働く白石さん。
盛大な開会式を経て、イベントは盛況にはじまった。
大手の探索者事務所が主催する、人気配信者を多数集めた大型イベント。その活況は私がいる救護テントにまで伝わってきて、見ているだけでも楽しかった。
今、本配信に載っているのは二対二のビーチバレー。ただし、普通のビーチバレーとは一味違う。
これ、魔法アリなのだ。
直接攻撃は禁止だが、それ以外なら魔法の使用が認められている。探索者の身体能力に、高度な魔法戦が入り乱れたビーチバレーは、なかなか見ごたえのあるものだった。
「いきますよー」
絶好のチャンスボールに、コートの中の蒼灯さんが跳ねる。
太もものホルスターには氷結城のシリンダー。右手で浮き上がったボールを撃ちながら、彼女はシリンダーに魔力を通した。
「リフレクションスパイク!」
相手のコートの上空に、いくつもの氷の鏡が作り出される。
蒼灯さんが放ったスパイクは、鏡の間を乱反射し、不規則な軌道を描きながら相手のコートに突き刺さった。
:わあしゅごい
:やっぱ映えるな蒼灯さん
:氷結城ってあんなことできるんだ
:応用が利く魔法だけど、あそこまで使いこなせるのはセンスだわ
:他のとこ見てて見逃しちゃった
:どこ見てたの?
:胸だけど
:潔すぎる
歓声が上がり、審判が得点を告げる。
そんな中、蒼灯さんは満面の笑みで振り向いて、救護テントにいる私に手を振った。
私も微笑んで手を振り返す。見てたよ、と。
:ファンサが来たぞ
:お嬢もにこにこしてます
:まあ、相変わらずお嬢のカメラには後頭部しか映ってないんだけどね
:いや映ってるぞ、本配信の方に
:え、マジ?
:今のカット、本配信に抜かれてた
勝ち上がっていく蒼灯さんを眺めつつ、私の方もちょこちょこと忙しくなっていた。
岩場で転んで怪我をしたとか、泳いでたらクラゲに刺されたとか、魔物が近づいてきたから倒してほしいとか。
テントにいるよりも、ぱたぱた走り回っている時間の方が長かったかもしれない。
:今日も平常運転だ
:水着で海でイベントなのに相変わらずやね
:一月ぶりの復帰配信で裏方仕事に専念する女
:そこはまあ、お嬢だから
:見どころなんていらないんだよね
:見どころならあるぞ
:「大丈夫?」って自然に言えるようになったところが見どころだよ
:上級者すぎる
:こちらは働くお嬢をみんなで見守る配信になっております
…………。
私が言うのもなんだけど、他に配信なんていっぱいあるのに、この人たちなんで私の配信見に来てるんだろう……。
そんなこんなもありつつも、一通りの対応が片付いて、テントでぽけーっと待機していた時。
イベント会場の方が、なんだかざわざわとしはじめた。
:あれ
:本配信止まっちゃった
:なんかトラブった?
:機材トラブルだってさ
:あーね
スタッフの人たちが慌ただしくしていたけれど、さすがに私に手伝えることはなさそうだ。
邪魔にならないよう大人しくしていよう。そう決めた矢先、テントに水着姿の女の人が飛び込んできた。
「失礼。白石ちゃんはいるか」
「え、あ、はい」
……ちゃん?
桃色の髪を品よくまとめた、スタイルのいい女性だった。
パレオタイプの水着を華麗に着こなし、つば広の帽子とサングラスをかけている。すらっとした長身も相まって、すわモデルか芸能人かといったオーラを放っていた。
きれいで、かっこいい、大人の女性。まさにそういった感じだ。
「君が白石ちゃんか。お初にお目にかかる、EXプロダクション所属の桃ちゃんだ。よろしく頼むよ」
「あ、えと……。桃ちゃん、さん?」
「違う。桃ちゃんだ」
「桃ちゃん……さん」
「む……」
……どうしよう、距離感バグってるタイプの人だ。
桃ちゃんさんはちょっと残念そうな顔をしていたけれど、そんな顔をされたって、困るものは困る。
:お、井口さんだ
:井口先輩お疲れ様っす
:どなたさま?
:EXプロダクションの大御所やね
:このイベント主催してる事務所の一期生さん
:探索配信業界でも結構な古参の人
:活動期間で言えばお嬢より長いかも
そ、そうなんだ。知らなかった……。
この人のことは存じ上げなかったけれど、EXプロダクションの名前には聞き覚えがある。私に水着を着せた悪の組織――もとい、このイベントの主催団体だ。
「まあいい。それより、白石ちゃんに相談したいことがある」
そう言って、桃ちゃんさんはテント内のパイプ椅子に優雅に腰掛ける。
「すまないが、ちょっとした事件だ。内緒話はできるかな?」
「え、え、えと。だいじょぶ、です。はい」
な、内緒話って、えっと。とりあえず、このテントの中には私たちしかいないけど……。
:お嬢、お嬢、配信ミュートにしてくれってさ
:俺らには聞かせられない話がしたいらしいよ
:またねお嬢、いい子にして待ってるから
:大丈夫? 俺らがいなくてもちゃんとお話できる?
