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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
一章 そんなに特別なことをしていたつもりはなかった
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配信に致命的に向いていない女の子がちょっとだけお話しながら人助けする配信

 #5 めっちゃおこられました


「はじめます」


 配信をつけて、つぶやいた。

 配信をするのは五日ぶり。ほとんど毎日迷宮に潜っていた私にとって、五日も期間が空くのは、久々に登校するような気恥ずかしさがあった。


:生きてたんかお嬢

:無事でよかった

:怪我大丈夫?


「えっと、あの、こんにちは」


 今日の迷宮は迷宮三層・大海迷宮パールブルーの一角、白浜のビーチ。

 人気のない岩場に腰掛けて、私はカメラと向き合っていた。

 リスナーを相手に話すというのは、やっぱり少し緊張する。もしかすると、この緊張感に慣れる日は来ないのかもしれない。


「説明とか、しなきゃって思って……。えっと、大丈夫、です。生きてます。元気です」


:知ってます

:生きててえらい

:情報量あんま増えてないぞ

:あんまり元気そうに見えないけど

:その包帯どうしたの? 回復魔法は?


「包帯は、魔力中毒になっちゃって……」


:あー……

:あんだけマナアンプル打ったらそりゃな

:魔力中毒ってなに?

:魔力を過剰投与したせいで、依存症になってんのよ

:これ以上体に魔力を通すと悪化するから、回復魔法とかかけちゃダメなの


 実を言うと、私の体はまだまだ包帯まみれだったりする。

 小さな傷は塞がってきたけれど、折れた骨はまだくっついていない。魔力中毒もようやく回復しはじめたばかりだ。

 包帯が取れるまでは休むようにと言われていたけれど、一旦それは置いておいて。


:なら今怪我したらやばくない?

:かなりやばいね

:迷宮潜って大丈夫なの?


「……ほんとは、ダメ」


:ダメなんかい

:はよ帰れや

:なにしとんねん


 本当はまだ病院にいないといけないし、そもそも外出許可すら降りていない。

 だけど、じっとしていられなかったのだ。私が入院している間に何かあったらと思うと、ベッドで寝転がってなんかいられない。

 それに、理由は他にもあって。


「で、でも、早くみんなに、元気な姿を見せたかったから……」


:ええて

:お嬢が俺らを気遣うとか百年早いわ

:だからそういうことするとリスナーは余計に心配するんだって

:お嬢にはリスナーの心がわからぬ

:帰って寝ろ

:ばーかばーか


「ふぇ……」


 そこまで言わなくてもいいじゃん……。

 蒼灯さんの配信者仕草を真似してみたんだけど、これはちょっと違ったらしい。リスナーからの反応は散々だった。

 ……少しはリスナーと向き合ってみようと思った結果がこれだ。やっぱり私、つくづく配信者には向いていないのかもしれない。


「すぐ帰るから……。ちょっとだけ、ちょっとだけお話させて……」


:しょーがねーな

:ちょっとだけやぞ

:魔物が来たらすぐ帰れよ

:お嬢が自分からお話しようとしていることに感動を覚えているのは俺だけか

:お話できてえらいぞお嬢

:甘やかすな


 誰かに何かを話したい、と思ったのは初めてのことだった。

 自分の感じたことや、考えたことを誰かと共有したい。それは私にとって初めての感情で、自分でもどうしたらいいかわからなくて、いてもたってもいられずに病室を抜け出した。

 今日配信をつけたのは、もしかするとそんな気持ちからだったのかもしれない。

 深呼吸を一つ。浮ついた気持ちを落ち着かせて、私はカメラに向かって話しはじめた。


「あのね、真堂さんにいっぱい怒られたの。無茶なことするなって」


:それはそう

:そりゃ怒られるだろ

:あんだけ無茶したらね

:一歩間違えればどうなってたことか


「だから、こんなの無茶じゃないって言えるくらい、強くなる」


:うーん?

:なんか変な方にこじれたな

:無茶はしないって方向にはなりませんかね

:我が道を行くのがお嬢だよ

:無茶しないために無茶なことしようとしてない?


