5. 進行と野営
屋台の少年ジオの魔物除け、もとい護衛として、もう暫くこの迷宮と付き合う事になった。
聞くところによると、最下層に今回の仕入れのお目当ての物があるらしい。
私は護衛主とその所有物の屋台を引き連れ、気を新たに「混迷の洞窟」の攻略に臨むのであった。
ここまでの探索で使い切ってしまったポーション等、幾らか不足している物資はあるのだが、必要になればジオの手持ちの物を使って良いと申し出てくれた。
さらに、道中の食事もジオが融通してくれるとのことで、気合いも十分である。
勿論、都度食事代は払わせてほしいと言ったが、「マーシャがいなかったら進めないんだし、こんくらいはサービスさせてくれよ。……ここ、他の冒険者に会えなくて食材の消費も追っつかないしさ」と苦笑交じりに言われ、お言葉に甘える事にした。
さて、先に進むにあたって、正直魔物の相手をするのに心配は無い。
どの階層にどんな魔物が生息しているか大体は頭に入れているつもりだし、気を入れ直した今、魔物の巣に無策で飛び込むような愚行は犯さない。
懸念があるとすれば……やはりそれ以外のところだろうか。ここは素直にジオに進言するべきだろう。
「あのさ、さっきも話したんだけど。マッピングとかは、ちょっと自信ないんだよね。道中でちょっと苦労するかもしれないけど、そこは許してくれるかな」
「おお、それならオイラがやるよ。ここまでの地図もあるぞ」
ほい、と見せられた地図は……かつての斥候のパーティーメンバーが作成していた物と比べても、かなり精緻に記されているものだった。
「えっ。すごい。これあなたが作ったの? 冒険者じゃないんだよね?」
「まあな。冒険者じゃないにしても、迷宮に仕入れに来る時はいつも一人なんだ。採取とか地図作成とか、探索自体はちゃんと一人前なんだぞ! ふふん」
得意げに鼻を鳴らすジオ。確かにその言い分は分かるのだが、それにしたってかなりの熟練度である。相当な数をこなして経験を積んできたのであろう事が伺えた。
なんでもジオがこの迷宮に入ったのは約二日前らしい。私がこの階層を通過したのは、迷宮に入ってから三、四日くらいは経った後だったと思う。
戦闘を避けて来たにしても、ジオは屋台を引いて進んできている。その上で、探索の進行速度だけで言えば、身軽な私よりも倍ほど早いペースなのだ。
それほどの探索スキルがあるならば、道を見失って探索が難航する事も無いと思えた。
「じゃあ、マッピングはお任せするね。その分護衛はしっかりやるから安心してて」
「おう、頼むな! んじゃ、進む道はオイラが指示するぞ。あっちの道は行き止まりになってたから、そっちだな」
「わかった。先導するよ……『灯光』」
ジオの屋台にもランプの灯りはあるが、私が前に出る形になると自分の体で影になってしまうので、左手に光源魔法で光の玉を生み出す。
後ろでジオが「ほ~! 明るいな~!」と歓声を上げるのに笑い返して、前方を照らした。
過去にも護衛の仕事をした経験はあるが、依頼主を迷宮の奥へと護送するのは初めてだ。
この先、屋台が通れないような道が出て来ると困るのだが、この迷宮は下層へ行くほど道が大きく広くなり、先へ進むルートの選択肢も増える。障害物のある道は迂回して進んでも問題ないはずだ。
まあ、ここまで屋台を引いて来て、屋台もジオも無事なのだから、あまり心配しすぎる事も無いだろう。
そうして、私はジオと屋台を引き連れて、再び迷宮の奥へと足を進めたのだった。
***
さて、探索開始から暫く経った。
一度下層から引き返してきた事もあって、直近で通った道は覚えている箇所もあり、かなりスムーズに洞窟内を進んで行くことが出来た。
道中では何と言っても、ジオの探索能力の高さに驚かされた。
通った場所のマッピングの速さと正確さ。そして、この複雑で予測が立てにくい混迷の洞窟の地形でも、僅かな風の流れや魔物の移動の痕跡から先へ続く道を推測し、かなりの確率で行き止まりを回避していた。
こんなにサクサクと迷宮を進めるのは初めてかもしれない。余計な気を遣わず、護衛だけに集中することが出来た。
