12. ブリクストの街と騒動
長い探索を終えて『混迷の洞窟』を脱出した私達は、まばらに木々が生える林道を抜け、最寄りの街であるブリクストへと向かっていた。
お互い、ブリクストの冒険者ギルドで所用を済ませ、併設されている宿で休んで探索の疲れを癒した後、それぞれの旅路へと向かう算段である。一旦の目的地が同じなので、ジオとは冒険者ギルドで解散する流れとなった。
ブリクストの街はここからそう遠くないので、陽が落ちる前には街の中へと入れるだろう。
「……にしてもさ、ここまで他の冒険者と一回も会わなかったな。『混迷の洞窟』ってそんなに人気無い迷宮だったのか?」
「うーん……探索力の要る迷宮だけど、採れる鉱石類の質は高いし、魔物も素材に旨味のあるやつはそれなりに居るから、そんな事もないんだけど。迷宮周りでここまで他の冒険者と会わないのは珍しいね」
『混迷の洞窟』の下層、だだっ広い洞窟内で冒険者とすれ違わないのは自然な事だろう。だが、ギルドには魔物素材の納品依頼もいくつか出ていたし、以前訪れた際には何組かの冒険者パーティと遭遇したのを覚えている。入口付近にも他の冒険者が一人も居ないというのは少々珍しい。
「偶々かもしれないし、近隣で何かあったのかもしれないね。ジオが混迷の洞窟に入る前、街の様子はどうだった?」
「あぁ、オイラ、来た時は街に寄ってないんだ。西から来て、そのまま北の道に逸れて直接『混迷の洞窟』まで行っちゃったからさ」
「そっか、じゃあわかんないね。まあ、無事に街に着けたらギルドで聞いてみようか」
「ううん、なんかそう言われるとオイラ心配になってきたぞ。大丈夫かなぁ」
「……街がちゃんとあるといいけど」
「おい、そういう事言うなよな~!ホントにそんな気がして来るだろ!」
冗談半分、心配半分でそんな事を言いつつ街までの道を歩き続け、夕日が空を赤く染め上げた頃、私達は無事にブリクストの街に到着した。街並は荒れた様子もなく無事に存在しており、ジオと顔を見合わせて、少しだけ安堵の息を吐いたのだった。
ブリクストの街は商業都市ランセフの西に位置しており、ブリクスト西側の『森林の小道』を抜ければ、王都ディラナス方面へと続く街道に出る。これといった特産品等は無いが、街道を繋ぐ宿場町としてそれなりに栄えており、様々な人が行き交う活気のある街である。
……が、しかし。門を抜けて街に入ると、普段なら街の出入り口である門の周辺はこのくらいの時間帯になるとある程度混雑するはずなのだが、人影の数はまばらでどうにも活気が無い。
その数少ない人影である冒険者達も浮かない表情で右往左往しており、私が『混迷の洞窟』に出発する前とはどこか街の雰囲気が沈んでいる。
いつもなら大通りに面する商店や屋台の類で飲み食いする人々が賑わいを見せているのだが、殆どの店が営業していない様子である。まだ日も沈み切っていないというのに、大通りには閑散とした空気が漂っていた。
ちらりと横目で確認したが、大通りに面している馴染みの酒場も閉店しているようである。今晩の食事の当てが外れ、私は密かに落胆したのだった。
ジオと共に冒険者ギルド付近までやって来てみると、こちらは静かな街の往来とは打って変わり、冒険者達とギルド職員が慌ただしく動き回っており、併設されている倉庫へと荷台を運び込んでは再び外へと運び出していく。
ギルド職員の中に混じって、ちらほらとギルド常駐の魔導部隊や治癒師がいるのも見えた。……やはり何かあったらしい。
事情を聞いてくるよ、とジオに伝えてジオと屋台を表に残し、入り口の両開きのドアを押し開けて、ギルドに足を踏み入れた。
少々ピリついた空気のギルド内を見回すと、依頼の受付口に見知った顔のギルド職員が書類の束を険しい表情で睨んでいるのを見つけたので、そちらに寄って声を掛けてみる。
「ね、ミセシルさん、今迷宮から帰って来たんだけど」
