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11. 帰路と脱出

 暫しの間、私たちは無言で迷彩海老を食べ進め、山盛りにあった塩茹でをすっかり平らげてしまった。

 つまみ食いと言うには些か量が多かったかもしれないが、まあ、野営というほどには時間も経っていないのだ。つまみ食いの範囲内と言って良いだろう。


「ごちそうさま。良い物食べさせて貰っちゃったね」

「おお、まあ、あれだ、仕入れるにしても食材の味見は大事だし品質の確認の意味合いもあるからな」


 ジオは取って付けたような大義名分を少々早口で述べる。依頼主がこう言っているのだから、私としても気にすることは何も無いのだ。


 食べた後の殻は使い道があるとの事だったので、ざっと流水で洗い流してから一纏めにしてジオに預けた。料理としては簡単なものだったので後始末も多くなく、出立の準備は直ぐに整った。



「……さて、やり残したことは無い?」

「おう、仕入れの袋もいっぱいだし、これ以上持って帰るもんは無いな。海老の鮮度が落ちないうちにさっさと帰ろうぜ!」

「了解。じゃあ、行こうか」


 私たちが最下層入り口に向けて足を踏み出すのと同時に、戦闘の前に天井に刺しておいた氷が融けて、灯火の魔石がかつん、と地面に落ちた。

 込めていた魔力もほとんど使い切られたようで、辺りを照らしてくれていた光もだいぶ弱まっている。あと数分も経たないうちに完全に消えるだろう。

 私は再び、光源魔法で左手に光を生み出す。迷宮の主が討伐された後の最下層は、微かな風の音が聴こえるのみで、すっかり静まり返っている。

 なんとなく、上層へ向かう道に足を掛けながら振り返ってみるが、そこには来た時と変わらない、波の立たない地底湖がただ広がっているだけだった。もうここに用は無い。


 私は此度の激闘と、先程たらふく頂いたつまみ食いの味を思い返しつつ、混迷の洞窟を脱出するべく歩き出すのだった。




***




 帰路についた私たちは、一直線に(といっても、実際の道は曲がりくねっているのだが)地上を目指した。

 ジオのマッピングのおかげで帰り道に迷う事は無く、戦利品も十分に抱えているので、これ以上寄り道をする必要も無い。脇目も振らず、ひたすら上の階層へと駆け上がる。

 重い荷物を抱えながら殆ど全速力と言って良い速度で進み、道中の魔物は軽く蹴散らし、荷物の冷凍は折を見て都度行いつつも、驚異的な早さで第一階層へと帰って来れてしまった。

 第一階層には冒険者に襲い掛かってくるような魔物は生息していない為、もう魔物を警戒する必要も殆ど無い。

 途中で一度野営を挟む事も考えたのだが、思いのほかジオも私も疲れを感じておらず、調子が良い内に進めるだけ進んでしまおうという事になった。

 ジオの干し肉を齧りながら不眠不休で進んだ結果、気付けばここまで帰って来ていたのであった。



「……ふぃー、流石にちっと疲れたなあ。ま、ここまで来ればもうすぐ外だし、もうちょっとだけ踏ん張るか!」

「第一階層はそこまで広くないから、あと数十分ってところだね。ちなみに、ジオはここから出た後はどうするの?」

「そうだなあ。一回ブリクストに寄って休んで……そんで、西の『森林の小道』を抜けた先に依頼者が住んでるから、そこに納品に行くぞ。グズグズしてると迷彩海老が痛んじゃうからな、ギルドの購買部で魔物除け買ったらすぐ向かうつもりだぜ。マーシャはどうするんだ?」


 片腕をこきりと回しつつ屋台を引くジオと雑談を交わしながら、今後の予定に思いを巡らせる。だがまあ、まずは最寄りの街、ブリクストの冒険者ギルドへ行って活動報告、そして、変異種についての情報提供が必要だろう。


「ティポタロプスの変異種の首と、最下層で見つけた冒険者の遺品があるからね。まずはブリクストのギルドで活動報告と情報提供をして、私も一旦休むよ。戦利品を片付けて、物資の補充をしたら、その後は……ギルドに出てる依頼次第かな。目ぼしいのが無ければ別の街に向かうかも」



 ──冒険者ギルドへの活動報告の際、魔物を討伐したのであれば、受注した依頼の有無に関わらず、討伐証明として魔物の体の一部をギルドに持ち込む必要がある。

 それに加えて、重要度が高い、有用であると判断される情報を持ち帰った冒険者には、その内容に応じて別途褒賞が与えられるのだ。

 ギルドからの依頼の達成状況や、冒険者としての活動、魔物討伐の報告を通じて、少しづつギルドから実力が認められていき、一定の基準に達することで冒険者ランクが上がるのである。


