そんなわけで書籍発売記念の水着回やります(宣伝)
蒼灯さん、おっぺえでっけえな……。
「……白石さん?」
「えと、なに?」
「どうかしました?」
「あ、いや、えと……」
いやー……。
蒼灯さん、まじでおっぺえでっけえな……。(二回目)
「あの、視線を感じるんですけど……」
「えと……。蒼灯、さん」
「はい、なんですか?」
「蒼灯さんって、おっぱい、おっきいね」
「!?」
:お嬢???????
:直球にもほどがある
:面と向かって言うやつがいるかバカ!!! よく言った!!!!!
:唐突にライン越えてくるじゃん
:お前のトークスキルにはゼロか百しかないんか?
:蒼灯さんが素で驚くレアなシーンを見てしまった……
:やっぱお嬢ってすげえわ、いつだって俺たちの想像を超えてくれる
「し、白石さん?」
「え、あ、うん」
「思っても、言わない。それが慎みというものです」
「う、うん。ごめん……」
「わかればよろしい」
隣を歩くおっぺえ……じゃなくて、蒼灯さんが気になりすぎて、考えてたことをそのまま言ったら、普通に怒られた。ダメだったらしい。
引き続き、迷宮三層にある白波のビーチ。イベント会場の周辺を、私と蒼灯さんは二人で歩いていた。
イベントが始まる前に、近くの魔物を減らしておくのが今のお仕事。蒼灯さんはその付き添いだ。
「蒼灯さんは、イベント参加者、なんだよね?」
「ええ、ゲスト参加です。ビーチバレーとか出るらしいですよ?」
「そっか、応援するね」
顔が広くて華がある蒼灯さんは、こういうイベントにはよく呼ばれるらしい。イベント会場を歩いているだけでも、時々他の参加者に話しかけられていた。
「白石さんは何か競技には出ないんですか?」
「私は、救護スタッフだから」
「なら、暇な時にこっそり海入っちゃいましょうよ。ちょっとなら大丈夫ですって」
「…………むり」
「あら、残念」
:くそっ……! あおひーでもダメか!
:なんだっていい! 誰かお嬢を海に突き落とせ!
:お嬢を海に入れたい勢力はなんなんだ?
:そらお前、お嬢を海に入れたいんだよ
:なんで……?
:だって、濡れたらシャツが透けるだろ
:ただの下心じゃねーか!
:うるさい黙れ! 今日が千載一遇の好機なんだ!
:隣にとんでもないおっぺえがいるのに、一切ブレないお前らはすげえよ
:どっちかじゃない、全部見たい。リスナーってのは欲張りなんだ
:あんまそういうこと言うとまた岩場に逃げるぞ
今日のコメント欄、なんかやだなぁ……。
最初に比べれば落ち着いた方だけど、結構な頻度でこういう流れになる。防御力高めの私ですらこうなんだから、蒼灯さんの配信なんて一体どうなってしまっているんだろう。
とは言え、かくいう私もさっき蒼灯さんに余計なことを言ったばかりだ。悪いのは全部、この水着ってやつなのかもしれない。
「む」
「おや」
そんなことを話しつつ、浜辺を歩いていると。
砂浜をのそのそと歩く魔物が一匹。甲殻と巻き貝の鎧を纏うそれを見て、蒼灯さんは顔をひきつらせた。
「ヤドカリですか……」
白波のビーチに生息するヤドカリは、蒼灯さんにとっては因縁の相手だ。
数ヶ月前、あの魔物に襲われた蒼灯さんは大怪我を負った。もしもあの時私が通りかかっていなかったら、きっと取り返しのつかないことになっていただろう。
「待ってて。すぐ、片付ける」
「いえ。白石さん、ここは任せてもらっていいですか」
蒼灯さんは、腰に差したロングソードをすらりと抜いた。
臆することなく彼女は前に出る。ヤドカリのハサミを弾き返し、続けざまに一閃。優美な刃は関節を断ち切り、ハサミを一本切り落とした。
そのまま戦闘は危なげなく進む。次の攻防でもう片方のハサミも切り落とされて、ヤドカリは大きくよろめいた。
「凍れ」
アイスブルーのシリンダーに魔力が通る。
あのシリンダーは氷結城。氷塊を生成するというシンプルな性能ながら、攻めにも守りにも使える便利な魔法だ。
瞬間的に生成された氷に閉じ込められて、ヤドカリは動きを静止する。ほぼ決着はついたようなものだが、蒼灯さんは手を緩めなかった。
「もいっちょ!」
続いて彼女は、氷結城で自分の剣に氷をまとう。ロングソードをコーティングした氷は、ハンマーの形状をしていた。
透き通る氷晶のハンマー。それを両手で操って、氷に封じられたヤドカリに豪快に叩きつける。
「わっせーい!」
どんがらがっしゃん。
氷が砕け、ヤドカリも砕ける。熱く焼けた砂浜に、冷ややかな氷の欠片が砕け散る。
戦闘終了。氷晶のハンマーをくるくる回し、蒼灯さんは得意げにポーズを取った。
「どや」
配信映えする、魅せる戦い。蒼灯すずの戦闘スタイルだ。
:なかなかやるわね
:GGEZ
:あの、今の氷結城なくても勝ってたと思うんですが
:使ったほうがかっこいいだろ!
