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配信に致命的に向いていない女の子が迷宮で黙々と人助けする配信  作者: 佐藤悪糖
八章 今週の白石さんはおやすみです
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ウチら最強マジ卍

 #27-EX Dungeon Summer Festival! 本配信!


 どーすんだこれ。

 と、蒼灯すずは内心途方にくれていた。


「そりゃあ、サマフェスには“魔物”が出るとは言いますけどね……」


 迷宮内でイベントを開く以上、トラブルが起きるのはいつものことだ。

 魔物に強襲されるのは当然として、天候の急変、機材トラブル、出演者の負傷などなど、過去のサマフェスで起きてきたトラブルは枚挙にいとまがない。

 今年も電波塔の不具合という大きなトラブルがあったが、怪我人が出ないだけまだマシな方。そう安堵していたところに、これである。


「……海竜種は、さすがにやりすぎじゃないですか?」


 大海の支配者、海竜種。

 わけても特に強大な、大海龍とも称される老練の個体が、イベント会場の沖合で猛り狂っていた。


「ふむ。困ったことになったな」


 EXプロダクションの大御所、井口桃子。腕組みをした彼女は、沖合の大海龍を悠然と眺める。


「あれが今年の“魔物”か。毎年毎年、よくもまあこんなに事件が起きるものだ」

「いつも思うんですけど、このイベントって迷宮で開く必要あるんです?」

「それを言ったらおしまいだろう」


 普通の探索者ならパニックに陥るような状況だが、井口にはこの状況を楽しむ素振りすらあった。百戦錬磨の彼女にとって、これくらいのトラブルは動じるほどのものでもない。

 また、蒼灯は蒼灯でその領域に踏み込みつつあった。リリスや呪禍に比べればまだマシか、なんてことを内心思っていたりもする。


「で。どーするんですか、あれ」


 半ば投げやりに蒼灯は聞く。井口は不遜に笑った。


「蒼灯。今年のイベントのキャッチコピー、知ってるか」

「知りませんけど」

「ウチら最強マジ卍、だ」

「……誰ですか、そんな時代遅れなキャッチコピー考えたやつ」

「私だが」

「うっわぁ……」


:マジ卍とかひっさびさに聞いたわ

:何年前だよマジ卍

:井口さん井口さん、その言葉もう誰も使ってないっす

:え、マジ卍ってもしかして死語なの?

:時間の流れは早いンゴねぇ……

:そマ?

:さすがにつらたんでしょ

:やばたにえんの無理茶漬け

:インターネット老人会やめてね


 蒼灯のARコンタクトレンズに映っているのは、本配信のコメントだ。

 本配信には今、蒼灯と井口の姿が抜かれている。大きなトラブルは起こったが、迷宮配信には記録映像という側面もあるので、そう簡単に配信を止めるわけにもいかなかった。


「む」

「あ」


 その時、沖合の大海龍が天を仰ぐ。

 口元に灯る魔力の光。それを見た瞬間、蒼灯は即座にシリンダーを抜いた。


「氷結城!」


 巨大な氷晶が空中に投影される。間髪入れずに、大海龍は水流のブレスを放った。

 ビーチの上空で、氷と水が激突する。氷が砕けて水がはね、焼けた砂浜に散らばった。


「わ、やべ」


 氷壁と水流が拮抗していたのも一瞬のこと。大魔法と大魔法の正面衝突は、魔物側に軍配が上がった。


「なんかこの魔法勝率低くないですかー!?」


 水流のブレスが氷壁を貫き、ビーチサイドに放たれる。

 それを迎え撃ったのは、井口だ。


「いや、上出来だ」


 井口は両足に魔力を籠め、空高く飛び上がる。

 同じく拳に魔力を貯めて、勢いが弱まった水流のブレスを、真正面からぶん殴った。


「せい」


 素手で殴られた水流は、大きく軌道を捻じ曲げて、海面に突き刺さって飛沫を上げた。


:素手でいった!?

:井口さんぱねえっす

:シリンダーすら使ってなかったぞあの人

:なにあれ、どんな魔法?

:強いて言うなら強化魔法やね

:魔力で身体能力を強化するだけの原始的な魔法

:ただのパッシブスキルじゃねーか!

:探索者って行くとこまで行くと武器捨てるんか……?


