炎と翼と死と刃
立ちはだかるものすべてを、無心になって切り刻む。
魔物を斬り捨て、罠を断ち切る。中心部にある隔壁を目指して、まっすぐにひた走る。
迷う時間はない。今こうしている間にも、天使は太陽に血を捧げようとしている。
「白石くん。走りながらでいい、聞け」
真堂さんが言う。
「天使は自らの意思で生贄になりに来た。我々には彼女の事情を推測することしかできないが、きっとその行動は、天使にとっての揺るぎない正義だ」
言葉は通じないけれど、あの子にはあの子の意思があった。
泣いていたこともあった。悲しんでいたこともあった。それでも彼女は、自分の足で進み続けた。
「天使を救おうとすれば、彼女の正義と衝突する。ともすれば、彼女が命がけで守ろうとした何かを傷つけてしまうかもしれない」
天使には大切なものがある。守りたいものがある。
それはきっと、彼女自身の命よりも。
「だから、白石くん」
「真堂さん」
救うことは難しい。
なにかを救えば、なにかが救われない。いつだって守りたいものすべてを守れるわけじゃない。
それでも。
「天使と、話してみたく、ないですか」
そんなものは、諦める理由にはならないのだ。
「あの子が、大事にしてたもの。あの子が、そこまでして、守ろうとしたもの。私はそれを、聞いてみたい」
コミュニケーションは苦手だけど、それでも天使と話したい。
言葉を交わしたい。名前を呼びたい。何を抱えているのか、聞かせてほしい。
私はあの子と、友だちになりたいから。
「だから、全部、救います」
それが難しい道のりだってことは、わかってる。
きっと、一つでも取りこぼせばあの子とは友だちになれない。最高の明日ってやつは描けない。
それでも私は、どうしようもないくらいに、諦めるってことが嫌いだった。
ほどなくして、天使と別れた遺跡中心部にたどり着く。
隔壁の前に人気はない。代わりに、扉の前に見慣れない文章が一つ増えていた。
刻み込まれたばかりの、真新しい文字。
きっとそれは、あの子の。
「……っ!」
それを見たとき、なんだか無性に腹が立って。
「ぶっとべ!」
思い切り扉を蹴破った。
分厚い金属製の扉が、くの字に曲がって吹っ飛ぶ。がらん、と重々しく転がって、それはがらくたに変わった。
隔壁の内部から、凄まじい灼熱が溢れ出す。
摂氏三百度。いや、四百か五百か、あるいはもっとか。あまりの高温に、ドローンの温度計は精確な数値を算出できない。
それがどうした。
私の血は、もっと熱いぞ。
隔壁の中は、ドームのようになっていた。
大きな薬のカプセルを半分に割って、縦に置いたような形状だ。私がいる下層は平らだが、上を見上げれば果てしなく空間が広がっている。
ドームの頂上近くには、円形の装置が浮いていた。
二枚の回転するリングに囲まれた、赤く輝く巨大な球体だ。リングには幾何学的な模様が刻まれていて、球体の表面は炎のように揺らめいている。時折装置から溢れ出す業火がドーム内部に降り注ぎ、頑丈な隔壁を焼いていた。
あれが、太陽機械か。
「……******?」
天使はまだ、ドームの下層にいた。
跪いて祈っていた彼女は、ゆっくりと立ち上がって私に振り向く。
彼女の側には亡骸があった。
たくさんの、亡骸があった。
数にして十か二十か。羽根を失った翼人の亡骸だ。からからに干からびて、ミイラになってしまっている。
「****。*******。*******……!」
天使は早口にまくしたてて、翼と二本の指で出口を指差す。
「天使。一緒に、帰ろう」
呼びかけると、天使はもう一度、翼と指で出口を示した。
言葉ではダメだ。そんなやり方じゃ伝わらない。
だから私は、彼女に近づこうとして。
「*****!」
天使の返事は、剣だった。
銀の剣がすらりと抜かれる。それを横薙ぎに振るって、彼女は私を拒絶する。
その剣筋に殺意はない。
下がらせるための、ただそれだけの一撃だった。
「****! ******! *********!」
激情をあらわにして、白翼の少女は私に剣を向ける。
やはり殺気は感じない。これは、ただの威嚇だ。
「……優しいね」
彼女の意思は明白だ。リスナーに翻訳してもらうまでもない。
ここは危ない、早く出ていけ。天使はそう言っていた。
「だから」
私は彼女を死なせたくない。
そのためにできることは、一つしかなかった。
「力づくでも、連れ戻す」
剣を抜く。殺意を伴わない刃を、天使に向ける。
灼熱の太陽の下、殺意はなく、されど意思だけはどこまでも苛烈に。
私たちは刃を向けあった。