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七瀬杏の憂鬱

 #29-EX なにしてんすか白石さん【七瀬杏】


「――わかった、気をつけて。それじゃ」


 そう言って、マイクをオフにする。

 通信が途切れると緊張の糸も緩まる。パイプ椅子の背もたれにもたれかかり、ふうと一息吐きだした。


 ここは迷宮四層、古代遺跡調査キャンプ。その片隅にある日療のテントだ。

 長机の上にあるのは軍用のラップトップとタブレット。ラップトップには蒼灯さんの、タブレットには白石さんの配信画面がそれぞれ映っている。


「おつかれななちー。なんの話してたの?」


 花のような少女がラップトップの画面を覗き込む。花岸さんだ。

 彼女は私と同じ三層探索者で、暇だからと清水さんと一緒に私の護衛を買ってくれていた。


「ただの業務連絡だよ。白石さんから罠と毒についての情報が上がってきたから、蒼灯さんに共有してただけ」


 白石さんが配信上で報告していた、罠に仕掛けられていた液体。あれを解析したところ、やはり毒であることがわかった。

 サソリの尾に含まれている神経性の麻痺毒だ。それ自体は既知のものであり、解毒剤だって作られている。知ってさえいれば対処は難しくない。


「だけってわりには、疲れてない?」


 花岸さんは今度は私を覗き込んだ。

 よくわかるな。まだ仲良くなって数日なのに、こういう機微には聡いらしい。


「……なんかさ、蒼灯さんと話すのって緊張するじゃん」

「え、なんで?」

「いやだって……。人気者だし」


 私としてはポピュラーな感覚のつもりだったけれど、花岸さんの頭には疑問符が浮いていた。


「林檎はわかりますよ、その気持ち」


 その一方、我が残念な盟友である山田には伝わっていた。


「あの人の視聴者数やばいじゃないっすか。一万二万は普通にあるし、今日なんか三万五千っすよ。視界に映っただけでも炎上するんじゃないかと、林檎はもう不安で不安で……」

