閑話2. 冒険者証
薄い雲の切れ目からまばらに差し込む朝日の元、ジオの納品依頼を済ませる為に、ジオと知り合いであるという依頼主の自宅へと向かう途中での事。
開けた街道をジオと横並びに歩きながら軽く談笑していると、何やらキラキラとしたジオの視線が、私の左胸の辺りに集中していることに気が付いた。
何か、と思えば、そこにあるのはキラリと光るBランクの冒険者証である。
「ああ、これ、気になる?」
「んへへ、ばれたかあ。いやあ、それ、かっこいいな~と思ってさ!」
ジオは頬をちょいちょいと掻き、ようやく気付いてもらえた、という風に笑った。
「屋台やってて、たまに見かけるたびに思ってたんだけどさ、なんかBランクの冒険者証って不思議な見た目だよな。キラキラしてるのに灰色っぽいし、そのキラキラが青っぽくもあるし、赤っぽくもある、みたいな」
「そうだね。……これ、見る角度を変えても、色が違って見えるよ」
ジオに良く見せてあげようと、一度胸元から冒険者証を取り外して、はい、と手渡した。
ジオは少し恐れ多そうにしつつも、目を輝かせて丁重に右手で受け取り、くるくると回しながら眩しそうに冒険者証を眺めた。
「おお~、ホントだ。見れば見るほど不思議だなあ。それになんか、この辺の模様も前のヤツよりちょっと豪華な感じになってるな! えーと、これは……星魔鉄、ってのから出来てるんだっけ」
見せてくれてありがとな、と、これまた丁重に返された冒険者証を元の位置に着け直す。
ジオは料理人である為、調理器具に利用されている素材類には理解があるが、それに適さない鉱物についてはあまり詳しくない様子だった。この星魔鉄もその一例だろう。
「うん。ちょっと扱いにクセは出るけど、武器に加工しても優秀な鉱石だよ。冒険者証に使われる鉱石は、ギルドの創始者が冒険者の発展を願って、それぞれに意味合いを込めて決めたんだって」
「へえー、凝った事するんだなあ。Fランクの冒険者証は、たしか黄銅で……ううん、思えばそれ以外はあんまし知らないや。な、せっかくだし教えてくれよ」
「良いよ。じゃあ順番に。まず、登録直後の冒険者見習いだと……」
そこから、冒険者ランクと冒険者証の話が始まり、自然とその原材料である鉱石の話へと話題が移っていき、暫くの間、冒険者ランクと鉱石に関する談義に花が咲いた。
冒険者に憧れていた幼少期に、父の雑学好きな冒険者の友人が家へ来ていた時に教わった事なのだが、案外と細かい内容まで忘れずに覚えているものだ。
十数年越しにもなるが、教えてくれた父の友人に心の中でこっそりと感謝しておいた。
***
──「冒険者証」について。
我々冒険者が属する組織、冒険者ギルドには階級制……所謂、ランク制度がある。
冒険者としての登録後、一番初めは冒険者見習いから始まり、Fランク、Eランク、Dランク、Cランク、Bランク、Aランク、Sランクと続く。
冒険者ギルドで正式に所属登録した冒険者には正規の冒険者である事の証明と、それぞれのランクを示す為に、冒険者証が授与される。
我々専用の身分証、と言って良いだろう。
冒険者証は扁平で細長い胸飾りのような造形をしていて、衣類や装備品等にピンと留め具で固定する構造になっている。
基本的には、外見上で目視できる場所に着用する事を推奨されているが、自身の実力を隠したい者は鞄や懐に忍ばせている場合もある。
だが、そうされると迷宮内で他の冒険者と出くわした際に正規の冒険者であるかどうかの判別が困難となる。
なので、私としては紛らわしい事をしないで欲しいと常々思っているのだが、Eランク以下の冒険者達の間では特にその傾向が強いように思える。
ある種の護身の為でもあるのだろうが、それなりの実力者であれば冒険者の装備や立ち居振る舞いを見て大体の実力を測れるものだ。
やはり、紛らわしいだけなのではないか、と私は思う。
さておき、冒険者証の裏側には本人の名前と、偽装防止の刻印が彫られている。
そして、どういう仕組みなのかは分からないのだが、冒険者証に名が刻まれた持ち主が死ぬと、冒険者証は一貫して黒ずみ、輝きを失う。
その為、冒険者を殺傷して冒険者証を奪っても、その人に成り代わったり、非正規の冒険者が正規の冒険者と偽って活動する、といったような事は出来ないのだ。
表側には八芒星と鳥の羽のデザインが八の字形に交わった曲線と共にあしらわれており、ランクが上がると装飾が増え、その素材も各ランクに応じたものになってくるのである。
せっかくなので、各ランクの素材についても丁寧に触れておこう。
まず、登録直後の冒険者見習いは、「クズ鉄」製。これは、訓練用の鉄剣の製造過程で出た端材等を成形して作られ、見習いの段階では名前の刻印も装飾もない、シンプルなものである。
純度は低く強度もまちまちだが、簡単に形を変えられる上、精錬すれば様々な合金の素材ともなる為、「可能性の象徴」とされている。
