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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
四章 積み重ねた日々は星空のように輝いたから、
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令和のこの時代にニコポで落ちるヒロインとかいるわけねぇよなぁ!?

 人間って奴らは朝から慌ただしい。

 まだ夜が明けたばかりだっていうのに、あちこちに集まって何かをやっている。装備を着込んで、早々にどこかへ出かけていく奴らもいた。

 静かなる迷宮で、ここだけが活気に満ちている。

 その賑やかさが、少しだけ羨ましくも見えた。


「楽しそうだな、あいつら」


 遠目に眺めながら小さくつぶやく。朝から元気で結構なことだ。

 まあ、そんな人の営みも私からすれば他人事だ。彼らがどんなに忙しくしていようと、私には何の関係ない。


「……えと」


 キャンプ場の中で、悪魔は振り向いた。


「今日も、ついてくるの?」

「あ? 悪いかよ」


 相変わらず、私はこの女をストーキングしていた。

 だって、私の目的、魔力核だし。こいつを付け回すこと以外にやることなんてない。


「んー……」


 悪魔は少し考え込んで、とてとてと私に近寄った。


「一緒に、回る?」

「はぁ? なんでだよ」

「同じでしょ」


 ……まあ、たしかに。完全に気づかれている以上、ストーキングなんてただの茶番だ。それなら一緒に回ったって同じだろう。


「……チッ」


 それに、この女のことを知るいい機会だ。もしかしたら弱点がわかるかもしれない。私は舌打ちをして、悪魔の隣に並んだ。

 悪魔はキャンプ場の中をぷらぷらと歩いた。

 何か目的のある足取りではない。気の向くままに足を向けて、時々人間たちの集まりを遠目に眺める。そんなことを繰り返していた。


「何やってんだ?」

「散歩」

「……あっそ」


 のんきだな、こいつ。

 まあ、たしかにここは人が多くて賑やかだ。ちょっと歩くだけでも、物珍しいものがたくさんある。

 人間が作る道具は面白い。光を放つ筒(懐中電灯)火が出る台(ガスコンロ)車輪がついた鉄の箱(トレーラー)なんてものまである。

 あいつらが使う道具は、魔力のかけらもないくせに魔法めいた挙動をする。何に使うのかわからないものもたくさんあるが、見ていて中々面白い。


「なあ。あれって――」

「あ、白石さん。おはようございます!」


 平べったい瓢箪アコースティックギターが何なのか聞こうと思ったら、知らない人間が悪魔に声をかけた。

 散歩の途中、悪魔は時々こんな風に声をかけられていた。その度にこいつは、困ったような顔をして、精一杯にわたわたと返事をする。


 お世辞にもうまく会話ができているとは言えないが、相手が気を害した様子はない。話しかけてくる人間は概ね好意的で、悪魔の乏しい返事にも満足した様子だった。

 どう考えたって、話して楽しい相手ではないだろうに。それでも声をかけられるあたり、こいつ、人間の中では人望があるのかもしれない。


「見て、ルリリスさん。いちご、貰っちゃった」

「よかったな」

「帰ったら、焼いて、食べよ」

「……それ、たぶん焼かないほうが美味いぞ」

「そう?」


 おすそ分けしてもらったいちごを、悪魔は嬉しそうに見せびらかす。

 本当にこいつ、あの白い悪魔と同一人物なのだろうか。昨夜、月下に燦然と見せつけた絶望的なまでの威圧感なんてものは欠片もない。目の前にいるのは、いちごをもらって喜んでいるただの少女だった。


「そういや、えと。ルリリスさん、なんだった?」

「ああ、いや。えっと……」


 思い出したように悪魔はたずねる。

 その時にはもう、最初に聞こうと思っていたことは頭から飛んでいて、むしろ私はこいつのことの方が気になっていた。


「なあ、お前って――」


 どんなヤツなんだ、と聞こうとして。


「……お前って、弱点とかないのか?」


 寸前で、ブレーキをかけた。

 ……それでもやっぱり、こいつは敵だ。その前提は変わらない。


「あるよ。いっぱいある」


 思わず口をついて出た質問だけど、悪魔は答えてくれた。


「私には、できないことが、たくさんある。私一人じゃ、何もできなかった。こうなったのは、みんなのおかげだから」


 賑やかなキャンプ場を眺めて、悪魔は噛みしめるように言う。


「だからね。私も、みんなの力に、なりたいんだ」


 妙に実感の籠もった言葉だった。

 悪魔には悪魔で、何か思うところがあるのだろうか。

 わからない。私は、こいつのことを、何も知らないから。


「……お前さ。名前、なんて言うんだ」

「あれ、言ってなかった?」

「聞いてない」

「そっか、ごめんね」


 彼女は軽く咳払いをする。


「日本赤療字社所属。探索者兼、迷宮救命士の、白石楓です」


 やけに嬉しそうに、悪魔はその言葉を口にした。


「にほ……。なんだそりゃ。長い名前だな」

「ううん。名前は、白石楓だけ」

「じゃあ、楓」

「わ」

「なんだよ、何驚いてんだよ」

「名前呼び、なんだなって」

「お前だって、私のことルリリスって呼んでんだろ」

「あー。それも、そっか」


 悪魔はほころぶように頬を緩ませる。表情と呼ぶには控えめなそれは、もしかすると笑顔ってやつなのかもしれない。

 笑うとかわいいんだな、なんてことをふと思って。


「だー!」


 叫んで、頭をかきむしった。

 何考えてんだ、落ち着け私。こいつは敵だ、私たちは敵同士だ。私はこの女から魔力核を取り戻すんだろうが。


「どうしたの?」

「アイデンティティに、ヒビが入った……」

「ルリリスって、変な子だね」

「お前だけにゃ言われたくねぇ」


 こんななんでもないやり取りなのに、何かが不思議と満たされる。

 なんだこれ。なんなんだこれ。マジでわけがわかんねえ。

 こいつは敵だったはずなのに、それだけじゃ割り切れない何かがある。敵のようで、そうじゃないようで。この奇妙な関係性を一体なんと呼べばいい。

 私の辞書にそんな言葉は載っていない。楓に聞いてみようかと思ったが、こいつはこいつでボキャブラリーがなさそうだ。


「……はぁ。もう、なんでもいいや」

「?」


 少し考えて、適当に放り投げた。

 呼び方なんてなくたって、何かが変わるわけじゃない。

 なるようになればいい。そんな投げやりな気持ちから、私は深くため息をついた。

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― 新着の感想 ―
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