白石楓のいない救助対応(いる)
当然のように救護テントに入り、当然のようにくつろぎはじめた山田の服の袖には、当然のように赤い腕章がくくりつけられていた。
この腕章は、私や白石さんの白衣の袖にある腕章と同じもの。日療公認の救助者であることを示すものだ。
つまりはこいつも、私の仕事仲間だったりする。
「? 何見てるんです?」
「いや、つくづく不思議だなって」
回復魔法が使えないこいつは、本職の迷宮救命士ではない。
彼女の身分は救助協力者。回復魔法を使わない範囲で、日療の救助活動に協力する、民間の探索者だ。
「なんで山田も救助者になったんだ?」
「え、七瀬さんが迷宮救命士になったからですけど」
「進路先、友だちと同じにしちゃうタイプかお前」
「いやだって、しょーがないじゃないですか」
山田は靴を脱いで、テントに設置されたソファに寝転がった。
完全にオフモードだ。おそらく配信も蓋絵にしているんだろう。山田は時々、自分の配信に蓋をして、こんな風に休憩を取る。
「騎士の魔法は、七瀬さんの側じゃないとフルパワーが出せないんです。それなら同じ仕事するしかなくないですか?」
騎士の魔法。私との間に結んだ誓約を守ることで、様々な恩恵を得られる特殊な魔法だ。
身体強化、魔力の共有、ダメージの肩代わりなど、恩恵の種類は多岐に渡る。その一方で、代償はとてもシンプル。
誓約を破ったら、山田は死ぬ。
すなわち、私が死んだら山田も死ぬ。そんなおっかない魔法のせいで、私と山田は半強制的に一蓮托生になっていた。
「それに、やってみると案外悪くないんですよね、人助け」
「へえ、なんかいいことあった?」
「いやこれ、めちゃくちゃ数字になるんですよ」
こいつ、真顔で言いやがった……。
「おい山田」
「人助けって名目で自然に人と絡めるし、配信的な見どころも作れるし、恩も売れるし、視聴者ウケもバカいいし。しかも、助けた相手が大手だったりしたら視聴者数倍ドンですよ倍ドン」
「山田。その辺にしとけ」
「クリーンな知名度が荒稼ぎできるんですよねー。そりゃ短期的には探索したほうがお金になりますけど、長期的な目で見ると人助けした方が絶対お得です。ああ、早く次の救助要請来ないかなぁ!」
「お前、言っとくけどうちの配信に音声乗ってるからな」
「…………っていうのはぜーんぶ嘘です! 誰かの笑顔を守るため、山田林檎はがんばります!」
「おせえよ」
:ほんまこいつ……
:悪意のある切り抜きを作るまでもない
:山田ってなんでこんな調子で炎上しないの?
:しょっちゅう燃えてるよ
:実は山田の配信って、かなりの頻度で地獄みたいになっててぇ
山田の言うクリーンな知名度ってやつが、リアルタイムでゴリゴリと下がっていた。
別に、救助者は聖人君子でなきゃいけないなんて思わない。見返りのために人を助けたっていいと思う。それで救われる人がいるのなら、きっとそれも一つの正義だ。
だけど、不用意に人を刺激する必要はない。仕事を円滑に回すには、時には建前ってやつも必要だった。
「ちょっと、七瀬さん……! 休憩中は配信に乗らないようにするって言ってたじゃないですか……!」
「今設定するとこだったんだよ。ちゃんと確認しないお前が悪い」
「や、やばい、どうしよう。もう炎上したくないですよぉ……!」
「諦めろ。それはお前の宿命だ」
「七瀬さぁん……!」
:まあ、山田が燃えるのもいつものことか
:燃えすぎて視聴者からも諦められた女
:正直今さら感はあるよね
:これくらいの燃料だと二日もしないで鎮火するよ
:炎上ソムリエいない?
しょうがないな、私の配信にも蓋しとくか。
この救護テントは救助者たちの休憩所にもなっているので、誰かが休んでいる時は配信に蓋をするようにしていた。
まあ、今回は間に合わなかったわけだけど。
「じゃあお前ら、一旦蓋するわ。山田は裏で絞っとくから、あんま燃やさないであげて。また後で――」
と、配信用のアプリケーションを操作しようとした時。
私と山田のスマートフォンに、同時に通知が入った。
「む」
「わ、救助要請ですよ、七瀬さん」
:おや
:おっと
:来たか
スマホに届いた通知から、新着の救助要請を確認する。情報に手早く目を通して、ある箇所で私は顔をしかめた。
迷宮四層。救助対象の位置座標だ。
「四層か……」
「どうします? 行きますか?」
私は三層探索者で、山田は二層探索者だ。
四層に行ったところでできることは限られる。無理に助けに行こうものなら、私たちが要救助者になりかねない。
こんな時、白石さんがいれば。そんな考えが頭をよぎる。
あの人は今ここにはいない。呪禍との死闘から一ヶ月、彼女はまだ病院にいる。頼るわけにはいかない。
それなら、私は。
「行ってくる。山田はここで待ってて」
直接救助には行けずとも、遠隔でのサポートならできるかもしれない。そう考えた私は、ジュラルミンケースから自分の義手を引っ張り出した。
「お供しますよ、主様」
らしくなく、落ち着いた口ぶりで山田は言う。
主様。その呼び方をする時は、彼女が本気を出す時だ。
「……いいけど、死ぬなよ」
「私が死ぬとしたら、主様を守れなかったその時です」
騎士の魔法は誓約を厳密に守るほど効果が高まる。相変わらず聞き慣れない口ぶりにも、一応意味があることだった。
義手をはめ、転移魔法陣を使って四層に移動する。瞬間、乾いた砂の匂いが、ひりひりと鼻の奥を焼いた。
砂漠迷宮サンドミラージュ。
果てしなく続く砂漠と、強烈な日差しが敵となる険しい迷宮だ。
「あつっ……」
「山田、無理するなよ。きつかったらすぐ撤退しろ」
「だ、大丈夫、です……!」
:ガチ砂漠じゃん
:ここムズいんだよな、環境きついし魔物も強いし
:足を踏み入れるものを容赦なく殺しに来るタイプの迷宮
:それはすべての迷宮がそうなのでは?
