表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

2. 屋台と少年

 一先ず、自分の目と頭を疑う。これは幻だろうか。


 他の冒険者と迷宮内で出会うこと自体は珍しくないが、こんな迷宮の洞窟内の深い場所に、ましてや、移動式屋台なんて物が現れるのは非現実的だ。

 余りの空腹でとうとうおかしくなり、自分に都合のいい白昼夢でも見てしまっているのではないだろうか。その方が余程納得できる。

 呆然と目の前の光景を眺めていると、少年の顔がこちらを向き、地面に這いつくばる私に気が付いたらしい。


「……ん、おぉ!? アンタ大丈夫かい!?」


 愛嬌のある声を上げ、少年は慌てたように屋台をガラゴロと引き、近づいてきた。地面から屋台の車輪の振動が微かに伝わり、体に響いてくる。信じがたいが、幻覚ではないようだ。

 先程、横穴から薄っすら見えていた明かりの正体は屋台の梁に取り付けられたランプの物のようで、少年と屋台の接近に伴って視界が明るくなる。

 煌々と輝くランプからは炎特有の揺らぎが感じられない。恐らく光源魔法が組み込まれた上質な魔導ランプなのだろう。私が光源魔法を使わずとも、辺りは十分な明るさで照らされた。


「あんま上等なやつじゃないけどさ、ほら、これ飲みな」


 私がただ呆然とし、固まったまま動かない様子を見て、動けないほど衰弱していると思われたらしい。

 少年は腰に着けている荷物袋の一つをゴソゴソとやり、ポーションらしき小瓶を取り出して蓋を開け、手渡してくれた。


「……あ、ありがとう」


 動けないのは実際そうなので、素直に礼を言って受け取り小瓶の中身をぐい、と一息に飲み干す。

 中身はやはりポーション、いわゆる回復薬だったようで、独特の強い苦味を一瞬感じた後でツンとした空気が喉の奥から鼻に抜ける。

 吐き出す息と共に苦味とツンとした刺激は煙のようにすうっと消え、胃の辺りからじんわりとした魔力の広がりを感じ、全身に少しだけ熱が戻った。


「どうだい? 起き上がれそうかい?」


 そう問われ、両手を何度かぐっぱと動かし、軽く深呼吸してみる。……なんとか体は動きそうだ。少しふらつくが、足に力を入れて立ち上がる。


「うん……大丈夫になった。助かったよ、ホントにありがとう」


 心配そうに顔色を伺ってくる少年に、改めて礼を言う。立ち上がってみれば、命の恩人であるその少年は少々小柄で、私のあご下くらいまでの背丈しか無い。

 目深に被った帽子を少し持ち上げつつ、目を瞬かせてこちらを見上げている。


「おかげで命拾いしたよ。ポーション代、どのくらい要るかな」


 私は腰の携帯ポーチから小銭袋を取り出し、いくらかの銀貨を鷲掴みにして、それをザラザラと手のひらに広げ、少年に見せた。


「いやぁ、そんな大したもんじゃないしポーションの代金は別にいいさ! ……それより」


 少年はからりと笑った後、私の身なりを軽く観察し、澄んだ琥珀色の瞳で私と視線を合わせる。


「アンタさ、腹減って倒れてたんじゃないのかい? 怪我はしてないみたいだし、見るからに腹ペコって顔してるしさ。良かったらオイラの屋台で飯食ってくれよ! な!」


 そう言って、自慢の屋台だ! と言わんばかりに胸を張って、片腕をばっと広げる。

 腕が向けられた先に目をやるとそこには、やはりこの洞窟内の景色には馴染まない、木製の移動式屋台が鎮座している。


 どこか温かみを感じさせる色合いの木材と一部が金属で構成された屋台は、しっかりとした作りながらも、一目見るだけでかなり使い込まれている事を感じさせた。

 板で囲まれた調理場らしきスペースと、その真上の屋根はうっすらと煤けており、支柱や側面の板には修繕された痕がそこかしこにある。

 屋台を引くハンドルの部分は金属のメッキが剥がれてくっきりと手の痕が付いている。一方で、一番消耗が激しそうな屋台の車輪部分は擦り減っておらず、錆も浮いていないため新しい物のように見えた。

 調理場を囲む板の前面にはメニュー表のようなものが貼り付けられており、少し掠れた字で” ~シェフのおまかせ 迷宮飯 銀貨10枚~ ”とだけ書かれている。どうやら注文できるメニューは一種類しかないようだ。


 色々と、気になるところはある。

 何故迷宮に移動式屋台が現れるのか。複雑な構造で魔物も徘徊するような洞窟に屋台を引いて一人で潜るなんて、私よりも無謀な行為ではないか。屋台ごと魔物に襲われたらどうするつもりなのか。疑問は尽きない。


 しかし、如何せん今まで空腹のあまり行き倒れていたのだ。

 先程からずっと、屋根の下に吊り下げられている雑多な果物や魚の干物につい目が行ってしまうし、調理場にどっしりと置かれている大鍋からは薄っすらと美味しそうな匂いが漂ってくる。

 どうしてもその食料品たちの存在を無視できず、思考力が奪われていく。


 より一層主張を強くする飢餓感に逆らえず、私は一旦考えるのを止めて、この奇妙な幸運を享受する事にした。



「ええとその。恥ずかしながら、あなたが言った通りで……お腹ペコペコで今にもまた倒れそうなの。一食、お願いできる?」


 そう言って、先ほど手に出していた銀貨から十枚数えて少年に手渡した。


「おう、まいどあり!! 仕込みは終わってるしよ、ほとんど出来上がってるみたいなもんだから、もうちょっとだけ辛抱してくれな!」


 少年は私から銀貨を受け取ると、歯を見せてにかっと笑い、すたこらと屋台の調理場の裏側に回り込んで身を屈めた。そして、ボウ、という音がして、調理場の裏側から炎の明かりが見えた。

