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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
八章 今週の白石さんはおやすみです
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夏の終わりに

「白石さーん?」


:お嬢ー?

:楓ちゃーん?

:白石さーん?


「白石さん、出てきてくださいよー。そろそろ水着も乾いたでしょー?」

「……やだ」


 蒼灯さんに呼ばれても、岩場から出る気はなかった。

 見られた。晒してしまった。あんなはしたない姿を、よりにもよってカメラの前で。

 岩場の影で、体育座りになって縮こまる。

 どうしよう、私、明日からどうやって生きていけばいいんだろう……。


「ただの水着じゃないですか。なにをそんなに恥ずかしがりますかね」

「蒼灯さんには、私の気持ちは、わからないんだ……」

「……そんなことないですよー?」


:ほんとかぁ?

:羞恥心の欠片もない格好してるけど

:今日は蒼灯さんも被害者だったし、ちょっとはわかるのかも

:なんかあったの?

:井口さんがね、ちょっとね

:そういえばあの権利、お嬢のものになったのかな

:いやあ、仕留めてないしノーカンじゃない?


 権利って、なんのことだろう。

 まあ、リスナーたちがよくわからないのもいつものことだ。気にするようなことじゃないか。


「もう、しょうがないですね」


 蒼灯さんの気配が近づいてくる。岩場にやってきた彼女は、私の隣に腰掛けてきた。


「大丈夫です。カメラ、置いてきましたから」

「……ほんと?」

「イベントももうすぐ終わりますし。ここでゆっくりしてましょうか」


 ……そっか。

 ステージでは今、閉会式をやっている。私たちも呼ばれていたけれど、役割としては賑やかしだ。

 蒼灯さんはともかく、私はいてもいなくても変わらないだろう。


:あおひーも行っちゃった

:頼んだあおひー、俺らはここで海を見てるから

:まあ、声は聞こえるんだけどね

:こちらはお嬢とあおひーの会話を聞きながら、海に沈む夕日を眺める配信となっております

:雑にエモいなー


「白石さん。一月ぶりの迷宮はどうでした?」

「あ、うん。えと、楽しかった、よ?」

「そうですか。それは何よりです」


 嘘じゃない。色々あったけど、楽しかった。

 急に水着を着せられたり、十万人以上のリスナーの相手をさせられたり、突発的に強敵と戦ったりもしたけれど、総じて楽しい一日だった。

 最後の最後に服が透けちゃったのは……。その、一旦置いておくとして。


「こういうイベント、また参加したいですね」


 水平線に沈む日を見ながら、蒼灯さんは言う。


「迷宮って、戦うだけの場所ではないと思うんです。だから、こんな風に賑やかなイベントも、時々やれたらいいなって」


 蒼灯さんの言う通りだ。迷宮は、戦うだけがすべてじゃない。

 この場所に渦巻く数多の未知に惹かれたから、探索者になったんだ。けっして、戦いだけを求めて迷宮に来たのではない。


 だけど今日、一番楽しかったのは、大海龍との戦いで。

 魔力核を使った柔軟な戦法を試すのが楽しくて。撫斬首落の突破力で敵を切り崩すのが楽しくて。

 とにかく楽しくて、楽しくて、わくわくが止まらなくて。


「……?」


 ……あれ。私って、あんなに戦いが好きだったっけ?

 前からスリルは好きだったけど、あそこまでじゃなかったような、そんな気がする。

 まあ、いっか。

 たぶん、一月ぶりの迷宮で、テンションが上がってただけだろう。


「おや。白石さん、もしかしてあんまりだったり?」


 考え込んでいると、蒼灯さんは心配そうに私の顔を覗き込む。


「あ、いや、えと。そんなこと、ないよ?」

「ほんとですか? 気、使ってません?」

「ううん、ぜんぜん」


 嘘じゃない。こういうイベント、またやりたいって思っているのは本当だ。


「次も、裏方が、いいな」

「そこで裏方志望しちゃいますか」

「うん。見てるの、好きだから」


:混ざるよりも眺めてたいタイプか

:目線がリスナーなんよね

:おうお嬢、よかったらこっち来るか?


「怪我治して、魔物やっつけて、あとは見てる。そういうの、またやりたい」

「私は、白石さんにも参加してほしいなって思ってますけどねー」

「へ、え? そ、そう?」

「だって、一緒に遊びたいですし」


 それは、その、えと。

 ……楽しそうだなって、思うけど。


「じゃあ、ちょっとだけ」

「お、言いましたね? 言質取りましたよ?」

「うん。一緒に、筋トレとか、しよう」

「……白石さん的には、筋トレって遊びに含まれるんですか?」

「え、ちがうの?」


:ふふ

:お嬢、ご趣味出てますよ

:筋肉フェチがよぉ


「そのストイックさが、強さの秘訣なんですかねー」


 蒼灯さんはちょっと投げやりに言った。


「白石さん。前から聞いてみたかったんですけど、何をどうしたらそんなに強くなったんです?」

「え、え、えと?」

「せっかくですし、四層に行くにあたって、アドバイスとか貰えたらなって」


 なんでって言われてもなぁ……。

 ちょっと考えてみたけれど、特にいい答えは思いつかなかった。


「私はただ、長いだけだよ。迷宮が、好きだったから。だから、ずっと潜ってた。それだけ」

「それだけ? 本当に?」

「うん。それだけ」


 別に、特別なことをした覚えなんてない。

 迷宮が好きで、日常的に潜っていたらこうなった。本当にそれだけだ。


「だから、えと。毎日、潜ったら、いいと思う」

「……毎日?」

「うん、毎日。迷宮に、住むくらい」

「迷宮に住む……?」

「一番、探索頑張ってた時は、そうしてた。寝る時以外は、ずっと迷宮。慣れてきたら、寝るのも迷宮。武器が壊れるまで、一ヶ月くらい、潜ってたことも、あったっけ」

「あの、白石さん。探索者協会が推奨している迷宮探索のペースってご存知ですか?」

「あ、えと。迷宮探索は、三日に一回ってやつ? 変だよね、あれ」

「変なのはあなたです」

「え」


:それはそう

:毎日潜る場所じゃねえんだわ

:迷宮とは本来とても危険な空間であってですね(n回目)

