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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
五章 たとえ曇り空がぐずぐずと泣き出して、
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幕間 迷宮救命士の反省会

 #20 あれでよかったのかな


「それは問題ない」


 電話口に、真堂さんは短く答える。


「呪禍と戦うなと言っているわけではない。無意味な交戦を避けろと言っている」

「……そう、ですか」

「君が交戦を避けられないと判断したなら、そうするべきだ。俺の目から見ても、あの状況では戦うしかなかった。ゆえに、今回の交戦について異議はない」


 配信をミュートにして、私は真堂さんに相談していた。

 昨日の呪禍との交戦を経て、私には思うところがあった。悩み、と言ってもいいのかもしれない。

 カレーの食べ方だとか、部下との付き合い方だとか。この人には色々と相談させてもらったけれど、今回の悩みはそれらとはわけが違う。


「だけど、倒せませんでした。吹き飛ばした、だけです」


 あの場で呪禍を倒したわけじゃない。ただ、遠くに吹き飛ばしただけだ。

 その判断が正しかったのか、私にはわからなかった。


「あの場ではそうするのが最善だった。確実に仕留めることよりも、迅速に戦闘を終わらせることを優先させたのは、救助者として正しい判断だ」

「でも……」


 ……確かに、そうかもしれないけれど。

 うまく言えずに口ごもると、真堂さんの方から聞いてきた。


「なにか、気になることがあるのか」

「……はい」


 昨日の救助で、なんとなく胸に残った、もやもやとしたもの。

 自分でもそれが何なのかわからないけれど、できる範囲で言葉にしてみた。


「私、なにか、間違えたんじゃないかって、思うんです。もっと、うまくできたんじゃ、ないかって」

「察するに、君が気にしているのは要救助者の後遺症のことか」

「……そうかも、しれません」


 昨日、私が助けた二人の少女。

 そのうちの一人は片腕を失う大怪我を負った。キャンプまで搬送してすぐに風祝をかけなおしたけれど、彼女の欠損が元に戻ることはなかった。

 特殊な創傷だった。まるで、傷口が意思を持って、魔力を食べているかのように。

 ……協会のヒーラーなら、あの怪我も治せるのだろうか。やってみなければわからないけれど、その可能性は低いように思える。


「私がもっと、うまくやってたら。あの子が、腕を失うことも、なかったんじゃないのかなって……」

「白石くん」


 少しだけ間を置いて。


「慣れろ」


 彼は答える。


「こういうことはある。君にとってはこれが最初かもしれないが、最後にはならない」

「でも……」

「いつだって最良が得られるわけじゃない。時には何かを取りこぼすこともある。俺たちは人間だ、何もかもは救えない。だからせめて、より多くを救うことだけ考えろ」

「……それは、救うためなら、犠牲も、受け入れろということですか」

「必要なら、そうだ」


 真堂さんは、揺るがぬ口調で断言した。


「今回、突発的なシリンダーの改良により現場への到着が遅れたが、同時にシリンダーを改良したことで呪禍をたやすく撃退できた。良いことだったとは言わないが、悪いこととも言い切れない。結果として君は命を救った、それが事実だ」

「……そんなの、詭弁ですよ」

「詭弁だろうと事実は事実だ。失敗したと思うならそれでもいい。だが、前は向け」


 ……たしかに、それはそうだけど。

 もしもシリンダーを改良していなかったら、あの少女が腕を失う前に現着できていたかもしれないけれど、呪禍との戦闘はより困難なものになっていただろう。そうなった場合は、違う犠牲が出ていたかもしれない。

 全部、たられば論だ。考えたところで結果が変わるわけじゃない。

 だけど、どうすればもっと良い結果になったのか、考えずにはいられなかった。


「白石くん。救えなかったものを数えるな。失敗に足を止めてしまえば、次の命を取りこぼす。たとえ恨まれても、呪われても、血にまみれても、何があっても前に進め。俺たちの仕事とはそういうものだ」