「そんくらいで炎上してたまるか」

「くれぐれも気をつけてくださいね、七瀬さん。もし機嫌を損ねようものなら、私ら全員皆殺しっすよ」

「お前蒼灯さんのことなんだと思ってんだ」


 どこまで本気で言ってるんだろう。

 なんというか、山田って、こういうところだと思うんだ。


「蒼灯さんいい人だよ。普通にしてたら変なことにならないって」


 蒼灯さんはいい人だ。誰からも愛されるような、と言ってしまってもいいくらいに。

 もしかすると、あの人の敵になるほうが難しいのかもしれない。どんな相手とでも仲良くなる方法を見つけてしまうような、不思議な魅力を持った人だった。

 ……まあ私は、そんないい人に苦手意識があるわけなんだけど。


「じゃ、なんで苦手なんです?」

「……人間的に勝てる気がしないから」

「へ? 人間的?」


 話す前に、自分の配信に蓋してあることをもう一度確かめる。

 このテント内は配信禁止だ。真堂さんを交えて対策会議をすることもあるから、会話を配信に載せないようにお願いしていた。


「性格いいし、人当たりもいいし、顔なんて超かわいいし。人間として出来過ぎてて、勝てる要素が一つもない」

「へー。それじゃあ、林檎のことはどう思います?」

「……お前はまあ、がんばってるよ」

「がんばってる!? がんばってるってなんですか!?」


 山田の訴えは黙殺した。まあ、顔はいいと思うよ。顔は。


「七瀬ちゃんは、蒼灯さんに嫉妬してるの?」


 そう聞くのは清水さんだ。

 おっとりとした人だけど、これで四層探索者だ。巨大な斧を豪快に振り回して、四層の探索許可がない私たちをこのキャンプまで護衛してくれたお方である。


「まさか、あの人に嫉妬なんて」


 嫉妬という感情は、憧れの親戚だ。

 ああなりたいとか、羨ましいとか。そんな感情がどろどろに腐って、生まれ落ちるのが嫉妬なんだろう。

 その点私は、蒼灯さんのようになりたいわけじゃない。私の憧れは別にある。


「嫌いじゃないよ。ただ苦手なだけ。私とは、あまりにも違いすぎるから」


 地味で目立たない生き方だけど、こんな自分も今ではそれなりに気に入っている。

 ただ、私と蒼灯さんとは違いすぎる。

 価値観が違う。信じるものが違う。目指しているものも、たぶん違う。

 そんな人と仲良くできる気がしない。それだけの話だった。


「そっか。七瀬ちゃんは、自分のことを蒼灯さんと正反対だって思ってるんだね」

「そうだね。そう思ってる」


 まあ、向こうがどう思ってるかは知らないけれど。

 こんなことを考えているのは私くらいで、案外向こうは気にもとめていないのかもしれない。

 ……というか、多分そう。だから平気で接してくるんだと思う。


「でもね、正反対だって仲良くなれると思うよ。ね、花ちゃん」

「へ、私?」


 清水さんが声をかけると、花岸さんが彼女に近寄った。


「なんだよしーちゃん。それはどういう意味なのだよ」

「私ね、よく思うの。花ちゃんのこと、意味わかんないなって」

「しーちゃん!?」


 おお……。

 清水さん、こんな遠慮のないこと言うんだなぁ……。


「この子すごいんだよ。後先考えないし、急に人に話しかけるし、魔物にはとりあえず突っ込むし。いつも意味わかんないなって思ってる」

「え、え、しーちゃん!? もしかして私のこと嫌い!?」

「ううん。花ちゃんといると、退屈しないから」

「し、しーちゃん……!」


 感極まった花岸さんは、清水さんに抱きついていた。

 元気な花岸さんと、おっとりとした清水さん。なんとなく清水さんが振り回されているイメージがあったけど、それだけってわけでもないらしい。


「だからね、七瀬ちゃん。わかんなくたっていいんだよ。それでも相手のことを認められるなら、きっと仲良くなれると思う。ね、花ちゃん?」

「花ちゃんはしーちゃんのこと、もっと知りたいなって思ってるよ?」

「私はいいかな。花ちゃんを理解すると、脳が壊れる」

「し、しーちゃん……」


 花岸さん、ちょっと悲しそうにしていた。そんな彼女を、清水さんはにこにこと微笑みながらあやしている。

 ……いやまあ、たしかに花岸さんを理解するのは大変そうなんだけど。清水さんは清水さんで、なかなか特殊な思考回路をしているような……。


「……まあ、そうなのかもね」


 だけど、清水さんの言ってることにも一理ある。

 私は蒼灯さんに苦手意識があるけれど、それでも付き合い方ってやつはあるのかもしれない。

 それに向こうは、天下無敵の蒼灯すずだ。あの白石さんと友好関係を結んでみせた上に、ルリリス・ノワールという正真正銘の人外とも仲が良い、脅威のコミュ力の持ち主である。

 私なんて、あの二人に比べればよっぽど簡単だろう。


「次話す時は、もうちょっと愛想よくするかぁ……」

「え、ななちー。蒼灯さんと距離取ってたの?」

「めっちゃ事務的に喋ってたつもりだったけど」

「普段とそんなに変わらなかったよ?」

「……マジ?」


 あれ、もしかして私って、普段からあんな感じなのか……?

 いやいや、いやいやいや。救助協力者のみんなと話す時は、できるだけ話しやすい人でいられるように意識してる……はず。

 え、実際どうなんだろう。私って人からどう思われてるんだろう。なんか自信なくなってきた……。


「花岸さん花岸さん。この人、自分では愛想よくできてるつもりなんで、あんま言わないでやってください」

「お前が一番言ってんだよ」


 余計なことを言う山田にツッコミを入れ、短く嘆息する。

 ……わかったわかった。蒼灯さんに限らず、もうちょっと愛想よくしてみるから。できるかどうかは知らんけど。


「本当に仲良くなれるのかなぁ。あんないかにも主役みたいな人と、裏方の私がさ」


 それでも不安はあるもので、そんなことをぼやいてみる。


「それは違いますよ」


 すると山田が口を挟んだ。


「七瀬さん、あなただって主役です。それを信じた人がいるってこと、忘れないでください」


 それを言う山田は、やけに誇らしげだったから。


「……だといいな」


 そっぽを向いて、素っ気なく答えた。

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― 新着の感想 ―
アカンどれだけ山田の好感度上がる話が増えても「でもコイツいらん事しすぎて七瀬の腕なくなる原因だしな……」って思ってしまう
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