「ああ、マーシャさん!おかえりなさい、ご無事で何よりです。大きな革袋をお持ちですが、活動報告ですか?」
「あ、ううん。それはちょっと後で。それより、皆バタついてるみたいだけど、この辺で何かあったの?」
「ええ、実はですね。数日前、ブリクストからランセフへの街道の近辺で、大規模なオークの集落が見つかったんですよ。ここ最近で、東の街道でオークの目撃情報と被害件数が急に増えていたので、調査と対応が急務となっていました。それで、討伐隊が組まれたのですがね……」
なんでも、集落を発見したのは薬草を採りに出掛けた駆け出しの冒険者パーティだったそうだ。薬草の群生地への道を違えて林を抜けた先で偶然にもオークの集落に行き当たり、侵入者に気付いたオーク達に追い立てられて、命からがら逃げ帰って来たらしい。
元々オークが街道にも出没し、街道を通る商隊が襲われる被害も出ていた為、彼らから情報を得たギルドはすぐさま冒険者達を募って討伐隊を組み、掃討作戦を決行した。
しかし、駆け出しの冒険者達が発見したのは、あくまで集落の外周の一部と見張り役のオーク数体であり、その集落の全容は今までの討伐事例と、冒険者達の経験から推測されるだけに留まった。
結果、オーク達はこちらの予想を上回る規模の戦力を保有しており、急ごしらえの討伐隊では人員の数も戦力も足りず、集落を完全に包囲しきれなかったのだ。
事を急いて斥候を向かわせる前に討伐に乗り切ったのは、ギルド側の落ち度かもしれない。
「オークの群れの長はCランクの冒険者が討ち取ったのですが……統率を失って瓦解したオーク達が包囲網を抜け、近隣の林に逃げ込みましてね。状況を聞く限り、既に大方は討伐されたとは思いますが、数が数だけに死体の回収が間に合っていないので、正確な討伐数は把握できていません。逃げた中には上位種もいたとの事で、討ち漏らした個体がブリクストに向かって来ないとも限りませんから、未だ厳戒態勢が解けていないのです」
「なるほどね、それでギルドは対応に追われてこうなってて、冒険者も大体がそっちに出払ってると」
「捜索と追討は勿論、周辺警備とオークの運搬にも人手が取られてますからね、参ったものですよ。あぁ、それと、この騒ぎが収まるまで東門とランセフへの街道は一時的に封鎖されています。オーク掃討依頼の関係者であれば通れるようになってますが、丁度ランセフから定期でやって来る商隊が足止めされてまして、ギルドの物資は枯渇気味なんですよね」
ミセシルさんは疲れの滲む顔で手に持っている書類にちらりと視線をやり、諸経費は迷惑なオークからなるべく回収せねば、と、ため息交じりにぼやいた。
オークの一部の内臓は精力剤などの薬品に加工出来たはずだ。死骸を焼き払ってしまうよりかは、冒険者達に持ち帰って貰い、素材を回収する方が幾分かの利益になるのだろう。
「ふうん、苦労するね。人の被害は?」
「幸い、住民にも冒険者にも死者は出てません。が、追討中の負傷報告は多数上がっていますね。それと、最初の掃討作戦で包囲網を破られた際に、Fランクパーティの数人と、その近くにいたうちの魔導部隊の何人かが結構な重傷を負いまして。彼らが街の治癒院に運び込まれるのを近くで見た住民達が、ギルドの戦力は当てにならないとか、今にもオークが攻め込んで来るんじゃないか、とか言って騒ぎましてね。おかげで住民達はオークに怯えて殆ど家に引きこもってますよ」
「それで大通りもあの様子だったって訳ね」
ぼんやりと街の状態を思い返しつつ話を聞いていたのだが、ここで、ミセシルさんが少々気になる事を口から零す。
「うちの主力の魔導士が一人、行方不明になっているのもあるんですが、集まった冒険者達にも新人が多く、戦力が不足していたのは事実ですからね。彼が居れば状況はもう少しマシだったと思うんですが」
