井口と蒼灯
本配信が復旧すると、怒涛の嵐も過ぎ去っていった。
今の視聴者数は五千人ちょっと。普段よりも多めだけど、これくらいの数字ならまだ平常でいられる。
まあ、だからと言って、私に五千人の相手ができるってわけではないんだけど……。
:彼は覚えられるだろうか、お嬢直伝のライジングテンペストサーブ
:人間じゃ無理でしょ
:あんなもん打ったら体育館壊れるぞ
:下手な魔物は消し飛ばせるくらいの火力はあった
:人に向けて打っていいものではない
相変わらず私は喋らないし、リスナーたちは勝手に雑談している。
これがうちの平常運転。こんな喧騒も、なんだか居心地がよかった。
そんな穏やかな空気感のありがたみを、いつにも増して噛み締めていると。
「世話になったな、白石ちゃん」
救護テントに、桃ちゃんさんがやってきた。
「おかげで本配信も無事に復旧できた。それに、復旧するまで繋いでくれていたと聞いたぞ。それも含めて感謝する」
「あ、えと、はい」
「礼と言ってはなんだが、白石ちゃん。何か参加したいイベントはあるか? 君は救護スタッフとして呼ばれているが、よければ何か出てくれても構わない」
「い、いや、えと。そういうのは」
い、イベントに参加するのはちょっとなぁ……。
飛び入り参加なんてしたら、絶対に目立つし。私はそういう柄じゃないというか、もう十分に衆目に晒されたので、これ以上は勘弁してほしいというか……。
「遠慮しなくていい。そうだな、気配斬りはどうだ? 目隠しをして斬りあう競技だ。君ならいい線行くだろう」
「あ、えと、その……」
どう断ろうかと困っていた時、救護テントに闖入者がもう一人。
「井口ー? お前、なにしてるー?」
蒼灯さんだった。
「なんだ、蒼灯か」
「なんだ、じゃないですよ」
救護テントに入ってきた蒼灯さんは、座っている私の後ろに回り込んで、ぽんと肩に手を置いた。
「白石さんに無茶言わないでください。ほら、困ってるじゃないですか」
「しかしだな。主催側としては、彼女にもぜひ楽しんでもらいたく」
「あと、この人のこと舐めすぎです。気配斬りなんてやらせたら、企画壊れますよ」
「……そうか?」
:それはそう
:たぶんコンマ数秒で決着つくんじゃないかなぁ
:目隠しとかお嬢にはなんの意味もないでしょ
:四層探索者が複数人でかかれば、もしかしたら勝負にはなるかも
:え、白石さんってそんなに強いの?
:完全体の呪禍を真正面から斬り伏せた人だよ
:ダメだそりゃ
……そこまでじゃないと思うけど。
でも、視界がなくても、相手の位置くらいわかるから。同じことができる人が相手じゃないと、簡単に勝っちゃうのかも。
「ごめんなさいね、白石さん。こいつ、悪気はないんですが、あんまり遠慮しないタチで」
「ううん。ちょっと、びっくりした、だけだから」
「だ、そうですが」
蒼灯さんはジト目で桃ちゃんさんを睨む。彼女は悪びれることなくこう言った。
「白石ちゃん。連絡先を交換しようか」
「今度はナンパですかよ」
蒼灯さんがツッコんでいた。
「いいだろう、それくらい。私だって白石ちゃんを構いたい」
ま、まあ、その。連絡先の交換、くらいなら。
蒼灯さんが見守る中、私たちは連絡先を交換する。それが済むと、桃ちゃんさんは満足そうに席を立った。
「それじゃあな。イベント、引き続き楽しんでいってくれ。何か参加したくなったら、遠慮なく言ってくれていいんだぞ」
「あ、えと。ありがとう、ございます」
「蒼灯はビーチバレーだったか? 頑張るのは結構だが、ちょっとサービスしすぎだ。お前の乳は青少年の健全な教育によろしくない」
「余計なお世話です!」
言うだけ言って、彼女は颯爽と歩み去っていく。その後ろ姿には、なんだか風格のようなものが漂っていた。
:嵐のような人だった
:井口さん相変わらずだなー
:なんか気に入られてたね
:気に入られたというか、目をつけられたというか
救護テントに残された私は、蒼灯さんに目を向ける。
蒼灯さん、あの人と親しく……親しく? 話していたけれど、もしかして知り合いだったりするのだろうか。
「あの、蒼灯さん。えと、その、桃ちゃん……さんって」
「井口でいいですよ。井口桃子。あいつ、何かと下の名前で呼ばせたがりますが、大体みんな名字で呼びます」
:そりゃあね
:井口さんこの業界長いから
:井口さんのこと名前で呼べるやつそうそういねえよ
:大御所やぞ大御所
「じゃあ、その。井口さんと、知り合いなの?」
「んー……」
それを聞くと、蒼灯さんはちょっとだけ複雑な顔をした。
「元先輩、なんですよね。昔お世話になった人というか、お世話した人というか」
「え、と。元、先輩?」
「私、昔はEXプロダクションに所属していたので。駆け出し時代、井口には面倒を見てもらったり、面倒を見たりしていました」
「へ……?」
蒼灯さんの過去を聞くのは初めてだった。
昔、蒼灯さんは事務所に所属していたのだろうか。でも、今は所属していないってことは、どこかのタイミングで抜けたってことで。
:珍しいな、蒼灯さんが事務所時代の話するなんて
:え、蒼灯さんってソロ専じゃないの?
:昔は事務所所属だったんよ
:駆け出しの頃は事務所で活動してたけど、独立して今はソロ
:EXプロダクションって相当いい箱でしょ? なんで抜けたの?
:まあちょっとね
:音楽性の違いと言いますか
リスナーたちも微妙な反応をしている。ひょっとしてこれは、センシティブな話題ってやつだったりするのだろうか。
「え、え、えと。その……」
「とにかく、井口には気をつけてください」
どう触れたものかと迷っていると、蒼灯さんはそれとなく話題を戻した。
「悪い人ではないんですけどね。対外的には大御所してますし、ここぞという時は頼りになりますし。浅く関わる限りには、かっこいい人なんだと思います」
なんというか、もってまわった言い回し、ってやつだった。
「深く関わるのは、あんまりおすすめしませんが」
ものすごく複雑そうに、蒼灯さんはそう言った。




