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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
七章 どんな空だって、澄み渡る青空に変えていけるよ。
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※このあとめちゃくちゃ看護師さんに怒られた

「あとこれ。部屋にあったので、持ってきました」


 山田はボストンバッグから白い服を取り出す。

 綺麗に畳まれたそれは、私の部屋に大事にしまっておいたはずのもの。

 協会からヒーラーに支給される服であり、白石楓のトレードマーク。

 そして、つまらない意地を張って袖を通しそびれた、私の白衣だ。


「今の七瀬さんには、必要なものなんじゃないですか?」


 差し出されたそれに、少し迷う。

 回復魔法から逃げ続けた私に、これを着る資格はあるのだろうか。

 ちゃんと私は、ヒーラーとしてやっていけるのだろうか。


「……そうかもね」


 受け取って、膝に置く。

 覚悟ができたかと言われると嘘になる。何もかも割り切るには、もう少し時間が必要だ。

 だけど、一歩ずつでも前に進むって決めたから。


「次、迷宮に潜る時はこれ着るよ」

「七瀬さんなら、似合うと思いますよ」

「だといいな」


:へへへへ

:いやあ、なんつーかね

:やっとかよって感じですけども

:見たかったもんがようやく見れた気がする

:まあ頑張れよ七瀬


 ……うっさいよ。

 リスナーは配信者に似るものだ。こいつらがこんなに面倒くさいのも、もしかしたら私のせいなのかもしれない。

 でもまあ、最近のこいつらは、前ほど嫌ってわけじゃなかった。


「てか山田。今は、七瀬さんなんだな」

「なんですか。主様って呼んでほしいんですか」

「そういうわけじゃないけど。そろそろ説明がほしいなって」

「まあ、それもそうですね」


 あの時、山田は明らかに様子がおかしかった。

 変な呼び方したり、妙に献身的だったり、私のことを守ろうとしたり。普段から変なやつだけど、あの時はなんというか、劇場版って感じだった。


「騎士の魔法。誓約魔法の一種なんですが、知ってます?」

「いや、初めて聞いたけど」

「対象との間に誓約を結ぶことで、様々な効果を及ぼす魔法です。主な効果としては、魔力の共有や、身体能力の向上、ダメージの肩代わりなど。誓約内容は主への忠誠と守護です」


:あー、やっぱり

:誓約に縛られてたってことね

:中々重めの誓約だな……

:え、そうなの?

:まあ忠誠が強要されるって思えば、確かに?

:いやそっちじゃない

:エグいのは守護の方

:守護の誓約がある限り、山田は何があっても七瀬を守らなきゃいけない


「えーっと……。誓約魔法っての自体よく知らないんだけど、その誓約って破ったらどうなんの?」

「誓約によりますが、この魔法だと代償は命ですね」

「……つまり、もし、私が死んだら?」

「林檎も死にます」

「キャンセルで」

「できません」

「マジかよ……」


:!?

:代償命マジ?

:しかも取り消し不可かよ

:誓約魔法でもかなりキツいぞこれ

:普通の誓約魔法なら、もっと代償もゆるいんだけどな……

:その分効果もかなり高そうだけど


「ついでに言うと、誓約の掛け持ちや変更もダメです。私の主は、生涯七瀬さんただ一人だけですよ」

「なんでお前、そんな重たい魔法使ったんだよ……」

「本当に、なんででしょうね」


 山田はどこか達観した顔をしていた。


「私もこんな魔法、嫌いだったんです。使うつもりなんてこれっぽっちもなかった。誰かのために尽くして、奉じて、殉じる魔法なんて、そんなの普通に嫌じゃないっすか」


 私は私で、自分の回復魔法が嫌いだったけど。

 もしかすると、自分の才能を呪っていたのは、私だけじゃなかったのかもしれない。


「誰かを照らす光になるなんてまっぴらごめんでした。本当は自分が輝きたかった。でもあの時、ずぶ濡れで必死になってる七瀬さん見てたら、それでもいいかなって思っちゃったんですよねぇ」

