あんなドシリアスを毎回やってたら身が持たないので、どうか休憩回をやらせてほしいという願いが詰まった章の一話目
#25-EX 【ほぼ待機画面】先に言っとくが撮れ高はない【七瀬杏】
吾輩は七瀬である。
名前は杏。売れない探索者だ。
先月私は、二層探索者キャンプ場にて巻き起こった一連の騒動の渦中にいた。
人の輪の端っこで、自分にできることを探していた。必死になって意地張って、泥臭くともあがき続けた。
過去が思い出になるには早すぎるけれど、あの日々のことはよく思い出す。
あのキャンプ場で、私は多くのものを得た。
夢を得て、矜持を得た。大切と言うには少々癪だが、友も得た。
失ったものもあるけれど、それとは比べ物にならないくらいに、本当にたくさんのものを得た。
たとえばその一つが、職。
吾輩は七瀬である。
名前は杏。売れない探索者だ。
加えて今は、白衣に袖を通して、迷宮救命士をやっている。
……のは、いいんだけど。
迷宮救命士の実態ってやつは、思っていたものとちょっと違った。
「七瀬さん! 要救助者の出血多量! 迷宮一層、所定の座標に回復支援をお願いできますか!」
インカム越しに、探索者から通信が届く。不定期に届くこの通信が、私の仕事の合図だ。
転移魔法陣を使って迷宮一層に移動する。
スマホに送信されてきた位置座標を確認し、おおよそのあたりをつけて、シリンダー――魔術回路を内蔵した、円筒形の魔道具――に魔力を通した。
「回復魔法、展開するよ」
行使する魔法は、地脈活性・命陣。
超広範囲を特徴とする、地属性の回復魔法だ。
「展開した。どう?」
「惜しい……! もうちょっと左です!」
「難しいんだよ、これ」
「画面共有送ります!」
送信されてきた映像には、腹部から出血している要救助者と、それを手当する救助者たち。そして、二メートル横に展開された回復魔法陣が映されていた。
画面共有を見ながら魔法を微調整。魔法陣の位置を横にずらし、要救助者の足元に展開しなおす。
「止血確認。バイタルサインも安定しました。もう大丈夫です。ありがとうございます、七瀬さん」
「搬送に応援はいる?」
「一層なら私たちだけで十分です!」
「了解。ありがとう、気を付けて」
「はい!」
以上。
私の仕事は、これで終わりだ。
:うーんこの
:たしかに手っ取り早いんだけど
:なんかその、なんかね
:七瀬くん、君さぁ……
「なんだよ、何が不満だよ」
不満そうなリスナーたちをあしらいながら、転移魔法陣を使って二層に戻る。
迷宮二層、樹海迷宮エバーリーフの入口。
回線中継用の電波塔の隣に設置された、日本赤療字社の救護テント。ここが私の定位置だ。
テントに戻って椅子に座り、持ち込んだラップトップで今の救助活動についてのレポートを書く。今やる必要はないんだけど、さっさと済ませちゃう方が好きだった。
:救助活動ってこういうもんだっけ……?
:もっとこう、びゅんびゅん飛び回って、ばったばったと斬り伏せて、じゃんじゃか助ける感じだったような
:それができるのは白石さんだけかも
:でもまあ言いたいことはわかる
:七瀬お前、本当にこれでええんか?
「いいでしょ別に。文句あるか」
左手一本でキーボードを叩きつつ、片手間にリスナーのコメントに目を通す。
今日も文句の多い奴らだ。何かとケチをつけるのが、彼らの生きがいなのかもしれない。
:まあ、移動魔法が使えない七瀬に、あちこち走って助けろってのも無理があるけど
:転移魔法陣に陣取って、遠隔で回復魔法だけ飛ばすのはちょっと違くない?
