お嬢ピックアップガチャSSR!
そして来たる、復帰初日。
迷宮に行く前に、今日の特殊任務についてブリーフィングを行うからと、私は三鷹さんに呼び出された。
ところで、ぶりーふぃんぐってなんだろう。三鷹さんは時々、よくわからない横文字を使うことがある。
「来ましたね。復帰おめでとうございます、と言いたいところですが、白石さん。さっそく仕事の時間です」
迷宮事業部のデスクにて、三鷹さんはいつになく真面目な顔をしていた。
「本日からあなたには、通常の救助要請ではなく、特殊任務についてもらいます。覚悟はできていますか?」
「え、あ、はい」
いつもとは違うはりつめた雰囲気に、思わずどぎまぎしてしまう。
「今日あなたにお願いしたいのは、非常に特殊な任務です。迷宮救命士としての実力はもちろん、現場での柔軟な対応力が求められます」
「あ、あの、三鷹さん。質問、いいですか?」
「ええ、どうしましたか?」
「特殊任務については、真堂さんが指示するって、言ってませんでしたっけ……?」
それを聞くと、三鷹さんは声を潜めた。
「この件は少々込み入った内容なので、私から説明することにしました。あなたも、真堂さんと対面だと緊張するでしょうし」
「……まあ、その、ちょっとだけ」
真堂さん、顔、怖いからなぁ……。
電話はだいぶ慣れてきたんだけど、対面はまだちょっと苦手かもしれない。
それに、最近の真堂さんはなぜか怒ってくれないし。以前よりも距離を感じて、妙なやりづらさがあった。
「先に言いますと、これはとても難しいミッションです。あなた以外には任せられません。しかし、病み上がりの白石さんに、こんな任務を持ちかけていいものか……」
「えと……。助けが、必要な人が、いるんですよ、ね?」
「はい。大勢の人命に関わる、とても重要な任務です」
「なら、やります」
だったら断る理由はない。それだけ聞けば十分だった。
「大丈夫、です。私、やります」
「ですが、簡単なことではありません。今ならまだ断ることもできます」
「やります。どんなに難しくても、それが誰かの助けに、なるのなら」
「……その言葉に、二言はありませんか?」
「ありません」
深刻な顔をしていた三鷹さんは、一転してにこやかに微笑んだ。
「わかりました。そこまで言うのであれば、あなたにお任せしましょう」
その笑みに、なぜだか背筋が凍るような寒気を感じた。
やばいかも、と思ったときには後の祭り。
「今回の任務には特殊な装備が必要です。こちらで用意があるので持っていってください」
「えと、あの。それは……?」
彼女はにこにこ微笑みながら、半透明のビニールバッグを差し出した。
「水着です」
*****
#27 だーまーさーれーたー!
迷宮三層、大海迷宮パールブルー。その一角にある、白波のビーチ。
さらさらと焼けた砂浜。光を返して輝く青い波。ゆっくりと流れる雲と空。
そして、ごつごつとした人気のない岩場。
「嵌められたな、白石くん」
その岩場で息を潜めて、私は真堂さんと電話していた。
「前に言っただろう、三鷹には気をつけろと。あいつはこういうことをするやつだ」
「さすがに、これは、聞いてないですよ……!」
私がこうしているのは、何もかも水着のせいだった。
今日の任務には着用が必須であるからと、三鷹さんに押し付けられたこの水着。
渋々着たはいいものの、こんな服装でカメラの前に出ることに耐えられず、こうして逃げ隠れている次第である。
「しかし、そこまで恥ずかしがる格好には見えないが」
「恥ずかしいに、決まってるじゃ、ないですか……! 水着ですよ、水着……!」
「そうは言うが、ショートパンツにシャツだろう。普段とそう変わらない」
「ぜ、ぜんぜん違います……! おへそとか、出てるし。シャツだって、濡れたら、す、透けるんですよ……!」
「……へそは恥ずかしがる部位なのか?」
「真面目に、考察、しないでくださいっ」
下はショートパンツにサンダル。上は水着の上からシャツを着て、右袖には救助者の証である真紅の腕章をくくりつけている。
水着にしては防御力高めの装備ではあるけれど、それでも水着は水着だ。こんな格好を不特定多数に見られるなんて、私には耐えられない。