 そして、今回。『混迷の洞窟』の最下層で私が戦ったのは、間違いなく冒険者ギルドの公開情報には無かったはずの、ティポタロプスの変異種であった。一冒険者として、未確認の魔物を発見し、それを討伐した事は紛れもない実績である。

 ギルドへの情報提供自体は口頭でも構わないのだが、余程緊急性の高い状況でもない限り、ギルド側としては確証のない情報に価値を付ける訳にもいかない。

 複数件同じ内容の情報が寄せられていれば、ある程度信憑性があるものと判断されるが……今回のような未発見の魔物の発見情報の場合は、常駐のギルド職員達によって事実確認が行われる事になる。

 悲しい事に、情報料目当てで虚偽の報告をし、小銭を稼ごうとする冒険者もいなくはないからだ。


 そこで、その手間を省くのが証拠品、つまり素材の持ち込みである。

 未確認の魔物の素材が持ち込まれた場合、危険度や特性等を詳細に調査する為、研究を専門とする部門に回される。

 そうして得られた情報の精査の後、提供された情報と相違がなければ公開情報として取りまとめられ、冒険者には素材を提供した分、情報料に報酬が上乗せされるのである。


 まあ要するに、冒険者の目線での早い話が、未確認の魔物を討伐した場合、その実物を持ち込んだ方が情報料と貢献度の査定に色が付く、という事だ。

 そういう訳で、ティポタロプスの硬い首筋に必死で刃を滑らせ、重く嵩張る生首を丸ごと、わざわざ持ち帰ってきたのである。



「こいつ、かなり強かったからね。情報料と評価値には、期待させて欲しいんだけど」


 背中に担いだ革袋をぺち、と後ろ手に叩きつつ、言いこぼす。首は凍らせてある為感触は硬く、革袋に浮いた霜がひやりと手のひらを濡らした。


「変異種だったもんなあ、デカかったし。……マーシャは今、Cランクの冒険者だって言ってたと思うんだけどさ。オイラ、そこまで冒険者のランクに詳しくはないけど、絶対Cランクが一人で戦う相手じゃなかったと思うぞ」

「うーん、また自惚れてるのかもしれないけど、まあ、私もそう思うんだよね。これでBランクに上げてくれると嬉しいんだけどな」



 そうこう話をしながら歩みを進めているうち、徐々に前方の壁面が明るくなり、その先から光が差し込んできた。

 他の冒険者の灯りでもジオの屋台の魔導ランプのものでもないそれは、太陽の自然光。つまり、『混迷の洞窟』の出口だ。


 最下層からまともな休息を取らず、少々無理をして進んできた。

 お互い、体はかなり疲弊しているはずなのだが、外の光を見た途端、自然と脚に力が入り、歩幅が大きくなる。

 出口に近付くにつれ、段々と早足になり、最後には殆ど駆けるようにして、ジオと、彼の屋台と一緒に、『混迷の洞窟』から外へと飛び出した。



「はーっ!外だー!」


 飛び出した先、『混迷の洞窟』の入り口のある場所は、穏やかな森林地帯だ。

 最初に感じるのは、久しぶりの、眩しい陽の光。外は夕暮れ時に差し掛かるかどうか、といった時分だったようで、強く差し込む西日に照らされて、辺りの木々は黄金色に輝く葉を揺らしていた。

 満面の笑みで伸びをするジオと並び、大きく深呼吸する。土と緑の深い匂いと、西日に暖められた空気が胸いっぱいに入り、酷く心地いい。


「あー、やっぱさ、迷宮から抜けた瞬間って生き返った気分になるよなあ。暗い洞窟とかだと余計にさ」

「ほんとに。私、生きてる、って実感するよ」


 ……そう。あの時、ジオが助けてくれていなければ、私は今、ここに立っていないのだ。

 この眩しく温かい陽の光も、豊かな草木の匂いも、迷宮内で食べた食事の味も、迷宮の主との戦いの高揚と達成感も、全て感じ得る事が出来なかった物だ。

 感謝してもしきれない、とはまさにこういう気持ちなのだろう。


「……何度も言うようだけど。助けてくれて本当にありがとうね、ジオ」

「いいって、気にしないでさ。偶々通りかかっただけだしな。んはは!」


 そう言って、私の命の恩人は照れたように頬を掻き、朗らかに笑うのであった。


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