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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
四章 積み重ねた日々は星空のように輝いたから、
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白い悪魔ちゃんと黒い魔女ちゃん

 #??-EX (no record)


 どうやら悪魔は、すぐにこの私――ルリリス・ノワールを害するつもりはないらしい。

 悪魔というのは、例の白い悪魔のことだ。非道にして残虐、この世の悪意を塗り固めたような暴虐の化身は、落ち着きを取り戻した私にこんなことを言った。


「ルリリスさん。家まで、送ってくよ」

「な、なんのつもりだお前……! まさか、寝床を突き止めるつもりか!」

「えと、そうじゃなくて。もう、暗いから」


 温情を装った奸佞邪知(かんねいじゃち)に、私は恐れおののいた。

 きっとこいつは、私の棲家を確かめて何もかもを奪い尽くすつもりなのだ。奪えるものはすべて奪い、壊せるものはすべて壊し、そしてついにはこの私に、あんなことやこんなことを……!

 な、なんて恐ろしい女なんだ。しかし幸運にも、悪魔の奸計は空を切った。


「……家なんて、ない」

「……? どういう、こと?」

「私は根無し草だ。眠くなったらその辺の木の上で寝る。居場所を突き止めようとしたって無駄だぞ」

「えと……。テントとか、ないの?」

「ねえよそんなもん」


 言っていて、自分で悲しくなってきた。

 私だって以前は文明的な生活をしていた。かつては私にも自分の家があったし、寝る時はベッドを使うのが当たり前だった。

 しかし、我が家があるのは迷宮六層。簡単に帰れるような場所じゃない。


「じゃあ。うち、泊まってく?」


 悪魔は、とぼけた顔でそんなことを提案した。

 何のつもりかは知らないけど、そんなことで私を懐柔できると思わないことだ。

 確かに、彼女が見せた優しさには思わずほだされそうになったけれど、その程度でなびくほど私はちょろくない。

 この女は敵だ。その事実を再認識した私は、断固たる決意と共に拒絶の言葉を突きつけた。


「え、いいの……?」

「いいよ」

「やったっ」


 やった、今日は屋根のある場所で眠れるぞ!

 野宿の辛さは骨身にしみて知っている。寝心地なんて最悪だし、寝てる間に他の魔物に襲われたりもする。起きたら頭の上に毛虫が這っていた、なんてこともしょっちゅうだ。

 安全な夜を過ごせるのなんていつぶりだろう。久々に得られる安眠に、私は小躍りして喜んだ。


「……まあ、白石さんが見てくれるのなら安心ですかね」


 一方、青い方の女――蒼灯とか言われてたやつだ――は、苦々しい顔をしていた。


「白石さん。その人、変な素振りを見せたらやっちゃっていいですよ」

「ルリリスさん、いい子だよ?」

「すーぐそうやって人を信用する……」


 青い女は渋い顔をしていたが、とやかく言わずに自分のテントへと戻っていった。

 かくして私は、悪魔の巣穴で一夜を過ごすことになったのだ。

 ベッドの誘惑に負けてついつい承諾してしまったが、よくよく考えればとんでもないことだった。

 あの悪魔に無防備な姿を晒したら、一体どんな目に遭ってしまうのだろう。もしかするとあいつは、私が寝ている間にあんなことやこんなこと、ましてやそんなことまでするつもりなのかもしれない……!


「ルリリスさん。ベッド、一つしかない、けど。いいよね?」

「よくないっ!」

「?」


 ほら! ほら! やっぱりそうだ! 何をする気だ、この変態……っ!


「いい、私は床で寝る。指一本でも触れてみろ、とんでもないことが起きるぞ……!」

「どうなるの?」

「……大きな声で、泣いたりとかする」

「あー」


 悲しいかな。私にできる、精一杯の反抗がそれだった。

 だって、下手に攻撃魔法とか使ったら後が怖いし……。私だって、こんな化け物を相手に事を構えたくはない。魔力核があった頃ならまだしも、今の私では勝てる気なんてこれっぽっちもしなかった。


「じゃあ、これ」


 悪魔はウェストポーチから、ぐるぐるに巻かれたマットのようなものを引っ張り出した。


「使って」

「……なんだこれは」

「寝袋。あったかいよ」


 せめて、それで寝ろというらしい。

 さらさらとしていて柔らかいそれは、ぽふぽふと手の中で弾ませるだけで、楽しい感触がした。

 ……寝心地よさそうだな、これ。


「あ、ありがとう……」

「ん」


 もしかしたらこいつ、いいヤツなのかも……。

 いや、いやいや。待て、落ち着け私。こいつは敵だ、敵なんだ。簡単にほだされるな。

 とにかく、これはチャンスだと考えよう。経緯はさておき、私は悪魔の巣穴に潜り込むことに成功したんだ。千載一遇の好機じゃないか。

 まずはこいつが寝静まるまで待とう。真夜中にこっそりと魔力核を奪い返し、速やかにここからおさらばする。よし、そういう計画で行こう。


 一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったりして、とっぷりと夜も更けてきた頃。明日も早いからと、悪魔は早々に眠りについた。

 あいつに夜ふかしをする趣味はないらしい。結構なことだ。私も貸してもらった寝袋に入って、そっと息を潜めた。

 意識があったのは、その時までだ。


「ん……。今、何時……」


 ふと目が覚めて、寝袋に入ったままごろんと転がる。

 薄いテント生地越しに、差し込む陽の光が目に映った。


「やべっ」


 熟睡……! 痛恨の熟睡……ッ!