混迷の洞窟内には水場もあるのだが、今回の探索中には当たらなかった。水場は行き止まりになっている場合が多い事と、水流があると屋台が通れないのでジオが意図的に避けていたのかもしれない。
一度道中で軽い補給を挟んだ時には、魔法で飲み水を生成してジオにも提供した。
どうやらジオは飲み水をかなり節約していたらしく、これに大層有難がられた。存分に飲んでもらい、彼の革袋にもたっぷりと水を補充しておいた。
その際に、水だけではなんだからと、ジオから干し肉を一切れ分けてもらった。
これもジオが拵えたそうで、普通の塩辛いだけの干し肉とは違い、塩味の強く硬い肉の繊維を噛みほぐしていくと、奥深く独特な旨味が感じられる物だった。これだけで酒が進みそうな具合だ。
冒険者の携行食として一般的なのは干し肉や干し果実、押し麦、黒パンあたりだろう。贅沢を言っているのは分かるが、どれも硬くパサついており、味気ないものだ。
ジオの手にかかれば携行食もそこいらの酒場で出て来る程度には美味しく化けるらしい。探索の士気向上の為にも、ギルドにでも卸して売り出して欲しいくらいのものであった。
少し風変わりな味わいだったので何の肉かと尋ねてみたら、これは蛇の魔物の肉、との事だ。
以前料理を提供した冒険者の持ち合わせが無く、牙や皮などの素材を代金の代わりにして欲しいと、丸ごと置いて行ったのだとか。
解体後に肉が勿体ないからと、下処理をした後に焼いて食べてみたら美味であったので、干し肉に加工してみたそうだ。
私の食い意地が張っているのはそうなのだが、ジオもジオで中々の健啖家であるらしい。
進む途中、何度かストーンイーターやアーマーリザードなどの魔物に出くわしたが、それらはさっくりと片付けた。
守りの固い部分を避けて装甲の薄い関節部分に剣を刺せば、仕留めるのは容易い事だ。
アーマーリザードの甲殻は細かく砕けば磨き粉の原料になる。ギルドで納品依頼が出ていたのを思い出し、状態の良さそうな装甲を一部分だけ剥ぎ取って、素材を頂戴しておいた。
そんな調子で探索を続け、これといった問題も無く地下8階層を突破し、地下9階層の中腹を越えたあたりまで辿り着いた。
「……ジオ。結構進んで来れたし、このあたりで一旦休もうか?」
かなりハイペースな進行だったが、ジオは屋台を引きながらでも疲れを感じさせずついて来た。
お互いまだ先へ進もうと思えば進めるのだが、護衛対象が居る中、疲労で集中力が低下して周囲への警戒が疎かになるのは避けたい。
迷宮の主との戦いも控えている事だし、余裕を持って一旦このあたりで休息を挟むのが良いだろう。
「お、そうするかあ。腹減ったし、オイラもそろそろ飯にしたいと思ってたんだよな」
「うん。いい場所があるか、ちょっと探そうか」
枝分かれした道をいくつか調べると、その中の一つに通路から死角になるように壁が窪んで、ちょっとした小部屋のようになっている場所を見つけた。
この地形であれば野営するのに丁度良い。周囲に魔物の痕跡が無いかを確認し、安全と思えたのでそこに荷物を降ろした。
ジオも壁際に屋台を止めて調理場に回り込み、早速しゃがみ込んでかまどに火を点けたようだ。
「ジオ、何か手伝うことはある?」
パーティーを組んでいた頃は食事の準備を手分けして行い、手が余った者は焚火の為の薪集めをしたり、拠点にテントを張ったり、周囲の安全確認等をしていた。
料理人の作業を冒険者が手伝える事は無いかもしれないが、今回はテントも薪拾いも要らず、警戒は通路側だけで良い。やや手持ち無沙汰である。
「そうだなぁ。……マーシャ、悪いんだけどさ、また魔法で水出してもらえるかい? 鍋の中身がちっとばかし煮詰まっちゃってさ」
「わかった。『浄水球』」
水魔法と浄化魔法を複合させ、清浄な飲み水を生成する。一塊に集まった透明な水は、ぽわん、と右手の上に浮かんだ。
屋台の調理場に回らせてもらって鍋の中を覗くと、麦粥は鍋の三分の一くらいの量が残っていて、確かに、やや水分を減らして煮詰まっているようだった。