 一般的な火起こしには火の魔石が使われるが、迷宮で屋台を引いているくらいだ。少年は火魔法が使えるのかもしれない。


 少年は大鍋の蓋を取り、玉杓子で中身を軽くかき混ぜた後、近くの袋から緑色の葉野菜をいくつか取り出して刻み入れた。さらに調味料らしきものをパラパラと加え、再び鍋をかき混ぜる。

 ここから鍋の中身は見えないが、くつくつと煮える音と共に徐々に湯気が上がってくると、美味しそうな匂いは濃厚に広がり、気を抜くと大鍋に飛び掛かってしまいそうだ。


 いい具合になったらしい鍋に一旦蓋をすると、今度は屋台の収納棚から壺を取り出した。大きめの匙でもったりとした中身を掬い、手早く木製の器に盛り付けていく。

 なにやら具材が混ぜ込まれているようで、所々に四角い塊のシルエットが見える。あのクリーム色の物体はなんだろうか……。


「ところでアンタさ、一人みたいだけど、仲間とはぐれたのかい?」


 先程から途端に元気になりだした腹の虫を窘めつつ少年の調理を見守っていると、顔をこちらへ向けた少年からそんな質問が飛んできた。

 我に返り、ようやく自分が無駄に突っ立ったままの状態だと気付いて、近くの手頃な岩に腰掛けて答える。


「ううん。ソロで探索しに来たの、腕試しに。前までは仲間と一緒に探索してたんだけど……色々あってパーティーが解散しちゃってね。それで、この迷宮なら前にも来た事があったからいけると思ったんだけど、まあ、道に迷っちゃって……その後はあなたも知っての通り……」


 ちょっとは自信あったんだけどね、と自嘲気味に付け加える。前回の探索ではパーティーで協力して問題なく進み、最下層の迷宮の主も危なげなく倒し、奥に隠された宝を回収して帰還した。苦戦することなく探索を成功させてしまっていた事も今回の慢心に繋がったのだろう。

 それはそれとして、対話と探索のことに思考を割けると、少しだけ空腹感が紛れる気がするのでありがたい。


「へえ、そりゃ災難だったなあ。仲間がいるのと一人とじゃ、勝手が全然違うもんな」

「うん、そうだった。前来た時と道が変わってたから、仲間がやってたみたいにマッピングしてたんだけど、そこで失敗しちゃった。やっぱり実践って大事だね……」


 心の内で、一人反省会をする。基本に則っていたつもりだったが、細部に抜けがあったり、距離の計算が甘かったのだろう。

 小さなミスが積み重なった結果、徐々にその傷口は広がり、命を落とすほどの取り返しのつかない事態を引き起こした。

 浅はかな行動と判断を思い返し、たらればを言っても仕方が無いとは分かっているのだが、どうにも苦く惨めな気持ちになる。せめて、もう少し危険度の低い迷宮で自分の探索能力がどの程度のものか試しておくべきだった。

 今回は幸運にも少年に助けられたが、一つのミスで冷静さを失ってその後の立て直しが出来ないようでは、まだまだAランク冒険者の背中は遠い。



「そうだな~。自分で実際にやってみなきゃわかんないんだよな、そういうの。ま、でもさ、とにかく助かって良かったよな! オイラも目覚めが良いぞ!」


 そう言って明るく笑った少年はいつの間にかこちらに近付いて来ており、その両手に大きさの違う木製の器を持っている。


「おまちどおさま! シェフのおまかせ迷宮飯、出来たぞ! 温かい方から、冷めないうちに食ってくれよな!」

「わ……」


 少年がまず差し出してくれたのは、少し大ぶりな木のスプーンと、湯気が立ち上る大きい方の木製の器。思わず喉がゴクリ、と一際大きな音を立てる。

 大鍋で煮込まれていた物の正体は、様々な具材がたっぷりと入った麦粥だった。



 数日ぶりの食事を前にして、震える両手で深めの器を受け取り、なみなみと注がれた麦粥と対面する。

 器から伝わる温もりを感じ、輝かんばかりの料理を目の前に余計な思考など吹き飛んでしまった。


 ごろりと大きめにカットされた鶏肉らしき肉はふっくらと艶めき、緑の菜物は丁度良くしんなりとしていて柔らかそうだ。

 やや細かく刻まれた人参や茸は鮮やかで、その香りは濃厚ながらふわりと上品で、スープの表面に浮いた肉の脂もキラキラとしていて……ああ、もうだめだ、我慢できない!


「い、いただきます!」


 半ば叫ぶようにして食事への感謝の言葉を述べ、スプーンで麦粥をごっそりと掬うと熱いのも構わず口いっぱいに頬張った。



 今、酷い空腹感のせいで、じっくり咀嚼して味わう余裕は無い。


 それでも確かに感じるのは、冷え切った体の中、口から喉を通り、ゆっくりと胃に落ちていく熱。

 今まで感じた事が無いくらいの、これ以上ない程の、その美味しさ。香り。


 この瞬間の全ての感覚に胸がいっぱいになり、視界が潤んだ。




 ────生きてて良かった、と、心の底から思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