「シリンダーとかいうのは、よくわからんでな」


 三点着地を決めて、井口は立ち上がる。拳には、うっすらと痣がついていた。


「行くぞ蒼灯。ウチら最強マジ卍」

「そのフレーズ嫌だなぁ……」


 胡乱なワードが飛び出てきたが、つまりはやるということらしい。


「それで蒼灯、どうやって倒す」

「考えはないのかよ」

「作戦とかいうのは、よくわからんでな」

「まさか井口、それで全部押し通すつもりですか?」

「まあ、とにかく殴ればなんとかなるだろう。行くぞ」

「誰かどうにかしてくださいよ、このボケ老人」


:ふふ

:相変わらずだわこの師弟

:井口さんとあおひーの並び見てると、色々思い出すよなぁ

:井口さんのこういうところ久々に見たわ

:井口さん、普段はこれでしっかり先輩してるから

:あおひーには何してもいいと思ってるぞこの女

:やっぱ井口さんにツッコめるのはあおひーしかいないわ


「……ったく」


 文句を言いつつも、蒼灯の口元はほころんでいる。

 EXプロダクションを卒業してしばらく。変わったものはあるけれど、変わらないものもあるらしい。


「まずは部隊編成。戦闘用の通話チャンネルを作って、あれとやり合う有志を募りましょう。いくら大海龍と言えど、これだけ探索者が集まればなんとかできるはずです」

「よし来た任せろ」


 井口はどこからか持ってきたマイクを、くるんと構えた。


「諸君、状況は見ての通りだ。諸君らの胸に志があるならば、思うことは一つだろう。ならば、多くは語るまい」


 井口の声が、朗々とイベント会場に響き渡る。

 檄でも飛ばすのだろうか。井口はこれでも大御所だ。彼女の言葉ならば、奮い立つものもいるだろう。


「あの大海龍を仕留めたものには、蒼灯の乳をくれてやる。以上だ」

「井口ーっ!!」


 音割れした蒼灯の叫びが、マイクを通じて会場中に響き渡った。


「おまっ……! 何考えてるんですか! 言うに事欠いて、後輩を売る馬鹿がいますかよ!」

「だがしかし、これが一番効果がある」

「ぶっ殺しますよ!? ぶっ殺しますよ!?」

「落ち着け蒼灯、全部マイクにのってるぞ」


 蒼灯はマイクを奪い取る。これ以上この女に喋らせたら、何を言われるかわかったものじゃない。


「指揮代わります、蒼灯です! とにかくあれを倒すので、挑まれる方は武装して海辺にお集まりください! 挑まれない方は、単独行動を控えて本部テント周辺に――」


 勢いそのまま、蒼灯は指揮を執る。

 この手のことはキャンプ場でも経験があるし、EXプロダクション時代にも何度かやったことがある。

 この先輩らしき何かは、無駄にカリスマはあるものの、考えってやつはほとんどない。参謀役を担うのは、いつも蒼灯の役回りだった。

 そうして、蒼灯が会場にアナウンスを飛ばしていた時。

 ごうと、一陣の風が、陸から海へと吹き抜けていった。


「わっ」

「……ほう」


 吹き抜けていった風に目をやる。

 大海龍がいる沖合に向かって、まっすぐに向かっていったその風を、蒼灯はよく知っていた。


「なるほど、我々の出る幕はないらしい」

「……そうでした。今年はあの子がいるんでした」


 特大のトラブルは発生したが、こっちには特大のトラブルバスターがいる。

 真っ先に飛び出していった彼女のために、何かできることはあるだろうか。そう考えて、蒼灯は拳を握った。


「皆様、不測の事態に備えてください。戦闘区域にはくれぐれも近づかないように。戦闘の余波がこちらに届く可能性があるので、その際は迎撃にご協力いただけますと助かります」


 こうするのが蒼灯にできる精一杯だ。

 できることはない。少なくとも、今はまだ。

 だけどいつかは、彼女の隣に立てる日が来ることを願って。


「頼みますよ、白石さん」


 風魔法で海上に舞い、海竜に相対する小柄な少女。

 真紅の腕章を風になびかせ、白石楓は刃を抜いた。

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― 新着の感想 ―
白石さんになら、むしろ揉んで欲しいのでは?
あおひーのおぺぇは楓さん(白石さんじゃない)のです。 うちらをそれをタワー建てつつ海の底から生暖かく見守りましょう。
みんなちちの話してる。
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