「なんだよ、同情かよ」

「いいえ。憧れですよ」


 山田は迷いなく言い切る。

 迷いなく言い切った自身を、少しだけ誇るように。


「納得しちゃったんです。本物ってのは、こういうことなのかなって。この輝きを側で見ていられるなら、そういう生き方でもいいのかなって、思いました」


 彼女が口にした憧れは、私のそれとは少し違う。

 山田林檎は、憧れた輝きに手を伸ばすのではなく、その側で支えることを選んだ。


「だから七瀬さん。もう、回復魔法が嫌いなんて言わないでくださいよ。私は、それを使うあなたに憧れたんですから」


 それでもその選択は、何に恥じるものでもなくて。


「山田お前、いい女だな」

「そうです、林檎はいい女なんです。最初に言ったじゃないですか、尽くすタイプの美少女だって」

「美少女は余計だよ」


:あれ、もしかして山田ってかわいい……?

:尽くすタイプの美少女(真)

:そんな伏線ドヤ顔で回収するな

:今のところ、自称美少女とストーキングまがいの行為と強引な百合営業以外に欠点がない

:だいぶ欠点だらけじゃねーか

:騙されるな、こいつは山田だぞ

:七瀬さん、さすがにこれは責任取ったほうがいいんじゃないですかねぇ

:なあ七瀬、百合営業のこと前向きに考えてみてくれないか?

:ガチで見たくなってるやつもいます


 ベッドのリクライニングに背を預ける。

 少しの間、私たちはそうしていた。コメント欄のアホどもが何かやかましいことを騒いでいたけれど、目を通す気にもなれなかった。


「……ん」


 山田がもってきてくれた自分のスマホをいじる。

 長い間放置していたせいか、結構な量の通知が溜まっていた。その大半はどうでもいいような内容だったけれど、一つだけ気になるものがある。

 仕事用のアドレスに届いた、一通のメール。

 届いたのは私がキャンプに出かけた翌日だ。ちょうど、入れ違いになってしまったらしい。


「あ」


 中身に目を通した瞬間、体がびくっと跳ねた。


「や、山田……。す、スカウトが、来てたんだけど……」

「え、どこですか。どこの事務所ですか?」


 二度見する。

 三度見して、四度見して、五度見か六度見くらいして。それからようやく、見間違いじゃないってことを確信した。


「……日本、赤療字社」

「マジっすか、大当たりじゃないですか!」

「バカお前、当たりとか言うな!」

「いいじゃないすか、どうせ誰も聞いちゃいませんし。日療ですよ、あの日療! あそこの求人、最近めちゃ待遇いいって聞きますよ! 人助けていっぱい褒められてお金も稼げる、最高の職場じゃないっすか!」


 受け取ったそれは望外のもので、思わず動転して口に出してしまった。

 配信外でやればよかった、と思ったのも後の祭り。


「……すまん、山田」


 配信用のスマホをいじって、ドローンカメラのステルスモードをオフにする。

 キャンプ場ではステルスモードにするのがマナーだったので、そのままになっていたのだ。


「今、配信中」

「え」


 山田は振り向いて、空中にあらわれたカメラを見る。


:気づいてなかったんかい

:ちーっす山田

:ばっちり音入ってましたよ

:現金すぎて草

:山田さん、日本赤療字社のことそんな風に思ってたんですね。失望しました。今後もファン続けます。


 彼女もまた、目の前に浮くカメラを二度見か三度見して、五度見か六度見くらいして、それからやっと現実を受け入れた。


「ぎにゃーっ!」


 いや、まあ、その。

 黙って配信していた私が悪いんだけど、それでも言わせてほしい。

 多分こいつ、そのうち炎上すると思うんだ。

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― 新着の感想 ―
七瀬さんおめでとぉ〜 山田は確実にいつか炎上するから・・・巻き込まれんよう気をつけてね?
配信してるの分かってたら、代償については嘘ついてもっと軽いのを言ってただろうな
尽くすタイプの美少女が伏線だとは思わないだろ山田!!!!
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