んで。
#30-EX 【病院配信】許可とってます【七瀬杏】
そんなわけで、遺跡はふっとんだ。
太陽機械の大爆発は隔壁を突き破り、遺跡を容赦なくふっとばした。私たちが展開した四重の防御魔法で衝撃の大部分は吸収したけれど、それでも遺跡の崩壊は免れなかったってわけだ。
ギリギリのところで爆発を耐え抜いたのは良かったが、問題はその後。
限界を越えた白石さんはその場で昏倒。蒼灯さんは魔力枯渇に陥って、私は魔力中毒でダウン。天使も多量の失血により、再び意識を失った。
あの場にいた全員が戦闘不能に陥ってしまい、白石さんたちは自力での脱出ができなくなってしまったのだ。
「へー……。それ、どうしたの?」
:ルリリスと井口さんがなんとかしたよ
:あの二人がみんなを担いで、頭上に開いた大穴から脱出って感じ
:あの時の井口さんやばかったね
:人間二人担いだ状態で、上の階層まで駆け上がってた
:あの人やってることゴリラすぎる
「すげー……」
スマホでリスナーのコメントを読む。目の前に浮いているのは、私のドローンカメラだ。
ここは日療が運営する、迷宮近くの大きな病院。の、個室。
お医者さんに、ちょっとなら配信していいよと言われたので、お言葉に甘えている次第である。
「みんな、無事なんだよね?」
:そりゃね
:蒼灯さんはただの魔力枯渇だし、白石さんも翌日には目覚ましてたよ
:天使ちゃんの失血だけちょっとやばかったらしい
:でも、回復魔法でなんとかなったんでしょ?
:今入院してるのお前だけだぞ七瀬
:まーた魔力中毒なんてやりやがって、懲りないなお前も
「うっさいな」
あの事件から二日。私には、もう数日は病院で安静にするというミッションがあった。
病名は前回同様に魔力中毒。山田の誓約魔法で魔力をがっつり供給された私は、魔力中毒でころっと倒れたわけである。
「なんで私だけ入院なんだよ……。どうせなら山田も入院してけばいいのに……」
山田は山田で魔力枯渇になっていたけれど、あいつは飯食ったら普通に元気になっていた。
魔力枯渇に比べると、魔力中毒の症状はずっと重い。
なんたって回復魔法が使えないのだ。時間をかけて症状が緩和していくのを待つより他に術はない。
:おうどうした、寂しくなったか?
:山田だったらさっきまでいただろ
:いたらいたで文句言うくせに、いなくなったらこの言い草だよ
:今日は俺たちで我慢しとけ
:七瀬ってなんだかんだ寂しがりだよな
:この配信だって、俺らに会いたくてつけたんだろ? お?
「うっさいな。暇なんだよ」
さっきまで来ていた山田は、もういない。
呼んでもないのに押しかけて、相変わらずぎゃあぎゃあと騒いでいたから、さっさと帰れと追い返した。
いたらいたでうるさいが、いないと逆に静か過ぎる。こうしてわざわざ配信をしているのは、そういった理由がないわけではない。
そんなこんなでリスナーと雑談をしていると、病室のドアがノックされた。
「どうした? 忘れ物した?」
山田が戻ってきたのかと声を掛ける。
扉を開けて入ってきたのは、見覚えのない女性だった。
「え、っと……?」
ベレー帽にサングラス。編み込んだ髪を帽子の中に隠して、極めつけには大きなマスク。
不審者だ。顔を隠した不審者が、私の病室にあらわれた。
「……病室、間違えてません?」
「あってますよ」
聞き覚えのある声だった。
彼女は遠慮なく病室に入って、後ろ手に扉を閉める。それから、ベッドの前でふよふよと浮くドローンカメラを認めた。
「もしかして、配信中ですか?」
「え、あ、うん」
「……ま、いっか」
彼女はドローンカメラに近づいて、サングラスとマスクを外す。
見惚れるほどに完璧な笑みを作ってから、ドローンカメラを覗き込んで手を振った。
「どーも。あおひーですよー」
:蒼灯さん!?
:配信外蒼灯さんだ
:出たな七瀬の敵
:やべえぞ光の者だ! 逃げろ七瀬!
:白石さんを返せー! この泥棒猫ー!
「おいバカっ……!」
余計なことを言い出すリスナーたちに、焦ってスマホを取り落とす。
ベッドに落ちる私のスマホ。そこに流れるカスどものコメント群。そして、それを見る蒼灯さん。
「……ふむ。泥棒猫ですか」
「あ、あの。これは、えっと……」
どう弁解するべきか迷っていると、蒼灯さんは茶目っ気のある笑みでポーズを取った。
「にゃん」
:ぐわああああああああああ!!!!
:なんだこの破壊力は……っ!?
:バカな……! 俺たちの闇が、浄化されていく……!?