 きっとそれは、用意してあった言葉なのだろう。

 淀みなく、何度も言い慣れたかのように、彼は最後まで言い切った。

 彼が正しいことを言っているのはわかる。私たちは人間だ。どんなに最善を尽くしたって、毎回すべてを救えるわけじゃない。

 だけど。


「それでも、真堂さん」


 私には、私の意地があるから。


「私は、誰も傷つかなければ、それが一番いいって思うんです」

「……そうだな」


 真堂さんは、電話口にため息をついた。


「その言葉は忘れなくていい。俺たちは、それが理想論と知ってなお、夢と呼び続けることにしたんだから」

「そう、ですね」

「忘れるな、白石くん。俺たちは英雄じゃない。人間として、人間を救うんだ」


 ――俺たちは英雄じゃない。

 それは、前にも聞いた言葉だった。もう一度、念を押すように、真堂さんはその言葉を口にした。


「ただし。今回の救助に大きなアクシデントがあったのも事実だ」


 と言いつつ。

 真堂さんは滑らかに手のひらを返した。


「今の言葉を踏まえた上で、改善点を指摘しておく。次に活かすように」

「え」

「あのな、白石くん。シリンダーは君の商売道具だろうが。ぶっつけ本番で改良なんかするな。今回はああいう形になったが、もし動作不良を引き起こしていたらどうするつもりだったんだ」

「……スイマセン」

「救命士なら、いついかなる時でも万全の救助ができるようにしておけ。改良をするなとは言わないが、せめて救助対応の少ない夜にやったらどうだ。よりにもよって救助要請が一番多い時間帯にやるやつがいるか」

「おっしゃるとおりです……」


 ぐうの音も出ないほどにド正論だった。

 この人に相談すると、きっちり善悪を切り分けてくれる。悪いとは思いつつも、それに安心感を覚えてしまう私がいた。


「でも、真堂さん」

「なんだ」

「それなら、改良する前に、止めてくれても、よかったんじゃないですか……?」


 試しに、ちょっとだけ反抗してみたり。


「無論、それは俺の反省点だ。また君が妙なことをはじめたら、流れを切ってでも止めに入る。たとえ君のリスナーに、どれだけ間が悪いと言われようと」

「……あれ、真堂さん。もしかして、気にしてます?」

「空気が読めなくて悪かったな」


 真堂さんは拗ねたように言う。

 不謹慎だけど、少し笑いそうになってしまった。


「それで、白石くん」


 都合が悪かったのか、真堂さんは話題を変えた。


「呪禍はどうだった。君の感想を聞いておきたい」

「ん……」


 呪禍。

 あの異形のことを思い出すと、少しだけ嫌な気分になる。


「不思議な魔物、でした。ずっと、私のことを、見ていました」

「倒せそうか?」

「わかりません」

「意外だな。終始、君が圧倒していたように見えたが」

「はい。今回は、そうでした」


 呪禍は力のある魔物だったが、戦い方が直線的すぎる。読み合いになればまず負けない。客観的に見ても、戦局は私が優勢だったはずだ。

 だけど、それは途中までの話。

 最後に見せた、呪禍のカウンター。あの一瞬だけは、呪禍は私を上回っていた。


「あの魔物、途中で、戦い方を変えました」

「……ふむ?」

「たぶん、戦いながら、学んでいたんだと思うんです。どうすれば私に勝てるか。それでやつは、適応した」


 呪禍の目には、どこか見覚えがあった。

 相手の力量を推し測る瞳。突っ込む前に、まずは相手の出方を見ようと探る視線。

 獣の目ではない。

 あれはまるで、人間のような目だった。


「これは、私の所感ですが」


 実を言うと、もう一つ気になっていることがある。

 あの時私は、二人の命を救うために呪禍を逃がした。あの場では、それは間違った判断じゃなかったのかもしれないけれど。


「やつは、学んでいます。人間という生き物を」


 もしかするとあの判断は、呪禍という怪物に、さらなる成長の機会を与えてしまったのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
改良するのは良いけど、試してからズレを把握してから使えってことなんだろうけど。 白石さん本人が、道具を理解した上で最適なものを最適なときに使って凌いでるということにあまりにも日常だから気づけてないの…
知識による成長を続け回復デバフをもつヒーラーの天敵、ライバルポジとして今後も活躍(?)していけるか!?呪歌は人間が実現できなかった魔石捕食による他者の魔石の定着、能力獲得みたいなポテンシャルもありそう…
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