ぜつぼうてきなたたかい
そして、トラブルが訪れた。
とんでもない事件がおきた。私史上、最大級の大事件が。
「し、真堂、さん……」
「ああ」
「助けて、ください……」
「……がんばってくれ」
「真堂さぁん……」
トラブルは、津波のように押し寄せてきた。
そして今は、台風のようにコメント欄をかき乱している。
:真堂さんに助けを求めるな
:いやまあ、その、がんばれ
:俺らが言うことじゃないけどがんばってくれお嬢
:白石さんの枠はじめて来たわ
:リリス撲殺する切り抜きだけ見たことある
:呪禍戦の切り抜きも見ろ
:呪禍戦は速すぎてわけわかんないから……
:元五層探索者が解説つけてるやつは見やすくておすすめ
:あれも終盤はわけわかんねえって投げてたけどな
:白石さん、風魔法の解説動画とか作ってくれないかなー
:この人のおかげで風魔法ユーザー明らかに増えたよね
:速度補助くらいしか取り柄がない、ドマイナー魔法と思われていたのも今は昔
:火力は速さで補えるってことが証明されちゃったから
:なお実現には凄まじい技量が必要な模様
視聴者数、十二万人。
私以外の配信がストップし、イベント視聴者の大多数が一斉に流れ込んできた結果の、この数字だった。
最速で移動基地局車を手配しても、本配信の復旧まで一時間はかかる。その間、私はこの十二万人の相手をしなくちゃいけないらしい。
いや、その、えっと。
たしかに、手伝えることがあるのなら、できる限りはしてあげたいって思ったけどさぁ……!
いくらなんでも限度があるんじゃないかなぁ……!
「あ、あの、えと。私、その。あんまり、多くの人の前で、話すの、慣れて、なくて……」
:うん
:そうだね
:知ってる
:白石さんの枠は色々特殊だって噂が
:配信界の特異点なんだってね
:でもプロリスになると内なる声が聞こえてくるらしいよ
:そっちはリスナーの特異点だから
「面白いこととかも、できなくて……」
:そうか……?
:わりとこの子おもしれー女よりだと思ってたけど
:あおひーリスナー俺、白石さんがしでかしてきた数々の所業が脳裏をよぎる
:なんかしたっけ?
:急にキャンプはじめるし、着ぐるみで病院抜け出すし、今日なんかセクハラもした
:そういや蒼灯さんにセクハラする白石さんのクリップ回ってきてたな
:出回ってんのかよあのクリップ
「ひん……」
正直逃げたい。今すぐ逃げたい。
配信に蓋をして、岩場でカニとか探したい。
凄まじい勢いで流れていくコメントを見ているだけで、めまいがしてくる。私の頭はぐるぐるだ。
なにか活路はないかと、救護テントから周りを見渡す。
そこに、私の活路がいた。
「あ、蒼灯さん……!」
名前を呼ぶと、彼女はすすっと寄ってきた。
「あ、蒼灯さん。あのあの、えと」
「大丈夫です、白石さん。これを使ってください」
カメラに映らない位置に陣取った蒼灯さんは、サイコロ形の大きなクッションを手渡してきた。
「え、あ、うん。ありが、とう?」
「それでは。ご武運を祈ります」
「うん……。へ?」
蒼灯さんは多くを語らず、またもやすすっと去っていく。
私の手元に残されたもの。
トークサイコロだった。
「ええー……」
:助けてくれないんかい
:見捨てられてて草
:まあ、あおひーならそうするよね
:絶対あの人、面白そうだから見ていようって顔してるぞ
:これが蒼灯すず、何があっても面白そうな方を取る女
:うーん、正解w
:腹くくれお嬢、もうやるしかない
え、ええ……? やるの……? 本当にやるの……?
で、でも、何かしらトークテーマがあるなら。それならまだ、私でも、なんとかなるかもしれない。
「い、い、いきます……!」
:お
:やるんか
:いけいけいけいけ
:うおおおおおおおおおおお
「て、てやー」
覚悟を決めて、トークサイコロを放り投げる。
放り投げられたサイコロは、テントの中をてんてんと転がって、ピンクの目をだした。
恋愛相談。
そう書いてあった。
「……おわった」
頭を抱えてしゃがみこむ。
絶望……。そうか、これが絶望ってやつなのか……。
:恋愛相談……?
:お嬢が……? お嬢が恋愛相談……?
:あまりにも難易度が高すぎる
:この子に恋愛とかそういう概念あるんか……?
:恋をするには対人関係の経験値があまりにも足りてない
:で、でも、幼稚園の頃とかの思い出話ならあるいは……!
:そこまで遡らないとないのかよ
……ないよ。あるわけないだろそんなもん。幼稚園の頃まで遡ったってないもんはないよ。舐めるな私を。
だけどまだ、諦めてない。だって私、まだ負けてない。生きてる限り戦うのだ。それが人生ってやつだから。
窮余の策をひらめいた私は、トークサイコロを拾い上げて、救護テントの椅子にドンと座りなおした。
「う、受け付け、ます。恋愛相談」
:あ、そっち?
