表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/128

はじめまして、こんにちは。

 折りたたみの椅子に腰掛けて、ガスバーナーコンロで湯を沸かす。

 マグカップの上にドリップバッグコーヒーを置き、その上からゆっくりとお湯を注ぐ。砕かれた豆が温かく湿って、暗黒色の上品さがふんわりと広がった。

 ちょっと大人な香りを楽しんでから、一口。


「コーヒーってさ」


:うん

:はい

:どうしましたか


「苦いね」


:そうだね

:そこに気がつくとは

:さすがですお嬢

:また一つ世界の謎が解き明かされてしまった

:ミルクと砂糖入れなー?


 そうしよう……。

 試しにと買ってみたけれど、思った以上の苦い味わいに面食らう。コーヒーフレッシュと砂糖を入れたらちょっとはマシになったが、あんまり好きな味ではなかった。

 残りは今度、カレーに入れようかな。いつかの時、真堂さんがそうしたら美味しいって言ってたし。


 それで。この少女は一体なんなのだろう。

 魔物の死骸が魔石化して、元の美しさを取り戻した神殿にて。床に敷いた寝袋の上に、例の少女が眠っていた。

 身にまとうのはオフホワイトのドレスワンピース。銀の髪は美しく流れ、顔立ちは彫刻のように美しく整っている。

 そして何より、背中に生えた白く大きな翼。それも相まって、彼女にはまるで天使のような神聖さがあった。


「戻った。今、どういう状況だ」

「あ。えと」


 耳につけたインカムにざざっとノイズが走って、真堂さんの声がした。

 えっと、どうやって説明しようかな。


「なんか……。一人、助けました」

「助けた? そんな場所でか?」

「えと……」


:探索していたら神殿めいた場所についたんです、真堂さん。

:そこに魔物に襲われた少女がいたので、現場判断で救助しました。

:発見当時は極度の興奮状態にあり、お嬢にも剣を向けていましたが、今は落ち着いて眠っています。

:特記事項として、少女は未知の言語を操りました。またご覧の通り、背中には翼があります。

:リスナーで手分けして調べましたが、彼女に関する既知の情報は発見されていません。少なくとも探索者ではないでしょう。

:こちら一連の流れをまとめたクリップ群です。必要でしたらご参照ください。


 リスナーたちの長文コメントがだーっと流れる。ややあって、真堂さんは苦笑交じりに答えた。


「……報告感謝する。相変わらずすごいな、君のところのリスナーは」

「そう、ですか?」


:えへへ

:褒められたぞ俺ら

:やったぁ

:がんばってよかったね

:どうってことねえよ


 頼んだわけじゃないんだけどなぁ……。

 頼まれもせず、見返りも求めず、自分から進んで協力してくれる。そんなリスナーという生き物のことは、今日も今日とてよくわからなかった。


「それで、その少女は何者なんだ。探索者ではないという話だったが」

「わかりません。見たこと、ないです」

「こう言ってはなんだが、魔物という線はないか? ルリリスという前例もあるだろう」


 たしかに今回のケースはルリリスの時とよく似ている。外見上は人間に見えても、ルリリスは確かに魔物だった。

 羽があるこの子も、人間っぽくないと言えばそうなんだけど。


「違うと、思います。この子に、回復魔法、使えたので」


 首をふる。魔物説を明確に否定する根拠が、私にはあった。


「回復魔法って、えと。人間にしか、使えませんから」


:あー、そういやそうだっけ?

:魔物には回復魔法使えないって、ルリリスが言ってたような

:魔力から生まれてきた魔物と、生命力から生まれてきた人間とじゃ、根本的に体の作りが違うとかなんとか

:その辺難しくてよくわかんにゃい


 我ながらつたない説明だったけれど、リスナーたちが補足してくれた。


「そうか……。探索者ではなく、魔物でもない。となると――」


 その時。寝袋に寝そべっていた少女が。もぞもぞと動き出した。

 ゆっくりと体を起こすと、美しい銀の髪がさらりと流れる。大きなあくびを一つ。翼と体をうんと伸ばして、まだ眠そうに目を擦る。

 それから数度のまばたき。ぼんやりとしているのか、とろんとした目をしていた。


「あ。えと」

「…………!?」


 声を掛けると、彼女は一拍遅れてびくんと体を跳ねさせた。


「**!? ****!?」


 やはり聞き慣れない言葉を口走って、翼を持つ少女は大きく飛び退った。

 警戒心をむき出しにしつつ、少女は周囲に素早く目を走らせる。きょろきょろと周りを見渡すその仕草は、何かを探しているようだ。

 えっと……。この状況で、探すものっていうと。


「これ?」


 取り上げていた銀の剣を、彼女に差し出す。

 迷宮で武器がないのは心細いだろう。私だって、寝て起きたらまず真っ先に武器を探す。


「……***?」


 困惑気味に少女はそれを受け取った。

 少女は剣をすらりと抜く。銀色に輝く刀身を確かめてから、不思議そうに私に向けた。


「……?」

「……?」


 急に剣を向けたりして、この子は一体何をしているんだろう。

 切っ先を向けられてはいるけれど、特に殺気は感じない。意図を読み取れず、私は首を傾げる。

 奇遇にも、彼女は彼女で首を傾げていた。


:え、あの、お嬢?