「直接鍋に入れちゃって良いの?」
「おお、鍋のこんくらいのとこまで頼むよ」
指定された高さまで水をトポトポと注いでいく。水で薄まった麦粥はほとんどスープのような見た目になった。
ここからまた火を入れて、そのまま麦のスープとして頂くのか、何か具材を追加したりするのだろうか。
「このくらいでいい?」
「バッチリだ! 悪いなあ、いっぱい魔法使ってもらってさ。疲れてないかい?」
「んーん、飲み水を出す位なら全然平気。いくらでも言ってね」
大規模な攻撃魔法となれば話は別だが、この程度の魔法であれば余程長時間使い続けない限り負担にはならない。礼を言われて、調理場の中央をジオに譲る。
「な、マーシャ。ちょっと冷えるからさ、あったまるヤツ作ろうと思うんだけど、辛いのでも大丈夫かい?」
「うん、私もちょっと肌寒いと思ってたからむしろ嬉しい」
「なら良いな。んじゃ、ササっと作っちゃうぞ~」
そう言って、ジオは屋台の荷物袋を幾つか漁り、取り出した食材をザラザラと鍋に投入していく。
追加の麦、細かく刻んだベーコンに野菜類。さらに、大きめの瓶に詰められた二種類の赤い粉末を取り出した。
一方は全体に軽く振りかける程度の量を入れ、もう一方はどばりとかなりの量を入れた。驚いて思わず鍋の中を覗くと、中身は真っ赤な粉でいっぱいになってしまっている。
今入れたのが唐辛子であるなら、いくら何でもこれは辛すぎるのではないかと思ったのだが、ふわりと登って来る湯気の香りは唐辛子のものでは無かった。
果実のように甘酸っぱく、芳醇なこの匂いは……。
「今入れたのって……トマト?」
「そうだぞ。ちょっと辛口のトマト粥って感じだな! よくあったまるんだ、これ」
「へえ、いい匂い。それ、どうやって粉にしたの?」
「これかい? 普通のトマトじゃなくて、迷宮で採れた金剛トマトって種類でさ。そのままだと石みたいに硬くて食べられないんだけどな、特注のおろし器で削って、煮込み料理やソース作りなんかに使うんだ。普通のよりも味がぎゅっと濃くて美味いんだよな!」
ジオが鍋をぐるぐるとかき混ぜると、赤い粉末は汁に馴染んで溶け込んでいき、全体がとろりとした具合になってくる。
火が入り、重たそうに気泡をくつくつと浮かせている様子はなんだか見ていて楽しい。
暫く様子を見ていたが、トマト粥がもうひと煮立ちするまで私に手伝える事はもうなさそうだ。調理はジオに任せて屋台から少し離れ、持ち物の整理と剣の手入れをして待つことにした。
と言っても、使えるような道具はもうほとんど残っていない。薬、食料の類は無し。
自分の持ち物にあるのは、メインのバッグの中に使い切りの簡易結界のスクロールが二枚と、上等な火の魔石が三つ、煙幕玉が一つ。
それと、迷宮内で採取した雑多な鉱石類や魔物素材等の戦利品。剣の手入れ用の磨き布に、予備の革袋と革紐。
あとは、腰の携帯ポーチに小銭袋と、地図用の紙束が何枚か(内一枚は失敗した物だ)と炭筆が収まっている。
少々乱雑に押し込められた素材達をざっと仕分けして革袋にまとめ直し、使わない物はバッグに、使える道具類は携帯ポーチの取り出しやすい位置に整頓して、荷物整理は完了。
いざという時、道具は咄嗟に使えないと意味が無い。地味だが、道具類の整理と把握は大切な作業だ。
幾分かすっきりしたバッグを脇に置き、剣の手入れに移る。
欠かさぬ手入れの甲斐あって、一人立ちする時に父から貰ったこの剣は刃毀れの一つも無く、昔と変わらない輝きを保っている。磨き布を広げ、いつも通り丁寧に拭き上げていく。
暫く手を動かし続け、やがて手入れが終わった剣をジオの屋台の明かりに翳した。
「うん……良い感じ」
隈なく磨かれた剣の刀身は透き通るように青白く、きらりと濡れたような光沢を放った。満足のいく仕上がりになった剣を鞘に戻す。
冒険の中で習慣となった一連の作業を終えると、なんとなく精神が落ち着くのを感じる。同じ冒険者でも人によっては面倒な作業だと思うのだが、私はこの瞬間の満足感が結構好きだったりするのだ。
