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6. 休息と見覚えのある道


 ジオの料理を食べながら、私たちは雑談を交わした。どちらからとも無く、ここまでの探索で互いに感じた事を共有するところから始まった。


 ジオから見た私はかなり強い冒険者としてその目に映っているらしい。

 彼曰く、これまでにも色々な冒険者たちと出会ってきたが、戦闘での身のこなしや太刀筋の的確さ、魔法の練度と使い方などが他とは違うと感じているそうだ。

 剣と魔法を両立させるスタイル、所謂”魔剣士”は私の目指すところである。他人からこのような評価を貰えるのは、まあ、嬉しい事である。

 魔剣士を名乗るとどっちつかずの器用貧乏だと揶揄される事もあるが、様々な状況に対応出来るように、使える選択肢はなるだけ増やしておきたいと思う。

 器用貧乏も、磨き研ぎ澄ませば万能となる事を、私は知っている。


 そして私としても、ジオは今までに出会ったことの無い存在だった。

 料理人を名乗りながらも高度な探索スキルを持ち、屋台を引き回して迷宮を長時間歩き続けるスタミナもある。

 どのようにして探索のスキルを身に付けたのか尋ねてみると、尊敬する師匠から叩き込まれたのだと、どこか遠い目をしながら答えてくれた。

 「ありゃひどいもんだったな……」と呟くジオに、さぞかし厳しい指導だったのだろうと同情しておいた。


 他にも、ジオの作ってくれる食事のメニューについて聞いてみたり。

 先程の真っ白なチーズが貰い物だと言うので、その出所を聞くと、大陸北部のグラーニャ地方から来た行商人から貰ったとの事らしく、私の生まれもグラーニャ地方だという話をしてみたり。どれも楽しく、有意義なものだった。



 さて、あれだけたくさん盛り付けて貰った上だったが、会話が弾んだ勢いに任せ二人しておかわりをした為、なんと大鍋はすっかり空になってしまった(追加のチーズも沢山削って貰い、大満足である)。

 空になった食器・調理器具類の後始末を手伝い、屋台のかまどの残り火に当たらせてもらいつつ睡眠を取る事になった。


 簡易結界のスクロールを一枚消費して、通路側に一次的な防壁を作る。

 これでスクロールの残りはあと一枚だが、ここまでの進行速度から考えると明日には最下層で採集を終えて帰路に着けるだろう。

 長めの休憩を挟む事があるとしてもあと一回だ。


 ジオの料理のおかげか、食事が終わった後暫く経っても体はずっと温かく、心地よい充足感に満たされている。

 私は自分の荷物袋を抱き枕代わりにして丸くなり、眠りについた。




***




 暫くの後、ぱちり、と目覚めて、大きく伸びをする。

 固い地面に寝ていた訳ではあるが、このくらいの環境での睡眠は慣れている。暖かく眠れたおかげで、体さえほぐれてしまえばコンディションはかなり良い感じだ。


 軽く体を動かしていると、帽子を深めに被り、空きの荷物袋を丸めて枕代わりに眠っていたジオも目を覚ましたようで、仰向けのままぐぐーっと伸びをして、がばり、と起き上がった。


「んお~、おはよう! マーシャ! なんかいい夢見てた気がするけど、全部忘れたぜ~!」

「おはよう、ジオ。寝起き良いね」


 賑やかに目覚めたジオに挨拶を返し、体が十分ほぐれた事を確認してストレッチを終える。

 やはり体の調子がいつもよりもいい気がする。一度死に掛けていた所から復活した為に、そう感じるだけだろうか。

 出発前に、浄水球を作り出してジオとともに水を飲み、ジオから朝食として干したレパの実と黒パンを厚めにスライスした物(例に漏れずこれらもジオが自作した物である)を一切れずつ分けて貰った。

 水分が抜けてねっとりと甘みの強い果肉と、香ばしく噛み応えのある黒パンが合わさって、素朴ながら味わい深いものだった。



 朝食を食べ終え、身支度を整えて荷物と剣を持ち、ジオも屋台のハンドルをしかと握る。探索再開である。

 休息を取る為に展開していた一時結界のスクロールを破壊して結界を解除し、再び洞窟の中を進んでいく。

 休息後なだけあって、お互いに気力も体力も十分である。足取りも軽く、最下層を目指して歩みを進めていった。



 そうして、進むこと暫く。

 分かれ道をジオの選ぶ通りに進んでいくと、前方から血生臭い臭いと、なにやら壁面や天井が酷く削れた跡や、飛び散った血の跡、割れ砕けたポーション瓶の残骸が散らかっている場所が近付いて来た。