:回復魔法固定砲台がよぉ
:お前の救助にはあたたかみがない
「ほっとけ」
地脈活性・命陣は効果範囲を武器とする回復魔法だが、射程だってかなり長い。うまく使えば数キロ離れた箇所に遠隔展開することだってできる。
それなら私は転移魔法陣の近くに待機して、救助要請に応じて各層に移動し、遠隔で回復魔法を飛ばした方が良いのでは。
そう考えて行き着いたのが、このスタイルだった。
:撮れ高がないんだわ撮れ高が
:劇的な救助とは言わないけどさぁ、もっとこう、スパイスというかなんというか
:画面の変化がなさすぎる
:七瀬お前、効率だけを追い求めて人生楽しいか?
うっさいなこいつら……。
別にいいだろ、成果は出てるんだから。何が悪い。
:真面目な話、七瀬はそれでいいの?
:これだとあんまり探索できないでしょ
:さすがに退屈じゃない?
「最近は探索したいって感じじゃないしなぁ。腕もないし」
右腕を軽く持ち上げて、ドローンカメラに晒す。
私の白衣の右袖は、中程からぺったりと折れている。この中に本来あるべき腕はない。
ここに入っていたものは、あのキャンプ場に意地と引き換えに置いてきた。
:義手はどしたの
:探索者用の頑丈なやつ、日療から支給されたんじゃなかったっけ
:義手つけてたら戦えるんでしょ?
「そこにあるけど」
カメラの画角をちょっとずらす。テントの片隅に、義手が入ったジェラルミンケースが無造作に転がっていた。
「あれ重いし蒸れるんだよね。基本、あんまつけたくない」
:蒸れるから外した……?
:お前ここ迷宮やぞ
:片腕で危険地帯をうろつくな
:こいつやってることが白石さんに似てきたな
:そういうところは憧れなくていいんだわ
「大丈夫大丈夫。そもそも危ないことしないから」
まとめ終わったレポートを送信して、ラップトップを閉じる。
救助対応と言ったって、そう頻繁に来るものでもない。忙しい時は忙しいけれど、そうじゃない時間も結構ある。
ので。今日は、持ち込んだ本を読むことにした。
:おいこいつ本読み出したぞ……
:リスナーほっといて読書するな配信者
:せめて俺らをかまえ七瀬
:なあ七瀬、何の本読んでんの?
「参考書だけど」
:さささささ参考書!?
:お前、まさか勉強してるのか……?
:やめてくれ、俺は参考書を見ると急激に眠くなる体質なんだ
:勉強という突然のリアルにうろたえるリスナーたち
:どうした七瀬、頭でも打ったか?
「いや、救急救命士の資格ほしくてさ」
:めっっっっちゃくちゃちゃんとした理由じゃん
:そこまで真剣なの出されるとこっちとしても茶化せないんだわ
:くそっ……さすがにそれは邪魔できねえ……
:わかった七瀬、今回は俺らの負けでいい
「なんでちょっと悔しそうなんだよ」
雑談半分に参考書をめくる。
勉強という体ではあるけど、実はそこまで頑張っているわけではなかった。
救急救命士の資格試験を受けるには数年の実務経験が必要だ。勉強は必要だけど、それだけで取れる資格ではない。
とは言え、配信的に口数が少なくなることには違いなく。
「一応配信はつけてるけど、お前らも他枠行っていいんだぞ?」
:いやあ、それはね
:野暮なこと言わせんなよ七瀬
:行ってもいいし行かなくてもいい、それが自由ってやつだから
:我々には七瀬の配信にクソコメを書く権利がある
:俺も配信見ながらレポートやるかぁ……
とまあ、適当にリスナーの相手をしつつ、参考書のページをめくっていたら。
「ただいま戻りましたー!」
テントに踊り込んできた一声で、私の勉強時間は強制終了させられた。
「山田林檎、帰投いたしましたよー。七瀬さんはご無事ですかー?」
「はいおかえり。何か問題あった?」
「大丈夫でしたよ。何事もなく、きっちり救助してまいりましたとも」
:でたわね
:またうるさいやつがきたな
:さよなら俺らのチルタイム
:短い勉強時間だったなー
彼女の名前は山田林檎。
あのキャンプで出会った、奇妙な知己だ。