:四層に比べればこれまでの階層なんてかわいいもんよ
:なお五層探索者曰く、五層に比べれば四層なんてピクニックみたいなもんらしい
:迷宮こわ
気温はゆうに四〇度を越えている。対策なしでは、探索者の身体でも長くは持たない過酷な環境だ。
手早く終わらせよう。私はインカムのミュートを解除し、救助者用のボイスチャンネルに呼びかけた。
「四層の救助要請、誰か対応できる?」
「今向かってます。七瀬さん、回復魔法の用意をお願いできますか?」
「わかった。気をつけて」
応答したのは、四層探索者を中心に結成された救助協力者のパーティだ。
実力も高く、救助実績も豊富にある、エース級のパーティだ。今この状況では、これ以上の戦力は望めないだろう。
送信されてきた画面共有で状況を見守る。ほどなくして彼らは救助地点に到達し、周囲の魔物を打ち払っていった。
:危なげないな
:さすがに四層探索者にとっては慣れたもんか
:問題なさそうね
これなら私の出番はなかったかな、などと思っているうちに戦闘は終わる。
岩場の裏に隠れていた要救助者も、負傷はあるけれど致命傷ってわけではなさそうだ。
「状況終了。これより、転移魔法陣まで要救助者を搬送します」
「お疲れ様。戻って来るまで、支援の用意はしておくから」
「了解です」
ふう、と一息。何事もなく終わってよかったと、気を緩めたその時に。
共有された画面が、激しく揺れはじめた。
食い入るように映像を見る。画面の向こうでは、足元に広がる砂の下から、巨大な何かが大地を突き破るように這い出した。
赤黒い体表を持ち、空へと挑みかかるようにそびえ立つ、見上げるほどに巨大な――イモムシ。
:うわああああああああああああああああ
:GDWだああああああああああああああああ
:でっっっっっっっっっっっか
:GDW先輩! GDW先輩じゃないか!
:なにそれつよいの?
:砂漠のアイドル、ジャイアントデスワーム先輩だよ
:バカでかくてアホほど強いファッキンうんこ通常モンスター
:通常モンスター!?
:このデカさでボスじゃないマジ?
:個体数そこそこあります
:複数体同時に出現することもあります
:ちなみに生息域は砂漠全域
:おい嘘だろ、こんな化け物がぽんぽん出てくるのかよこの階層
:迷宮こわすぎ
数多の脅威が渦巻く迷宮四層でも、ジャイアントデスワームはその筆頭格にあたる。
そんな存在と、救助者たちの接敵。想定する中で最悪のケースだった。
:大丈夫、GDWは目が悪いから
:静かにしてたら、結構簡単にやり過ごせる
:へー、そうなんだ
:巨体の割におっちょこちょいなのがアイドルたるゆえんよ
:ならあの魔物は何で索敵してるんだ?
:音と匂い
:戦闘音と血臭を嗅ぎつけてくるんだってさ
:え、それってやばくね?
「七瀬さん、回復魔法を」
救助者パーティのリーダーである青年が、ささやくように言う。
「すぐに要救助者の血を止めてください……!」
そうだ、血だ。ジャイアントデスワームは血の匂いを嗅ぎつける。
急いで回復魔法のシリンダーに魔力を通す。遠隔発動した魔法陣は、狙い通りに要救助者の足元に展開された。
今回は一発で上手くいったが、状況は予断を許さない。
地脈活性・命陣は即効性に欠ける。加えて、遠隔発動だと回復力も限定的だ。すぐに血が止められるわけではない。
「止血まで少しかかる! 三分稼いで!」
「無茶ぶりですけど、了解……っ!」
救助者のパーティは、覚悟を決めた顔で得物を抜く。
ジャイアントデスワームは正面から戦うとなると凄まじい強敵だ。時間を稼ぐだけでも厳しいことは承知している。
最悪の場合、二次被害という可能性だって――。
魔法の制御に集中しつつ、どうするべきかを考えていた、その時。
四層入口に設置された転移魔法陣に、誰かが転移してきた。
「はじめます」
つぶやいて、その誰かは魔法を放った。
暴風で砂を激しく巻き上げながら、空に舞う小さな影。
視界を覆う砂煙の中、救助現場の方角へと飛翔していく背中には、風にはためく白衣が見えたような、そんな気がして。
「七瀬、さん……っ! マジきついんすけど、三十秒縮められませんか……!」
「……あ、いや。もう大丈夫っぽい」
通信に入ってきた切羽詰まった報告に、間の抜けた声で答える。
あの人が来たなら大丈夫だ。状況はすでに終了していると言っていい。
もうしばらくは療養だと聞いていたのだけど、ひょっとして病院を抜け出してきたのだろうか。
相変わらずというか、なんというか。それでこそ、というべきか。
ほどなくして、彼女が現場に降り立った。
吹きすさぶ砂塵の中で、彼女は砂漠の暴君に臆することなく相対する。
たなびく白衣に、真紅の腕章。
丸い手足と、ふんわりとしたボディ。
そして、ほどよく手抜きされた顔の――ねこのかぶりもの。
「にゃー」
ねこだった。
白衣を着たねこのきぐるみが、にゃーと鳴いていた。