全ての装備が綺麗に整っているとやはり気分が良い。かつてのパーティー仲間は武器の手入れを面倒くさがり、よくリーダーに小言をもらっていたものだが。
「おーいマーシャ、そろそろいい具合だぞ。食べようぜ!」
屋台越しにジオが声を掛けてくれた。どうやらタイミング良くトマト粥が煮えたようだ。
「うん、頂くよ。楽しみだな」
「マーシャの分、一番でっかい器に盛ってやるからな」
「ふふ、遠慮なくもらっちゃうね」
宣言通り、ジオは最初に出してくれた麦粥の器よりも一回り大きく深さのある器を取り出し、トマト粥を注いでいく。
溢れるほどにたっぷりと注いだ後、ジオはふと良いことを思い付いた、という顔をして、にまりとした。
「思い出した、そういやアレがあったんだよな。ええと……」
荷物袋をゴソゴソと漁り、ジオが取り出したのは真っ白なチーズの塊だ。ジオはそれをギザギザのナイフで器用で削り、トマト粥の上に振りかけていく。
やがて細かく削られたチーズがこんもりと山になった頃、器が私に差し出された。
「ほい! 召し上がれ! 粥が辛かったらチーズは全部混ぜてちゃっても良いし、ちょっとずつ崩して食べるのも良いぞ」
「わあ。ありがとう」
こぼさないよう少し慎重に器とスプーンを受け取り、屋台にほど近い壁際に座る。
トマトの赤色がほとんど隠れてしまうほどチーズが積もっているが、ほわほわと上がる湯気からは熟した果物のような甘酸っぱいトマトの香りがしっかりとしている。
上に積もった真っ白なチーズは端の方に熱が入って、ほんのりとろけて赤と白のまだらになっており、その様子が何とも食欲をそそる。
「いただきます」
先ずはスプーンをまだら模様の所に差し込んで、少しのチーズを絡めて口に運ぶ。
頬張るや否や、香りから想像していたよりも甘くて濃厚なトマトの味と、どこか懐かしいような、ミルクの風味が豊かなチーズの味が同時に広がった。
スープの塩味と、そこに合わさったトマトの甘酸っぱさと細かく刻まれた具材のアクセント、まろやかなチーズの旨味が相性抜群だ。
そこに少し遅れて唐辛子の辛さがピリ、と来る。食べ進めるうちに辛味は少しずつ蓄積されるように存在感を増して来て、口の中にじりじりとした熱さを残すようになった。
辛さから逃れるようにチーズを多めに崩して食べ、その次はトマトを味わいたくてチーズを少なめに、という風に交互に食べていると、薄っすら汗ばむほどに体が内側からポカポカしてきた。
なるほど、これは良く温まる料理だ。先程まで少し肌寒く感じていた洞窟の冷気が全く気にならなくなった。
はふはふと夢中になって料理を頬張っていると、自分の分の器を持ってジオが近くにやって来た。
「やっぱ良い食いっぷりだなあ。美味いかい?」
「うん、とっても美味しいし、あったまるね。このトマトの味がすごく良いね、なんかこう、ギュッとしてて、深みがある感じがする」
「へへ、そうだろそうだろ。これが迷宮産の良いとこなんだよな~。……さて、オイラも。いただきまーす」
ジオは屋台を背もたれにして座り、こちらもほふほふと食べ始めた。「んー、んまい!」と満足げに食べ進めるジオの器を見てみると、トマト粥の上に削ったチーズ、さらにその上から赤い粉末がたっぷりとかけられている。
「ジオのはチーズの上にもトマトをかけたの?」
「んや、これは追加の唐辛子だ。オイラ辛いのが好きでさ、たまに口から火が出ちゃう位のやつが食べたくなるんだよな」
「へえ、だとしてもすごい量だよね。平気なの?」
「これくらいならへっちゃらさ。むしろあったまって丁度いいぜ!」
確かに、ジオは辛さに顔色を変えるでもなくパクパクと食べ進めている。少しの量の唐辛子で汗ばんでいる私とは辛さへの耐性が違うようだ。
先程ジオに勧められたように、途中まで食べ進めたトマト粥と残りのチーズを全て混ぜ合わせてみる。
そうして食べると、味の主役が入れ替わったように、全体がまろやかな味わいに変わった。チーズのコクがしっかりと感じられて、これもかなり好きな味だ。
次々とスプーンを口に運ぶうち、舌の上に残ったチリチリとした辛さも少しづつ和らいでいった。




