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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
八章 今週の白石さんはおやすみです
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病院の白石さん。

「事情はわかりましたけどね……。いや、正直よくわからないんですけど」


 すっかり慣れ親しんでしまった、自分の病室にて。

 三鷹さんは、目頭を抑えて苦悶の表情を浮かべていた。


「病院を抜け出して、散歩がてら難しそうな救助要請を片付けてきた、と。そこまでなら理解できますが、どうしてきぐるみを着ようって発想になっちゃうんですか、あなたは」

「にゃー……」

「にゃーじゃないです」


 いやあ、なんでだろうね……。

 私も、思いついた時はいいアイディアだったと思ったんだけどなぁ……。


 要救助者を転移魔法陣まで搬送した後、私は早々に探索を切り上げた。

 なぜかと言うと、暑かったのだ。

 きぐるみで砂漠に行くと、とても暑い。そんなほろ苦い教訓が、今日の収穫ってやつだった。


 それから探索者協会――迷宮の管理運営を営む、探索者たちの互助機関――の施設でシャワーを浴びて、出てきたところを三鷹さんに捕まり、病院に連れ戻されて今に至る。


「それで、白石さん。あなたまだ、私に黙ってることありますよね」

「……え、と」

「共犯者がいるでしょう。あのきぐるみ、一人でどうやって着たんです?」

「それは、えと……。が、がんばって……?」

「じゃあ、ポーチはどうやってつけたんですか?」

「そ、それも、がんばって……」

「剣の柄も握れない、あの手で?」


 確認というより、ほぼ尋問だった。

 どうしよう、見事に図星だ。だけど、私だってそう簡単に自白するわけにはいかない。


「わ、私一人で、やりました……!」

「なるほど。蒼灯さんに手伝ってもらった、と」

「え、なんで……!?」

「それくらいしかいないでしょう。こんなことに手を貸す人なんて」

「にゃ、にゃぁ……」

「そんな声出してもダメです」


 …………。

 まけた。刑事さん、あんたの勝ちだよ。


「その友情に免じて、ほどほどにしておきますけどね。あなただってまだ本調子じゃないでしょうに。お忘れかもしれませんが、迷宮って危険地帯なんですよ? 何かあったらどうするつもりなんですか」

「うー……」


 それについては、あんまり納得していなかった。

 体調ならとっくに回復している。怪我は治ったし、魔力中毒だってもう抜けた。

 すぐに退院したっていいくらいに、コンディションは万全だ。


「あの、三鷹さん。私、いつまで、入院してないと、いけないんですか?」


 それを聞くと、三鷹さんの表情が、ほんの少し固まった。


「あなたの魔力波長は、あの日以来明確に変質しました。その影響がわかるまで、もう少しだけ辛抱してください」

「でも、今は、なんともないです」

「今はそうですが、一時は本当に危なかったんですよ。体内の魔力核が暴走して、あわや消滅する寸前だったんですから」


 私が今も病院に縛り付けられている理由。それは、私が取り込んだ魔力核にある。

 病院に搬送された時、私の体はとんでもないことになっていたらしい。

 暴走した魔力核から放たれる膨大な魔力が生命力を食い尽くして、私の肉体が消滅してしまいそうになっていたとか。

 前代未聞の症例に、医師たちも手をこまねいていたところ、魔力核は突如安定。その後は暴走することもなく、今も私の中でおとなしくしている。


「魔力核が暴走した理由はまだ説明がつきます。ですが、本当に不思議なのは、完全に暴走状態にあった魔力核が突如として安定したこと。せめてそのメカニズムを解析しないと、次に暴走した時に打つ手が……」