「それだけ」


:お、おう

:言いたかったことそれか?

:なんでちょっと嬉しそうやねん

:怒られて反省しましたって話だよな……?

:にこにこしててかわいいぞ

:まあ怪我すんなよお嬢

:無理しないでね


 リスナーたちは微妙な反応だったけれど、私としては満足だった。

 これは一つの決意表明だ。今回のような失敗を繰り返さないという、私なりのケジメだ。

 私はこれからも人を助けたい。迷宮に潜る人たちや、それを応援する人たちが、笑って明日を迎えられるように。

 だって、誰だって最高の明日が見たいじゃないか。


「ところで、えと」


 それはそれとして。

 さっきから一つ、気になっていたことがあった。


「なんか、今日、人多くない……?」


:あ

:やっべ、バレた

:お嬢なら気づかないと思ったのに

:おい隠れろお前ら

:逃げろ逃げろ


「えっと、さんぜんにん……?」


 自分の配信画面を確認すると、見たことのないような数字が書いてあった。

 三一五七人。いつもの視聴者の、ざっと三十倍だ。


「……なんで?」


:お嬢お嬢、実は今注目度高いっす

:ネットニュースになってたからね

:史上初の六層魔物ソロ討伐に加えて、あの劇的な救出劇だもんな

:あの日のトップニュースだったよ

:トレンドになったし切り抜きも上がったし、検証動画まで上がってた

:上位層が口揃えて「あれ自分には無理」って言ってた

:切り抜きから来たけど、めちゃくちゃかっこよかったです

:最後以外はね

:最後は……まぁ……

:最後についてはあおひーがかわいかったことしか覚えてない


「さ、三千人って、多いの?」


:三千人も集められたら立派な配信者やね

:全校集会の前で話すのが六百人として、その五倍か

:そこそこの規模のコンサートホールが満員になるくらい

:渋谷のスクランブル交差点で、通行人が全員立ち止まってお嬢のこと見てる状況をイメージするといいよ

:たとえに悪意がありすぎるんだよなぁ

:ちょっと前まで百人前後だったのにね

:三千人がなんだ、あの時なんか同接三万とかあったぞ

:蒼灯さんの方もあわせるとトータル十万近かった


「ひえぇ……」


 コメントを見ているだけで頭がくらくらしてきた。

 現実感はまったくなかった。そんな状況なんて何一つ想定していなくて、何がなんだかよくわからない。

 私には配信者らしいことなんて何一つできないのに、こんなにたくさんの人を前にどうしたらいいのだろう。私の頭はぐるぐるだ。


「お、お腹いたくなってきた……」


:草

:配信者としてあるまじきポンコツムーブ

:喜ぶところやぞ

:お嬢の配信力で喜べるわけないんだよなぁ

:【悲報】日療の白石さん、三千人の視聴者に怯えて腹痛に見舞われる

:リリス相手には一歩も退かなかったのに……

:あの日の英雄の姿か? これが

:この人はお嬢であって、日療の白石さんとは別の人だから

:お嬢=日療の白石さんとかいう悪質なデマ


 流れていくコメントの中で、一つの言葉が目に入る。

 英雄。

 もしかすると私は、そんな風に呼ばれてしまっているのかもしれない。


「……がんばります」


 蚊の鳴くような声で答える。

 次はもっと、危なげなく人を助けよう。英雄なんて呼ばれないように。


:無理しないで

:お嬢はお嬢でええんやで

:いつも通りでいいよ

:俺らのことは気にせず、お嬢のやりたいようにやってくれ


 うちのリスナー、あったかいなぁ……。

 ちょっとズレているような気もしたけれど、その言葉はありがたく受け取っておくことにした。配信者としては、まあ、そのうちがんばろうと思う。そのうち。

 その時、白衣のポケットがぷるぷると震えて、私の体がびくりと跳ねた。


:あ

:お嬢、電話来てますよ

:見つかったか


「わ、わ、わ」


 あわててスマートフォンを取り出す。液晶画面に表示されていたのは、真堂司の三文字。

 ものすごく嫌な予感がしたけれど、出ないわけにはいかない。応答した瞬間、スピーカーからドスの利いた低音が響いた。