:なんで剣返したの……?

:さっきまで戦ってた相手ですよね?

:斬りかかられたらどうしようとか考えないんですか


 あ、そっか。そういう可能性もあったのか。

 でもまあ、その時は避けたらいいんじゃないかな……?

 相変わらず困惑した顔で少女は剣を鞘に収める。それから不思議な言葉で話し始めた。


「*******。*********、*********。*********?」


 なに言ってんだろうこの子……。

 なにかしら意思伝達を試みているということはわかるけど、なにを言っているかは全然わからない。

 耳慣れない言語が流暢に並べられて、そのすべてが私の耳を右から左へと流れていった。


「あ、あの。その、えっと」

「*******?」

「し、真堂さん……!」


 どうしたらいいかわからなくて、私は真堂さんに助けを求めた。


「……驚いた。迷宮という空間は、本当に未知の世界なのだな」

「いやあの、驚いてないで。どうしたら、いいか、教えてください……!」

「********。************」


 インカムで真堂さんと通信している間も、少女はお構いなしに喋り続けている。

 きっといろいろ気になることがあるのだろう。私だって同じだ。

 問題は、それを伝える手段がないということで。


「異文化交流の基本は模倣だ。郷に入っては郷に従えと言うだろう。仕草を真似して、相手の文化に敬意を払っていることと、相互理解の意思があることを示してみろ」

「え、あ、はい。わかり、ました」


 ま、真似すればいいんだね。わかった。

 相手の仕草を観察してみると、不思議そうに小首を傾げて、少女はゆっくりと翼を動かしていた。

 大きく広げた翼を前後にゆっくり。飛び上がるほどの力はないけれど、ゆるやかに風が生まれている。

 とりあえず、えと。これとか真似してみよっかな……?


:お、お嬢……?

:なんで両手をぱたぱたしてるんですか……?

:そこはほら、真似してるんじゃないかな

:小学生かな?


 腕を広げてぱたぱたとやってみる。ちょうど鳥が羽ばたくように。

 我ながら間抜けな絵面というか、なんというか。

 ……やってみて思ったんだけど。これはちょっと、違ったかもしれない。


「……*****?」


 少女は不思議そうに私の仕草を観察する。

 それから彼女も、両腕を広げてぱたぱたとやりはじめた。


:草

:お前もやるんかい

:小学生が増えたぞ

:なんなんですかねこの儀式


 模倣されてしまった。こんな妙ちきりんな仕草を。

 いやまあ、意図はなんとなくわかるんだけど……。


「なるほど、向こうにも相互理解の意思があるらしい。思っていたのとは少し違うが、一歩前進だ」

「プラス思考、ですね……」

「探求とは前進を積み重ねていくものだからな」


:いいこと言うね真堂さん

:小学生二人が両手をぱたぱたしてるだけなんだよね

:この絵面にそこまでポジティブなこと言えるのは才能だよ

:異種族とのファーストコンタクトがこんなんでいいんですか

:友好関係の構築には成功してるからいいんじゃない……?


 ……まあいいや。とにかく、得られるものがあったなら良しとしよう。

 私はぱたぱたをやめて、カセットコンロの前に引き返す。そして、予備のマグカップにドリップバッグコーヒーを置いて、お湯を注いだ。


「飲む?」


 マグカップを差し出す。温かな湯気を放つそれを、彼女は不思議そうに受け取った。

 私は私で自分のコーヒーを飲む。

 飲み物であること、毒ではないこと。それを示すと、少女は私にならってコーヒーを一口飲んだ。


「****」


 一言呟いて、彼女は顔をしかめる。

 相変わらず耳慣れない音の響きだけど、この言葉だけは意味がわかった。

 たぶん、苦いって言ったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
リスナーが有能すぎる
リスナーとかいうお嬢言語検定1級持ち実質秘書室、 まじで優秀すぎる……
とりあえず小学生2人眺めるのは可愛いけど意思疎通の確保も重要なので、なんらかの手段を持ってそうな有識者ルリリス連れてきて早く
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