 ……これには、どうも思い当たる物がある。


「あぁここ……ちょっと前に通ったロックバットの巣があったとこだ……」

「へ! 魔物の巣を通ってきたのか!?」

「うん。ちょうどその時、迷子になって慌ててたんだよ。戻る道を間違って飛び込んじゃってさ、そしたらロックバットの大群が、こう、上から一斉に襲い掛かって来てね」


 そう、数日前に道を見失い、浮足立った所で足を踏み入れたのがまさにこの場所。ロックバットの巣であった。

 迷宮には魔物にとって居心地の良い魔力が集まりやすい空間が生成され、そこに魔物が密集して巣を構えている事があるのだ。


 巣に居る魔物達は次の狩りや移動に備えて休息を取っているので、近くで騒ぎ立てるようなことが無い限り、打って出てくる事はほとんどない。

 だが、ひとたび巣の領域に足を踏み入れようものなら、休んでいた魔物達は一斉に目を覚まし、脇目も振らずにこちらへと襲い掛かって来る。

 まあ、彼らからすれば、自宅で安心して睡眠を取っていた所に、突然ずかずかと侵略者が入り込んできた、という事になる。

 自分たちの住処を守るために、侵略者を排除しようとするのは人でも同じ事だろう。


「ひえー! 想像したくないぞ! よく無事だったなあ!」

「なんとか切り抜けられはしたけど、数が数だったから肝が冷えたよ。一人で魔物の巣に入ったのも初めてだったし……しばらくもうロックバットは見たくないかな」


 今回、ここに巣を形成していたロックバットは、背中に岩石のような装甲がある、吸血性を持つ蝙蝠型の魔物である。

 体の重さの割に素早く飛び回る上、大きさも普通の蝙蝠より少し大きい程度で狙いが付けにくい。

 羽を傷つければ地面に落ちるが、遠距離攻撃で狙って撃ち落とすのは中々の技量が必要だ。


 単体であれば、噛み付きに接近してきた所を叩き落とせばしまいだが、それが数十体以上、あるいはそれよりも多数が同時であればどうか。

 一度体に取り付かれると、かぎ状の爪が衣服に食い込むため、咄嗟には引きはがせない。

 そして、岩石の装甲を持つ為、想像よりも重いロックバットは攻撃や防御に転じる際の動きを阻害する。

 ロックバットを振り払えずもがいているうち、どんどん新たなロックバットが嚙み付きに来て取り付かれて、さらに体の自由が奪われていき……となれば、後はあまり考えたくない話である。


 だからこそ、私は接近される前にひたすら魔法を打ちまくって大暴れし、それでも突っ込んで来るロックバットは牙を出される前に自分から向かって剣を振り回し、とやって、一度も噛み付かせる事なく危機を脱したのだ。

 その時の魔力と体力の消耗は凄まじいものだったが、出し惜しみをしていたらとっくに死んでいたかもしれない。


「それで、この時に食料とかポーションとか全部使い切っちゃったんだ。その後に7階まで戻って、ジオに助けられたんだよ」

「なるほどなあ……」


 幾つものルートがある中、もう一度に戻って来ることになるとは思っていなかった。

 そこかしこに走る魔法の痕跡がその時の私の必死さを物語っていて、なんだか恥ずかしいような、良く頑張ったなあと感心するような、変な心地だ。


 私が暴れ回ったおかげで、倒し切れなかったロックバットもどこかへ逃げ去っていき、一旦は魔物が居なくなった場所ではある。

 しかし、再びロックバットが巣に戻って来ていたり、新たに魔物がやってきている可能性もあるので油断はしない。


 周囲を警戒しつつもう少し奥へ進むと、地面には固着した血だまりと、夥しい量のロックバットの死骸がそこら中で山となっており、それを食べに来たケイブスライムが何体も這いずり回っていた。

 もぞもぞと動くケイブスライム達は目の前の食事に集中しているようで、私たちの事は気にしていない様子である。

 ケイブスライムの他に魔物の気配は感じられないので、逃げ延びたロックバット達はここへ帰って来ていないようだった。住処は別の場所に移したのだろう。


 これ以上近付かなければ、食事に夢中になっているケイブスライム達はこちらには襲ってこないはずだ。

 そう判断してジオに伝えると、ジオは私の背中に隠れるようにしながら、前方に広がる惨状をそろりと覗いた。


「う、うへえ~。こりゃとんでもないなあ。あれ、全部マーシャがやっつけたって事だよな?」

「そうなるね……。魔物もケイブスライムしか居ないから、倒して通ろうと思えば通れるけど……流石にちょっと、わざわざこの道を通りたくは、無いかな?」


 大規模な水魔法を発動して、ここら一帯の死骸をスライムごと押し流してしまう事も出来なくはないが、もうじき迷宮の主との戦闘が控えている、というタイミングである。余計な消耗はしたくない。

 私が単身で通り抜ける分には別に構わないのだが、ジオと、彼の引く屋台があるのだ。少々腐臭も混じり始めている中、食材を積んだ屋台を引いて通るのは好ましくないだろう。


「おう……ちょっとな……。他の道もあるだろうし、別のルート探しても良いかい?」

「そうしよう。ごめんね、私が火魔法の類で片付けていたらここまでひどくなかったと思うんだけど」

「んーや、元々ここは巣になってたんだろ? こんだけの量居たんなら、きっとどのみち似たようなもんさ」


 魔物の死骸はそのまま放置しておいても、やがては迷宮の魔力に分解されたり、スライム等の死肉を食らう魔物に片付けられたりして迷宮に還る。


 しかし、余りにも数の多い死骸が一所に留まり続けている場合は、魔力が淀んで変質し、稀ではあるが一部の死骸がアンデッドとして甦ってしまう事があるのだ。

 魔物がアンデッドと化すと生前よりも厄介な存在になる種もいる為、そういった場合には死骸を火魔法で焼いたり、土魔法で埋め立てる等の処理が望まれる。

 地上で大規模な魔物討伐が行われた場合などには、冒険者ギルドから死骸処理専門の魔導部隊が派遣される事もある。

 魔物の掃討後に処理を怠り、近隣の町にアンデッドがなだれ込む、なんて事はあってはならないので。


 ただ、今回のような状況下では、死骸の処理に労力を割く必要は無い。

 見る間にケイブスライム達が死骸を片付けていく最中であるし、万が一ロックバットがアンデッドと化したとしても、それはボロボロの腐肉が寄せ集まったようなものになる。

 まともな飛行能力を持たないロックバットなど、この階層まで来れる冒険者達の敵にはならないだろう。


 大量のロックバットの死骸を処理する役目はケイブスライムに任せて、私たちは一旦来た道を引き返し、ここを迂回出来るルートを探す事にしたのだった。


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