「おい白石」


 ついに、くん付けもされなくなってしまった……。


「な、なんですか……?」

「包帯が取れるまでは休め、と言ったはずだが」

「業務外、です。趣味で潜ってます」

「ころすぞ」

「命だけは……」


 事前に用意しておいた言い訳も、一言で切り捨てられてしまった。

 し、真堂さん、本気で怒ってる……。どうしよう、私本当に殺されるかもしれない。


:声思いっきり入ってますけど

:パワハラですよ真堂さん

:いーやこれはお嬢が悪い

:オペさんも怒るわそりゃ


 そういえば、真堂さんの声を配信に載せる設定のままだった。

 だけど、今の私に設定をいじる余裕なんてものはなく。


「散歩が終わったら、すぐに帰ってくるように」

「ま、また、お説教ですか……?」

「早く戻ってきたら、それだけ短くしてやる」

「はわわ……」


:なにがはわわだ

:これは残当

:怒られておいで

:真堂さん本当にお疲れ様です

:命だけは許してあげてください


 うちのリスナー、いつも優しいのに今日は厳しい……。

 真堂さんからの通話が切れる。こう言われてしまっては戻るしかないけれど、もう一つやっておきたいことがあった。


「最後に、もう一つだけ、報告させてください。すぐ終わるので……」


:なんですかもう

:手短に頼みますよ本当に

:真堂さん怒らせちゃダメよ

:言いたいことあるならはよはよ


 一応聞いてくれるらしい。ありがとう、リスナー。すぐ終わらせるから、もうちょっとだけつきあって。


「えっとね、お仕事の名前が、つきました」


:名前?

:なにそれ

:どういうこと?


「今までは、救助活動の線引が曖昧だったんだけど、そういうのがきちんと決まりました。そのついでに職名がついたの。私は、迷宮救命士なんだってさ」


:あー、そういうことね

:救命士ってやっていいこと悪いことあるんだっけ

:でも回復魔法は使っていいんでしょ?

:回復魔法アリならそんなに影響はなさそう

:つまり日本初の迷宮救命士ってことね

:また一つ伝説増えちまったか

:物は言いようだな


「そんなわけで、あらためて」


 居住まいを正す。

 今がチャンスだ。何度も何度も失敗してきたけれど、今度こそは成功させる。

 もう一度深呼吸。気持ちを落ち着かせて、私はカメラをまっすぐに見た。


「日本赤療字社所属。探索者兼、迷宮救命士の、白石楓です」


 ……よし。

 やっと、できた。自己紹介。


:うおおおおおおおおおおおおお

:やったあああああああああああああ!!!!!

:ついに聞けたあああああああああああああああああああ

:お嬢! お嬢! お嬢! お嬢! お嬢!

:え、なになに?

:なんで盛り上がってんの?

:ごめんな、古参にとっては大事なことだったんや

:おじさん嬉しくて泣いちゃった

:大きくなったな、お嬢……

:だからお前らはお嬢のなんなんだよ

:親戚のおじさんだよ

:おじリスほんまさぁ

:後方腕組み親戚面リスナーもいっぱいいます


 よろしくおねがいします、と添えて頭を下げる。

 こんななんでもないような一言で一喜一憂して、よくわからないことで騒いで、時々変なことを言って、勝手に盛り上がって、勝手に転がって、勝手にオチをつけて。本当に、リスナーって人たちはよくわからない。

 だけど、そんな彼らを見ているのは楽しいから。だから私は、これからも配信を続けていくのだろう。

 さて、もう帰ろう。これ以上真堂さんを待たせたら大変なことになってしまう。

 それじゃあ、最後に。


「またね」


 ばいばい、と手を振って、私は配信を切った。

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オペレーター嫌いだな、本当にパワハラじゃん なんか利用されてる感かすごい
 (*´-`)ノシ))
ちゃんと自己紹介が出来てえらい!
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