「……魔導士が行方不明なの?」
「ええ、はい。約一月前、冒険者パーティの協力依頼を受けてから、そのパーティごと消息を絶っているのですよ。掲示板に捜索の依頼書も出しているのですが、まだ情報はありませんから……このまま見つからない可能性の方が高いかもしれませんね。はあ、ただでさえウチのギルドは元々規模の割に常駐の職員が少ないというのに……全く。オーク達も間が悪いというか何というか……」
──行方不明の、魔導士。確信に近い心当たりが有るが、これを切り出すのは、ジオを外で待たせている今ではないだろう。……ジオと解散した後の活動報告は、長くなるのを覚悟しておいた方が良さそうである。
さて、街の状況は概ね把握できたのだが、結構な時間、ミセシルさんと話し込んでしまった(彼のボヤキが大半を占めていた気がするが)。
自分から話しかけておいてなんだが、これ以上聞くと仕事の愚痴が延々と続きそうな予感がしたので、オークの話は適当に切り上げて一度退散することにした。
……彼は真面目なギルド職員であるが故に、ストレスを溜め込んでしまうのだろう。しかし、その発散の為に、ギルドの内情までを一介の冒険者に喋ってしまうのは如何なものかと、思わないでもない。
私が彼の為にしてあげられる事は多くないのだ。せいぜいが善良な冒険者として治安維持に努める事くらいである。
ミセシルさんの元から離れ、ギルドの近くで待たせていたジオの元へ戻ろうと、扉を押し開けて外に出てみると……なにやら辺りに良い匂いが漂っており、分かりやすく人だかりが出来ている場所がある。
そちらへ近付いてみれば、すっかり太陽が顔を隠して暗くなり始めた路上の脇、飲料用の井戸の側で、ジオの屋台の魔導ランプが煌々と明かりを放っている。その光に群がるようにして、屋台の周りをソワソワと落ち着きが無い様子の冒険者達が取り囲んでいた。
どことなく切なげにジオの屋台を見つめている冒険者達の間を縫って屋台に近付くと、やはりというべきか、ジオは調理台で料理を拵えている所だった。
「……ジオ、ただいま。ごめんね、遅くなった」
「お、マーシャ。おかえり。いやあ、悪いんだけどさ、ゆっくり話すのはちょっと待ってくれよ。マーシャを待ってる間にそこいらの冒険者達にせがまれてさ、飯屋が何処も開いてなくて、皆腹が減ってるんだと。メニューは迷彩海老のトマトスープと黒パンだけど、もうちょっとしたら出来上がるからさ、マーシャもよかったら、最後に食って行ってくれよな」
調理台に乗った大鍋には蓋がされているが、大鍋の淵から僅かに漏れる蒸気に乗って、『混迷の洞窟』でも嗅いだ覚えのある濃厚なトマトと海老の混じり合った、香ばしくも甘酸っぱい芳醇な匂いが溢れ出している。
なんとも、食欲を煽られて自然と口内が潤んでくる匂いだ。屋台を囲んでいる腹を空かせた冒険者達にとっては拷問にも近いのではないだろうか。
それにしても……最後、という言葉に、どうにも物悲しい気分になるものである。
別れた後、お互いに旅を続けていればまたどこかで巡り会えるかもしれないが、世界は果てしなく広大なのだ。丁度今晩の食事をどうするかと思っていた所でもあるし、これが最後になるかもしれないジオの料理、悔いの残らぬように御相伴に与らせて貰おう。
「じゃあ、お言葉に甘えて。迷宮も出たことだし、銀貨十枚ね」
「おお、そうだなあ。まいどあり!」
ちゃり、と音を立てて銀貨がジオの手に渡る。そのまま枚数の確認もせずに屋台の小銭入れと思しき袋に突っ込み、「んじゃ、スープが煮えるまで、もうちょっとだけ待っててくれな!」と言いつつ、ジオは大きな黒パンの塊にナイフを入れて、手頃な厚みにスライスしていく。
そんなジオの調理の様子を爛々とした目つきで見つめ、腹の虫を窘めている冒険者達に混じり、私も同じくして料理の完成を待つのであった。




