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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
八章 今週の白石さんはおやすみです
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お嬢ピックアップガチャSSR!

 そして来たる、復帰初日。

 迷宮に行く前に、今日の特殊任務についてブリーフィングを行うからと、私は三鷹さんに呼び出された。

 ところで、ぶりーふぃんぐってなんだろう。三鷹さんは時々、よくわからない横文字を使うことがある。


「来ましたね。復帰おめでとうございます、と言いたいところですが、白石さん。さっそく仕事の時間です」


 迷宮事業部のデスクにて、三鷹さんはいつになく真面目な顔をしていた。


「本日からあなたには、通常の救助要請ではなく、特殊任務についてもらいます。覚悟はできていますか?」

「え、あ、はい」


 いつもとは違うはりつめた雰囲気に、思わずどぎまぎしてしまう。


「今日あなたにお願いしたいのは、非常に特殊な任務です。迷宮救命士としての実力はもちろん、現場での柔軟な対応力が求められます」

「あ、あの、三鷹さん。質問、いいですか?」

「ええ、どうしましたか?」

「特殊任務については、真堂さんが指示するって、言ってませんでしたっけ……?」


 それを聞くと、三鷹さんは声を潜めた。


「この件は少々込み入った内容なので、私から説明することにしました。あなたも、真堂さんと対面だと緊張するでしょうし」

「……まあ、その、ちょっとだけ」


 真堂さん、顔、怖いからなぁ……。

 電話はだいぶ慣れてきたんだけど、対面はまだちょっと苦手かもしれない。

 それに、最近の真堂さんはなぜか怒ってくれないし。以前よりも距離を感じて、妙なやりづらさがあった。


「先に言いますと、これはとても難しいミッションです。あなた以外には任せられません。しかし、病み上がりの白石さんに、こんな任務を持ちかけていいものか……」

「えと……。助けが、必要な人が、いるんですよ、ね?」

「はい。大勢の人命に関わる、とても重要な任務です」

「なら、やります」


 だったら断る理由はない。それだけ聞けば十分だった。


「大丈夫、です。私、やります」

「ですが、簡単なことではありません。今ならまだ断ることもできます」

「やります。どんなに難しくても、それが誰かの助けに、なるのなら」

「……その言葉に、二言はありませんか?」

「ありません」


 深刻な顔をしていた三鷹さんは、一転してにこやかに微笑んだ。


「わかりました。そこまで言うのであれば、あなたにお任せしましょう」


 その笑みに、なぜだか背筋が凍るような寒気を感じた。

 やばいかも、と思ったときには後の祭り。


「今回の任務には特殊な装備が必要です。こちらで用意があるので持っていってください」

「えと、あの。それは……?」


 彼女はにこにこ微笑みながら、半透明のビニールバッグを差し出した。


「水着です」



 *****



 #27 だーまーさーれーたー!


