一方その頃、蒼灯さん。
日も暮れてきた頃、キャンプ場に一台のトラックが到着した。
食料品や日用品を満載した移動販売車だ。店主さんは一般の方。割高にはなるけれど、キャンプでは手に入らない色々なものを売ってくれるらしい。レトルト食品生活にも飽き飽きしていたので、これは正直助かった。
お弁当を確保してほくほくしていると、蒼灯さんとばったり出くわす。
「あ、白石さん。お疲れ様です」
「おつかれさま」
私たちはキャンプをしているはずなのに、自然とお仕事っぽい挨拶になる。
というか、始まりこそただのキャンプだったけれど、今となっては正真正銘お仕事だ。
キャンプの運営体制が日療主導に変わってから、私たちの活動は正式に仕事になった。日当も出るし、医療行為以外の経費も申請していいらしい。蒼灯さんの方にも、日療から正式に謝礼金が出るんだとか。
「白石さん、どうでした? なんだか大変そうでしたけど」
「あ、うん。こっちは問題なし」
「おや」
蒼灯さんは、ちょっと意外そうな顔をした。
「読みが外れましたかね、これは」
「えと、何が?」
「ああいえ、気にしないでください。上手くやれているのなら何よりです」
:この女、波乱を求めてやがる……
:あおひーいい性格してんなぁ
:ちなみにちゃんと大変なことにはなってました、部下の人たちが
:とんでもないことになってたね、部下の人たちが
:でもお嬢は問題なしって言ってるよ
:ほな問題なしかぁ
うちの部下たち、最初はどうなるかと思ったけど、育ててみるとこれが案外悪くない。
体の基礎はできているし、運動神経も備わっている。素材としては文句なしだ。魔力と戦闘技術さえどうにかすれば、探索者として十分通用するだろう。
それに何より、彼らにはやる気がある。今日の訓練は終わりと言ったのだけど、あの五人は今でも木刀を振っていた。
「それで、えと。蒼灯さんは……?」
私としても、蒼灯さんには聞きたいことがある。
具体的に言うと、彼女の後ろに身を隠している少女について。蒼灯さんの背後には、大きなカバンを持った女の子がぴったりと張り付いていた。
:なんか蒼灯さんの後ろに守護霊いない?
:もしかしてお子さんですか?
:そうだよ
:マジかよあおひー……嘘だと言ってくれ……
:嘘だよ
:うわあああああああああよかったああああああああああああ
:なんでも信じるじゃん
:正直村の住民か?
今日も楽しそうだな、うちのリスナー。
まあいいや、リスナーよりも蒼灯さんだ。目を向けると、蒼灯さんは投げやりに笑った。
「こっちは、ちょっと結構問題です」
「も、問題……!? 先輩、何か問題があるんですかっ!?」
「あなたのことですよー」
少女が声を上げると、蒼灯さんは雑にあしらった。
「この方、探索者協会の方なんですけれど。なんか、こうなりました」
「なんかとは」
「なんかとはなんかです。正直、私が聞きたい」
蒼灯さん、少し疲れた顔をしていた。
目を向けると、少女はびくんと体を跳ねさせてから、おずおずと前に出る。その胸には、大きなカバンが盾のように構えられていた。
「あ、あの。探索者協会職員の、双葉です。蒼灯さんの後輩として、精一杯お手伝いさせていただきます!」
「非公認です。後輩として認めた覚えはありません」
「……み、認められるよう、がんばりますっ!」
:どういうことなの……
:後輩に公認とか非公認とかってあるんだ
:いいなー、俺もあおひーの後輩になりたい
:なれるぞ
:なるか?
:もしかして探索者になれって言ってる?
健気な子だった。思わず応援したくなってしまうくらいに。
けれど、ツッコミどころが結構あって。
「あの、探索者協会の方、なんですよね」
「は、はいっ……! 双葉は、協会の新人職員ですっ!」
「……なんで、後輩?」
「運命です。もはや双葉には、蒼灯先輩の後輩になるより他に道はないと悟りました!」
「あります。いっぱいあります」
蒼灯さんの冷静なツッコミも、双葉さんには聞こえていないようだった。
:協会の人って、立場的には上なんだよな……?
:それはそう
:いくら新人とは言えどだよ
:この子大丈夫か……?
探索者協会は私たち探索者の取りまとめとなる組織だ。探索者を監督する立場だし、場合によっては素行不良な探索者に指導をすることもある。
そんな組織の職員さんが一般の探索者に付き従っているのは、たしかにちょっと結構問題だった。
「私からも何度も言ったんですけどね。なぜかこうなっちゃいました」
「だ、だって。蒼灯先輩、優しくて頼りがいがあるから……」
「しっかりしてください。私はあなたの先輩ではなく、一介の探索者です」
「で、でもでも……。迷宮の中って、すっごく危ないじゃないですかぁ……。何かあった時、双葉が頼れるのは蒼灯先輩しかいないんです……!」
「……まあ、お招きした以上は、身の安全くらいは保証しますけど」
「じゃあ、今夜、一緒のテントで寝てもいいですか……?」
「それはダメ」
「そんなぁ」
面白い子だった。
そんなに心配しなくても、キャンプの中にいる限りは危ないことなんてそうそうない。不安になる気持ちもわからなくはないけれど、それにしたって心配性な子だ。
「……えと。蒼灯さん、その子、大丈夫?」
「大丈夫だと思いますよ、たぶん。性格はご覧の通りですが、仕事ぶりについては文句のつけようがありません。かなり優秀ですよ、この子。おかげで私もだいぶ楽になりました」
「せ、先輩……! それなら、双葉のことを後輩と認めてくれますか……?」
「認めません。それとこれとは話が違う」
「そんな……。わかりました。それなら双葉、認められるようにがんばります……!」
「そうじゃない……」
:草
:また面白い子が来たなー
:珍しくあおひーが押されてる……
今日一日、彼女のこんな調子に付き合わされ続けたのだろうか。蒼灯さんはお疲れの様子だった。
……大丈夫かな、色んな意味で。ちょっと心配だ。
「っと。すみません、白石さん。売り切れる前にお弁当を買いに行かないと」
「あ、うん。またね、蒼灯さん」
「はい、また後で。双葉さん、行きますよー」
「は、はいぃ……」
雑談もそこそこに、蒼灯さんは移動販売車にお弁当を買いに行く。双葉さんも、その後をぴったりとついていった。
なんだかんだ仲はいいらしい。寄り添ってお弁当を選ぶ姿は、まるで仲睦まじい姉妹のようだった。
「…………」
なんか、いいな、ああいうの。
家族みたいで、羨ましい。
「ふうん……。なんだ、あんな弱っちいのまで面倒見なきゃいけないのか。人間も大変だなぁ……」
少し離れたところから聞こえてきたつぶやきを、私の耳はしっかり捉えていた。
声の主は、例の黒尽くめの女の子。テントの裏に隠れているつもりらしいけれど、大きな帽子のつばが見えている。
実は私。さっきから、ストーカー被害に遭っているのだ。




