表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
四章 積み重ねた日々は星空のように輝いたから、
48/131

じゃ、そろそろ始めていいですか

 #17 だいじょうぶだよ、たぶんね


 キャンプ場の側にある小高い丘で、私はぼんやりと風に当たっていた。

 渓谷に面したこの丘からは空がよく見える。リスナーたちにおすすめされたから来てみたけれど、なるほど確かにいい場所だ。


:いい景色

:ここ来るとあの夜を思いだすなぁ

:あの星空は綺麗だったね

:迷宮夜散歩、またやってほしいなぁ


「?」


 なんのことだろう。そんな配信なんて、した覚えはないんだけど。

 リスナーたちの雑談を眺めつつ、草地に寝転んで空を見上げる。気を抜けば眠くなるほど、穏やかな時間がすぎていった。

 と、そんな時。


「ここにいましたか」


 足音とともに、蒼灯さんの声がした。

 蒼灯さんは私の隣に腰掛ける。体を起こすと、すぐ側に彼女の顔があった。


「探してた?」

「ええ、ちょっと。お話したいことがあって」

「ルリリスのこと?」

「はい、お察しでしたか。白石さん、彼女の正体なんですが――」

「わかってる」


 聞く必要はない。

 聞かなくてもいい。全部、わかってる。


「大丈夫。ちゃんと、わかってるから」

「……気づいてたんですか」

「うん」


 説明されるまでもなく、ルリリスのことならわかっている。

 そのきっかけは、最初に出会った時に気がついた、些細な違和感だ。


「私、一度戦った相手の癖とか、忘れないから」

「え、なんですかそれ」

「隙とか、弱点とか、全部覚えるようにしてる。それで気づいた」

「普通にすごい……」


:え、マジ……?

:そういやプロの探索者だったなこの子

:人間性能の大半を迷宮探索に極振りしてるだけはある

:人の名前は忘れても戦った相手のことは忘れない女

:じゃあ、最初から気づいてたってこと?


 最初からってわけじゃない。確信したのは、真堂さんから電話をもらったタイミングだ。

 あの子から感じたリリスの気配と、真堂さんが教えてくれた強力な魔物の反応。あわせて考えれば、答えなんて一つしかないだろう。


 それでもルリリスのことを危険視しなかったのは、彼女から敵意を感じなかったから。

 敵意や殺意もなんとなくわかるんだけど、ルリリスからそんな気配はしなかった。むしろ彼女が向けてきたのは、不安や怯えといった弱々しい感情ばかりだ。

 だから、心配になった。どうかしたのかなって。


「蒼灯さん。ルリリスと、話した?」

「ええ、少しだけ」

「あの子、悪い子じゃないと思う」

「まあ……。こちらに敵意がある、という様子ではなかったですけど」

「ルリリスには、ちょっとだけ、私たちと違うとこがある。でも、それだけだから」

「あれをちょっとと言いますか」

「うん。ちょっとだけ」


 人間と魔物。そんなもの、些細な違いだ。

 言葉は通じるし、話もできる。だったら何か問題になることがあるだろうか。

 私たちはきっと上手くやっていける。だからこれは、わざわざ騒ぎ立てるようなことじゃない。


「ただ、友だちが、一人増えただけ。それじゃ、ダメかな?」

「白石さん……」


:お嬢……

:お嬢の懐がデカすぎる

:ちょっと前に殺し合った相手やぞ……?

:そもそも人外だぞ? そんな簡単に割り切れるか?


