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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
六章 重たい雨空に行く手を阻まれたとしても、
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一方その頃、七瀬さん。

 #21-EX 【二層キャンプ】今日こそ話しかける今日こそ話しかける今日こそ話しかける【七瀬杏】


 左手一本でラップトップのキーを叩くと、リズミカルに文字が打ち込まれていく。

 画面に映っているのは書類作成用のウェブサービス。なんとこのキャンプ場、その気になればインターネットも使えるのだ。

 まあ、生配信ができるんだから当然といえば当然だけど。


「……あの、七瀬さん」

「ん」

「一つ聞いてもよかですか」

「ちょい待ち」


 作業中のファイルをクラウドストレージに保存する。軍用の頑強なラップトップを使っているけれど、それでも迷宮内では物がよく壊れる。ローカル保存なんて自殺行為だ。

 作業に一区切りつけて、左手でマグカップを持つ。コーヒーに口をつけながら振り返ると、私のテントで山田が立ち尽くしていた。

 山田の首には、反省中と書かれたベニヤ板がぶら下がっている。なんだか妙に似合っている。今後もずっとつけていてほしい。


「いいよ。どした?」

「なして林檎はここにいるとですか……?」

「知らんけど」


 私に聞かないでほしい。私は別に、自分のテントに山田を呼んだ覚えなんてない。


「なんか用だった?」

「だって! 七瀬さん、片腕じゃ不便かなって思って! それでお手伝いしにきたんじゃないですか!」

「ああ。まあ、確かにちょっと不便っちゃ不便だけど」

「ちょっとじゃないんです、普通は! 片腕なかったらすっごく不便になるものなんです! なんで普通にタッチタイピングできてるんですか!?」

「まあ落ち着けって。コーヒー淹れるよ」

「じっとしててください! あんた怪我人でしょーが!」


 さっきまで静かにしていたのに、一転してわぁわぁと騒ぎだす。元気なやつだった。


:ついにツッコミが入った

:ありがとう山田、俺たちの言いたいことを言ってくれて

:今だけは全力で山田を応援できる

:なあ七瀬、面白そうだから蓋絵外してくれよ


 ほとんど静止していたコメント欄が、ゆるやかに流れ出す。

 義務として配信はつけていたけれど、絵的にめちゃくちゃ地味なことをしていたので、蓋絵のまま放置していた。いわゆる作業配信ってやつだ。

 求められたことだし、配信設定をいじって蓋絵を外す。配信用のスマートフォンを片手で操作するのも、すっかり慣れたものだった。


「別にいいよ、そんな手伝いとか」

「いやでも、そのですね……。これでも林檎にも、七瀬さんの腕を奪っちゃった負い目というか、なんというか」


 こいつ、あの後キャンプ場の運営から説教を食らったらしい。よほど絞られたのか、妙にしおらしいことを言っていた。

 まあ、たしかに。私の腕がなくなったのは、山田のせいっていう見方もできるっちゃできるんだけど。


「そういうの本当にいらない」

「ひどくないですか!?」

「いらんいらん。お互い探索者でしょ」

「いやいやいや、待ってくださいよ」

「迷宮じゃ何があっても自己責任。知ってるでしょ?」


 それは探索者の大原則。命なんてものが簡単に飛んでいくこの場所では、責任がどうこうなんて、いちいちやってられないのだ。

 死んでも怪我しても自己責任。誰かにひどい目に遭わされたなら、そいつを信じた自分が悪い。だからこそ、私たちは仲間選びってやつに慎重になる。

 でも、だからって気持ちの問題がなくなるかといえば、そんなことはなくて。


「……手伝わせてくださいよ。林檎だって、悪いとは思ってるんですから」


 やらかした側がこう言いだすのも、迷宮ではよくあることだった。


「そんなこと言われても、特に困ってないしなぁ」

「なんで腕ないなって数日でそうなるんですか」

「なんか、慣れた」

「おかしい、こんなはずでは……。私の想定では、ご飯を食べるのにも苦労する七瀬さんに、あーんとかしてあげるはずだったのに……」

「うわきっつ」

「きついとか言うな!」


:また古典的な手できたなー

:これはてぇてぇなのか……?

:山田のてぇは営業だからなぁ

:俺は造花でも全然イケるが

:実は営業くらいが一番ちょうどいいって説はある


 何を勘違いしてるか知らないけど、別に片腕だって飯くらい食える。

 不便を感じることもあるけれど、がんばれば意外となんとかなる。七瀬杏という人間は、これで結構しぶといのだ。


「じゃあカニ食べましょうよカニ! カニならさすがに大変ですよね!? あーんとかできますよね!?」

「いや別に、私そんなにカニ好きじゃないし」

「カニ好きじゃない人間とかこの世にいるの!?」

「カニカマにマヨつけて食べる方が好きかも。安いし」

「酒のツマミじゃねーんだぞ!」


:ふふ

:その境地にたどり着くにはまだ早いぞ七瀬

:あの、仮にも三層探索者ならそこそこ稼いでるはずでは……?