:見栄えって大事だから
:配信者だからね、映えるに越したことはないんだよね
:慎めお前ら、お嬢の御前だぞ
:あっ
:違うんです! 今のはお嬢に言ったわけじゃないんです!
:僕は見栄えゼロで撲殺したっていいと思います!
……うるさいな。私だって、好きで撲殺してるわけじゃないんだよ。
「ま、こんなとこですかね。借りは返したってことで」
魔法を解除し、蒼灯さんは剣を鞘に戻す。
「白石さん。私、そろそろ四層に上がれそうなんですよ」
「え、ほんと?」
「キャンプ場での実績が評価されて、昇格試験を受けることになりました。そこで合格すれば、晴れて四層探索者です」
:マジ?
:蒼灯さんついに四層か
:マジかよおめでとう
:ほぼソロで四層到達はヤバない?
:ちゃんとつえーんだよな、蒼灯さん
「純粋な戦闘力よりも、指揮やリーダーシップが評価されてのことですが、それでも四層は四層です。誰かとパーティを組めば、さらに上を目指せるかもしれません」
:え、パーティ?
:蒼灯さん、ソロやめるの?
:散々あちこちのパーティに誘われても断り続けた蒼灯さんが!?
:事務所からの勧誘も頑なに固辞してソロを貫いた、あのあおひーが……!?
「蒼灯さん。誰かと、組むの?」
「実は、あなたが復帰したら、その話をしようと思ってたんですよね」
その時の蒼灯さんは、大事なことを打ち明けるような顔をしていて。
思わず私も、ちょっとだけ緊張してしまった。
「白石さん。もしよければ、私とルリリスの三人で――」
「……あ」
その時視界に入ったのは、ヤドカリの群れ。
六体くらいの甲殻類が、わさわさとハサミを振り回しながら押し寄せてきていた。
せっかく蒼灯さんが大事な話をしているのに、空気の読めない奴らだ。
「えと、ごめん。ちょっと、待ってて」
返事も待たず、風走りを纏って飛翔する。
今は水を差されたくない。速攻で終わらせよう。
瞬間的な加速。剣に鋭い風を纏い、すれ違いざまに風刃を叩き込む。
解き放った風の刃は、一撃で六体のヤドカリを薙ぎ払った。
:わぁ
:え、今の何?
:だから一瞬すぎてカメラが追いつかないんよ
:なんか倒したなってのはわかるけど
:お嬢また速くなってない……?
:だからあの、見栄えとかって
:お嬢にそんなもの求めるな
:諦めろ。これがお嬢だ、享受しろ
以前はこのヤドカリを狩るのにも時間がかかっていたけれど、そんなものは昔の話だ。
体内に魔力核を宿した今、私の魔力量は急増した。今の私なら、魔法の出力をちょっと上げれば、わざわざ関節なんて狙わなくても正面から切り裂ける。
「おまたせ」
六体のヤドカリにきっちりトドメを刺し、蒼灯さんの下に戻る。
合計戦闘時間四秒フラット。悪くないタイムだ。
「それで、話の、続きって」
「いやー……」
蒼灯さんは、なぜだか乾いた笑みを浮かべていた。
「これはちょっと、四層探索者になったくらいじゃ、お荷物にしかならないかもですね……」
「え、と?」
「こっちの話です」
遠い目をしていた蒼灯さんは、深く息を吐く。それから、覚悟を決めた顔をした。
「私、もっと強くなりますから。話の続きは、その時に」
:キャンセル入っちゃった
:マジかぁ、いいとこだったのに……
:やっぱヤドカリってカスだわ
:悪いの本当にヤドカリかなぁ
:お嬢は悪くないよ
:お嬢は強すぎただけだから……
:ほな誰が悪いんや?
:俺ら
:ごめんなお嬢、俺らが不甲斐ないばっかりに……
:そうかな……そうかも……
ええー……。
よくわかんないけど、私、悪いことしたのかなぁ……。




