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Rock'n' Roll

 #29-EX やりたいことがある(蒼灯すず)


「――そういう経緯で、白石くんは天使と交戦を開始した。今はそういう状況だ」

「了解、です」


 真堂からの通信に短く返事をする。それ以上の言葉を返す余裕は、蒼灯すずにはなかった。

 息を切らして遺跡の中をひた走る。一分一秒でも早く、白石楓のもとに追いつくために。

 状況はすでに動いた。彼女が剣を抜いたなら、きっと数分後には決着がつくだろう。

 あの人の助けになるなら、今しかない。

 たとえそれが、エゴだとしても。


「……それで、君たちも行くんだな」

「行きますよ、当然」


 答えたのは蒼灯ではない。この通信に入っている七瀬杏だ。


「真堂さん。私たち、そう簡単には止まれないです」

「まったく……。現場の士気が高すぎるのも考えものだな」

「じゃあ逆に聞きますけど。真堂さんとしては、救助は中断したほうがいいって思ってるんですか?」


 七瀬が聞き返すと、真堂は少し沈黙した。


「危険性は非常に高い。計測不能な超高温の中、激しく抵抗する要救助者を助け出すなど、何が起きてもおかしくない」

「それはそうですけども」

「だがな。不測の事態なんて今に始まったことじゃない。想定外など想定の内だ」


 真堂は続ける。


「難しい状況ではあるが、ここには白石くんと君たちがいる。救出作戦の遂行は十分に実現可能な戦力だ。無論、多大なリスクは伴うが」

「めちゃくちゃ回りくどいですね……。つまり、どういうことですか?」

「少しでも不安があるなら下がれ、というのが俺の判断だ」

「じゃあ、自信があれば続けていいってことですね」


 七瀬と真堂の言葉を聞いて、蒼灯はふと立ち止まる。

 息を整えながら、意識をインカムに集中させた。


「おい、すず。どうした?」

「……戦力」


 顔を覗き込むルリリスを無視して、蒼灯はインカムに問う。


「私たちは、戦力、なんですか?」

「何を言っている。当たり前だろう」


 真堂は当然に答えた。


「日療の救助協力者の中にも四層探索者はいる。それでも君たちを頼ったのは、白石くんを止めるためだ」

「……え、っと」

「白石くんはきっと今回も無茶をする。その時彼女を止められるのは、君しかいない」


 その言葉に、蒼灯の心臓がどくんと波打った。

 エゴが燃える。意味を為して、炎に変わる。

 灼熱よりも熱いものが、体中を流れ出す。


「あの人が、無茶をすること、想定してたんですか?」

「当然だ。そのパターンは前にもあった。想定しない理由がない」


 いつもと変わらぬ口調で、真堂は続ける。


「ここから先、俺にできることはほとんどない。だからこれが最後の指令になる。蒼灯くん、白石くんの側にいてほしい。七瀬くん、ルリリスくん、井口くん。蒼灯くんを支えてやってくれ」