「……もしも」


 沈んだ声で、蒼灯さんは言う。


「もしもあの時、私が死んでたら。それでもあなたは、同じことを言いますか」

「言えないよ」


 それは、想像するのも恐ろしいことだけど。答えならきちんと持っていた。


「助けられなかったら、何も言えない。守りたかったものも、貫きたかった信念も、誓った言葉も、思い描いた明日も。全部、全部、壊れちゃうから」


 失敗してもいい救助なんて、ない。

 見捨ててもいいものなんてない。助けなくてもいい人なんていない。救わなくてもいい命なんてない。

 私の仕事はゼロか百かだ。一つ取りこぼせば、それ以上に多くのものを失う。


「だから、助けられて、本当によかった」


 だからこそ。

 守り抜いたものには、きらめくような価値がある。


「……ごめんなさい」

「……?」

「少しだけ、あなたを疑いました。今、めちゃくちゃ反省してます」

「えと……。よくわかんない、けど。私、気にしてないよ?」

「いっそ埋めてください……」

「埋めないよ」


 なんか、蒼灯さん、めちゃくちゃ落ち込んでいた。なんで。


「白石さん。あの時、どうして私を助けたんですか?」


 さっきよりは明るい質問。それにも、答えは用意してあった。


「蒼灯さんと、こんな風に、話したかったから」

「ずるくないですか、それ」

「最高の明日っての、見たかったんだ。誰も悲しまなくていい、みんなが笑っていられる、そんな明日が。きっと、今見てるのが、それなんだと思う」

「もっとずるいですよそれ……」


:この子ほんまに……

:ほぼ殺し文句でしょこれ

:やだもうめっちゃいい子……

:何食ったらこうなるんだ

:はちみつ入りレトルトカレーだよ


「……あなたの言うみんなには、きっとルリリスのことも含まれてるんでしょうね」

「うん」

「あーもー、即答するんですもん。わかりました、私の負けです」

「勝負だったの?」


 なげやりに言う蒼灯さんは、どこか清々しい顔をしていた。

 天気は快晴。大空に広がる深い青のキャンバスには、雄大な入道雲がゆったりと漂う。

 枝葉を揺らして夏風は香り、陽光は草木をきらきらと輝かせる。手を伸ばせば触れられそうなほどに、圧倒的な空がそこにあった。


「たしかに、いい景色です」

「ね」

「今度はルリリスも誘いましょうか。あの子もこういうの、好きかもしれませんし」

「だといいね」


:綺麗な空だぁ……

:あの日何かが失敗してたら、こんな風に空を見ることもなかったんだろうな

:俺、この空が見られてよかったよ

:明日の天気も晴れるといいな


 季節は夏。わくわくとする、楽しい季節だ。

 いつまでもこんな日々が続けばいい。そう願わずにはいられないほどに。


「白石さん。一つ、わがままを言ってもいいですか」


 空を見ながら蒼灯さんは言う。


「これからも救ってください。どうか救い続けてください。私も、あなたの描く明日の景色を、見てみたくなりました」


 それはまるで、祈るように。


「お願いします。私にできることなら、なんだってしますから」


 託されたものを心に留める。

 これもきっと、大切な思い出になるから。


「それなら、蒼灯さん。私からも、お願いしていい?」

「なんなりと」

「蒼灯さんも、一緒に描いてほしい。私には、できないことが、たくさんあるから」


 そう聞くと、蒼灯さんは意外そうな顔をした。


「白石さん。少し、変わりましたね」

「え、そう?」

「はい。以前はもっと、なんでも一人でやりたがる人だったような気がします」

「……そうかも」


 たしかに、最初はそうだったかもしれない。

 だけど、キャンプをする中でわかったことがあった。

 キャンプ場がこんなに盛り上がったのは、私一人の力じゃない。蒼灯さんが呼びかけて、探索者が集まって、みんなそれぞれの協力があったからこそ今日がある。

 私がやったことなんてただのきっかけにすぎない。それを理解した時、一人でやろうなんて考えは自然と頭から消えていた。


「蒼灯さんの、おかげだと思う」

「私はそう大したことはしていませんよ」

「ううん、そんなことない」


 蒼灯さんには本当に感謝している。

 私にきっかけをくれたのは蒼灯さんだ。今回のキャンプもそうだし、あの魔力収斂の時だって、私は彼女の勇気に助けられた。

 もしかすると、始まりはあの時だったのかもしれない。

 あの日、迷宮三層で蒼灯さんを助けたあの時から、何かが大きく変わり始めたような、そんな気がする。


「でも、白石さんの交友関係が広がったようでよかったです。部下の方々ともうまくやっているみたいですし」

「うん、なんとか」