:もっといいもん食え七瀬

:七瀬って家だとめちゃくちゃ適当なもん食ってそう

:炊いた米にソースかけて食ってるよ七瀬は


 絶妙に解像度が高くてキモいなこいつら……。

 さすがにソーライスなんてやらないぞ、最近は。ちゃんと料理も覚えたし。昔はともかく、今は人並みに自炊くらいできるつもりだ。


「ああ、もう、わかりましたわかりましたよ。ここは一つ、一緒にお風呂に入るとかで手を打ちましょう」

「いいけど、銭湯は撮影禁止だぞ」

「……もしかして七瀬さん。林檎が百合営業のためにこんなことしてるとか思ってます?」

「違うの?」

「違います! そういうのはちょっとしか思ってないです!」

「ちょっと思ってんじゃん」


 なんだかなぁ。こういうとこなんだよなぁ、山田って。

 私にそっちのケはないし、営業とかもあんまり興味はない。山田の視聴者が喜ぶってなら多少は付き合ってやってもいいけれど、過剰なスキンシップは普通に嫌だ。

 でも、一応心配はしてくれているらしいし。厚意ってことで受け取っておくか。


「ちなみに七瀬さん。なんばしよっとですか?」


 山田は私のラップトップを覗き込む。


「保険請求の書類作ってた。探索者傷害保険、一応入ってたから」

「それ今やることですか!?」

「こういうの、早めに片付けちゃいたいんだよね」

「夏休みの宿題ちゃうねんぞ!」


:草

:山田、いい音鳴るなぁ

:山田はそもそも宿題とかやらなさそう

:この二人、優等生と問題児って感じで好き

:どっちが問題児?

:どっちもでしょ


「あーもー!」


 憤懣やる方ないと、山田はいよいよ怒りだす。


「そんなことやってる場合じゃないでしょーに! 七瀬さんにはもっと、大事なことがあるでしょーに!」

「これも大事なことなんだけど……」

「白石さんに声かけに行くって話はどこいったんですかよ!」

「げ」


 いやぁ……。

 まあ、その。こいつの言う通りなんだけど……。

 実をいうと、私はいまだに白石さんと話せていない。救助された時はほとんど気を失っていたし、目が覚めてからはなかなか機会に恵まれずにいた。治療を受けたのだって、白石さんではなく別の日療のスタッフさんだ。

 それでもきちんと探せば、白石さんに会えるかもしれないんだけど。


「いやあ、うん。それは、タイミングを見てだね」

「いつまでタイミング見てるつもりですか! ちゃっと行って、ぱっと話してきたら済むことでしょうに!」

「でも、白石さんも呪禍対策で忙しいし。今邪魔しに行くわけには……」

「んなこと言ってっからチャンス逃すんですよ! 欲しいもんは掴み取りに行く! 行動しない人間にチャンスが与えられると思ったら大間違いですよ!」


:いいぞ山田ァ!

:言ったれ言ったれ

:このドへたれ陰キャ、まーだこんなこと言ってんすよ

:死にかけるような怪我してもまだへたれなの、一周回って筋金入りでしょ

:山田さん、このへたれの根性叩き直してやってください


 うっさいな、ほっとけよ。

 でも、これについては私が悪いような気がしなくもない。

 自分でも思う。さすがにいい加減、話しかけに行くべきだって。


「わかったわかった、行くから。そろそろ今日の健診もあるし、そのついでに話してくる」

「よろしい。きっちりナシつけるまで、帰ってきちゃダメですからね!」

「はいはい、わかったって」


 何がそんなに気に入らないのか、山田はぷりぷり怒っていた。

 よくわからないけど、他人事にこんだけ首を突っ込めるのは、なんだかんだ言ってもいいやつなんだろう。

 ……たぶん。

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― 新着の感想 ―
「お礼を言う」っていう大義名分があると思うんだけどねえ。
 言うほど『下位互換』かなぁ? 回復・補助特化である程度の戦線維持能力あって、危機管理意識だって秀逸。三鷹さんや真堂さんら日療がスカウトすべき探索者じゃないの?
初読み一周目。 このコンビは破れ鍋に綴じ蓋というか、山田側がガチ百合になりそうな気配がしますね。俺は詳しいんだ(百合IQ120)
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