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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
八章 今週の白石さんはおやすみです
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働く白石さん。

 盛大な開会式を経て、イベントは盛況にはじまった。

 大手の探索者事務所が主催する、人気配信者を多数集めた大型イベント。その活況は私がいる救護テントにまで伝わってきて、見ているだけでも楽しかった。


 今、本配信に載っているのは二対二のビーチバレー。ただし、普通のビーチバレーとは一味違う。

 これ、魔法アリなのだ。

 直接攻撃は禁止だが、それ以外なら魔法の使用が認められている。探索者の身体能力に、高度な魔法戦が入り乱れたビーチバレーは、なかなか見ごたえのあるものだった。


「いきますよー」


 絶好のチャンスボールに、コートの中の蒼灯さんが跳ねる。

 太もものホルスターには氷結城のシリンダー。右手で浮き上がったボールを撃ちながら、彼女はシリンダーに魔力を通した。


「リフレクションスパイク!」


 相手のコートの上空に、いくつもの氷の鏡が作り出される。

 蒼灯さんが放ったスパイクは、鏡の間を乱反射し、不規則な軌道を描きながら相手のコートに突き刺さった。


:わあしゅごい

:やっぱ映えるな蒼灯さん

:氷結城ってあんなことできるんだ

:応用が利く魔法だけど、あそこまで使いこなせるのはセンスだわ

:他のとこ見てて見逃しちゃった

:どこ見てたの?

:胸だけど

:潔すぎる


 歓声が上がり、審判が得点を告げる。

 そんな中、蒼灯さんは満面の笑みで振り向いて、救護テントにいる私に手を振った。

 私も微笑んで手を振り返す。見てたよ、と。


:ファンサが来たぞ

:お嬢もにこにこしてます

:まあ、相変わらずお嬢のカメラには後頭部しか映ってないんだけどね

:いや映ってるぞ、本配信の方に

:え、マジ?

:今のカット、本配信に抜かれてた


 勝ち上がっていく蒼灯さんを眺めつつ、私の方もちょこちょこと忙しくなっていた。

 岩場で転んで怪我をしたとか、泳いでたらクラゲに刺されたとか、魔物が近づいてきたから倒してほしいとか。

 テントにいるよりも、ぱたぱた走り回っている時間の方が長かったかもしれない。


:今日も平常運転だ

:水着で海でイベントなのに相変わらずやね

:一月ぶりの復帰配信で裏方仕事に専念する女

:そこはまあ、お嬢だから

:見どころなんていらないんだよね

:見どころならあるぞ

:「大丈夫?」って自然に言えるようになったところが見どころだよ

:上級者すぎる

:こちらは働くお嬢をみんなで見守る配信になっております


 …………。

 私が言うのもなんだけど、他に配信なんていっぱいあるのに、この人たちなんで私の配信見に来てるんだろう……。


 そんなこんなもありつつも、一通りの対応が片付いて、テントでぽけーっと待機していた時。

 イベント会場の方が、なんだかざわざわとしはじめた。


:あれ

:本配信止まっちゃった

:なんかトラブった?

:機材トラブルだってさ

:あーね


 スタッフの人たちが慌ただしくしていたけれど、さすがに私に手伝えることはなさそうだ。

 邪魔にならないよう大人しくしていよう。そう決めた矢先、テントに水着姿の女の人が飛び込んできた。


「失礼。白石ちゃんはいるか」

「え、あ、はい」


 ……ちゃん?

 桃色の髪を品よくまとめた、スタイルのいい女性だった。

 パレオタイプの水着を華麗に着こなし、つば広の帽子とサングラスをかけている。すらっとした長身も相まって、すわモデルか芸能人かといったオーラを放っていた。

 きれいで、かっこいい、大人の女性。まさにそういった感じだ。


「君が白石ちゃんか。お初にお目にかかる、EXプロダクション所属の桃ちゃんだ。よろしく頼むよ」

「あ、えと……。桃ちゃん、さん?」

「違う。桃ちゃんだ」

「桃ちゃん……さん」

「む……」


 ……どうしよう、距離感バグってるタイプの人だ。

 桃ちゃんさんはちょっと残念そうな顔をしていたけれど、そんな顔をされたって、困るものは困る。


:お、井口さんだ

:井口先輩お疲れ様っす

:どなたさま?

:EXプロダクションの大御所やね

:このイベント主催してる事務所の一期生さん

:探索配信業界でも結構な古参の人

:活動期間で言えばお嬢より長いかも


 そ、そうなんだ。知らなかった……。

 この人のことは存じ上げなかったけれど、EXプロダクションの名前には聞き覚えがある。私に水着を着せた悪の組織――もとい、このイベントの主催団体だ。


「まあいい。それより、白石ちゃんに相談したいことがある」


 そう言って、桃ちゃんさんはテント内のパイプ椅子に優雅に腰掛ける。


「すまないが、ちょっとした事件だ。内緒話はできるかな?」

「え、え、えと。だいじょぶ、です。はい」


 な、内緒話って、えっと。とりあえず、このテントの中には私たちしかいないけど……。


:お嬢、お嬢、配信ミュートにしてくれってさ

:俺らには聞かせられない話がしたいらしいよ

:またねお嬢、いい子にして待ってるから

:大丈夫? 俺らがいなくてもちゃんとお話できる?