:お嬢を信じろ、お嬢ならどんな逆境だって乗り越えていけるはずだ
:これは逆境なのか……?
あ、ああ。内緒話って、そういうこと。
ワンテンポ遅れて理解した私は、スマートフォンの配信アプリで配信画面を操作した。
配信画面を蓋絵に差し替えて、音声をミュートにする。これでよし。
「え、えと。蓋、しました」
「感謝する。そう長くは取らせない、手短に行こう。単刀直入に言うと、現在迷宮内で大規模な通信障害が発生している」
「通信、障害……?」
「大方、三層の入り口にある電波塔の不調だろう。この層の電波塔はよく壊れるんだ。潮風にやられてしまうからな」
「ああ……」
迷宮内での配信は、転移魔法陣の近くに建てられた電波塔によって中継されている。
電波塔は日々点検されているけれど、いかんせん迷宮内の環境は劣悪だ。不調や故障はよくあることだった。
だけど、よりにもよってこのタイミングか。イベントを主催する側からすれば、とんだ災難だろう。
「……と。こんなこと、白石ちゃんには釈迦に説法だったか」
「あ、えと。でも、電波塔の、故障なら。配信とか、全部、止まっちゃうんじゃ……?」
「ああ、そうだ。だから今、このイベント会場を含めて、迷宮三層で行われていた配信がほぼすべて止まっている。しかし白石ちゃん、君の配信は別だ」
「……へ?」
「より正確に言うと、日療の人間の配信だけが生きている。そういった状況だ」
え、と。
それは、その……。どういうこと、なんだろう。
「白石くん」
「ひっ」
頭をひねっていると、耳元で急に真堂さんの声がした。
……そうだった。さっきまで救助対応をしていたから、インカムつけっぱなしなんだった。
「日療は災害救助用の専用回線を持っている。電波塔の不具合はあるが、今のところうちの回線に異常はない。そう伝えてくれ」
「え、あ、はい」
とりあえず、聞いたことをそのまま伝えてみる。
「なるほど。やはりか」
想定内だったらしい。桃ちゃんさんは驚きもなく続けた。
「貴社に折りいって頼みがある。その回線、このイベント中だけ使わせていただけないだろうか」
「え、え、えと」
「……ふむ」
私を挟んで、真堂さんが答える。
「うちの回線もそこまで太いわけではない。この規模のイベントだと、おそらく容易にパンクするだろう。そうなると救助活動にも支障が出る。申し訳ないが、貸し出すことは――」
「大丈夫です。移動基地局車、手配しときますよ」
「三鷹?」
インカムの向こうから聞こえてきたのは、三鷹さんの声だった。そのまま二人は、電話の向こうで話し始める。
「通信インフラ支援用の車両を回せば、回線の強度は心配なくなります。ので、貸しちゃっても問題ありません」
「だがな。手配すると言っても、そうすぐには」
「三十分もあれば十分ですって」
「……うちの技術スタッフが悲鳴上げるぞ」
「そこは、緊急出動の訓練と思ってもらいましょう」
真堂さんは呆れたようなため息を付く。構わず、三鷹さんは続けた。
「それに、こういう恩は、売っといて損ないですからね」
顔は見えないけれど、たぶんあの人、すごくいい笑顔をしているような気がした。
「そういうことです、白石さん。後はこちらで巻き取るので、先方に私の電話番号をお伝え願えますか?」
「……だ、そうだ。もう勝手にしろ」
「あ、はい。わかり、ました」
とりあえず、言われた通りに、桃ちゃんさんに三鷹さんの電話番号をお伝えした。
それから二人は電話で話し始める。話はうまくまとまったようで、桃ちゃんさんは電話口に丁寧にお礼を言っていた。
「……うちはこういうことをする団体ではないのだがな」
一方、真堂さんは苦い声。
「でも、いいんじゃ、ないですか?」
「そうか?」
「だって、私たちが、守りたいのって。こういうことじゃ、ないですか」
「……そうかもな」
あの日私が守ったのは、きっとこういう日々だから。こんな平穏が好きだから、どれだけだって頑張れた。
だったらそのために手を貸すことは、きっと間違ったことじゃないと思う。
「まあいい。それより、迷宮三層の広範に渡って発生した通信障害だ。直接的な危害はないにせよ、何かしらトラブルがあってもおかしくない。気を引き締めろよ」
「はい」
言われなくとも油断はしない。職務はきっちり果たすとも。
水着に思うところはあるけれど、それでも私はこのイベントの協力者だ。手伝えることがあるのなら、できる限りはしてあげたい。
そんなことを思っていた。




