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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
四章 積み重ねた日々は星空のように輝いたから、
43/131

白い悪魔と黒い魔女

 #??-EX (no record)


 夜の帳が下りた暗い森を、明かりも持たずに少女は走る。

 黒いローブに黒い帽子。魔女のような装いに身を包んだ少女は、長い金髪を揺らしながら、必死になって逃げていた。


「はっ……はっ……!」


 運動はあまり得意ではない。少し走るだけでも息は上がり、胸はばくばくと早鐘を打つ。

 それでも足を止めるわけにはいかない。立ち止まれば、命はない。

 途端、周囲に濃密な魔力の気配が漂った。


「くそっ!」


 少女は即座に魔法を展開する。

 彼女の手にシリンダーは握られていない。しかし魔法は遜色なく作動して、魔法障壁を生み出した。

 次の瞬間、荒れ狂う暴風が障壁に激突する。一瞬でも遅ければ自身に飛んできたであろうそれは、魔法障壁を大きく歪ませて、ただの風へと戻っていった。


「殺す気かよ……!」


 夜の森に恨み言を放つ。

 それに呼応するように、風をまとって宙に浮く襲撃者が、月光の下に姿をあらわした。


「あれくらいじゃ、死なないよ?」


 着古した白衣に、血のように赤い真紅の腕章。焦げ茶色の髪は夜風に揺れて、紅玉の瞳は一切の感情を伺わせない。

 月天を背負って空に舞う少女。風になびいた白衣は、翼のように広がって。


「白い、悪魔……」


 その姿は、さながら悪魔のようだった。

 風魔法を使って宙に浮いていた悪魔は、すとっと草地に降り立つ。黒い少女は無意識に後ずさった。

 勝てるだろうか、という算段は即座に棄却する。少女自身も有数の使い手であることは自負しているが、目の前にいるソレはあまりにもレベルが違う。

 キャンプで観察していた時はまだ、ここまでの差は感じなかった。しかし一度スイッチが入った悪魔は、絶望的なまでの威圧感を放っていた。


「怪物が……!」

「?」


 そう罵ると、悪魔――白石楓はこてんと首を傾げる。言っている意味がわからない、とでも言うかのように。


「えと、あの。ちょっと、話を――」

「隙ありッ!」


 少女は編んでいた魔法を発動する。

 展開された魔法陣が体を覆い隠したかと思えば、次の瞬間に黒い少女の姿は消えてなくなった。


「え、なにそれ」


 少女が使ったのは、無属性の瞬間転移魔法。人間の魔法技術では再現できていない、未解析の魔法だ。


「こっちか」


 白石はすんと鼻を鳴らす。

 未知の魔法で消えた少女だったが、そこまで離れたところにいるわけではないらしい。研ぎ澄まされた直感と本能で位置を割り出し、白石は即座に追跡を再開した。

 一方、黒い少女はと言うと。


「くそっ……! 全っ然、魔力が足んねえ……!」


 口汚いことを呟きながら、徒歩での逃走を続けていた。

 本来ならば迷宮の層をまたいでの転移すらも可能とする魔法だ。しかし供給される魔力が足りず、術式はごく短距離のテレポートを引き起こすに留まった。


「やっぱ魔力核がねえと……。でも、どうすりゃいいんだよ……!」


 こんなはずじゃなかった、と少女は強く歯噛みする。

 本来の力があればあの悪魔とも正面きってやりあえる。勝てるかどうかはわからないが、少なくとも簡単には負けないはずだ。

 だが、力の源である魔力核はその手にない。今の少女にできるのは、ただ逃げることだけだった。


「まって」


 平易な声が耳元に届いて、ぞくりと背筋が震えた。

 後ろ首めがけて振るわれた、巨大な戦斧を知覚する。生存本能がけたたましく危険信号を鳴らし、黒い少女は身を投げ出すように全力の回避行動を取った。


「ぶべっ」


 頭から地面に着地し、ごろごろと転がる。鼻が潰れて妙な声が出た。

 実際のところ戦斧なんてものはない。白石はただ、少女のローブをつかもうと手を伸ばしただけだ。


「な、なんで、追ってくるんだよ……!」


 高鳴る心臓を落ち着けながら、少女は座り込んだ姿勢で後ずさる。


「えと。お話、したくて」

「こっちはお前と話すことなんかねえ!」

「でも、私に、用があるんじゃないの?」


 ……ある。

 少女には探しものがあり、それは白石が手にしている。少女としては、なんとしてもそれを取り戻さなければならない。

 だが、こうやって面と向かって要求するには、刻み込まれた恐怖がまさった。


「来るな……!」

「大丈夫。何も、しないから」

「やめろ、近づくなぁ……! どっかいけよぉ……!」


 涙目になりながら少女は後ずさる。じりじりと下がっているうちに、背中が木に触れた。

 途端、ぐにょりと、木が動き出した。


「あ」

「やべっ」


 ぐねぐねと動く木は、黒いツタを操って黒い少女を絡め取る。

 迷宮二層でよく見られるトラップだ。ツタに絡め取られて宙吊りにされた少女は、めくれあがるローブの裾をあわてて抑えた。


「や、やめろっ、こら! お前、狙うの私じゃねえだろバカっ!」


 そう訴えても、ツタに言葉は届かない。

 夜闇の中で盛んに動くツタは、一本また一本と伸びて少女の四肢を拘束する。


「くそっ……! 調子乗んな! てめえなんか、その気になりゃすぐ――」

「じっとして」


 少女が魔法を詠唱しようとすると、白石が動いた。

 一瞬だけ鞘から剣を抜き、そして再び鞘に収める。攻撃と呼ぶにはあまりにも短すぎる、刹那の所作。

 それを済ませた白石は、すたすたと少女に近寄った。


「あ……? うわっ!?」


 疑問に思う間もなく、少女の体が空中に投げ出された。

 彼女を拘束していた黒いツタは、それを宿す木もろとも八つに断ち切られていた。ツタの支えを失って、少女の体は自由落下を始める。

 しかし、地面に激突する前に、少女はすっぽりと白石の腕に抱き抱えられた。


「大丈、夫?」


 間近の距離に、悪魔の顔があった。

 心臓がこれ以上なくどきどきと跳ねる。真っ赤な顔で、少女は懇願するように呟いた。


「こ、殺さないで……」

「失礼な」


 さすがの白石も、少しむっとした顔をした。

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― 新着の感想 ―
白い悪魔からは逃げられない…!!!
これだけ言わせてください。 >ツタに絡め取られて宙吊りにされた少女は、めくれあがるローブの裾をあわてて抑えた。 >夜闇の中で盛んに動くツタは、一本また一本と伸びて少女の四肢を拘束する。 なんで、配信…
こんばんは。 >失礼な そりゃねぇ…かつての自分に馬乗りになって「君が!死ぬまで!殴るのを!止めないッ!」した相手に密着されたら命乞いもしたくなりますわww
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