 野宿生活で蓄積した疲労は思ったよりも根深かったらしい。久々の安全な寝床が気持ち良すぎて、溶けるほど寝てしまっていた。

 二度寝したくなる気持ちをねじ伏せて、なんとか寝袋から這い出す。

 時刻は朝方五時半。幸いにも、悪魔はまだ起きていなかった。

 予定は少し狂ったが、とにかく計画は続行だ。私は足を忍ばせて悪魔の寝床に近寄った。


 悪魔がいつも身につけているウェストポーチ。それは、悪魔の装備と共にベッドサイドに置かれていた。

 ポーチごと持っていくつもりはない。用があるのは魔力核だけだ。下手に妙なものを盗って、余計な喧嘩を売りたくはない。

 ポーチを手にとって、中の物をごそごそと漁る。


「へえ……。このポーチ、次元魔法を固着させてんのか。魔法の精度はまだまだ甘いが、物体を通して魔法を使うってのは悪くない発想だ。人間って、面白い魔法の使い方すんなぁ……」


 魔力核を探すついでに、ついついポーチを分析してしまう。魔法使いとして、魔法技術には興味があった。

 私たちは魔力を直接操ることができるが、人間のように迷宮の外で生まれた存在は魔力との親和性が低い。そこで彼らは、物体に魔法式を刻み込むことで魔力を操ることにしたらしい。

 魔法技術自体はレベルが低いが、だからって馬鹿にはできない。人間の扱う魔法は新発想の塊だ。時間が許すなら、じっくりと研究してみたかった。


「お、これ。あいつが使ってた魔導具か? どれどれ……」


 ポーチから筒型の魔導具を取り出して、じっくりと眺める。少し見るだけでも、それは驚きに満ち溢れていた。

 内部に刻み込まれていたのは、魔力を生命力に変換する術式だ。

 これは人間用の回復魔法なのだろうか。私には開発もおろか、発想すらもできないような異文化の魔法だった。


「すごいなこれ……。魔力を生命力にするなんて、考えたこともなかった……」


 夢中になって術式を解析していた時、背後から、物音が聞こえた。

 やばい、と思ったときには、もう遅かった。

 跳ね起きた悪魔は恐ろしいほどに機敏な動きで私を引き倒す。そして、壁に立てかけてあった剣を迷いなく抜刀した。


「ま、まて。違う、その、違うんだ。まだ何も盗ってない、本当だ!」

「ん……」

「ま、まって、お願い、まって。やだ、やめて、ころさないで……!」


 眠たげな顔と、確かな殺意。その二つを前に、私は必死に命乞いをした。

 私の言葉を聞いてるのかいないのか。悪魔は剣を突きつけたまま何も言わない。かえってそれが恐ろしくて、私は必死に言葉を重ねる。


「も、もうしないからぁ……! 許して、いやだ、死にたくない……! 死にたくない、もう死にたくないよぉ……!」

「はーい、ストップストップ。そこまででーす」


 その時、テントの外からことさらに明るい声がした。

 テントに入ってきたのは、昨夜もいた青い女だ。彼女は慣れたように悪魔に近づいて、ひょいっと剣を取り上げた。


「白石さん、大丈夫です。その人、敵じゃないみたいですよ、今のところは」

「……あれ、まもの、じゃない?」

「んー、ノーコメント」

「んぅ……」


 悪魔は眠そうに呟きながら、ふらふらとしている。

 あいつ、何か、様子がおかしいような。

 ……もしかして、寝ぼけてる?


「……かお、あらってくる」

「いってらっしゃい。気をつけて」


 青い女に見送られて、彼女はテントの外に出ていった。

 み、見逃された。私はまだ生きている。ばくばくと音を立てて高鳴る左胸がその証左だった。


「で、ルリリスさん」

「ひゃいっ」

「あの人、寝起きは自動戦闘モードなので。変なことしないほうがいいですよ」

「……すみません」


 青い女はそう言い残して、テントから出ていった。

 ……なんとか助かったらしい。少なくとも、今のところは。

 だけど、完全に腰が抜けてしまっていて、しばらくは立ち上がれそうになかった。

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― 新着の感想 ―
たぶん、野外のほうが安全だとおもうんだ……
 というか六層のヒト型の魔物って意外と文明的な暮らししてる?
リリスよ、懐くならDV彼氏な悪魔よりあおひーにするんだ
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