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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
八章 今週の白石さんはおやすみです
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「蒼灯お前、本気でこれに追いつくつもりか?」「言わないでください……」

 #27 さまふぇす


 潮風が心地よかった。

 天気は快晴。輝く太陽を跳ね返し、白波は美しくきらめきを放つ。

 はるかなる水平線の向こうでは、空と海が溶け合って一つのグラデーションを描いていた。


「なんかさ」


 眼前に相対するのは巨大な海竜。

 肌に感じる凄まじい殺気。息を吸えば、大気に漂う濃密な魔力が、胸いっぱいに広がった。


「わくわく、するね」


 ここだ。ここが私の居場所だ。

 魔力と命がほとばしるこの場所が、私が愛した迷宮だ。

 長い休みはようやく終わって、ついに私は迷宮に帰ってきた。そんなことを、今さらながらに感じていた。


:お、おう

:そうかぁ?

:テンション上げてる場合ちゃうぞ

:復帰初日だけど大丈夫か?

:まあ、お嬢なら大丈夫でしょ


 調子はいい。良すぎて弾けてしまいそうだ。

 空気を固めて、空を歩く。こんな高度な魔法制御も今では自然とできてしまう。

 キャンプ場で九重さんに作ってもらったレッグホルスターもあるけれど、それに加えて、今の私には魔力核がある。

 これを取り込んでから、これまで以上に魔力が身近になった。今の私なら、呼吸一つ、演算一つで、手足のように魔法を操れる。


「それじゃ」


 剣を抜く。戦意を研ぐ。

 姿勢を低く。風の足場に、沈み込むように。


「いきます」


 爆ぜた。

 音速の壁を突き破る甲高い音。それが、開戦の合図だった。


:さあ始まったようですが

:うおおおおおおおお……おお?

:相変わらず速すぎて何も見えねーんだわ

:もうね、突っ込むのも野暮だよね

:今日はいつもより飛ばしてんなー

:一ヶ月ぶりだし、そりゃ気合も入るわな

:速すぎてなんの参考にもならない……


 まずは慣らしだ。様子見に風断ち――風刃を形成して射出する、遠隔攻撃風魔法――を浴びせて、大海龍の外殻強度を測ろうとする。

 しかし私が放った風刃は、空中に展開された六角形の盾に弾き落とされた。


「む」


 今のは、結界魔法だろうか。

 あの魔物、防御用の魔法なんて使ってくるのか。それはちょっと面倒くさいぞ。

 続けざまに大海龍が動く。やつは空中にいくつもの魔法陣を並べて、圧縮した水流のレーザーをいくつも撃ち込んできた。


:派手な攻撃するなー、こいつ

:水流の魔法を多重展開して、広範囲に即死級の大火力を撒き散らしてくるタイプの魔物だよ

:魔物っていうか化け物じゃん

:世が世なら神話に語り継がれてそう

:大海龍って普通はどうやって倒すの?

:普通は倒せないんよ

:生身でこんな化け物勝てるわけねえだろ


 空を滑って、圧縮水流をかいくぐりながら思考を回す。

 あの巨体だが、物理攻撃をしかけてくる素振りはない。見かけによらず魔法型か。まあ、海上で自由に動き回るのは難しいだけなのかもしれないが。

 しかし、操る魔法は一級品。おそらくは、かするだけでも即死級だ。存在のスケールってやつが、人間と根本的に違っていた。


:交戦記録は?

:遭遇記録ならたくさんあるけど、本格的にやりあったケースはそんなにないかも

:小型の海竜種なら討伐記録もあるけど、これだけのサイズとなるとちょっとな……

:昔討伐に参加したことあるけど、水深の浅い海に誘導して、雷撃魔法を浴びせて動きを封じつつ、地上からの火力投射で少しずつ削るのが有効だったよ

:珍しい、有識者だ

:野生のプロだ! 野生のプロがあらわれたぞ!

:あの、戦場は深い海で、雷撃魔法は使えなくて、地上からの火力支援も期待できない状況ならどうしたらいいですか?

:ごめん、俺なら逃げる

:ですよねー


 たしかに難しい相手だ。気軽に放たれる即死級の火力ってやつは、まともに攻略するなら凄まじい障害になるだろう。

 その点私は幸運だった。私には、どんな攻撃でも無力化する手段があるから。

 何のことはない。全部、避ければいいだけだ。


 縦横無尽に放たれる圧縮水流をすり抜けながら、魔力核で魔法を演算する。

 術式に魔力を通すと、十八枚の風刃が空中にあらわれた。

 数は多いが、一つ一つのサイズは小さい。実のところ、攻撃力もそんなにない。

 魔力を節約しつつ、手数を重視した風断ちのアレンジだ。


「……っ」


 水流を避けつつ、返す刀で十八の風刃を撃ち返す。

 しかし、大海龍を取り囲むように放った風刃は、そのすべてが結界魔法に阻まれた。


:これも弾くのか

:だめっぽい

:守りが固い……

:アホみたいな火力に加えて防御魔法まで使ってくんのかよ

:泳ぐ要塞じゃんこんなの

:有識者先輩、あの結界ってどうするの?