:お嬢を信じろ、お嬢ならどんな逆境だって乗り越えていけるはずだ

:これは逆境なのか……?


 あ、ああ。内緒話って、そういうこと。

 ワンテンポ遅れて理解した私は、スマートフォンの配信アプリで配信画面を操作した。

 配信画面を蓋絵に差し替えて、音声をミュートにする。これでよし。


「え、えと。蓋、しました」

「感謝する。そう長くは取らせない、手短に行こう。単刀直入に言うと、現在迷宮内で大規模な通信障害が発生している」

「通信、障害……?」

「大方、三層の入り口にある電波塔の不調だろう。この層の電波塔はよく壊れるんだ。潮風にやられてしまうからな」

「ああ……」


 迷宮内での配信は、転移魔法陣の近くに建てられた電波塔によって中継されている。

 電波塔は日々点検されているけれど、いかんせん迷宮内の環境は劣悪だ。不調や故障はよくあることだった。

 だけど、よりにもよってこのタイミングか。イベントを主催する側からすれば、とんだ災難だろう。


「……と。こんなこと、白石ちゃんには釈迦に説法だったか」

「あ、えと。でも、電波塔の、故障なら。配信とか、全部、止まっちゃうんじゃ……?」

「ああ、そうだ。だから今、このイベント会場を含めて、迷宮三層で行われていた配信がほぼすべて止まっている。しかし白石ちゃん、君の配信は別だ」

「……へ?」

「より正確に言うと、日療の人間の配信だけが生きている。そういった状況だ」


 え、と。

 それは、その……。どういうこと、なんだろう。


「白石くん」

「ひっ」


 頭をひねっていると、耳元で急に真堂さんの声がした。

 ……そうだった。さっきまで救助対応をしていたから、インカムつけっぱなしなんだった。


「日療は災害救助用の専用回線を持っている。電波塔の不具合はあるが、今のところうちの回線に異常はない。そう伝えてくれ」

「え、あ、はい」


 とりあえず、聞いたことをそのまま伝えてみる。


「なるほど。やはりか」


 想定内だったらしい。桃ちゃんさんは驚きもなく続けた。


「貴社に折りいって頼みがある。その回線、このイベント中だけ使わせていただけないだろうか」

「え、え、えと」

「……ふむ」


 私を挟んで、真堂さんが答える。


「うちの回線もそこまで太いわけではない。この規模のイベントだと、おそらく容易にパンクするだろう。そうなると救助活動にも支障が出る。申し訳ないが、貸し出すことは――」

「大丈夫です。移動基地局車、手配しときますよ」

「三鷹?」


 インカムの向こうから聞こえてきたのは、三鷹さんの声だった。そのまま二人は、電話の向こうで話し始める。


「通信インフラ支援用の車両を回せば、回線の強度は心配なくなります。ので、貸しちゃっても問題ありません」

「だがな。手配すると言っても、そうすぐには」

「三十分もあれば十分ですって」

「……うちの技術スタッフが悲鳴上げるぞ」

「そこは、緊急出動の訓練と思ってもらいましょう」


 真堂さんは呆れたようなため息を付く。構わず、三鷹さんは続けた。


「それに、こういう恩は、売っといて損ないですからね」


 顔は見えないけれど、たぶんあの人、すごくいい笑顔をしているような気がした。


「そういうことです、白石さん。後はこちらで巻き取るので、先方に私の電話番号をお伝え願えますか?」

「……だ、そうだ。もう勝手にしろ」

「あ、はい。わかり、ました」


 とりあえず、言われた通りに、桃ちゃんさんに三鷹さんの電話番号をお伝えした。

 それから二人は電話で話し始める。話はうまくまとまったようで、桃ちゃんさんは電話口に丁寧にお礼を言っていた。


「……うちはこういうことをする団体ではないのだがな」


 一方、真堂さんは苦い声。


「でも、いいんじゃ、ないですか?」

「そうか?」

「だって、私たちが、守りたいのって。こういうことじゃ、ないですか」

「……そうかもな」


 あの日私が守ったのは、きっとこういう日々だから。こんな平穏が好きだから、どれだけだって頑張れた。

 だったらそのために手を貸すことは、きっと間違ったことじゃないと思う。


「まあいい。それより、迷宮三層の広範に渡って発生した通信障害だ。直接的な危害はないにせよ、何かしらトラブルがあってもおかしくない。気を引き締めろよ」

「はい」


 言われなくとも油断はしない。職務はきっちり果たすとも。

 水着に思うところはあるけれど、それでも私はこのイベントの協力者だ。手伝えることがあるのなら、できる限りはしてあげたい。

 そんなことを思っていた。

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― 新着の感想 ―
幼女体型に戻ったルリリスも水着で参加してないかなぁ
リフレクタービットみたいに変化してコートに突き刺さるバレーボール
ボールは何らかのエンチャントか強化してあるのだろうか?w
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