 それを聞いた瞬間、蒼灯の中で何かが弾けた。

 白石楓を一人にしたくないという、独りよがりのエゴイスティック。

 だけどそれは、案外エゴじゃなかったのかもしれない。


「了解、です!」


 短く答えて、再び走り出す。これまでよりも力強い足取りで。


「おい、蒼灯くん。さっきも言ったが、もし不安があれば――」

「大丈夫です。不安、ないので!」


 そんなものは消え去った。高鳴る心臓を止めるものは、もう何もない。


「なー、あいつさっきからなんなんだ? 急に立ち止まったり走ったりして」

「若いっていいよなぁ……」


 ルリリスは疑問符を浮かべ、井口は遠い目をする。それから、一人で突っ走っていった蒼灯の後を追った。

 その映像を見ていた七瀬は、呆れ混じりに通信を飛ばす。


「あのですね、真堂さん。そういうこと言うから余計に士気が上がるんですよ」

「む……」

「すみません、私もやる気出ちゃいました。もし本気でヤバそうだったらめちゃくちゃでかい声出してください。止まろうと努力はしてみます」

「感情的なのか理性的なのか、どっちなんだ君は」

「ひねくれ毒舌ツンデレ自虐屋生きるの下手くそ根は真面目、ですけど」


 それ自分で言いますー? と、隣で見ている山田が口を挟む。あっちいけと、七瀬はひらひら手を振った。


「……仕方ない。七瀬くん、耳を貸せ。いざという時のため、君に伝えておきたいことがある」

「え、なんですか」


 真堂と七瀬が話し始める一方で、蒼灯たち三人は遺跡を突っ走っていた。

 進路は極めて快適だった。魔物も罠も、嵐に遭ったように何もかも根こそぎにされている。ほんの数分前に、この道を白石楓が通ったからだ。

 障害なんてものはないに等しいが、それでも中心部までは距離がある。移動系魔法をもたない彼女たちの足では、到達まで十分はかかるだろう。


「おい蒼灯!」


 井口は立ち止まり、先行する蒼灯を呼び止める。

 そして拳を腰だめに構えて、


「ひゃぁんっ!」


 乙女ボイスを喉から発し、全力で床を打ち下ろした。

 爆撃音めいた轟音と、床をたわませる凄まじい衝撃。土煙がばっと舞い上がり、床に大きな穴が開く。


「え、ちょっと、井口?」

「ショートカットだ。行くぞ!」

「遺跡壊しちゃっていいんですかー!?」

「人命救助だ、文句言うな!」


 穴から飛び降りた井口は、迷わず下の階の床にも拳を叩きつける。

 二回、三回、四回と。続けざまに床を砕いて穴を作る。一連の破壊行為に、一切のためらいはない。


「ちょっと井口! 音出しすぎです! 魔物、すんごく来てるんですけど!」

「……ふむ。困ったな」

「困ったな、じゃねーですけど!」


 遺跡最下層まで一直線で辿り着いたが、それには代償が伴った。

 轟音と振動を察知して、遺跡中の魔物たちが押し寄せてくる。通ってきた穴を見上げれば、無数の赤い瞳がこちらを覗き込んでいた。


「塞ぐよ!」


 七瀬は遠隔で魔法を放つ。

 地脈活性・晶壁。大きなクリスタルを生成する魔法で、頭上の大穴を塞ぎ止めた。

 しかし、穴を塞いだクリスタルは、魔物の一撃で軽々と突き崩される。


「……うわ、マジ?」


 引き笑いを浮かべて、七瀬は呟く。

 クリスタルを突き破ったのは大猿の魔物だ。丸太ほどの剛腕には、はちきれんばかりの筋肉と太い血管が浮いていた。

 その魔物が、二頭、三頭。次々に穴を通ってあらわれる。

 決して倒せない相手ではないが、今の蒼灯たちに相手している時間はない。


「ったく。しゃーねえなぁ」


 ルリリスは手を掲げ、パチンと指を弾く。

 そして、空間に筋が生まれた。

 空中に描かれるいくつもの直線。それを断面として空間にズレが生じ、魔物の手足が、空間もろともバツンと断ち切られた。

 次元断層。空間ごと対象を断ち切る、極めて高度な攻撃用の次元魔法だ。

 血を吹き出しながら絶叫と雄叫びを上げる魔物たちに、ルリリスは次の呪文を編み始める。


「おいすず。お前さ、さっさと行けよ」

「え、ちょっと。ルリリス?」

「行けって、時間ねえんだろ。こっちはあたしがなんとかしといてやる」


 それを聞いた井口は、少し渋い顔をした。


「ルリリスお前、あれか。まさか、あれをやる気か」

「あ? あれって何だ?」

「今どきあんなコッテコテのことやるやつ、そうそういないぞ。天然記念物だぞ」

「何のこと言ってっかわかんねーけど」


 委細構わずとルリリスは不敵に笑う。

 そして彼女は、自信満々に魔法を放った。


「ここは任せて、先に行け!」


:やりやがったああああああああああああ

:ド古典だあああああああああああああ

:教科書に乗る気か?

:ツンデレムーブ全部やるじゃん

:実はこいつ相当人間文化に詳しいだろ


 案の定に湧き出すコメント欄に、井口は苦笑を漏らす。

 状況が急変してから、忙しくてリスナーにはなかなか構っていられなかったが。まあ、いつだって彼らはこんな調子だ。


「まあ、いいさ」


 井口は大猿の拳を受け止める。

 大猿の巨大な筋肉を、魔力で強化した剛腕でねじ伏せる。掴んだ拳をぐいっとひねると、大猿はその場にどうと倒れた。

 倒れ伏した頭を踏み潰すと、トマトのように脳漿が弾ける。


「行け、蒼灯。こっちは我々が預かった」

「……頼みます!」


 白石のもとへと走り出す蒼灯。それを見送って、井口とルリリスは魔物の群れに相対する。


「さて、どうするか……」


 井口は呟く。この場合、問題になるのは魔物よりも気温だ。

 肌を焼く超高温の中、氷霜降(ひょうそうこう)の支援なしに活動は難しい。いくら探索者の体でも、そう長くは耐えられない。


「おい桃子、お前も行っていいぞ」

「馬鹿を言え」


 そして、ルリリスを一人にするという選択肢もない。

 彼女は魔法職だ。満足に戦うには、井口が前衛を張る必要がある。


「賭けをしよう、ルリリス。先にダウンした方が負けだ」

「いいぜ。何賭ける?」

「蒼灯の乳」

「乗った」


 開かれた大穴からは、次々と新手が降ってきていた。

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― 新着の感想 ―
君にしか頼めない、なんて言われたら。ましてや自分の願いと合致するなら。テンション爆上がりでイケイケドンドン間違いないだろう 足止めを頼まれたら「全部殺しちまっていいんだろ?」
蒼灯の乳は魔物をも魅了することが証明されました
> 「賭けをしよう、ルリリス。先にダウンした方が負けだ」 > 「いいぜ。何賭ける?」 > 「蒼灯の乳」 > 「乗った」 ええと、お嬢があおひーのおっぱいをゲットするフラグが立ったです?
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