:蒼灯さん、顔面があまりにも“光”すぎるんよ
:やめてくれ……俺たちにこの光は眩しすぎる……
……なんか、リスナーたち、勝手に苦しんでいた。
なんだこいつら。なんで勝手に闇の住民になってんだよ。なんでうちのリスナーって、こんなんばっかりなんだよ。
「ご無沙汰してます。お元気ですか、七瀬さん」
「ちょうど今、元気なくなったかも……」
「愉快なリスナーさんですね」
「マジごめんなさい。後でよく言っとくから」
「お気になさらず」
そう言って、蒼灯さんはくすくすと笑う。本当に気にしていなさそうだった。
……やっぱりこの人、ちょっと苦手かもしれない。どうやっても勝てる気がしないから。
「これ、お見舞いのフルーツです。切ってあるので、後で食べてください」
「あ、うん。ありがとう」
そう言って、蒼灯さんは手土産のタッパーを病室の冷蔵庫にしまう。
そうだよな、見舞いってのは本来こういうもんだよな。突然頼んでもない私物やら着替えやらを持ってくるのは、なんかちょっと違うよな。
山田が置いていったボストンバックを見ながら、そんなことをふと思った。
「お見舞い、きてくれたんだ」
「はい。さっきまで白石さんもいたんですけどね。難しそうな救助依頼が来たからって、迷宮行っちゃいました」
「あー、そっか……」
:うわー惜しい
:悲報七瀬、今回も白石さんと邂逅できず
:え、もしかして七瀬ってまだ白石さんと会えてないの!?
:そうだよ
:こいつすぐ日和るから
:ヘタレすぎる……
うるさいな……。しょうがないじゃん、会えないもんは会えないんだから。
これでも会う機会を探っているのだけど、いまだに白石さんとは顔を合わせられていない。もしかしたら私は、そういう星のもとに生まれたのかもしれない。
「救助か……」
だけどまあ、二日前にあれだけ大暴れしておいて、もう次の救助か。
それはまた、あの人らしいというかなんというか。
……私も、負けてられないな。
「七瀬さんは休んでくださいねー」
「あ、え?」
「うずうずしてましたよ。顔」
:救助依頼って聞いた瞬間これだよ
:救命士スイッチ入ってたぞ、七瀬
:迷宮救命士って奴らはこれだから
:命救うために命燃やすな
蒼灯さんに諌められて、自然と体に入っていた力を抜く。
……そうだ。今は休むのが私の仕事だ。どのみち魔力中毒が抜けるまで、迷宮にいってもできることはなにもない。
「仕事熱心なのもいいですけど。あんまり無理して、周り心配させたらダメですよ」
「うん……。わかってる。ちゃんと休むって」
「まあ、あなたの場合は、まだ大丈夫だと思いますが」
:あーね
:七瀬には山田がいるからまだマシかも
:蒼灯さんの方は大変やろなぁ……
:蒼灯さん今回相当頑張ってたよね
:あそこまでやらないと届かないんだもんなぁ
「……?」
リスナーたちが何の話をしているのか、いまいちピンとこなかった。
一方、私のスマホをちらっと見た蒼灯さんは苦笑を浮かべる。
「まったく。大変なんですから」
「えっと……。何が?」
「余計なお世話を焼くのが、です」
たぶんそれは、白石さんのことだ。
蒼灯さんが今回の救助にかけていた想い。それを正しく理解できている自信は、正直ない。
だけどそれは、蒼灯さんにとって絶対に譲れない大切なものだったってことはわかる。
それを余計なお世話なんて言葉に押し込めてしまうのが、ちょっとだけ寂しくも思えた。
「えっとさ。蒼灯さんは、その。大丈夫だった?」
「ええ、まあ。見ての通りぴんぴんしていますが」
「そうじゃなくて……。その」
今回の救助はおおむね大団円で終わったけれど、少しだけ面倒な後日談がある。
というのも、遺跡がまるっと吹っ飛んだせいで、せっかくの調査計画がパーになってしまったのだ。
あそこに眠っていたであろう貴重な発見が軒並みふっとばされて、調査の準備を進めていた人たちはいい顔しなかった。いくら人命救助という大義名分があったとは言え、文句の一つくらいは言いたくなるのが人間だろう。
「リスナーから聞いた。今回の件、ちょっと燃えたらしいじゃん。迷惑かけちゃったなって」
「ああ、そのことですか」
その火を消したのが、蒼灯さんだ。
一人回復が早かった蒼灯さんは、私と白石さんが倒れている間に配信をつけて、リスナーたちへの説明と関係者への謝意をきっちり述べ、火が大きくなる前にこの件を収めていた。
電光石火にして完璧な対応。その判断の早さと正確さには、同じ配信者として舌を巻く。
「……ごめん、蒼灯さん。この件は、うちで対応するべきだったと思う」
彼女のおかげで何事もなく収まったとは言え、それでも蒼灯さんの立場はあくまで外部の協力者だ。彼女に火消しまでやってもらうのは筋が違う。
この件について、私は借りができたと思っていた。
「なーに言ってんですか、そんなこと。私だって当事者なんですから、説明責任くらいあるでしょうに」
「でも、その。率先してやってもらっちゃったわけだし」
「それはまあ。時間が経つと、ごめんなさいって言いづらくなりますからね」
「だけど……」
「七瀬さん」
蒼灯さんは柔らかく笑って。
「適材適所。私たち、仲間じゃないですか」
:つよい
:目に焼き付けろ、これが光だ
:そこで笑顔はズルじゃん……
:さよなら七瀬……今まで楽しかったよ……
:やべえぞ、一人浄化された!
:戻ってこい! 中学の頃の痛かった日々とか思い出せ!
……やっぱり、この人は苦手だ。勝てる気がしない。
顔もよければ性格もいい。一体、何を食べたらこんな生き物が生まれてくるのだろう。
「蒼灯さん」
私のような面倒くさい女からすれば、彼女はあまりにも違いすぎる。
正直、本当に仲良くできるのか、今でも自信がない。
だけど……。仲良くしようとすることなら、できるから。
「ありがとう」
「はい、どういたしまして」
だから、ここから始めよう。
たぶんこれが、コミュニケーションの一歩目だから。