:俺の時は魔力切れまで撃ち続けた

:ゴリ押しじゃねーか!

:遠距離攻撃ってコスト高いんでしょ? 倒しても赤字じゃない?

:そうだよゲロ赤字だったよ二度とやりたくない

:草


 そう悲観することはない。活路なら見えた。

 やつの結界は、巨体を覆い尽くすように展開されるわけではない。風刃一枚一枚を撃ち落とすように、ピンポイントで配置している。

 そんなことをしているのは、おそらく魔力節約のためだろう。

 大海龍は攻守共に魔法に頼った戦い方をしている。それゆえに、飛ばしすぎるとガス欠に陥るのかもしれない。


 だったら、それを狙ってみよう。

 魔力を編んで、刃を作る。もっともっと、たくさんの刃を。

 より細かく。より鋭く。針のように研いだ、風の刃を。


:え、ちょ

:うわうわうわうわ

:ちょっと待って白石さん何してんの!?

:え、なにが?

:なんも見えないけど

:これなんて魔法だ?

:目録にこんな魔法なんてねえよ

:ヤバすぎる

:探索者っぽいリスナーたちが急に騒ぎ出したが

:何が起きてるんですかね……


 魔力核を使った魔法なら、即興で自在にアレンジができる。シリンダー魔法にはできないことだ。

 生み出されたのは無色透明な風の針。ただ刺し貫くことだけを目的とした、脆くとも鋭い極小の刃。

 その数、四万八千本。

 少しでも魔力を知る人の目には見えたのかもしれない。潮風にゆれる風の刃が、空を埋め尽くすその様を。


「飛べ」


 生まれたばかりの魔法を解き放つと、無色の針が雨のように吹き荒れた。

 一枚一枚は小さくとも、確かな殺傷力を秘めたそれらが大海龍へと殺到する。この数だ、結界で防ぐにも限度があるだろう。


 ならばと、大海龍はけたたましく吠えた。

 魔力が籠もった咆哮が大気を揺らす。その咆哮を浴びて、風の針はバラバラと弾き飛ばされていった。


「……すごい」


 ただの咆哮ではない。あれは、術式干渉だ。

 強烈な魔力を四方八方に投射して、私の魔法術式を強引に蹴散らしたのだ。

 なるほどたしかに、即席の魔法ってやつは強度に欠ける。直接防ぐのではなく、術式を乱して魔法を破綻させたってことか。

 シリンダー魔法だけで戦っていた頃には、気づきもしなかった防御法。

 面白いな。魔法戦って、こんな手もあるのか。


:あの、お嬢?

:感心してる場合ちゃうぞ

:お嬢! 足元! 足元見て!


「へ?」


 素直に感心していると、体がかくんと傾いた。

 ああ、そっか。今の咆哮で、空気を固めて足場にする魔法も、一緒に吹き飛ばされたんだ。

 そう気づいたときには後の祭り。


「わー」


 足場を失った私の体は、真っ逆さまに海へと落ちていった。


:お嬢ーーーーー!!!

:わー、ではないが

:緊張感ないんだよね

:ほんま大丈夫かあの子

:ちょっとかっこいいところ見せたかと思ったらこれだよ


 そんなわけで海に落ちたわけだが、状況はなかなかよろしくない。

 大海龍は五層クラスの魔物だが、それは海上で戦う時の話。水中で出くわした時の脅威度は、六層の魔物にも匹敵する。

 加えて、水中には空気がない。

 空気がなければ風もない。風がなければ、風魔法は使えない。

 絶体絶命ってやつだった。


:おい中々上がってこないけど

:これやばくない?

:海中で海竜と出会ったら死ぬとは言うが

:有識者先輩、戦闘中に海に落ちたらどうするの?

:対処法は三つ。逃げるか祈るか諦める。

:ほぼ無理ってことじゃねーか!


 水中では私の機動力も半減だ。対して、大海龍は文字通り水を得た魚。

 こんな場所で戦うなんて、さすがにちょっと難しい。

 だけど、私にも有利な要素が一つあった。


:ま、まあ、お嬢ならなんとかすると思うけど……

:大丈夫だよな……?