:一日潜ったら数日休むのが普通なんよ

:というか、一日中探索ってのがそもそもおかしい

:普通は半日もやったら限界なんだよね

:毎日毎日戦い続けて、四年も経ったらこうなるか


「ご、ごめん。あんまりいい、アドバイスじゃ、なかった、かも」

「……いえ。とても参考になりました」


 蒼灯さんは座り込んだままうなだれる。少しして、顔を上げた。


「そうですよね。それくらいやんなくちゃ、追いつけないですよね」

「え、と?」

「気にしないでください。こっちの話です」


:やるんか……? 蒼灯さん、まさかやるんか……!?

:やめとけあおひー、人間には限度ってやつがある

:これもう人間卒業試験やろ


 ま、まあ、ちょっと大変かもしれないけれど、その意気込みがあるなら大丈夫。蒼灯さんなら、きっと四層でもやっていけるはずだ。

 ぶっちゃけ、迷宮四層はそこまで難しくない。あそこはまだ、努力次第で行ける場所だから。

 迷宮というものに向き合って、正しく研鑽を積み重ねれば、四層までならたどり着ける。

 そこに才能だとか、特別な何かは求められない。人間をやめる必要もない。

 本当に人をやめなければいけないのは、五層からだ。


「えと、蒼灯さん。行きたいのは、四層、なんだよね?」

「ええ、はい。そうですけど……?」

「そっか。なら、よかった」


 もしも蒼灯さんが五層を目指すんだったら、私は止める。

 五層から先は魔界だ。迷宮という場に魅入られて、人としての大切な何かを外してしまった、人外だけがたどり着ける領域だ。

 人の身で踏み入っていい場所ではない。


「…………」


 熾烈さを増す迷宮の闇は、生き残るための力を果てしなく求める。人としての枠組みを超えられないものに、深層の土を踏む資格はない。

 六層ではない。五層の話だ。

 六層に足を踏み入れるのなら、きっと、人を外れるくらいでは足りないのだろう。


 だから。だから、私は。

 真堂さんの言う、六層魔物への対抗策なんて、絵空事だと思っている。


 組織として六層級の魔物に抗する術を備える。あの人はそう言っていたけれど、そんなものは理想論だ。

 そもそも、前提からして間違っているのだ。対策を練って、準備をすれば、三層や四層の探索者でも、リリスや呪禍をどうにかできると。そんなことを考えているのであれば、それは迷宮というものを舐めすぎだ。

 準備や対策でどうにかなるほど、迷宮の闇は甘くない。六層級の魔物とは生きる災害だ。人の常識で推し量ることが、そもそも間違っている。


 あれに抗う方法は一つだけ。

 人智を超えた理不尽には、人を外れた理不尽をぶつけて、叩き潰すしか道はない。


 その役割は私がやる。一人でいい。手助けはいらない。

 六層の魔物を狩るのは、私のような人外に任せてほしい。

 ただの人間が集まったって、できることなんてないんだから。


「…………」


 それでいいんだ。私はそれでいい。

 命を削って、魂を削って、いつか戦いの中で果てるとしても、それでいい。

 私はもう、それでも守りたいって思ってしまった。


 この感情は隠し通そう。きっと、真堂さんは止めるから。

 嘘も隠し事も、あんまり得意じゃないけれど、これからはそういうことも覚えなくちゃいけないんだろう。


 気づけば陽は沈み、あたりはすっかり暗くなっていた。

 暗闇に包まれた海を見ながら、私はとりとめもないことを考えていた。


(……怒られたかったな)


 怒られたかった。

 できることなら、真堂さんにきちんと怒られたかった。

 善悪を切り分けてほしかった。進むべき道を示してほしかった。

 人としての在り方を、思い出させてほしかった。


 人外として刃を振るう時、私の中から何かが失われる。戦いの場では不要でも、人として生きるには大切な何かが。

 魔力核を得て、新しい武器を手にして、私はたしかに強くなった。だけど、その代わりに支払ったものは、一体なんだったんだろう。

 もう自分では思い出せない大切なもの。失ってしまったそれに、ほんの少しの寂寥感を覚えて。


:わ

:花火だ

:きれー

:たーまやー!


「白石さん。寒くないですか?」


 ビーチから花火が打ち上がる。

 遠くから聞こえる人々の歓声。ぱっと咲いた光の華が、私たちの顔を明るく照らす。

 すべて、私からは遠いものだから。こうやって、人気のない場所で見ているくらいでちょうどいい。


「ううん、平気」


 夏の終わりに、夜空を彩る花火の下で。

 私は、嘘を覚えた。

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― 新着の感想 ―
これもう物語開始の時点で既に種族:英雄になってるやん……
その考えの行き着く先は破滅や。そんなお嬢見たくないなぁ… ガツンと言ってやってほしいわぁルリリスとか。むりかなぁ…
救助メインとはいえ迷宮片腕縛りプレイとかいう割と狂気めなことやってる七瀬とかは腕治ったら5層はいけそう
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