表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

8. 奮闘と飛来するモノ

 ティポタロプスの怒りの雄叫びを皮切りに動き出し、眼前の敵を打倒せんと戦闘を再開して、暫く。

 今回のティポタロプス変異種はかなりの強敵であるが、機動力と聴力は多少奪えており、ある程度のダメージは与えられている。

 先ほど、私が弾き飛ばされた時の傷はポーションで回復しており、体に痛む箇所は無い。現在の状況は私の方に利があるように思える。


 が、倒し切れない。決定打に欠けており、その実は劣勢だ。


 未だティポタロプスの急所は遠い。大きく体勢を崩すような有効打を食らわせてやりたいのだが、それは容易ではない。厄介な事に、ティポタロプスは先ほどよりも力を増してしまったのだ。


 ひたすらに私を叩き潰す事だけを考えて振るわれる攻撃の勢いは衰える気配がなく、リーチの長い棍棒と左腕が容赦なく私を襲う。軸足は無傷で残っている為、怒りに任せるままの攻撃は粗雑ながら、一撃で状況をひっくり返す程度の威力は十分に持っている。

 多少聴力を奪った所で私を捕捉するのに何ら影響はないらしい。動きにフェイントを織り交ぜても翻弄されてはくれないようだ。

 私を追いかけて繰り出される攻撃を躱しながら剣を振るい、躱しざまにティポタロプスの四肢に切り傷を増やしていくが、それも浅い。熱傷を負わされた私への怒りから、怒張した筋肉が硬質化し、易々とは刃が通らなくなっているのだ。

 新たに皮一枚切り裂いた所で、最早痛みなど感じていないのだろう。動きを鈍らせる事すら出来ていない。

 そして、深く踏み込む事の出来ないもう一つの要素。


「オオ゛オ゛オ゛!!!」


 そう、この咆哮である。連続では繰り出せないようではあるが、衝撃を伴った爆発のような咆哮は、もろに受ければ鼓膜だけでなく平衡感覚も丸ごとやられてしまうだろう。そうなれば最早戦いにならない。

 幸い、咆哮の前には大きく息を吸い込むような予備動作がある。少し後方へ退いて防御姿勢を取り、何とか咆哮をやり過ごす。


 今の所は着かず離れずの距離を保ち、攻撃の回避と予備動作を見てからの防御が間に合っている。しかし、叩き付けられる石棍棒によって地形が荒れていく中、この均衡はいつ崩れてもおかしくない。私とてスタミナが無尽蔵にあるわけではないのだ。

 所謂、ジリ貧。ティポタロプスの怒りが収まるのは私を殺した後だろう。このままでは私の体力が切れる方が早い。


「手強い、な!」


 石棍棒の横薙ぎを伏せて躱し、次いで迫ってきた左手の叩き潰しの軌道にあえて半身居残り、両の腕がみしりと軋むのも無視して、あらん限りの力で切り上げた。


「ウガァ!?」


 やっとの思いでティポタロプスの左手の小指を切り飛ばす。ようやく感じた痛みに怯み、僅かに隙が生まれた。

 これを切っ掛けにして踏み込むかとも一瞬考えたが、ティポタロプスの硬質化した肉体をこの細剣で貫くのは、私の膂力では足りないだろう。

 こうなれば、私が持ちうる攻撃手段の中で、最大威力の魔法を使う他無いようだ。



 納刀し、ほんの僅かでも魔力を練り上げる時間を稼ぐ為、最後の簡易結界のスクロールを起動してティポタロプスの前に障壁を展開し、魔法の射程圏内ギリギリまで後退する。

 ティポタロプスは自身の面前に突如現れた障壁に、一瞬だけ攻撃を躊躇った。先程の魔石での攻撃で未知の現象への警戒心が高まっていたのかもしれない。その一瞬が、今はこの勝敗を分けるものとなるだろう。


 生半可な威力の攻撃では仕留めきれない。温存していた魔力を全て解き放つつもりで、渾身の魔法を練り上げる。体内を巡る魔力が私の意思に従い、集中、増幅し、研ぎ澄まされてゆく。

 この一撃を外せば、いよいよ私にティポタロプスを倒す手立てが無くなる。その時は撤退を余儀なくされ、ジオの依頼も果たせず敗走する事になるが…どの道ジリ貧であるならば、ここで賭けに出てしまうのが最適解だ。



 僅かの後、面前の簡易結界に危険がないと判断したティポタロプスが、障壁を石棍棒で殴り付けて打ち砕く。

 パキン、と脆い硝子細工のように砕け散った障壁の奥、危険な気配を感じ取ったのか、ティポタロプスは私との距離を詰める事なく警戒態勢を取っていた。片足だけで立ちながらも、直ぐに回避に移れるように前傾姿勢で身構えている。


 障壁で稼いだ時間の助けもあり、奴の体を貫くのに十分な威力を持って魔法は完成した。しかし、回避されるよりも先にティポタロプスに命中するだろうか。

 今、このまま魔法を放てば、避けられてしまう可能性が高いと私の冒険者としての勘が告げている。この渾身の魔法を避けられてはならない。だが、この場で魔法を保持したまま、ティポタロプスの行動を制限できるような一手も思い付かない。