:水中の様子が見えないのが悔やまれる


 ドローンカメラも水中までは追ってこない。カメラに映っているのは水面だけ。つまり、水中で何をやっても記録には残らないのだ。

 だったら、使っちゃうか、あれ。

 あんまり人に見せちゃいけないタイプの力だけど、誰にも見られてないならいいでしょ。

 どこかで試し斬りはしたいとは思っていたし、ちょうどいいっちゃちょうどいい。


(――おいで)


 首から下げた次元リングに光が灯る。

 次元の狭間に穴が開く。その穴に手を突っ込んで、柄を掴んだ。

 ずるりと引き出したのは、漆黒の大鎌。


撫斬首落(なでぎりくびおとし)


 対六層魔物用リーサルウェポン、撫斬首落。

 刃に夜闇を纏ったそれは、水底に沈む黒い月のように輝いた。


 大海龍は大海を自在に舞う。深い青の向こう側で、山のように巨大な影がとぐろを巻く。

 ゆらりと海が揺れて、底なしの闇の向こうからやつの頭部が浮かび上がる。開かれたアギトには、鋭利な牙が並んでいた。


 息を止めて、集中する。

 迫りくる死をまえに、手に握った刃に命を託す。

 海中では自由は利かない。魔法も使えない。頼れるのはこいつだけ。

 いいね。

 いい、死線だ。


 一瞬が何倍にも引き伸ばされる感覚。極限の集中の中、世界から音がなくなって。

 張り詰めた糸が、ふつっと切れるように。

 切り裂いた。


「……っ!」


 闇を纏った刃が閃く。切っ先は、下から上へと線を描いた。

 黒い斬撃が海を割り、水柱が立ち上る。その刹那、海中に滑らかな切断面が生じた。


:!?

:え、今の何!?

:なんか今海割れなかった!?

:斬撃っぽかったけど

:これお嬢がやったの……?


 見た目に反して感触は浅い。私が放った刃は、やつの頬に筋を作るに終わった。

 惜しいな。

 クリーンヒットしていれば、たぶん、一撃だったのに。


「…………」


 外したんじゃない。逸らされたんだ。

 即座に展開した結界魔法で、刃の軌道を曲げられた。言うは簡単でも、あの瞬間にそれを成し遂げるには、恐ろしいほどの魔法制御が求められる。

 あの魔物、相当に戦い慣れている。老練の個体ってやつはこれだから面白い。


 わくわくする。わくわくが止まらない。

 もっと、もっとだ。まだ足りない、もっとやろう。

 これだけの強敵と真正面から斬りあえる高揚感。体のすべてが突き進むような生への衝動。迷宮でしか摂取できない最高のスリル。

 だから私は、迷宮が好きなんだ。


 さあ、次はどうしよう。

 どうやって仕掛けよう。何をしてくるんだろう。どんな戦いになるんだろう。

 待ち受ける戦いに胸が踊る。

 生きるか死ぬか。殺すか殺されるか。待ち受ける答えは、二つに一つだ。


 怒り狂う大海龍はすさまじい咆哮を放つ。轟音が海を揺らし、粟立つような殺気がほとばしる。

 私はそれに、戦意を返した。

 殺気と戦意がぶつかりあう。海中に激しく火花が散る。

 そして。

 くるりと背を向けたやつは、海の底へと潜っていった。


「……?」


 そのまま、大海龍の気配が遠ざかっていく。

 海中に静けさが戻る。少し待っても、やつが帰って来るそぶりはない。

 ……あれ。もしかして、逃げた?


「えー……」


 この撤退判断の速さも、老練の手管ってやつだろうか。

 魔物ってのは、生きるか死ぬかの戦いを好むような奴らばかりだけど、ああやって理性を制御できる個体だからこそ長生きできたのかもしれない。


 不満には思ったが、追撃はしなかった。私の息もそろそろ限界だったので。

 次元リングに撫斬首落を格納してから、海面に顔を出す。風走りの魔法で空を飛ぶと、海上で待機していたドローンカメラがすすっと私に寄ってきた。


:お、戻ってきた

:おかえりお嬢

:大丈夫? 怪我してない?

:大海龍は倒したの?


「あ、うん。逃げてった」


:撃退したのか

:やるわね

:いやあ、いい戦いだった

:大海龍さんにはGJと言わざるを得ない

:個人的に、本イベントのMVPは間違いなく彼ですよ

:え、なんで?

:お嬢を海に突き落としたから


「……へ?」


 シャツを絞る手を止めて、我が身を振り返る。

 上から下までずぶ濡れの私。髪から滴る雫。

 水に濡れて透けたシャツ。


「わ、ちょっ……!?」


 控えめな水着が、シャツの下から見えていた。

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― 新着の感想 ―
コミカライズがここまで続くように、向こうも応援せねばな。
今までにない程に魔力と闘争に昂っちゃってますね。社交性も含めると肉体が人間ベースなだけで魔石も生えたしルリリスよりも人間から遠ざかってないか?コレが魔石の本能…?
四万八千本 なんでか知らんが、この数字を見た瞬間『半分にして二万四千、桁を変えて二億四千万』と浮かんできた。エキゾチック
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