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10. 採取とつまみ食い

 波乱となった最下層の攻略も一段落つき、ようやく本来の目的であるジオの仕入れ作業に着手することになった。

 道中で採取に下準備が必要だと聞いていたのだが、私がティポタロプスの首と格闘している間にジオが一人で済ませていたようだ。


「それで、何を仕入れるの?ここ、鉱石くらいしか無いものだと思ってたんだけど」


 結局、何を仕入れるのかはちゃんと聞かずにここまで来てしまった。混迷の洞窟の最下層など、迷宮の主と宝を除けば無駄に大きな地底湖があるのと、鉱石類が所々に埋まっているくらいなものである。

 魔苔の類は所々に生えているが、水の澄み切ったこの地底湖に魚などの生物がいるのは見たことが無いし、ギルドでもそういった話は聞いたことが無い。


「実はここでしか捕れないヤツらがいるんだな~。ホントはあんまり人に教えたくないんだぜ?」


 出来れば内緒にしといてくれよ、と付け加えると、ジオは湖畔へと歩み寄り、近くの石筍に括り付けていた縄を解いて手繰り寄せ始めた。

 縄の先は地底湖へと垂れ下がり、そのまま水中へと続いている。身を乗り出して水底を覗き込んでみると、縄の先には籠網のような物が括り付けられていた。

 ジオが縄を引くごとに浮上し、こちらへ近付いて来る籠網の中身は……空っぽである。餌袋らしきものが上部に括り付けられているだけで、生物の類は何も入っていない。


「……何も入ってなさそう?」

「ふふん。マーシャ、よーく見とけよ」


 ジオがなにやら得意気に言う。これから何が起こるのかと少々身構えつつ、籠網が上がって来るのを待つ。

 やがて、籠網が水面近くに浮上してきた頃、「よいせ!」というジオの掛け声と共に大きく縄が引かれる。その力に従って、ばしゃり、と勢い良く籠網が水中から飛び出した。

 籠網が水面から出た瞬間、何も入っていないと思われた籠の中に、突如として白い生物がぎっしりと現れる。


「わ!?海老だ!」

「んへへ!な、びっくりしただろ~!」


 ジオは悪戯が成功した子供のように笑って、引き揚げた籠網を見せてくれる。そこには大ぶりで真っ白な海老が、ピチピチと水飛沫を散らしながらひしめき合っていた。


「びっくりした。これは知ってないと獲れないね」

「オイラも師匠から教えてもらったんだ。あと何個か仕掛けてあるからさ、マーシャも籠網引き上げるの手伝ってくれるかい?」

「わかった」


 ジオに言われ、手分けして近くの石筍から順番に縄を解いて、籠網を引き上げていく。引く手には水だけでは有り得ないずしりとした重みを感じるのに、水中を覗くと籠網の中身は空に見える。見たものと手の感覚が釣り合わない、不思議な体験だった。

 そうして、全ての籠網を引き上げてみると、およそ大漁と言っていい数の海老が籠網に掛かっていたのであった。何もいないと思い込んでいた地底湖に、これだけ大量の生物が棲んでいたとは驚きである。


 なんでもこれは”迷彩海老”というらしく、住み着いた環境の水中でのみ、周りの景色に溶け込んでその姿を巧妙に隠すのだそうだ。水中で透明になる性質上、発見自体が非常に困難であるため、ジオも混迷の洞窟以外の生息地を知らないらしい。

 だが、捕まえて一度水から引き上げてしまえば、急な環境の変化について行けず、このように真っ白な海老の姿を露わにする。好奇心で試してみたが、この状態で再度水中に戻しても、もう一度透明になるのには少し時間がかかるようだ。


 大量に捕獲した迷彩海老を大きさごとにざっと仕分けし、ジオの持ち込んだ保存袋に詰めていく。

 この保存袋には保冷効果の付与が為されており、氷の魔石と一緒に保冷したい物を入れておくことで、中の食材の鮮度を保ったまま運べるという代物だ。

 だが、わざわざ消耗品である魔石を使わなくても、食材を凍らせて低温に保つだけなら私の魔法で事足りる。手持ちの氷の魔石を使おうとするジオに声を掛け、袋に詰められた全ての迷彩海老を冷凍させて回った。


「いやあ、マーシャがいてくれて助かったぜ。回収も早く終わったし、氷の魔石も節約出来たしさ!」

「気にしないで。恩返しが目的でジオに付いて来たんだからね」

「じゃあもう恩返しはお釣りが来るくらい十分だ!ありがとな!」


 ジオは機嫌よく笑いながら、迷彩海老がぎっしりと詰まった保存袋を屋台に上手く積み込み、重さのバランスを見ながら器用に固定していく。

 私はというと、ジオから籠網の畳み方を教わったので一つずつ畳んで片付けている所だ。

 それにしてもこんな量の籠網を何処に隠し持っていたのかと思ったのだが、いざ畳んでみればぺたりと平たく嵩張らない。上手く畳むのにコツがいるが、畳んだ籠網を重ねて縄で縛ってしまえば、ちょっとした袋にでも納まってしまう大きさとなった。




