卒業した今でも、こうしてイベントに呼ばれるくらいには親交のある事務所だ。

 そこに戻るという選択肢は、たしかに魅力的ではあるけれど。


「ないですね」


 少し考えて、蒼灯は首を横に振った。


「理由を聞こうか」

「理由も何も、辞めた理由と同じですけど」


 蒼灯が事務所を抜けたのは、扱いに不満があったからだ。

 蔑ろにされていたわけではない。むしろその逆で、非常に丁重な扱いを受けていた。

 それは少々、度を超えるほどに。

 可能な限り怪我を避けるように念を押され、パーティを組んでも安全な後列に回される。時には事務所の根回しで、実力のある探索者にそれとなく護衛されることすらあった。

 果てには三層以降の探索を自粛するように求められた時、蒼灯は事務所からの卒業を決意した。


「私、別に、お姫様になりたいわけじゃないですし」


 配信者としての適性は高くとも、蒼灯はそれでも探索者だ。自分を試したいという欲がある。

 ソロという生き方を選んだのも、事務所時代の反動だ。一人でもやれるんだぞということを、あの頃の自分に証明したくて。


「というか、卒業前にいっぱい相談したじゃないですか。この話」

「……そうだったな」


 井口は煙を空に吹く。


「だが、お前が抜けてからうちも変わった。今のEXプロダクションは、もう少し融通も利くぞ」

「じゃあ、私が五層に行きたいって言っても、協力してくれるんです?」

「それは……。難しいかもしれないが」

「でしょ?」


 なんだかんだ言っても、EXプロダクションは仲良し系事務所だ。本格的な迷宮探索よりも、低層や中層で和気あいあいとコンテンツを作ることに重きをおいている。

 温かく、居心地のいい場所であったことは覚えている。だけどそれは、今の蒼灯が求めているものではない。


「そうか……。わかった。そう言うのであれば仕方ない」


 残念そうに、井口はつぶやく。


「お前が戻ってきてくれたなら、一緒に四層に行けると思ったんだがな」

「……え?」


 その言葉に、蒼灯は束の間固まった。


「え、あれ。井口って、何層まで潜れるんでしたっけ?」

「四層だが」

「四層? あなた、四層探索者なんですか?」

「まあな。これでも古株だ、長くやっていれば自然と行き着く」


 井口は防水ポーチから、探索者のライセンスカードを抜き出す。そこには、四層の探索ライセンスが記されていた。


「ライセンスはあるが、ここしばらくは行っていない。一人では行くなと、うちのマネージャーがうるさくてな。かといって、事務所の子どもたちを連れて行くのも難しい。だから蒼灯を誘いたかったのだが、ダメと言うなら諦めよう」

「おい井口。それを先に言え」

「む」


 なんのことはない。

 事務所がどうとか、そういう話は一旦全部置いておこう。

 ここには今、ソロで四層を探索するのは難しい探索者が二人いる。それだけの話だった。


「最初からそう言ってれば、話はもっと簡単だったでしょうに」

「そ、そうか? だがしかし、せっかくの機会だから、何か悩んでるなら聞いてやろうと」

「子ども扱いしないでください。私はもう、一人前の探索者です」

「なにが一人前だ、立派なのは乳だけだろう」

「はっ倒すぞ年増」

「やってみろガキ」


 そして、喧嘩がはじまった。


「蒼灯お前、先輩への敬意が足りないんじゃないか」

「なにが先輩ですか。そう呼ぶと嫌がるくせに」

「ああそうだ。敬意と愛情をたっぷり籠めて桃ちゃんって呼べ」

「金取りますよ」

「五万でどうだ」

「払わないでください」


 こんな風に言い合っていると、昔のことを思い出す。

 あの頃はまだ新進気鋭の探索者だった蒼灯と、当時から先輩風を吹かせていた井口。表でも裏でも、二人は仲良くやっていた。

 ひとしきり喧嘩して、満足した井口は話題を戻す。


「それで、どうする。パーティを組む、ということでいいんだな」

「ええ、はい。でも、戦力的にまだ不安なので、四層に行くならもう一人誘いましょう」

「あてがあるのか?」

「はい、実は」


 予定とは少し違ったけれど、ルリリスも誘えば来るだろう。

 忘れられた魔女こと、ルリリス・ノワール。力を失って迷子の魔物となった彼女は今、迷宮の浅い層でふらふらとしている。

 この前スマートフォンを渡しておいたので、連絡もつくはずだ。あの子が使い方を覚えていれば、だけど。


「三人ならひとまず、四層攻略には十分でしょう。そこで力をつけて、ゆくゆくは五層まで……」


 暗礁に乗り上げかけていた、四層攻略の道筋も見えてきた。思考が回るにつれて蒼灯の顔も明るくなる。


「……と、その前に」


 本格的に考え込む前に、蒼灯は岩場から立ち上がる。

 両手を揃えて、折り目正しく頭を下げた。


「井口先輩。相談に乗っていただき、ありがとうございました」


 それを見た井口は、なんとも言えない顔をした。


「……先輩じゃない。桃ちゃんと呼べ」

「それは嫌」

「む……」


 こういうところがなければ、手放しで尊敬できる人なのだけど。

 まあ、それも含めて、井口は井口なのだろう。

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― 新着の感想 ―
故人曰く   「どっちもどっち」
ところで、今のところルリリスが生きてた報告を白石さんが受け取った描写が無いんだけど、実はまだ死んだと勘違いしてるとか無いよね??
あおひー、そんなこと言わずにパーティー組んでー(笑) 白石さんは強いけど、常識がなくて通訳が必要なんです 困ってるとわかる理解者は貴重なので。
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