「鍛冶師の九重さんとも仲良く話してたって聞きましたよ。それに、ルリリスのことなんかすっかり気に入っちゃって。よかったですねー」

「あれ、えと」


 こころなしか、蒼灯さんの言葉がそっけなくなったような。


「……蒼灯さん。どうか、した?」

「知りません。ルリリスはトレーニングに誘うのに、私は誘ってくれないんだーなんて思ってません」

「わ、わ、わ」


 ええー……。

 さ、誘ってほしかったのかな。そんな素振りなんて、これっぽっちもなかったと思うんだけど……。


「だ、だって。蒼灯さん、いつも、忙しそうにしてるから……」

「私だって、白石さんと遊びたくてここに来たのに。仕事にかまけてたら浮気された気分です」

「いや、その、えと」


 浮気て……。

 ど、どうしよう。こういう時、どうしたらいいんだろう。私のコミュ力も少しは成長したのかもしれないけれど、さすがにこんな状況には対処できない。

 段々と頭がぐるぐるして、よくわからなくなってくる。


「……いい?」


 とりあえず、座ったまま体を寄せてみた。

 おずおずと見上げてみる。……どうだろう。だめかな。


「くっそかわいい……」

「蒼灯さん?」

「やっべ、声に出てた」


 蒼灯さんは口を押さえて、小さく咳払いした。


「冗談ですよ、冗談。怒ってません」

「よかった……」

「今度また遊びに行きましょうね。仕事が少ない時に」

「うん。忙しくない、時に」

「……なんで私たち、キャンプしてるのに働いてばっかいるんでしょうね」

「ごめん……」


 人が増えたこともあって、私たちは毎日忙しい。こんな風にのんびりしていられるのも、実は貴重な時間だった。

 ただ、こういうのも戦友って感じがして、ちょっとだけ悪くないなって思っていたりする。


「それで、えと。……返事、聞きたいんだけど」

「返事?」

「さっきの。一緒に、ってやつ」

「ああ」


 大事なことだから、きちんと聞いておきたかった。

 蒼灯さんはにこりと微笑む。


「決まってるじゃないですか。私でよければ、喜んで――」


 その時。

 私のスマートフォンが、けたたましく着信音を放った。


:あ

:おい

:ちょっと

:せっかく俺らが気配消してたのに

:よりにもよって今かよおおおおおおおおおおお

:空気壊れちゃった……


「ごめん、電話が……」

「出てください。大事なことですから」


 蒼灯さんの言葉に甘えて、着信に応答する。

 なんとなくわかってたけど、電話をかけてきたのは真堂さんだった。


「白石くん、今いいか」

「……いいですけど」


 この人、いつもいつも間が悪いんだよなぁ……。

 だけど真堂さんが電話をかけてくるのは、大事な用がある時だけだ。出ないわけにもいかなかった。


「以前検出した魔力反応についてだが、結論から言うと計器の誤反応ではなかった。それについて報告したい」

「ああ、あれですか」


 あの時真堂さんが言っていた反応は、たぶんルリリスのことなんだろう。

 あの子、以前戦った時よりも大幅に力が落ちているけれど、それでも四層相当の実力はある。迷宮二層に生息する魔物と比べたら群を抜いて強力だ。計器が反応するのも頷ける。


「それなら、もう、大丈夫です」

「……どういうことだ?」

「ルリリスのこと、ですよね。あの子は、敵じゃないので」


 何にせよ、あの件はもう解決済みだ。私は気にもしていなかった。


「違う。俺が言っているのは、ルリリス・ノワールの反応ではない」

「……へ?」

「計器は彼女の魔力も検出していたが、そちらは元より問題にしていない。検出したのはもっと巨大で、異質な反応だ」


 それは、どういうことだ……?

 あの反応がルリリスのものじゃなかったのなら。つまり、それは。


「魔力量にして六層の魔物に匹敵する反応が確認された。魔力の質も際立って異常だ。通常の魔物とは明らかに異なる――。こういった表現が正しいかはわからないが、あえて言おう。悍ましい、反応だった」


 ひんやりとした、悪寒が。

 秘められた悪意が。忍ばされた刃先が。隠された恐怖が。


「気をつけろ白石くん。そのあたり、何かいるぞ」


 呪いのように、私の背筋をぞわりと撫でた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まさかずっとリスポーンできなかったボスが…?
 まさか同類が着いてきてた…?
「私の仕事はゼロか百かだ。一つ取りこぼせば、それ以上に多くのものを失う。」 この思想って日療とは全く違うからどこかで明確な対立が起きそうだな……。例え10の命を取りこぼして理想のココロが壊れても、11…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