 さて、諸々の片付けも終わり、ジオが満足するまで存分に仕入れが出来た訳だが、私達は少々、採取を張り切り過ぎたのかもしれない。


「ちょっと獲りすぎちゃったね」


 ジオの持ち込んだ保存袋を全て使い切ったのだが、それでも納まり切らずに溢れてしまった迷彩海老たちが、湖畔に程近い地面に小山を作っているのである。

 地底湖の水から離され放置された迷彩海老たちは既に力尽き、すっかり動かなくなってしまっている。環境の変化に弱く、適応した水の中以外では生きられないのだろう。


「いやあ、思ったよりもいっぱい掛かっちまったぜ。ま、獲っちゃったもんはしょうがないし…捨てるのもなんだからな、ちょっと味見だ。つまんで行こうぜ、マーシャ」


 舌をぺろりと出してにんまり笑うジオを見て、思う。これは確信犯である。

 まあ、かく言う私も、この迷彩海老とやらの味が気になっていた所だ。ジオの提案に異論を唱えるはずもないのであった。




 ジオいわく、素材の味が良く分かるようにシンプルに塩茹でにして食べるのが良いらしい。そうと決まれば話は早い。私たちは早速調理の準備に取り掛かる。

 とはいっても、やることは殆どない。澄んだ水の中でしか育たない魔苔の類を食べて暮らす迷彩海老に、下処理の必要はないのだそうだ。


 浄水球を作り出して地面に積み重なった迷彩海老を軽く濯ぎ、ジオが持って来た空の大鍋にどんどんと放り込んでいく。ジオはその隙に火の準備を済ませてくれたようで、既に屋台のかまどには炎が赤々と燃え盛っていた。

 あとは前回の野営の時のように、ジオに指定された量の水を大鍋に注いで火にかけ、一掴みの白塩を加えたら、迷彩海老が茹で上がるのを暫し待つだけである。



「ジオ。これジオの取り分」


 鍋の側に張り付いて茹で上がりを待っているジオに、先程ティポタロプスの巣から頂戴して二つに分けておいた戦利品の一袋をぽいと投げ渡す。正面からしっかりと袋を受け止めたジオは驚きに目を丸くした。


「え!?オイラ何も戦ってないぞ。こんなの貰えないぜ!」

「いいんだよ、屋台の経費の足しにでもして。というか、さっきもまた助けてくれたんだし、護衛とは言っても殆どパーティーみたいなものになってるんだからさ。成果は山分けだよ」


 ジオは少しだけうぬぬ、と悩む素振りを見せたが、もう一度貰って欲しいと伝えると、じゃあ、ありがたく、と言って受け取ってくれた。

 体力を温存して最下層まで来れたのはジオの力添えがあったからこそである。長い探索によって疲弊した状態でティポタロプスの変異種と戦っていれば、今と同じ結果にはなっていないだろう。


「へへ、なんか嬉しいな、こういうの。オイラも冒険者になったみたいでさ」


 受け取った袋を大事そうに屋台の荷物入れにしまい込みながら、ジオがはにかむ。

 ジオが冒険者に強い憧れを抱いているのは話の随所で感じられていた事だ。時折話に出て来る”師匠”という人物にも関係しているのだろう。


「いっそ、ここから帰ったらギルドで冒険者登録してみたらどう?ジオなら戦闘が出来なくても技能面で受かると思うよ」


 もしジオが冒険者として活動できるのであれば、非常に優秀な斥候、その上最高の料理番でもあるのだ。幅広い層の冒険者から引く手数多となる事は間違いない。

 私が再びパーティーを組むとするなら、そこにジオが居れば有難いと思う。彼の作る食事の旨さを知ってしまったのだ、護衛の仕事を完遂するのも、なんとなく後ろ髪を引かれる思いである。


 まあ、料理人を名乗る彼には笑い飛ばされるだけだろうと思い、少々冗談めかして言ったのだが……ジオは存外に私の言葉を真剣に受け止めたようで、じっと押し黙ってしまった。

 少しの間、沈黙が空気を満たしていたが、大鍋がぼこぼこと沸く音でお互い我に返った。

 慌てて火力を調節したジオは一つ息を付き、「まあ、ちょっと考えてみるよ」と言って軽く笑った。




「さてと、茹で上がったぜ。こいつの剥いた殻にもちょっと使い道があるからさ、食べた後の殻はこっちの空いてる器に入れてってくれよな」


 大雑把にザルに上げてこんもりと盛られた迷彩海老の塩茹でが、どかりと目の前に置かれる。

 不思議なもので、真っ白だった迷彩海老はほんの少し薄赤に色づいており、普通の海老によく似た香しい匂いを漂わせている。


 まだ湯気の立ち昇る迷彩海老を手に取り、熱さと闘いながら「こうやると剥きやすいぞ」とジオに示された通りに殻を剥く。

 やがて、尻尾の殻だけを残してつるりと剥けた大ぶりな身に、二人してがぶりと食らいついた。


「!」


 熱い汁が滴る身に嚙み付いてみれば、歯を押し返すほどの弾力。それを押し切って咀嚼すると、プリプリと小気味の良い歯切れと共に、混じり気の無い真っ直ぐな海老の旨味が口いっぱいに広がった。

 下処理は必要ないと聞いていたが、それにしても僅かな雑味も臭みも全く感じない。丁度良い塩加減にも引き立てられて、ひたすらに芳醇な旨味だけがそこにあった。


「んん……こんなに美味しい海老初めて食べたかも。ちょっと手が止まんないや」

「な、美味いだろ。もちろん他の料理に使っても良いんだけどさ、オイラこれ食べる時は塩茹でが一番好きだな」


 そう言いながらまた一つ手に取り、ジオは慣れた手付きでつるりと殻を剥きあげる。大きく口を開いて一口に頬張り、噛むごとに弾けるような咀嚼音を響かせ、満足げに頬を緩ませている。……この様子を見て、食欲を掻き立てられない方が不思議だろう。

 お互い、会話する間も惜しいと言わんばかりに、次々と塩茹でに手を伸ばす。シンプルな調理法なのだが、あまりの美味しさにどれだけ食べても飽きが来ない。


 殻を剥くペリペリという音だけが響く地底湖の湖畔で、私たちは山盛りの迷彩海老を黙々と食すのであった。


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