「あのな、恥ずかしがるから恥ずかしくなるんだ。堂々とすればいい」
「そんなの、できるわけ、ないじゃないですかぁ……」
今は配信に蓋しているけれど、さっきまでのコメント欄は本当にひどかったのだ。
なんというか、遠慮もなしの言いたい放題というか。私の許容量を軽く振り切る“熱量”を浴びせられて、私の頭は一瞬でぐるぐるになった。
あのコメントの中で堂々とできるわけがない。なんならちょっと泣きそうだったんだぞ。
「というか、なんなんですか、このお仕事」
「迷宮内イベントの救護スタッフだ。有事の際は君に救護に当たってほしい、という依頼だが」
「それは、そうなんですけど」
大手の探索者事務所が例年開いている、夏の大型イベント。その救護スタッフが、私に与えられた“特殊任務”だ。
イベント自体は交流メインの和気あいあいとしたものだけど、場所が場所なので、日療に救護スタッフの派遣を依頼したらしい。
で。参加者は全員水着なので、私もこの格好になったとかなんとか。
「救護スタッフなら、私じゃなくても、いいじゃ、ないですか。私、こういうの、向いてない、です」
「それは同感だが、先方からの希望があってな」
「えと、希望……? 私を?」
「君はあのキャンプで名を上げただろう。イベント的に盛り上がると考えたんじゃないか」
「わ、私が、盛り上げるんですか……!? むりむりむりむり……!」
「いや、それは言葉の綾だ。君はいつもどおりにしていればいい」
「それもむりぃ……」
そんなこと言われても……。
盛り上げなくてもいいにしても、こんな格好でいつも通りにできたら苦労はしない。
「それに、イベント主催の事務所は日療に多額の寄付をしている。こういった事務所との関係性を良好に保って損はない、というのが日療としての考えだ」
「え、ええ……? それって、癒着じゃ、ないですか……?」
「……三鷹の言葉をそのまま借りるなら、人命救助という本懐に背くことは何もしておらず、資金源の保持は今後の活動を円滑にする、だそうだ」
「ええー……」
思うところがあるのか、真堂さんも少し苦い声をしていた。
ま、まあ、その。綺麗事だけじゃ救えないってのは、私も理解はしているんだけど……。
「……つまり私は、大人の事情で、水着を着せられた、わけですね……」
「おい待て、それは違う」
「何も違わないです……。売られたんだ、私は……」
試しにちょっと、いじけてみたり。
「そこまで言うなら、やめとくか」
真堂さんは、苦々しくため息をついた。
「本気で嫌なら無理には言わない。俺としてもこの件は違うと思っていた。普段の服装に着替えてもいいし、今日は代役を立ててもいい。先方にはこちらから話しておこう」
「え、あ、え」
い、いや、その。そういうつもりじゃ、なくて。
妙な格好をさせられたけれど、私がやるのはあくまでも人命救助。だったらこれも、大事な仕事だってことはわかってる。
誰かの助けになるならなんでもする、という言葉に嘘はない。ただちょっと、急に着せられた水着に戸惑っちゃっただけで……。
そんなことを悶々と考えていると、砂浜から私を呼ぶ声がした。
「白石さーん!」
たゆんたゆん。
あるいは、ばるんばるん。
とんでもねえモンを二つ、凄まじい躍動感で揺らしながら、彼女は小走りで私に手を振っていた。
「こんなところにいましたか。そろそろ集合時間みたいですけど……あら、お電話中?」
彼女の名前は蒼灯すず。私の大切な友だちだ。
蒼灯さんもこのイベントに招待されていたようで、それは見事な水着姿をしていた。
暴力的な存在感を放つ豊かな双丘。すらりと伸びた透明感のある生脚。
過剰なまでに開放感のある水着からは、危ないものがこぼれそうになっている。
恥じらうことなど一つもないと言わんばかりに、広大な肌色面積を惜しげもなく晒すその様は、私の脳に雷鳴のような衝撃をもたらした。
「……あの、真堂さん」
「どうした」
「やっぱり、大丈夫、です」
岩場の影から、すっくと立ち上がる。
翻って我が身を見よ。Tシャツにショートパンツだぞ。
あれに比べれば、なんと頼もしい装備であることか。
「なんか、どうでもよく、なりました」
「そうか。何よりだ」
雄大な空と海と、揺れ動く二つの山が教えてくれた。
人は、強くなれる。