冒険者の適性が認められ、晴れてランクが付くと名前入りの冒険者証を与えられる。
駆け出しのFランクは、「黄銅」製、「繁栄の象徴」である。
安価な防具から調理器具などの生活用品まで、汎用性の高い金属である事が由来だろう。
Eランクは「軽銀」製。取り扱いのし易さと、その軽さから「自由の象徴」だ。
冒険者としても、Eランクに上がると依頼の幅が少し広がり、自由度が高くなる頃合いである。
Dランク、「淡紅鉄」製。仄かに熱を持つ性質から、「情熱の象徴」となる金属だ。
ジオの談によると、淡紅鉄は調理器具にも用いられるが、少々値が張る事と、火力の調整が難しい為、上手く扱える者は限られているそうだ。
次に、つい最近まで私が身に着けていた、Cランクの冒険者証は「蒼輝銀」製。
蒼輝銀は冒険者ギルドが設立されて間もない黎明期に、冒険者という職業が世に広まる礎となった金属であるらしい。
もちろん今でも冒険者達の装備に広く使われており、その歴史から、堂々たる「冒険者の象徴」とされている。
そして、今回新たに獲得したBランク冒険者証。これは、「星魔鉄」製である。
純度を高めた鉄のインゴットを素材の軸とし、特殊な製法で複数の魔石を練り込んで精製される星魔鉄は、「進化の象徴」。
鉄が元となっている事と、その星々の煌めく夜空のような見た目から、我々の進化の可能性は星の数ほどある、というような意味合いなのだろう。中々洒落が効いていると思う。
さらに上のAランクは、「黒幻鋼」製だ。BランクとAランクの間には明確な隔たりがあり、ここまで登り詰める冒険者はそう多くない。その為、中々お目にかかれない代物だ。
揺るがぬ頑強さ、圧倒的な硬度になぞらえて「不壊の象徴」となっている。
最後に、Sランク。至高の魔結晶と名高い、「霊煌魔晶」製である。私も、実物を見た事は一度も無い。
精霊の力が宿るとも言われる霊煌魔晶は、史上初のSランク冒険者が秘境の迷宮から持ち帰った鉱物で、現存している中では最も希少性の高い鉱物素材だと言われている。
迷宮から持ち帰られたのはその一度きりで、その秘境の迷宮は冒険者が脱出した直後に消滅したという。
最初の発見以降、未だに霊煌魔晶が存在する場所は見つかっていない為、王宮や冒険者ギルド本部、マ連、大聖堂などに分けられ、それぞれの宝物庫に眠っている物がその全てだ。
そんな貴重な素材を冒険者証に使って良いのか、とも思うのだが、大きな武具や魔道具等に加工するのには必要となる魔法技術や設備、扱いの難易度が高すぎて、誰もおいそれとは手を出せないらしい。
持ち腐れになるくらいならばと、当時の権力者達の総意の元、最初に持ち帰った冒険者に敬意を込めて、Sランク冒険者証の素材としたそうだ。
必要分だけを小さく削り取り、冒険者証に削り出すくらいの加工であれば、ギルドお抱えの職人達なら十分可能である。
歴代でも数えるほどしか存在しないSランク冒険者という存在は、ある種、人類の到達点とも言えるだろう。
その武勲と名誉に相応しく、霊煌魔晶は「叡智の象徴」とされている。
***
「……と、まあ、こんなところかな」
ジオから質問されるがままに長々と語ってしまったが、ジオは最後まで飽きもせず、興味深そうに頷きながら私の解説を聞いていた。
「へええ、物知りだなあ、マーシャ。なんかオイラ、一気に賢くなった気分だぜ!」
「雑学の延長だけどね。黒幻鋼までは見た事があるけど、さすがに霊煌魔晶は文献でしか知らないや」
「そうなのか? オイラ見た事あるぞ、霊煌魔晶」
「……えっ」
何でもない風に、さらりとそんな事を言ってのけるジオ。
「それは……どこで、どうやって?」
「師匠が持ってたぜ!」
「し……何者なの? ジオの師匠って……」
前々から思っていた事だが、ジオの師匠とやらの人物像がさっぱり掴めない。
ジオのいう事を全て信じるのであれば、ジオの料理の腕を一流に鍛え上げ、高度な探索技能を叩き込み、宝物庫に保管されるほどの希少素材である霊煌魔晶を所持している人物、という事になる。
霊煌魔晶を手に出来るような権力者、という線からいくと王族の関係者だが、かの尊き方々が手づから料理をするとは思えない。
また、現在存命の大陸に名を馳せているSランク冒険者達も、特別料理が得意だとは聞いたことが無い。
仮に、無名の熟練冒険者から料理人に転向した者が居たとして、名声も聞こえてこないその人が易々と霊煌魔晶を手に出来る訳もない。
新たに霊煌魔晶を採取出来る迷宮が見つかったとなれば、冒険者ギルドが大騒ぎになっているはずである。冒険者である私の耳に入らないはずがないだろう。
では、いかにして。
「……失礼なんだけどさ」
「ん?」
「ジオの師匠って……ひょっとして、大泥棒……?」
難しい顔をしながら大真面目にそう言った私を見て、ジオは耐え切れず吹き出し、ケラケラと大きな笑い声を上げたのだった。