 一か八か、魔法を放つか、否か。


 極度の緊張により、時間が引き延ばされたような空間で私が逡巡する間、先に動きを見せたのはティポタロプスだった。

 私が魔法を発動するまで動かないと踏んだのか、警戒態勢はそのままに息を大きく吐き出し、その何倍もの空気を吸い込んでいく。これは……咆哮の、予備動作。


 腹胸部がべこりと陥没したのち、みるみる内に隆起していく。あちらも最大威力のものを私にぶつけるつもりらしい。

 攻撃の特性上、ティポタロプスの咆哮を私の魔法で打ち消すのは不可能だ。あの爆音と衝撃をやり過ごすのは可能だろうが、防御に魔力を割くと私の練り上げた魔法は霧散する。もし魔法が霧散してしまえば、再び魔法を練り上げるのに必要な隙は与えてくれないだろう。

 だが、私の魔法も、衝撃と音波に打ち砕かれる程ヤワではない。

 ティポタロプスの予備動作中は他の攻撃等と並行して動いていたが、咆哮中はその場で完全に踏み留まるのを見ている。私が狙うのは、確実に回避の出来なくなるその瞬間だ。

 この際仕方がない、鼓膜はくれてやろう。内臓に来る衝撃も並外れたものになるだろうが、魔法を放った後に残りカスの魔力で死なない程度に防御できればそれで良い。


 確実に、ティポタロプスの変異種を討つ。

 これだけの強敵を前にして、冒険者としてここに立っている私の頭の中に、撤退するという選択肢は無かった。


 相当なダメージを覚悟し、限界まで魔法を研ぎ澄ませながら、特大の咆哮が来る瞬間を待つ。

 ──その時だった。



「息止めろーーッ!!マーシャーー!!!」


「ジ、──!?」



 驚きに叫びそうになったが、反射的に指示に従って息を止める。

 後ろから大声で叫ぶ声が聞こえたと同時、何かが私とティポタロプスの間に、ひゅるるる、と飛来して来た。

 自分に当たる軌道ではないと判断したのか、飛来して来る物体に気付かなかったのかは分からないが、ティポタロプスは咆哮の為に息を吸うのを止めなかった。


 そして……地面に着弾した瞬間にそれは爆ぜて、ボフ、という音とともに、微細な灰褐色の粉末を撒き散らす。

 まるで煙のようにも見えるそれは、この場の空気の流れに乗って、一直線にティポタロプスの鼻に吸い込まれて行った。


「──グッ!? ッ、ブハァーッ!!!」


 直後。一瞬ピタリと動きを止めたティポタロプスは、咆哮の為に吸い込んだ息を全て吐き出し、酷く咳き返し始めた。


「ガハッ、ガハッ! グウゥ、グジュッ! ウゥ、ブジュ!グシュン!!」


 頭をブルブルと振りながら顔を手で拭うようにもがき、咳とクシャミを繰り返す。

 一度目に大きく吐き出した息によって、既に灰褐色の粉末は全て吹き飛ばされているのだが、全く治まる気配が無い。止めどないクシャミのせいで、その顔はあっという間に涎と鼻水でズルズルになってしまっていた。


 ちら、と先程声がした方を肩越しに見やると、かなり後方にある石筍の影から、鬼気迫る表情でジオが半身を出しており、”今!今!”と目だけで私に訴えている。

 ……視線を前方に戻す。哀れ、戦闘どころではなくなってしまった様子のティポタロプスは、あまりにも隙だらけであった。


「『氷瀑槍』!!」


 溜めに溜めた魔力を全て解放し、魔法を放つ。純白の氷で形作られた荒々しい槍が幾本もティポタロプスに降り注ぎ、強靭な体を軽々と刺し貫いて地面に縫い留めていく。


「グ、オ……!」


 ティポタロプスは体を貫かれながらも力ずくで動こうとするが、氷槍に貫かれた箇所から、真っ白な氷華が花開くように冷気が迸る。

 やがてティポタロプスは、雄大な氷瀑に取り込まれたかのように凍り付いていき、その浅黒い体色を純白に染めて、絶命した。




 ……ふつ、と、張り詰めていた緊張の糸が切れる。

 魔力が空っぽになった体が限界を訴え、私はどさりと仰向けに倒れ込んだ。


「……倒した」


 酷い疲労感と、一気に魔力を失った時特有の、眩暈と吐き気。ゆっくりと息を吐き、ぐるりと回る視界を瞑目してやり過ごす。これくらいなら少し休んだ後にポーションを飲めば問題ない。


 ジオが何事かを叫びながら走って来るのが聞こえる。ジオには悪いが、今この瞬間は勝利の余韻に浸らせてもらおう。一旦、この場の処理と、ジオに話を聞くのとは、少しだけ後で。



 何だか締まらない決着ではあったが、ジオが生み出した隙を有難く利用させて貰い、私はティポタロプスの変異種を討ち取る事に成功したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