「大丈夫、です」


 実を言うと、そんなに不安には思っていなかった。

 よく覚えていないけれど、夢の中でなにかがあったような、そんな気がする。だからたぶん、大丈夫だ。


「これはもう、暴れたりしないと、思います」

「とは言いますけどね……。いっそのこと、そんな危ないもの、摘出したほうがいいんじゃないかとも思うのですが」

「やです」


 首をふる。

 たしかにこれは危険なものかもしれないけれど、摘出するなんてもってのほかだ。


「この力は、必要です。これからも、誰かを、救うために」

「……あなたは、あくまでそれを望むんですね」

「はい」


 呪禍との一件で、私は大事なことをあらためて学んだ。

 力だ。

 力がないと守れない。力がないと救えない。

 それはとても単純で、明快な原理だった。


「もし、最初の遭遇で、呪禍を倒す力が、私にあれば。もし、二度目の交戦で、呪禍を仕留められてたら。きっと、あんな大事には、ならなかったと、思うんです」

「……それは遠い理想です。私たちにすべては救えません。あなたはあなたの最善を尽くしました」

「それでも、私はもっと、当たり前に、人を助けたい。そのためには、力がいります」


 魔力収斂事件の時、真堂さんからもらった言葉は、今でも大事に覚えている。

 私たちは英雄じゃない。決死の作戦も、劇的な救助も、そんなものやらないほうがいい。

 誰にも称賛されないくらい、当たり前に人を助ける。それこそが、救助者としての至上の勝利だ。

 だからこそ。

 そのためにはもっと、もっともっと、力がいる。


「……あなたのせいですよ、真堂さん」


 三鷹さんは小声でつぶやいた。


「まあ、とにかくわかりました。再び危険な兆候が見られるまでは、魔力核はそのままでもいいでしょう。退院時期についてもお医者様に相談してみますね」

「え、いいんですか?」

「これでもあなたのマネージャーですから。可能な限り、あなたの活動をサポートするのが私の仕事です。本当に危ないことは止めますが」

「……ありがとう、ございます」

「今度病院を抜け出したくなったら、先に私に相談してください。外出許可くらい取ってきますよ」


 ではまた、と三鷹さんは早々に病室を後にした。

 この頃の三鷹さんはずっと忙しそうにしている。というのも、最近迷宮事業部で大きな体制変更があったらしい。

 回復魔法が使えなくても、日療の救助活動に協力できるようになったとかなんとか。そのあたりのことは、まだあんまり詳しく聞けていないんだけど。


 病室のベッドに背中を預ける。

 ここで寝ているのも、もうすっかり飽き飽きしてしまった。

 体調はとっくに回復したし、おかしなところは一つもない。呪禍との死闘でつけられた傷跡も、今では綺麗さっぱり消えていた。

 いや。呪禍につけられた傷なら、最初から消えていたと言うべきか。


 呪禍の噛み傷は呪われる。食痕に魔力がうまく伝わらず、回復魔法で治癒することが非常に難しくなってしまう。

 しかし、そうしてつけられた傷口も、一つ残らず消えていた。


「…………」


 理由ならわかっている。呪禍との決着に使った、あの魔法だ。

 おそらくはあの輝く風が、呪禍の呪いを祓ったのだろう。私が編み、ルリリスが手を貸してくれたあの魔法には、それだけの力があった。


 と、なると。思うところがある。

 呪禍を巡る騒動の中で、右腕を失ってしまったあの少女。

 彼女の傷口は、通常の回復魔法では治癒できなかったけれど、輝く風の魔法ならどうにかできるのではないか。

 そんな期待を抱いてしまう一方で、困ったことがある。


 というのも、実は私、あの人がどこの誰なのか知らないのだ。

 名前も知らないし、所属もわからない。わかっているのは、あのキャンプ場にいた探索者ってことだけ。

 あの時ちゃんと名前を聞いておけばよかった、と思っても後の祭り。呪禍対策で立てこんでいたとは言え、やっちゃいけないミスだった。

 そんな反省をしていると、廊下から二人の女の子の話し声が聞こえてきた。


「七瀬さん、さっきから何してるんです?」

「い、いや、その。お見舞いに行こうかなって……」

「ならさっさと行ってくださいよ。いつまでこんなところでうろうろしてるんですか」

「だ、だから、心の準備ってやつがなぁ……!」

「まーた面倒くさいこと言い出した……。付き合う方の身にもなってくださいよー」

「あー、うるさい! 今日は一旦出直すから!」

「あ、また逃げた」


 誰かのお見舞いに来たのだろうか。賑やかに言い合いながら、二人の気配は遠ざかっていく。

 気を取り直して、自分の考え事に戻る。

 あの右腕の子、今どこで何をしてるんだろう。

 案外、近くにいたりしないかなぁ……。

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― 新着の感想 ―
最近深刻なルリリカ不足
 すぐそこまで来てたのに…ッ!
力がないと守れない、力がないと救えない…、大切な人を守れなくて闇落ちしたボスキャラが言いそうなセリフだ……
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