「まあ、金で買えるなら安いもんだよ」
九重工房、応接室にて。
九重さんは、テーブル越しに頭を下げていた。
「すみません……。迷宮で見た姿と随分違っていましたから」
これ、ただの私服なんだけど、そんなに違うかなぁ……。
リスナーといい、九重さんといい、ただの私服で妙な反応をしてくれる。私が普通の格好してるのが、そんなにおかしいのだろうか。
「白石さんって、普段はそんな感じなんですね……?」
「そんな感じ、とは」
「こうしてみると、まるで普通の女の子みたいだなって」
「……違うの?」
「……すみません、忘れてください」
どんなイメージがついているのか知らないけれど、私は私だ。どこにでもいるような普通の人だ。そうじゃなければなんだって言うんだ。
「それで、えと。お仕事の、お話、なんだけど」
「あ、はい。本日はどういったご用件でしょう?」
「新しい武器を、作ってほしくて」
用件を切り出すと、九重さんの表情が仕事人のそれに切り替わった。
「なるほど、武器。どういったものをお求めでしょうか」
「えっと、その……。つよい、やつ」
「具体的には?」
「えっと……。すっごく、つよいやつ……?」
「……こっちから質問してもいいですか?」
「……おねがい、します」
私に説明させても埒が明かないと思ったらしい。誠に遺憾ながらその通りだ。
いくらかのヒアリングを受けること、しばらく。
「なるほど。殺傷能力に特化した、大型の武器、と……。メインウェポンを更新したいということですか?」
「ううん。メインで使うのは、今の剣のままに、するつもり」
私の剣、オジョウカリバー四十二世を捨てるつもりはない。
性能としてはそこそこだけど、あの武器のことは気に入っている。壊れるまでは大事に使うつもりだ。
だけど、愛着だけじゃ、為せないこともあるから。
「ほしいのは、リーサルウェポン」
そのための力を求めて、私はここに来た。
「重くても、いい。使いづらくても、いい。取り回しが、悪くても、いい。六層の魔物を、引き裂けるような、そんな武器がほしい」
呪禍戦で終始障害となったのは、頑強すぎる装甲だ。
六層魔物の魔力量で強化された魔力装甲は、並の武器ではほとんどダメージが通らない。今後も六層級を相手するなら、今の武器では力不足だ。
「六層魔物の装甲を貫く強力な武器……。それは、まさしくリーサルウェポンですね」
「えと……。難しい、かな?」
「……少し、ここで待っていてください」
九重さんは工場の奥へと引っ込んでいく。
それから少しして、とても大きな黒いケースを、台車に乗せて持ってきた。
「白石さん。これからお見せするものは、技術研究のために製作した特殊な武装です。くれぐれも他言無用でお願いします」
台車に乗せたまま、九重さんはケースのロックを外す。
重厚な蓋がゆっくりと開き、黒光りする大鎌が姿をあらわした。
全長にして二メートルはあるだろうか。すらっとした柄に、大きく反った巨大な刃。
その刀身から放たれる、物々しい気配には、見覚えがあった。
「九重さん、これって……」
「刀身は呪禍の刃からできています。残存していた鎌を回収し、研ぎ上げて作りました」
「呪禍の、刃……」
呪禍の刃のことについては聞いていた。
私が呪禍を討ったあと、体の一部が奇跡的に残っていたらしい。推測をするなら、最後に放った輝く風によって呪禍体内の魔力が消滅し、生命力を使い果たしていなかった一部が素材化したのだろう。
探索者協会が回収したその鎌は、一応私に所有権があったらしいけれど、魔物素材の研究に使いたいと連絡があったので、「あげます」と返事をしておいた。
その後、九重さんの手に渡ったってことらしい。
「素の状態でも切れ味は超硬度チタンブレード以上。魔物武器としての性質もあり、魔力を通せば切れ味はさらに跳ね上がります。魔力伝導率も非常に良好です。殺傷能力という点において、この鎌は比類なき力を誇るでしょう。ですが……」
一瞬、九重さんは言い淀む。
「おそらくこれは、魔剣や妖刀に類するものです。僕自身、こんなものを世に出していいのか迷ってもいる。扱いを間違えれば身を滅ぼす、極めて危険な力であることをご理解ください」
九重さんの説明は、話半分にしか入ってこなかった。
滑らかに反った刀身は、夜のように黒く静かだ。しかし、軽く指を触れると、つんざくような叫びが聞こえてくる。
この刃は飢えていた。腹が減ったと、魔力をよこせと、かきむしるように叫んでいた。
なるほど。
たしかに、魔剣妖刀と並べるだけはある。
「あの、白石さん……?」
「あ、うん」
指を離す。
節操のないやつだ。ちょっと触れただけなのに、指先から魔力を吸い上げられた。
「この鎌、名前は?」
「撫斬首落、と」
物騒な名前が誇張ではないことは、見ればわかった。
破滅的な刃だ。扱いを間違えれば、きっと災いを引き起こす。
それでも私が求めていたのは、こういう力だ。
「もらってく」
私には力がいる。もっともっと、力がいる。
飢えているのは、私も同じだ。
「……わかりました。あなたがそう言うのであれば。では……」
九重さんは、真剣な面持ちで続けた。
「お値段、三十億円になります」
「ちょっとまって」
さんじゅうおくえん。
今の話、一旦全部なかったことにしてもいいか。そんな言葉が、思わず口から出そうになった。
「……さすがに、ですか?」
「さすがに、です」
「ですよねぇ」
探索者基準でも高すぎることは、九重さんでも自覚があったのか。彼はバツの悪そうな顔をしていた。
「なら、退院祝いと呪禍討伐割引をつけて、二十億でどうでしょう」
「そ、それでも、二十億……」
「ちなみにこれ、赤字すれすれの限界価格です」
……二十億なら、ギリ、出せなくもない。
かろうじて現実的なラインだ。趣味で買ったシリンダー――面白い魔法だけど実用性は限りなく低いやつ――を何本か売れば、なんとかギリギリ手は届く。
探索者として生きてきた中でも、ぶっちぎりで高いお買い物。
迷ったけれど。散々迷ったけれど、最後には、うなだれるように頷いた。
「…………買い、ます」
「なんか、すみません……」
「謝らないで……」
これ、さすがに経費じゃ落ちないよなぁ……。
というか、こんな危ないもの買ったってバレたら、普通に怒られそうだし……。日療の人には黙っておこう……。
「こちら、サービスの鞘になります」
私がうなだれていると、九重さんは小箱をテーブルに置く。
その中には、シンプルなデザインのアクセサリが入っていた。
「次元リングです。魔力を通すと次元の隙間が生まれ、内部に物を格納できます。鞘代わりに使ってください」
サービスとは言うが、これ一つでたぶん一億はする。
気前の良すぎるサービスに、さすがにちょっと気が引けた。
「えと……。赤字に、ならない?」
「ちょっと赤字ですけど、これくらいのサービスはしますよ。技術研究という目的こそ果たしたものの、簡単に売っていいものでもないですし、どうするか困ってたんですよね。正直、白石さんが買ってくれて助かりました」
当然だけど、武器を作るのもタダじゃない。魔力加工には大量の魔石を消費するし、その分コストもしっかりかかる。
そんなものを買い手もなしに作ってしまうあたり、この人もなかなか変な人だった。