 迷宮三層、大海迷宮パールブルー。その一角にある、白波のビーチ。

 さらさらと焼けた砂浜。光を返して輝く青い波。ゆっくりと流れる雲と空。

 そして、ごつごつとした人気のない岩場。


「嵌められたな、白石くん」


 その岩場で息を潜めて、私は真堂さんと電話していた。


「前に言っただろう、三鷹には気をつけろと。あいつはこういうことをするやつだ」

「さすがに、これは、聞いてないですよ……!」


 私がこうしているのは、何もかも水着のせいだった。

 今日の任務には着用が必須であるからと、三鷹さんに押し付けられたこの水着。

 渋々着たはいいものの、こんな服装でカメラの前に出ることに耐えられず、こうして逃げ隠れている次第である。


「しかし、そこまで恥ずかしがる格好には見えないが」

「恥ずかしいに、決まってるじゃ、ないですか……! 水着ですよ、水着……!」

「そうは言うが、ショートパンツにシャツだろう。普段とそう変わらない」

「ぜ、ぜんぜん違います……! おへそとか、出てるし。シャツだって、濡れたら、す、透けるんですよ……!」

「……へそは恥ずかしがる部位なのか?」

「真面目に、考察、しないでくださいっ」


 下はショートパンツにサンダル。上は水着の上からシャツを着て、右袖には救助者の証である真紅の腕章をくくりつけている。

 水着にしては防御力高めの装備ではあるけれど、それでも水着は水着だ。こんな格好を不特定多数に見られるなんて、私には耐えられない。


「あのな、恥ずかしがるから恥ずかしくなるんだ。堂々とすればいい」

「そんなの、できるわけ、ないじゃないですかぁ……」


 今は配信に蓋しているけれど、さっきまでのコメント欄は本当にひどかったのだ。

 なんというか、遠慮もなしの言いたい放題というか。私の許容量を軽く振り切る“熱量”を浴びせられて、私の頭は一瞬でぐるぐるになった。

 あのコメントの中で堂々とできるわけがない。なんならちょっと泣きそうだったんだぞ。


「というか、なんなんですか、このお仕事」

「迷宮内イベントの救護スタッフだ。有事の際は君に救護に当たってほしい、という依頼だが」

「それは、そうなんですけど」


 大手の探索者事務所が例年開いている、夏の大型イベント。その救護スタッフが、私に与えられた“特殊任務”だ。

 イベント自体は交流メインの和気あいあいとしたものだけど、場所が場所なので、日療に救護スタッフの派遣を依頼したらしい。

 で。参加者は全員水着なので、私もこの格好になったとかなんとか。


「救護スタッフなら、私じゃなくても、いいじゃ、ないですか。私、こういうの、向いてない、です」

「それは同感だが、先方からの希望があってな」

「えと、希望……? 私を?」

「君はあのキャンプで名を上げただろう。イベント的に盛り上がると考えたんじゃないか」

「わ、私が、盛り上げるんですか……!? むりむりむりむり……!」

「いや、それは言葉の綾だ。君はいつもどおりにしていればいい」

「それもむりぃ……」


 そんなこと言われても……。

 盛り上げなくてもいいにしても、こんな格好でいつも通りにできたら苦労はしない。


「それに、イベント主催の事務所は日療に多額の寄付をしている。こういった事務所との関係性を良好に保って損はない、というのが日療としての考えだ」

「え、ええ……? それって、癒着じゃ、ないですか……?」

「……三鷹の言葉をそのまま借りるなら、人命救助という本懐に背くことは何もしておらず、資金源の保持は今後の活動を円滑にする、だそうだ」

「ええー……」


 思うところがあるのか、真堂さんも少し苦い声をしていた。

 ま、まあ、その。綺麗事だけじゃ救えないってのは、私も理解はしているんだけど……。


「……つまり私は、大人の事情で、水着を着せられた、わけですね……」

「おい待て、それは違う」

「何も違わないです……。売られたんだ、私は……」


 試しにちょっと、いじけてみたり。


「そこまで言うなら、やめとくか」


 真堂さんは、苦々しくため息をついた。


「本気で嫌なら無理には言わない。俺としてもこの件は違うと思っていた。普段の服装に着替えてもいいし、今日は代役を立ててもいい。先方にはこちらから話しておこう」

「え、あ、え」


 い、いや、その。そういうつもりじゃ、なくて。

 妙な格好をさせられたけれど、私がやるのはあくまでも人命救助。だったらこれも、大事な仕事だってことはわかってる。

 誰かの助けになるならなんでもする、という言葉に嘘はない。ただちょっと、急に着せられた水着に戸惑っちゃっただけで……。

 そんなことを悶々と考えていると、砂浜から私を呼ぶ声がした。


「白石さーん!」


 たゆんたゆん。

 あるいは、ばるんばるん。

 とんでもねえモンを二つ、凄まじい躍動感で揺らしながら、彼女は小走りで私に手を振っていた。


「こんなところにいましたか。そろそろ集合時間みたいですけど……あら、お電話中?」


 彼女の名前は蒼灯すず。私の大切な友だちだ。

 蒼灯さんもこのイベントに招待されていたようで、それは見事な水着姿をしていた。

 暴力的な存在感を放つ豊かな双丘。すらりと伸びた透明感のある生脚。

 過剰なまでに開放感のある水着からは、危ないものがこぼれそうになっている。

 恥じらうことなど一つもないと言わんばかりに、広大な肌色面積を惜しげもなく晒すその様は、私の脳に雷鳴のような衝撃をもたらした。


「……あの、真堂さん」

「どうした」

「やっぱり、大丈夫、です」


 岩場の影から、すっくと立ち上がる。

 翻って我が身を見よ。Tシャツにショートパンツだぞ。

 あれに比べれば、なんと頼もしい装備であることか。


「なんか、どうでもよく、なりました」

「そうか。何よりだ」


 雄大な空と海と、揺れ動く二つの山が教えてくれた。

 人は、強くなれる。

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― 新着の感想 ―
 あおひーは着痩せタイプ、と…φ(..)
あーやっぱりあおひーはたゆんたゆんでばるんばるんなわけですね。 でもって楓ちゃんの方はと言えば………(大汗)。 まあ、でも、なんだ、その、某赤い人も「胸部装甲の性能の違いが戦力の決定的差ではないという…
なんか質の悪い芸能事務所に引っ掛かったアイドル志望を観ている様だ。 我が国には職業選択の自由と云うモノが在ってだな……
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