:そう来たか
:俺らが相談する側ね
:へー、白石さんが恋愛相談聞いてくれるんだ
:なんでもいいの?
「どんなものでも、相談に、乗ります。どんとこい、です」
そう、これこそが私の逆転の一手だ。
たしかに話すのは苦手だけど、人の話を聞くのはまだなんとかなる。だからここはリスナーに話してもらおう。
卑怯と言うなかれ。私にはもう、こうするしかないのだ。
:え、じゃあ相談してもいいですか?
:いいよ
:ええやないの
:おいちゃんそういうの好きやで
:人の色恋ほどおいしいものはない
:やはりね、恋とはいいものですからね
:私には婚約者がいるのですが、最近、職場の上司と不倫関係になってしまいました。上司には奥さんと子どもがいて、私自身も罪悪感に苛まれています。結婚式の日取りも決まっているのに、こんなことをしてしまって……。私はどうすればいいのでしょう?
:!?
「!?」
:加減しろバカ!
:誰が最大火力をもってこいと言った!
:恋愛相談でもトップクラスにきついの来たな
:ちゃうんよ、求められてたのは中高生の恋愛くらいの微笑ましいやつなんよ
:お嬢じゃなくてもなんも言えねえよこんなもん
「え、え、えと。その、あの……」
:一応答えようとはしているらしい
:お嬢になんとかできるんかこれ……?
:諦めろ、お嬢には無理だ
:日療の白石さんにも助けられないものってあるんだわ
:下手すりゃ呪禍より手強いぞ
:復帰初日にこんな絶望的な戦いに挑まされることあるんだ
「が……! がんばって、ください……!」
:お、おう
:がんばればいいらしい
:が、がんばれー……
:がんばれ、がんばればきっとなんとかなる
:マジレスすると、まずは自分の気持ちに向き合ったほうがいいよ
:本当に上司が好きなのか、本当に婚約者さんと結婚したいのか、そこからもう一度考えたほうがいいかもです
:嘘や秘密を抱えたままじゃ苦しいから、整理がついたら相手と話しなね。自分のためにも
:大変だと思うけど、がんばって
:ありがとうございます。もう一度、きちんと考え直してみようと思います。
:なんだかんだ優しいなお前ら
:いやあ、本気で困ってそうだったから……
:俺らでよければこれくらいはね
な……。なんとか、なった、らしい……。
あまりにも濃密な人間関係を叩き込まれて、頭がパンクしそうだったけど、気がつけばなんとかなっていた。
……よし。
「じゃ、じゃあ、えと。……次」
:続けるの!?
:あれを浴びても折れない心よ
:諦めない精神が裏目に出てる
:やめろお嬢……! これ以上はお嬢の身が持たない……!
:じゃあ、次俺行ってもいい?
:いいけど! いいけど加減しろよ!
:マジで頼むぞ! フリじゃないからな!
:任せとけ、ちゃんとわかってるから
質問者さんが質問を用意している間に、すうはあと息を整える。
だ、大丈夫。大丈夫だ、たぶん。きっと、なんとか、できるはず。
:僕は高校二年のバレー部男子です。同学年の女子マネージャーに恋をしています。しかし彼女は一つ上の先輩と仲が良く、よく二人で話しているところを見かけます。
:おー
:いいじゃん、健全じゃん
:そうだよ、そういうのでいいんだよ
:先輩はバレー部の主将でエースです。もしも彼女が先輩のことを好きなのだとしたら、人間的にも実力的にも僕に勝ち目はありません。ですが、なんとかして彼女を振り向かせたいです。
:うんうんうんうん
:青春してんね
:いやあ、いいですねこういうの
:そこで、次の県大会で彼女にいいところを見せようと思います。そのためには、先輩からエースの座を奪えるような、強力な必殺技が必要だと考えました。
:おっと
:流れ変わったな
「……え? え、あれ、必殺技?」
:お願いします、白石さん。今度の県大会を制覇し、彼女を振り向かせるために、僕に必殺技を伝授してください!
:草
:恋愛相談どこいったねん
:ラブコメだと思ってたら急にスポ根になったが
:いや待て、こいつ中々策士だぞ
:恋愛相談の体を取りつつも、お嬢にも答えられる良問ですよこいつは
:これは有能リスナー
:でも今どき必殺技で彼女の心を射止めるとかそんなことある?
:おじさん、こういうまっすぐなやつ好きよ
ひ、必殺技? 必殺技ね、うん。
なんかよくわかんないけど、必殺技を教えればいいらしい。バレー、あんまりやったことないけども。
「え、えと、じゃあ。サーブで、よければ……?」
:それはそうと、勝手に身を引くと後悔するぞ
:本気で好きなら告っとけ
:告白できなかった青春は一生引きずるからなぁ
:でも、もしも振られたら、部内の関係とかギクシャクしません?
:そん時はそん時よ
:まあ、大会後の方が練習に集中できていいかもね
:どーんと行ってこい
:あざっす! がんばります!
「……ひん」
:あ
:ごめんお嬢、聞いてなかった
:サーブがなんだって?
……まあ、その。解決したなら、よかったんだけど。
これ、私、いらなくない……?




